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陸山会事件について、小沢一郎氏の元秘書3名に有罪判決が下ったことについて、情況証拠による有罪認定はおかしい、という批判が渦巻いているようなので一言。
なお、事件の証拠関係はみていないのでこの件の有罪判決が妥当かどうかは論じかねます。 大前提として、日本の刑事訴訟法は証拠によって事実認定をします。(刑事訴訟法317条) 他方で、その証拠で有罪認定に十分かどうかを判断するのは裁判官・裁判員の自由な心証に委ねられています(刑事訴訟法318条)。ただし、自由というのは「○○があれば有罪、○○がなければ無罪という縛りをかけない」という意味での自由であり、その心証はあくまでも合理的なものでなければならない(合理的心証主義)、と考えられており、この考え方は今日の学説実務で異論はないと断言してよいでしょう。 その上で、刑事訴訟法上証拠については、概念がいくつかあります。 今回話題の情況証拠(状況証拠でも別に誤用ではない)は、「犯行を直接立証するものではない証拠」です。 これに対する概念が「直接証拠」で、「犯行を直接立証する証拠」です。(情況証拠もこれと対で間接証拠と呼ぶのが主流ですが、今回は一般的用語に合わせて「情況証拠」を使用します) 直接証拠の犯行を直接立証する、というのは、推認過程が要らない、ということです。つまり、この証拠が本物で、信用できると判断するなら、即有罪判決を下す心証が取れることになります。 直接証拠にあたる証拠としては、犯行目撃証言や自白(共犯者含む)があげられます。(自白の補強法則は今回はパス) ・・・逆に言うと、実は直接証拠にあたる証拠というのはそれくらい(後は犯行を撮った防犯カメラの画像くらいか?)なのです。 これに対して、情況証拠は、推認過程が入ります。 つまり、情況証拠で立証できる事実があっても、犯罪事実をいきなり立証できるわけではありません。 例えば被害者をナイフで刺したという事実で起訴して、とあるナイフに被告人の指紋がついていたという鑑定書が出てきていたとします。 が、仮に鑑定書が信用できてもそれは「とあるナイフに被告人の指紋がついていた」ことしか立証してくれません。別にナイフに指紋を残すことは犯罪でも何でもないのです。 ナイフに被告人の指紋がついていた+とあるナイフが凶器であるなどという犯行そのものではない間接的な事実(間接事実)を積み重ねて初めて、「ということは、被告人がこのナイフを使って被害者を刺したのに間違いない」と推認することになります。 そういう意味では、直接証拠より情況証拠の方が、推認の過程が入る分危険、と言いやすいでしょう。 その推認の過程で強引な考え方から有罪心証を取ってしまい、冤罪になる…というのは別におかしな話ではありません。 先述のナイフなら、確かに被告人の指紋のついた凶器のナイフだったけど、もともと被告人の所有物だったから被告人の指紋は犯人かどうかにかかわらずあって当たり前だし、たまたま現場近くにあった物を第三者が使用した可能性もあるのに、それをあり得ないと切って捨ててしまい、結果冤罪につながった、なんてことだってあり得ます。 この推認は慎重に行う必要があり、過大評価は厳に戒めながら認定しなければなりません。 そういう意味では、情況証拠に基づく事実認定に対して疑念を抱く心情は間違っていないといえるでしょう。 ただしです。「なら直接証拠なら問題ないのか」というとそうでもありません。 直接証拠には直接証拠の難点があります。「情況証拠による事実認定が使えない」と言うのはそれはそれで大問題なのです。 恐ろしいいい方ですが、情況証拠で認定しないやり方は、かつて拷問によって悲惨な冤罪を生んだ考え方と性質が同じなのです。 先述したとおり、一般に直接証拠として犯罪を立証するものと言えば「自白(共犯者含む)」と「犯行目撃証言」くらいです。 犯行目撃証言etcは、「そもそもない」場合が少なくありません。犯罪は人に見えない所で行われるものが主流です。防犯カメラの映像でも大同小異でしょう。 あるとすれば被害者の証言が比較的多いでしょうが、被害者の証言が被害感情や不適切な警察などでの聴取からおかしな方向に行ってしまい、結果冤罪に寄与してしまう例など別に珍しくもなんともありません。仮に第三者の証言であっても、本当にきちんと見ていたのか、別人と見間違えていないか、不適切な警察などでの聴取で誘導されてしまい、おかしなことを言ってしまっていないかという問題は常に残ります。 自白なら、冤罪でなければほとんどの事件で得る可能性があるでしょうが、自白を取りたい故の過度に厳しい追及から虚偽の自白をしてしまう例は、現代でもあることは常識に過ぎないでしょう。 共犯者の自白の場合、真犯人が情状を引き出すために第三者を引きずり込む、引っ張り込みの危険も常に指摘されている所です。 そして、歴史的に見れば、むしろ直接証拠なしでは有罪にできない、という考え方を脱却して、証明力判断を裁判官に委ねる自由心証主義、という考え方につながっているという点も見逃せません。刑事訴訟法の学者の書いた教科書ならまず書いてあります。 昔は直接証拠(大体自白)なしでは有罪にできないというルール(法定証拠主義)になっていました。そうすると、頑強に否認する被告人は、やったやってないに関わらず放免するしかありません。流石にそれはまずい、ということで許容されてきたのが、いわゆる拷問です。 近代に入り、拷問のまずさが認知されました。また写真機なども発達し、証拠を簡易に公判廷に持ち込むことが可能になりました。それで「では自白なしでも間違いないといえるのならば有罪にできるようにしましょう」という考え方から生まれたのが、自白を有罪の要件としない自由心証主義です。この自由心証主義は、自白の強要を捜査機関に強いる法制度からの解放という意味もあったのです。 ここで情況証拠による事実認定が危険であると言って、内容に踏み込む以前に否定するのは、自白、あるいは採取の可能性が低い直接証拠としての目撃証言etcがなければ有罪認定できないということにつながります。結果として、自白の強要による冤罪、あるいは「否認すれば逃げられる」という結末につながりかねません。 自白に頼らない刑事裁判を作っていくことは、逆に言えば自白以外の有罪認定の手法とセットなのです。 もちろん、事件によってはそれでも自白に頼って有罪立証をするほかない場合があるでしょうし、現に自白強要による冤罪が起こっていることも周知の事実です。 情況証拠の前記した特質に注意して、厳密に認定すべきであるのに今回の判決は厳密ではなく、決めつけが多かったという批判(一例として、こちら)ならば十分ありだと思います。 しかし、情況証拠による事実認定だから危険だ、ダメだ、という論調は実を言えば歴史的に見て刑事裁判の基本的な流れに逆行する主張なのです。 まあ、それくらい厳密に、後は否認されたら処罰できなくても仕方ないんだ、とでもいうのなら、それはそれで筋が通っていますが…。 ちなみに、物的証拠という概念がありますが、物的証拠は法廷で証拠を裁判官に見せる際にどうやって見せるのか、という方法論の問題にすぎません。 物的証拠ではないものは人的証拠、つまり人を連れてきて法廷で喋ってもらうことで証拠にするものを指します。 金田一少年の事件簿やら名探偵コナンあたりで名探偵に追い詰められた犯人がそれはただの状況証拠だ、物的証拠を出せ、と騒ぐシーンがありますが、物的証拠であるが状況証拠でもある、というのは全くおかしくない現象として成り立ちますし、直接証拠だからOKで間接証拠だからダメ、ということもないのです。 [事件・裁判から法制度を考える]カテゴリの最新記事
どうもご無沙汰しております。興味深い内容でしたので再度書き込みをさせて頂きます。
状況証拠と直接証拠の関係大変勉強になりました。 私はこの判決が正しいかどうかについてはさておき、いわゆる支持者の人達が言う様な「全くのデタラメ」とは言えないという認識を持っています。 ところで今回の裁判で話題になっている「推認」について少しお尋ねしたいと思います。 法廷で「認定」されたものについては社会的に「その事実があった」と見なされると理解しているのですが「推認」されたものは社会的にどういった価値を持つのでしょうか。 今回の裁判を批判する人達に「推認」だけを重ねて犯罪の事実を「認定」したと言う主張がありましたが、実際に「推認を摘み重ねて何かを認定する」と言う様な司法判断はあり得るのでしょうか。 私は今回の裁判では「事実と異なる記載がされた帳簿」と「故意と認定出来る証拠(証言)」が証拠として採用された結果「犯罪事実」が認定され、動機の面で認定出来ないものについて検察の主張を「推認」という形で「事実ではないが誤りとまでは言い切れない」程度に認めたと理解していますが「認定」と「推認」についてはこの様な使い方で正しいのでしょうか。 一方的な質問で住みませんが「推認」ってどれくらいの重さを持つ言葉なのでしょう。 よろしければ教えていただけないでしょうか。(2011年10月06日 22時56分27秒)
やじうまさん
>法廷で「認定」されたものについては社会的に「その事実があった」と見なされると理解しているのですが「推認」されたものは社会的にどういった価値を持つのでしょうか。 推認というのは、事実を認定するときに、その過程で「推測が入っている(AということはBに違いない)」場合と言えると思います。 推認もプロセスがどうあれ裁判所に認定されているということになりますから、事実が犯罪を構成するのであれば、それに従って裁判所は犯罪の成立を認定し、刑罰を下すことになります。 また、推認された事実を使って、更に犯罪を構成する事実を推認する(再間接事実)ということもあります。 当然、推認の過程に誤りが入る可能性はありますから、推認に推認を重ねることは慎重になります。 >実際に「推認を摘み重ねて何かを認定する」と言う様な司法判断はあり得るのでしょうか。 推認を積み重ねる、という言葉の意味は分かりませんが、たくさんの間接事実による推認から犯罪を認定するということもありますし、事実Aから事実Bを推認し、更に事実Bから事実Cを推認するということもあります。 動機に関しては、誤りとは言い切れないと言うのを推認とは言わないと感じます。(ちょっとうまい説明が浮かばないのでご勘弁)(2011年10月06日 23時26分35秒)
ご回答ありがとうございます。
>推認というのは、事実を認定するときに、その過程で「推測が入っている(AということはBに違いない)」場合と言えると思います。 直接証拠(供述調書等)によらずに事実を認定する場合は全て「推認」とするのが正しいという事でしょうか。 今回の判決を否定する人の主張には「認定」と「推認」では前者の方が価値が高い様な印象を受けるものがありましたが「裁判官が認めた事実」という点では(法廷では)全く等価値なものと考えて良いものでしょうか。 >推認を積み重ねる、という言葉の意味は分かりませんが、たくさんの間接事実による推認から犯罪を認定するということもありますし、事実Aから事実Bを推認し、更に事実Bから事実Cを推認するということもあります。 今回の裁判では、供述調書が証拠採用されなかったことから無罪に違いないとする主張を少なからず見ましたが、そういう主張の方が判決を批判する時に「推認を積み重ねて有罪にする様なことはありえない」というのがありましたのでそれが念頭にありました。 実際にこの判決が正しいものかどうかに首を突っ込む気はありませんが、ネット上では裁判所、検察がグルになった小沢氏へのテロだという主張を書く人達もいます。(弁護士さんにもそうとれる様なことを言う人もいます) なんというのかもう少し法律一般の話が出来る人が、公平な立場で解説してくれるともう少し陰謀論も収まるんじゃないかぁ。(2011年10月08日 12時21分23秒)
やじうまさん
>直接証拠(供述調書等)によらずに事実を認定する場合は全て「推認」とするのが正しいという事でしょうか。 私はそういう風に言葉を使います。 >今回の判決を否定する人の主張には「認定」と「推認」では前者の方が価値が高い様な印象を受けるものがありましたが「裁判官が認めた事実」という点では(法廷では)全く等価値なものと考えて良いものでしょうか。 そう思います。もちろん、等価値なものになるようにきちっと制度の高い推認をする必要があります。 >そういう主張の方が判決を批判する時に「推認を積み重ねて有罪にする様なことはありえない」というのがありましたのでそれが念頭にありました。 そういう主張こそ(一般論としては)ありえません。 >なんというのかもう少し法律一般の話が出来る人が、公平な立場で解説してくれるともう少し陰謀論も収まるんじゃないかぁ。 私ではブログに一般論を書くのが関の山です。 それに、テレビとかでそういうことを言う人がいても、多くはそういう怒号にかき消されてしまいますし、また真面目な人なら判決文の詳細な検討は最低限踏まえなければテレビなどでコメントできませんしね。(2011年10月09日 17時01分24秒)
>私ではブログに一般論を書くのが関の山です。
>それに、テレビとかでそういうことを言う人がいても、多くはそういう怒号にかき消されてしまいますし、また真面目な人なら判決文の詳細な検討は最低限踏まえなければテレビなどでコメントできませんしね。 今回の判決に批判的な方を見ていると「小沢支持」か「反権力」または「共謀罪反対」という結論があり、その為に何かを主張されている人が多い様に思うことがあります。もちろん今回の判決を支持する側も似たり寄ったりなんでしょうが。(私も含めて) ただ政治の報道で「政局は報道出来ても政策は報道出来ない」と言われる様に法律に関係する報道でも「事件やそれへの賛否は報道出来てもその本質であるべき法律」を伝えられていないと思うことがあります。(報道そのものもテレビに出る弁護士さん達も) 法律についてわかりやすく解説出来る弁護士の需要はあるのですから政治的な部分を排除した法律そのもの、それも出来れば賛否両論を語って自らは中立的な立ち位置にいる様な人がいても良いと思います。 雑談を書き連ねてしまいましたが、状況証拠による事実認定については大変勉強になりました。 どうもありがとうございました。(2011年10月12日 22時40分14秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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