「政教分離」について(8) 宗教ヲ国家ヨリ分離スル
「神道指令」の2は、次のようなものであった。The purpose of this directive is to separate religion from the state, to prevent misuse of religion for political ends, and to put all religions, faiths, and creeds upon exactly the same basis, entitled to precisely the same opportunities and protection. It forbids affiliation with the government and the propagation and dissemination of militaristic and ultra-nationalistic ideology not only to Shinto but to the followers of all religions, faiths, sects creeds, or philosophies.本指令ノ目的ハ宗教ヲ国家ヨリ分離スルニアル、マタ宗教ヲ政治的目的ニ誤用スルコトヲ妨止シ、正確ニ同ジ機会ト保護ヲ与ヘラレル権利ヲ有スルアラユル宗教、信仰、信条ヲ正確ニ同ジ法的根拠ノ上ニ立タシメルニアル、本指令ハ啻(ただ)ニ神道ニ対シテノミナラズアラユル宗教、信仰、宗派、信条乃至(ないし)哲学ノ信奉者ニ対シテモ政府ト特殊ノ関係ヲ持ツコトヲ禁ジマタ軍国主義的乃至過激ナル国家主義的「イデオロギー」ノ宣伝、弘布(こうふ)ヲ禁ズルモノデアル 「この指令の目的は、宗教を国家より分離することにある」と言うことであるが、そんなことは本家本元の西洋でも言っていない。西洋における<政教分離>とは、separation of church and state(教会と国家の分離)なのであって、「宗教と国家の分離」ではない。 そもそも国家から宗教を分離することなど出来る筈がないのである。例えば、正式な国家行事には何某(なにがし)かの「儀式」が必要となろうが、それは価値の源泉たる「宗教」の色合いを全て排除することなど出来ない。言い換えれば、全ての宗教色を排除した儀式など無価値であり、儀式としての存在価値はないということである。《神道指令は、「神道ノ理論及ビ信仰ガ、日本国民ヲ欺(あざむ)キ、……軍国主義的及ビ超国家主義的宣伝二再ビ悪用サルルコトヲ防止スル」ことを主要な理由の1つにしていた。そして具体的な施策の1つとして“政教分離”が明らかにされた。いわく、「宗教ヲ国家ヨリ分離シ、宗教ヲ政治目的二悪用スルコトヲ防止シ、一切ノ宗教、信仰及ビ信条ヲ完全二同一ナル法的基礎ノ上二立タシメ、以テ正確二同一ノ機会ト保護ヲ受ケセシメソトスル」こと。 ここでは、神道は宗教でない、という明治憲法下での原則は、否定された。だがそれだけでなく、明治憲法下での神道政策が日本近代化に役立った側面までも否定されてしまった。明治政府の神道政策には、土俗神道を掘り起こして天皇と国民との結びつきをつよめようとする狙いもあった。当時は、幕藩体制からの脱却こそが革新的で、反幕藩体制的であることが明治新政府の基礎固め、ひいては近代的日本づくりのためになによりの条件だった。 それに、“西洋”摂取について洋才にたいする和魂的基礎づけが留意され、神道が頼られる、ということもあったようだ。天皇制にたいして、西洋近代化にとってキリスト教が演じたような役割を期待したら、……というL・V・シュタインの示唆(しさ)が、明治政府の神道政策に影響していたといえなくもない》(小林昭三『日本国憲法の条件』(成文堂)、p. 132) 日本の神道が何たるものかがGHQには分かっていなかった。そして分かろうともしなかった。<政教分離>とは何かさえ分からぬまま、「宗教と国家の分離」を日本に命じたのが「神道指令」だったということである。