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学校に通いだしてはや一週間。自閉っ子毎日5時に起きてさっさと食事をししたくしています。前の日に宿題や持ち物の支度も完ぺきです。中学時代朝宿題やってたのがうそみたいです。
支度も私が手を出さなくても自分で連絡ノート見てやっています。 部活の見学も始まり、何にしようか思案中です。 日記も書くようになりましたが苦手なかくこともきちんとやり遂げています。 行きたい学校にいけるとこんなに意欲がでるんですね。 親の私は5時前に起きるのでへろへろで、駅までの送迎でくたくたです。 朝7時半7登校、即朝のトレーニング。毎日ハードですが自閉っ子がんばってます。 おねえさん9659さんのお買い物
おねえさん9659の日記 [全464件]自閉っ子の学校、携帯禁止です。連絡に使うよりゲームなどを使ってしまい勉強にあまり良くないのが理由で、連絡には杭州電話を使うように指示されています。 ですが自閉っ子公衆電話を使うのがおっくうで、なかなか私に電話をかけてきくれません。毎日駅まで送迎しているのですが、何かの事情で学校を出るのが遅くなっても、知らせてくれません。 いつもの電車に乗ってこなくても、また次かなと待てますが、数本到着しても自閉っ子が降りてこないと「何かあったのではないか?」と不安になってしまいます。先日は社会見学のあった日に1時間近くこなかったので、さすがに心配になって学校に電話をいれました。 「きょうは社会見学が長引いて、学校をさっき出たところです」との返事。ならまだ電車に乗ってないから仕方ない、と安心して待てたのですが、その後も臨時で下校が遅れることがあり、さすがの私もたまりかねて自閉っ子にたのみました。 「学校を出るのが遅れる時には携帯に電話して」 「えー。ちゃんと帰ってるからいいじゃん」 「かあちゃんは心配でしょうがないの」 「気にしすぎだよ。ちゃんと帰れるからだまって待ってて」 「心配しながら待ってる身にもなってよ」 「携帯だったらかけてもいいけど、公衆電話面倒なんだよなあ」 「・・・・」 今月に入って予定外の下校遅れが数回ありました。部活のある日は帰りも遅くなるし仕方がないけど長時間駅でそわそわしながら待つのは私の心臓に悪いです。 携帯持たせてほしいなあ。学校の方針は固く、携帯を持てるのは卒業してからになりそうです。あと何回こういうことが起きるのでしょうか。心配しすぎ、パニックになりすぎと自閉っ子によく言われます。心配しないで悠々待てるようになりたいです。 明日は変則で登校日です。迎えに行きますがいつもの時間に帰ってきてくれるでしょうか。 あー。心臓に悪い。
毎日5時起きで6時過ぎにうちをでる自閉っ子。学校では朝のトレーニングがあり、放課は5分。この5分で着替えをすませたりトイレにいったりしなければならず、今までマイペースですごしてきた自閉っ子にはかなりハードなようです。 先生からは「がんばってますよ」とあったり「着替えが遅いようです」とできないことの指摘があったり。今日はさすがにくたびれたのか、帰宅してもおやつも食べずTVの前に行くこともせず自分の部屋で着替えもせずにぼーっとしていました。緊張の糸が切れたのでしょうか。 私も学校が始まってから疲れがたまって大変ですが、まだ自宅にいられるだけましでしょう。慣れない場所で勉強や実習にがんばる自閉っ子の疲れはどれほどでしょうか。 今は食事も済んで、テレビの前で笑っています。今日はぐっすり寝てまた明日元気に学校へいけますように。
先日自閉っ子の入学式でした。新しい制服を着て、大きすぎるカバンを肩からかけて、初めての電車通学です。今日は親が同伴ですが、次からは一人です。 試しに切符買わせて、一体どこのホームから乗るのか様子を見守りました。1番ホームと4番ホームから出る電車があるので、その見極めができるかお試しです。 しばらく考えて正解のホームに行きました。ちょっと安心。車内はすいてますが座ることはできませんでした。いつも乗る時はたいてい座っていたので不満顔の自閉っ子。朝は混んでるから座れないと思ったほうがいいよとアドバイス。「座ってる人は始発から乗ってるの?」と聞いてきたので「始発やその次の駅で乗った人が多いかもね」と答えておきました。 つり革につかまりながら無言です。「K駅に着いたら降りるんだよ、アナウンスが聞こえたら出口に移動して待っててね」「うん。」 途中の駅からもどんどん人が乗ってきます。降りられるかな、大丈夫かなと見守りましたがアナウンスが聞こえたら移動して無事降りることができました。 駅から徒歩20分です。私が足が悪いので、先に歩くほかの親子連れからはどんどん距離が離れていきます。私のペースだと30分はかかりそうです。自閉っ子いらいらして「離されていくじゃないか」と私を見つめます。時間に余裕はありますが自閉っ子が初日からいらいらしてはかわいそうなので私も杖をついたままペースをあげます。 学校到着したのが指定時間の30分前。受付まだあいてません。ですがそこでもっと早く来ていた中学時代の同級生に遭遇。自閉っ子一気に機嫌がなおりました。 おしゃべりしながら待てるのがよかったです。私はその間一休み。控室に入れてもらえました。 時間になって受けつけですが、かかりは皆生徒さん。大きな声で出迎えてくれ、新しいクラス分けを教えてもらいました。その後控室に逆戻り。生徒と保護者は別のスペースでした。私も子どもも小さいので、ほかの人の背中でお互いの様子は見えません。どうしてるかなと思いましたがそろそろ子離れしないといけないなと入学式次第に目をとおします。 会場入りしましたが体育館は暖房入れてても寒いの一言。ぶるぶる震えながら参加しました。 新入生はまだあどけなく指示にも一歩遅れて反応していて、上級生の一糸乱れぬ様子とは違いました。うちの子も将来はああなれるのかなあ、がんばらせないとなあと思いながら見ていました。 担任の先生は若い男の先生で、高等養護学校は初めてでそれまで普通中学にいたとか。自閉っ子と字は違いますが呼び名は同じ名前で、自閉っ子すっかり先生が気に入ったようです。HRでは高校生の心得をたたきこまれ、「3年間がんばった人だけがお仕事できます」「学校は休まない」「遅刻や早退はしない」などここは中学とは違うんだぞ~と諸注意が延々つづきました。 新しいクラスメイトが8人。自閉っ子入れて9人です。明日もまた元気に学校に来てくださいねと先生からの声にみんな「ハイ!」と返事をしていました。 3年間厳しい生活がはじまりますが、頑張っていこうと思います。自閉っ子朝5時起きですが頑張れるかな?
私の夫は育児に向いてない。どちらかと言えば子どもが苦手でつきあうのが下手だ。子どもを抱っこするのもおそるおそるだったし抱いてて落としたりぶつけたりするので危なっかしいからあまり夫に子どもを抱かせなくなった。 そんな風だから子どもあやすとか遊ぶとかはもっと苦手だったしせいぜいゆりかご揺らすとかそのくらいしか頼めなかった。 発達障害の子どもがいると夫婦で療育熱心なことも多く、私一人で子育てしていると知ってよく「ご主人は?」と聞かれた。 よその夫婦が二人で育てているからうちも二人で、とは思わなかったし私も家事が苦手でできないことを要求されることのつらさは身にしみてしっていたから夫を無理に育児に引き込もうとは思わなかった。 それでも子どもが育つにつれて手がかからなくなっていったから、夫も一緒におやつたべたりTV見たりたまにはドライブしてどこかに連れてってくれたりするようになった。 ただ夫のドライブは文字どおり「運転」であって「旅行」や「観光」ではないので私たちがどこかによりたいとか食事がしたいとかいうと不機嫌になるのでこれには困った。ただひたすら走るだけの夫につきあうのは大変だったので、事前に打ち合わせを十分して食事やより道もしてもらえるようにお願いした。 今子どもたちが大きくなって、小さいときに父親に十分かまってもらっていないことがハンディになっているかといったらそんなことはないし育児下手な父親でもそれなりに子は育つなあというのが私の実感だ。 夫は子どもたちの主治医の名前も覚えないし診察についてきたこともない。子どもの担任の先生が誰かも関心がない。でも私は夫が子どもたちの父親でよかったと思っている。 夫は私の欠点を許して受け入れてくれたので私は気楽に子育てができたしそのことは子どもにいい影響を与えたのではないかなと思っている。
さっき実家へ自閉っ子を送っていったところです。今までは荷づくりの手伝いをしていましたが、今日は「ばあちゃんち行くから支度して」と放っておきました。自分の着替えとゲーム機なんかを詰め込んでいましたが確認はせずそのまま送りだしました。困ったら自分でなんとかするでしょうし、もうおもらししていた小さいときとは違うから下着が足りなくても着替えがなくてもなんとかなるでしょう。 先日もお泊りに行ったのですが、ばあちゃんの都合で変更続きで送り迎えする私はストレスで混乱してへとへとでしたが自閉っ子急な変更にも平気でした。私のほうが問題児で自閉っ子はどんどん問題をクリアしています。 ばあちゃんちで夕飯を食べたのですが、大嫌いなシイタケがでました。ほかのものはもりもり食べてるので、もしかしていいかもと思い「シイタケもたべてごらん」と声をかけたら箸をつけもぐもぐ。食べちゃいました。これでは私のほうが偏食家になってしまいそうです。 白いごはんとうどんとしらたき。それしかたべなかった昔を思うとうそみたいに変わってしまいました。今日はご飯の硬さだけでも変えてみよう、出汁の濃さを変えてみようと手を変え品を変えなんとかたべるものをふやそうとしていたころが懐かしくなりました。 どんどん親の手を離れて自立に向かっています。私がいないとどうしようもならなかった時代はとうの昔になってしまいました。子どもって親が思う以上に成長する力があるものですねえ。
自閉っ子の療育手帳の更新時期が来たので、遠路はるばるセンターまででかけてきました。このセンターに行くには駅まで車で出てJRに乗り、地下鉄に乗り換えて・・・と田舎にいる私たち親子にはちょっとした旅行です。隣の市にもセンターがあるのですがなぜか私の住む市は管轄外だとかでそのセンターをまたいでいかなければなりません。不親切。 近いセンターなら車で30分でいけるのに、歩きなれない都会に行くのは方向音痴の私には一苦労です。HP見ても「地下鉄OO下車 徒歩5分」とかんたんな地図があるだけで、地下鉄の何番出口からでたらいいのかは書いてません。ううう。 知能検査に行くよと自閉っ子には知らせてありましたが、「行きたくないなあ 検査いやだなあ」とおっくうな様子。知能検査受けたい子はいないよなあ、親や周囲の都合だなあ、と思いながらも説得します。 「帰りに好きなものたべていいから。退屈ならゲーム機持っていってもいいから」 自閉っ子ゲーム機持参はしないと決めたようで、帰りの食事だけ「ラーメンたべる」と返事をしました。この子は無類のラーメン好きで、検査や診察の帰りはたいていラーメンです。たまーに違うものを食べる時もありますが、9割方ラーメンです。私はいい加減ラーメンから卒業してほしいんですが好みだから仕方ないとあきらめてます。 さて、地下鉄の駅にはなんとかついたものの、出口がどこだかわからない。駅の案内版とにらめっこです。動かない私にいらついた自閉っ子が「早くいこう」とせきたてます。「出口がわからないと迷子になるからもう少し待って」 ようやく5番出口とわかりましたが、出口を出てどちらに行けばいいのか目印がないので見当がつきません。幸いまっすぐな道なので、とりあえず前に進んで間違ったと気づいたらそのまま戻るという方式で進みます。 私が道に迷うことを知っている自閉っ子、「大丈夫?」と聞いてきますがそこは正直に「わからないねえ、違う道かもしれないし」と答えます。 5分ほど歩いてどうやら道が間違っていないとわかりましたが、目当ての建物がどれかがわからない。どれもこれも似た建物で、名称が小さい文字で玄関の隅にしか書いてない。 あれこれ近寄って確かめて、どうにか目的の建物に着きました。迷わず一回で行けたのは奇跡です。迷ってもいいようにはやーく家を出たので、目標時間の一時間以上前に到着です。 時間つぶしの道具のない自閉っ子、待合室で貧乏ゆすりをするくらいしかできず、いらいらです。かわいそうだけど時間に遅れたら困ると思ったので仕方ありません。テレビがあるのでつけようかと尋ねましたが「いい!」と拒否されました。 備え付けの本やパンフレットは自閉っ子には読めそうもない退屈なものばかり。待つこと一時間以上、ようやく順番が来ました。親子同室でもいいと言われ何をするのか見たかった私は一緒に入ろうとしたのですが自閉っ子に「一人でいいから」と言われ待合室に残ることに。どんどん親離れしていきます。 待つこと一時間弱。今度は親の聞きとりとかで、学校のことや日常の生活のことなど聞かれました。自閉っ子は紙にAKB48のメンバーの名前を書いて待っていました。 かんたんな質問に答えて、面談終了。自閉っ子はラーメン食べたくてうずうずしています。センターの近くにはラーメン屋さんはないので、ぺこぺこのおなかを抱えて地下鉄で移動。ラーメン屋さんではセットメニューを頼んでぺろりと平らげてご機嫌でした。 どんな検査をしたのか聞いてみましたが、教えてくれませんでした。ただ「疲れた」「頭使った」とだけ。 帰宅してから早く寝てしまい、翌日はなんと午後3時まで熟睡でした。検査の担当さんが「がんばってやってくれました」と言ってましたが本当にくたびれるまで頑張ってくれたんだなあ、親の都合で受けさせた検査なのによくやってくれたと寝顔を見ながら思いました。 いやな検査を受けさせてごめんね。がんばってくれてありがとう。
先日自閉っ子の中学卒業式がありました。泣かないことに決めていたのですが、みんなに交じって入場する姿を見たときから涙腺が緩んでじわっと来てしまいました。 思い出すのは小学校の入学式です。あの時は親と離れることができるかが心配で、はらはらしました。弱視なので人にぶつからないで歩けるか、そんなことも心配しました。先生に手をひかれてよたよた歩く後ろ姿を見ながらやっていけるかどうか考えたことを思いだしました。 散歩しながら歩く訓練をしたこと。興味のあるものを探して見る訓練をしたこと。時間のかかったトイレトレーニング。 今卒業生席に姿勢を正して座っている姿にはもうあのころのひ弱さはありません。目もよくなり眼鏡は掛けているものの、日常に不便はありません。まっすぐ歩くこともマスターし、今は跳び箱もできるし走るのも早くなりました。筋力もつき、本当にたくましくなりました。 名前を呼ばれて「はい!」と力強く返事をして、卒業証書を受け取りました。そのあと保護者席の前に出て、両手で高く卒業証書を掲げました。よくここまで育ってくれたなあ、と思うと泣けてきます。自閉っ子は平気な顔で自分の席に戻り、ほかの子が証書を受け取るのを見ています。 自分の子が終わっても、知っている顔が続きます。小さかったころのことが思い浮かんで、よその子見てても泣けてきます。 そのあとは在校生の送辞と送る歌です。子どもの歌って聞いてると泣けてくるので私は嫌いです。頑張って歌っている姿にうるうる来てしまいます。しかもそのあとに卒業生答辞と歌です。自閉っ子も頑張って歌っています。小さいときは歌の意味がわからずお経のように唱えるだけでしたが中学に入って音楽が好きになって歌うことができるようになりました。 本当に努力していろんなことができるようになったなあとこの15年の歩みを思いました。泣いても怒っても言うことを聞かせてきたことがあったけど、がんばれせてよかったとそう思いました。 今は私の手をどんどん離れて、あまり手をだすと拒否されます。いつも私の手を必要としていたあの小さな子はどこにもいません。手を出すのは向こうが求めてきたときだけです。私も子離れする時期が来たのかもしれません。 式が済んでから担任の先生に「がんばれよ」と声をかけてもらう顔の誇らしげなこと。4月からは高等養護学校の一年生です。新しい道にむかって歩む自閉っ子をこれからも応援していこうと思います。 |一覧| |
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