|
|
|
|
| ホーム | 日記 | プロフィール | オークション | 掲示板 | ブックマーク | お買い物一覧 |
ホンネの投資教室の日記 [全207件]
以前本欄で、「『バブル』を中心とする経済のサイクル」(第134回、2010年9月17日)という経済循環を一回転する円運動の図で説明したことがある。このたび、あの図をもう少し詳しく書き換えたので、ご覧に入れたい。以下の図1がその図解だ。 山崎式バブルとボトムの経済時計
時間を追って、大まかにご説明しよう。 12時から始めると、先ずバブルのピークの時期には、株価は「高値波乱」的なボラティリティーの高い状況で取引されることが多い。この段階では、金融の引き締めが徐々に始まっていることが多く、中央銀行は何度か政策金利を上げていることが多い。 12時~1時の段階ではまだバブルが過ぎ去ったのかどうか、あるいはそれまでの上昇相場がバブルだったのか分からないことが多く、一時的な「調整局面」だと言われることが多い。 1時~2時の段階に至ると、多くの人が高値の回復が難しいと思うようになり、株式、不動産などの投げ売りが始まる。この時点では「高すぎる資産価格自体が最大の悪材料だ」と見なされるようになる。尚、時計には万有引力が働いていて、右半分の方が回転が早く、左半分を回すには金融政策のサポートが必要だ。 2時~4時は、資産価格が下落中だが、この間に金融システムに不良債権(多くの場合不動産などの担保割れが起こる)が発生する。 4時~5時の段階ではまだ底が見えていないが、金融機関のバランスシートが悪化して、最悪の場合は大手金融機関の破綻が起こる。この段階では、流動性の低下、つまり金融機関同士の資金の融通が悪化する現象が起こる場合があり、中央銀行は「最後の貸し手」として行動する。 5時~6時の段階では、バランスシートが完全には修復されていないので、「貸し渋り」つまり信用収縮から不況が起こり経済循環のボトムに至る。 6時の段階では、ファンドの解約による売りなど、ファンダメンタルな判断に基づかないやむをえない売りの影響で株価や不動産価格は下がりすぎていることが多く、これが修正される「リバウンド」相場の時期が6時~7時だ。 この時期には金融が緩和されているので、徐々に消費や投資が復活してくる。7時09時はこうした「自律回復」の時期だ。 ここで経済時計の針が9時を超えるためには、十分な金融緩和を行うことが重要であり、バブル崩壊後長きにわたってデフレに苦しむ日本は、この段階が十分機能しないので、針が9時を回ることが出来ずにこの手前で前後している状況だと考えられる。 経済時計の針が9時を回ると、資産価格の回復が、一つには消費や投資の余力を生み、また、金融機関でも資産内容が改善することによって融資余力が発生して信用拡大が起こりやすくなる。これが、9時~11時の状況で、景気的にはブームが起こる。 信用拡大が行われる時期に、これが11時を超えてバブルに至る理由は、人間の欲望や付和雷同的な集団行動の他に、金融機関及び金融マンが他人にリスクを取らせてビジネスを作り、自分の収益やボーナスを稼ごうとする「リスクの拡大装置」が金融ビジネスに組み込まれているからだ。 かくして、時計はまた12時に至る。 経済時計のそれぞれの時間帯で、「これがベスト」あるいは「セカンドベスト」と言うべき投資対象は変化する。 次回は、時間帯別の投資対象の選択について書いてみたい。 最終更新日時 2011年11月18日 14時13分23秒
読者の多くは、株式会社SBI証券、カブドットコム証券株式会社、マネックス証券株式会社、および楽天証券株式会社の4社による投資信託の販売協力プロジェクトがあることをご存じだろう(「資産倍増プロジェクト」という名前が付いている)。 このプロジェクトにあって、上記4社は、協同で各種の広報宣伝活動を行ったり、ネット証券専用ファンドの選定を行ったり(第一回、第二回、各3本ずつ)、ネット証券を通じた顧客の投資信託運用を拡大しようとする活動を行っている。 筆者は、楽天証券の一社員として同プロジェクトの関連書籍の作成に協力したし(ダイヤモンド社より刊行予定)、4社協同での公開セミナーに参加する予定になっている(大阪では2011年11月7日、東京では2012年3月18日開催予定)。 投資信託及び投資信託ビジネスについては論者によって様々な意見があり、また、これらを述べるに当たっては、ビジネス上の状況や立場の制約を受ける。筆者もその例外ではないが、以下、ネット証券における投資信託の販売に関して何を期待し、これがどうあるべきだと思うかに関して、正直な意見を述べてみたい。日頃の本欄のレポートもそうなのだが、今回は特に、以下の意見が会社(楽天証券株式会社)の意見を代表するものではない、山崎元個人の意見であることをお断りしておく。 ネットにおける投信販売の二大メリット ネットを通じた投資信託販売は、顧客に2つの大きなメリットを提供すると筆者は考えている。 第一に、金融機関のセールスマンが介在しないことで、第二に、ローコストであることだ。順番は、本質的には逆かも知れないが、現実的には、この順で強調したい。 日本の投信顧客の多くは、セールスマンが介在し顧客にアプローチすることによって、「不適切なファンド」に投資するに至っている。 「不適切なファンド」を筆者は、(1)ほぼ同じリスクを取るファンドの中で他のファンドに明らかに劣るファンドか、(2)顧客の運用にとって不適切なリスク・内容のファンドか、の何れかであると定義する。 筆者は「高コストでも、イメージや商品性格などに顧客が満足してこれを選ぶなら、価値あるファンドだ」といった誤魔化しは、認めない。お金の運用の場合、目的はお金を増やすことで、インプットもアウトプットもお金だから、ダメなものはダメなのだ。特に、(1)の場合は、「よりまし」な選択肢と実際の選択肢とを比較することによって(例えば、同じリスク=投資対象のファンドなのに手数料が違うようなケースが典型的)、投資家の「愚かさの値段」を金銭的に評価する事が出来る。 例えば、同様の投資対象に投資するファンドの中で相対的に手数料コストが高いファンドや分配金を頻繁に払って課税上損なファンドは(1)の理由で「不適切なファンド」だ。高齢退職者の退職金の大半を新興国通貨のリスクを取らせるファンドに誘導するような場合、このファンドは(2)の理由で「不適切なファンド」である。 この種のビジネスに関わっている方には申し訳ないが、毎月分配型のファンドや通貨選択型の新興国通貨コースのファンドなどは、殆どが投資家にとって「不適切なファンド」であり、銀行、対面型証券会社といった金融機関のセールスマンがいなければ、顧客の多くは、こうしたファンドに投資せずに済んだだろう。 また、高齢者に明らかに本人が理解できないような内容の、しかもハイリスクな商品を販売するようなケースは、明らかに「適合性の原則」上問題があるが、近年、その種の販売事例を、かつては「おとなしい」といわれていた銀行の投信窓販でも頻繁に聞くようになった。銀行窓販は、すっかり「肉食化」した。 投資信託は、顧客が自分で理解し、他の商品とも(特に同類の他のファンドと)広く比較した上で、最も有利なファンドを自分が決めたタイミング・金額で購入すべき商品だ。 筆者は、大学の授業で運用にあって「最も恐ろしいのはマーケットのリスクではなく、あなたの目の前に現れる金融マンだ」と日頃から学生に教えている。特に、近年は、商品の開発にあっても、売り方にあっても、行動経済学的なバイアス(非合理的な判断をもたらす心理的傾向性のこと)を積極的に利用した金融マーケティングが横行しており、その中で、対面型のセールスマンが果たしている(悪い)役割が大きい。 ネット証券で投資信託に投資する場合、セールスマンの影響を受けずに意思決定ができるということは、特筆大書したいくらいの大きなメリットだ。 もう一点、ネット販売による実質的な手数料コストの下落は、顧客の側から見た時に分かりやすいメリットだ。同じファンドを買うにも、対面型の窓口で買うと販売手数料が2~3%かかるのに対して、ネット証券で買うとノーロード(販売手数料ゼロ)というケースが頻繁にあり、投資信託という商品にあっては、既に「一物一価」が崩れている。 このことは、顧客にとって非常に重要な情報のはずだが、まだ世間に十分知れ渡っているとはいえないのが大変残念だ。 ネットを使った販売によってコストを下げて、そのコストを実質的な価格引き下げの形で顧客に還元し、これを競争力として、需要量を拡大する、というビジネス・モデルはネットのビジネス・モデルとしては、最も古典的且つ基本的なものだ。シンプルなだけに強力でもある。 ネット証券各社は、かつて対面型の証券会社が顧客から取っていた分厚い手数料を、ネットを使って引き下げることで「株式の委託売買」というビジネス分野で、対面型の証券会社からシェアを奪う形で今日のビジネスの基礎を築いた。 ネット証券の登場によって、顧客は、株式投資をかつてよりも遥かに安い手数料コストで行うことができるようになった。これは、多少手前味噌になるが、ネット証券の投資家、ひいては社会に対する「貢献」として誇っていいものだと思う。 結論の先取りになるが、これを投資信託に対しても適用することが、ネット証券の投信販売に関する、筆者の期待の中心だ。 率直に言って、対面型の証券会社で売っているようなファンドをネット証券で売ることについては、意欲が湧かない。 期待と現実 先日、資産倍増プロジェクトのイベントに関する打ち合わせで、SBIグループのオフィスを訪ねた。この際に、受付の横にあるモニターに映った同グループのキャッチフレーズ「全力顧客還元主義」という言葉に感銘を受けた。 コストを下げて、そのメリットを顧客に還元することで顧客に報いて、その結果としてビジネスを発展させ、顧客と共に栄えよう、という趣旨だと筆者は読んだ。筆者が、ネット証券の投信販売に期待する方向性そのものだといっていい。 問題は、投信に関して、それぞれの時点で、ネット証券がどの程度までやれば「全力」だといえるのか、ということだろう。 仮に、全てのファンドをノーロードにして、且つ、信託報酬の中の代行手数料部分も顧客に全て還元するとすれば、顧客サービスに関して全力であることは間違いなかろうが、ネット証券は運用会社の大半を自社の傘下に置くのでもない限り(まずあり得ないが)、投信販売ビジネスで収益を得ることが全く出来ないから、投信販売ビジネスを継続することが出来ない。 投信ビジネスに関する限り、資産倍増プロジェクトに参加するネット証券4社は、投信の預かり残高も、投信ビジネスからも収益も「まだまだ全く不足だ」と思っているはずだ(だからこそ、このプロジェクトがある!)。 たとえば、現在、ネット証券が投信に関して受け取っている手数料を半分にするなら、投信の預かり資産残高は、少なくとも、倍以上が期待できる必要がある。これが、ビジネス上の半ば「制約条件」だ。 ただし、かつて株式の売買手数料を各社が競うように引き下げた時にそうだったように、投信の手数料値下げについても、「やってみなければ分からない」面が多大にある。 かつて楽天証券にあっては、「株式の手数料をこれ以上下げるのはもう無理だ」と社員の多くが反対ないし心配する中で、経営陣が値下げを決断して、結果的に良かったという経験が何度かあった。他の3社の事情も似たようなものだったのではないだろうか。 投資信託についても、手数料引き下げの投資家にとってもメリットを十分訴えることが出来ると、手数料の引き下げ率を大幅に上回る預かり資産の増加率が得られる可能性があるのではないだろうか。 何れにせよ、投資家、ひいては社会の目線から見ると、ネット証券の投信販売は、上記のような展開になるのでなければ、大きな意味はない、といえる。 どこまでが「全力」なのか、については、4社各社が考えるべきだし、おそらくは競っていく必要があるだろう。 この「全力」のためには、目先の手数料を一時的に減らす覚悟と共に、既存の対面型の証券会社や銀行と全面的に対決する胆力が必要だが、これは、かつてのネット証券が株式売買ビジネスに於いて発揮したことがあるはずの力だ。 取り敢えずの中間目標としては、手数料率(資産当たりの)を2分の1に、投信の預かり資産残高は4倍に、という両方を早期に達成する、というくらいがいいのではないか。環境的に大変な時期ではあるのだが、「資産倍増」とだけいうのではいかにも夢が小さい。 夢は大きく ネット証券の投信販売に関しては、これを、投資家にとって真に好ましくて、且つ面白い投資信託商品の登場に結びつけることが筆者の夢だ。 理想をいえば、「不適切なファンド」は売りたくない。しかし、ネット証券はセールスマンを使ってファンドの押し売りをするわけではない。顧客の側で、「不適切なファンド」を避けてくれればいいし、そのことによって、ネット証券、さらには投信の運用会社がより良い商品に注力するようになればいい。 ポイントは、「良いファンド」をどれだけ安く売ることが出来るかだ。 将来の「良いファンド」の中に、広範な市場をカバーする十分に分散投資されたローコストなインデックス・ファンドが入ることは間違いないが、「インデックス」が常にベストなポートフォリオだとは思わない。 インデックス・ファンド並みの手数料のアクティブ・ファンドがあってもいいはずだ。 アクティブ運用は、大きなアナリスト部隊と多大な調査コストが掛かり高く付くのだというのは運用会社の言い訳だ。現実には、社内のアナリストに頼らないファンドマネージャーが多数いるし、システムに対する負荷も、数百・数千銘柄の売買が一気に生じるインデックス・ファンドの方が大きい。 仮に手数料は掛かるのだとしても、投資顧問を見ると運用に対する手数料は資産残高が数百億円単位になると十数ベイシス(前半)だ。たとえば、運用会社が15ベイシス(1ベイシスは百分の1%)、受託銀行が5ベイシス、販売会社が取る代行手数料が15ベイシスで、35ベイシスくらいの信託報酬でもちろんノーロードのアクティブ・ファンドは十分成立するはずなのだ。こうした手数料のファンドでも、残高が1兆円になると、運用会社と販売会社にそれぞれ毎年15億円の収入をもたらす。1兆円という残高は、米国のミューチュアル・ファンドを見ると、それほど非現実的な金額ではない。 また、金額さえ十分に集まるなら、インデックス・ファンド並みの手数料のアクティブ・ファンドがあっても全くおかしくない。 ネット証券に投信の資金が大量に集まるようになれば、ローコストな商品を提供する運用会社は必ず現れる。証券直系、銀行直系の投信運用会社は1番手にはならない公算が大きいが、外資系、独立系など、他にも運用会社はある。先行する1社が大きな資金を集めるようになると、証券・銀行系も追随するはずだ。 「ネットによる証券販売を梃子にして、個人向けの運用商品を根本的に改善すること」。これなら、仕事として十分なやり甲斐がある。 最終更新日時 2011年11月7日 19時34分46秒
持ち時間60分で何を伝えるか 今回は、「60分でアセットアロケーションの要点を伝える」という課題を考えてみたい。実は、筆者は、ある教育機関でインターネット配信する動画の 形で、ざっと60分の持ち時間でアセットアロケーションを伝える番組を来週収録しなければならない。60分は、ある程度オーバーしても構わないのだが、番 組があまり長くなると、受講生にとって負担が重くなる。なるべく時間を超過しないように構成したい。 視聴者は主にビジネスパーソンで、自分の費用と時間で勉強する気持ちのある真面目な人達で、収録はテレビのスタジオのような場所で行われ、女性のア ナウンサーが進行役でつくが、ほぼ私が一人で授業を行うように進行することになる(掛け合い形式の台本を作ることは可能だが、事前に打ち合わせる時間がな いので、現実的ではない)。 全体で10数回に及ぶ運用入門の講座1コマで、筆者が数回担当する中の1つなのだが、この回の構成が断然難しい。 実践的であることを標榜する運用入門講座なので、一般ビジネスパーソンである視聴者が自分でアセットアロケーションが出来るようになる必要がある。 リスク(標準偏差、分散)とリターンの意味と計算方法については既知としていいが、機関投資家が通常用いるMean Variance法を各自が独力で出来るようにする、とうのは現実的でない。筆者は、企業年金の担当者を対象に、エクセルの使い方も含めたアセットアロ ケーション入門講座を開いたことがあるが、参加者が独力でワークシートを作って最適ポートフォリオを計算できるようにするには、数時間かかった。受講者が FPならこの程度のレベルまで引き上げる必要があるが、今回は一般ビジネスパーソンが対象なので、何らかの簡便法を考えなければならない。 一方、簡便法だけを教えると、アセットアロケーションのどこが難しいか、また、簡便法が何を簡略化したものなのかが分からないだろう。この辺りが悩み所だ。 出だしの5分 授業はスタートが肝心だ。テレビ形式での授業では、とりわけそうだろう。最初の5分で伝えるべき事は、第一にアセットアロケーションの重要性であ り、第二に授業全体の構成だ。特に、今回は、前半に難しい話をして、後半に簡便法を説明する構成にするので、話の全体像をあらかじめ伝えておかないと、受 講者が途中で脱落する心配がある。 断片的だが、受講者に伝えるべき内容を、台詞にすると、以下のような感じになる。 「アセットアロケーションは、通常、運用パフォーマンス全体の8割から9割を決定づけるとされる、非常に重要なプロセスです。」 「アセットアロケーションの基本的なやり方は、100兆円以上の資金を運用する公的年金でも、一個人の数百万円のお金の運用でも同じです。どちら も、たとえば、株式の『期待リターン』や『リスク』、株式と債券とのリターンの『相関係数』などを推計しなければなりませんが、それは簡単ではありませ ん。」 「今回の講座では、一般の個人が電卓を使わなくても計算できるくらいの簡単さの『簡便法』をお伝えしますが、簡便法が、より厳密な方法と較べて何を簡略化しているのか意味が分からなければ、これを現実に用いる上で心配があります。 前半の30分 先ず、複数の資産を組み合わせた時のリスクの計算方法を説明しなければならない。また、アセットアロケーションは、ポートフォリオの期待リターンとリスクからポートフォリオの効用を計算する「効用関数」を最大化する形で行われるので、この枠組みを簡単に説明する。 一般的な数式を見せただけでは受講生が理解した気分にならないだろうから、2資産で標準偏差が共に20%、これを半々に組み合わせたポートフォリオについて、相関係数を変えて分散投資の効果の変化を計算してみせることにする。 次に、実際の計算に近づけるために、3資産のアセットアロケーションを少し現実的な数字でやって見せて、これをエクセルのワークシートにするための基本的な構造をあっさり説明する。 リスクとリターンと効用を計算できるワークシートを作って、効用を最大化するようにウェイトを決める、というアセットアロケーションの基本的な流れ を理解して貰う。機関投資家のアセットアロケーションも基本的な流れは同じであることを説明すると、やる気のある受講生は、自分でワークシートを作ろうと するかもしれない。 (図1)ワークシートの構造説明
(図2)エクセル・ソルバーによる最適化計算の説明図
アセットアロケーションで難しいのは、「期待リターン」の推計をはじめとする、インプットの数字をどう作るかだ。理論が難しい訳ではないし、より複雑なモデルを作ったとしても、前提となるインプットが曖昧なままでは、複雑化にメリットがない。 こうしたことを説明した後に、リスクやリターンの現実的な数字の見当や、数字自体が変動しやすいこと、しかし、小さな変動に対しても、計算でもとめられるポートフォリオは少なからず変化することなどを伝えなければならない。 数字は、過去のデータから計算したものを使うよりも、敢えて大まかで計算しやすい数字で説明する方が、アセットアロケーションは主観的に行われるプロセスであることが伝わっていいだろうし、将来、データが変動した時にも、応用が利きやすいだろう。 あらまし、以下のようなことを伝える。 リスクについては、以下のような内容を紹介する。
期待リターンについては以下のような感じだ。
ここで述べた数値を使って実際にワークシートを作ってみて、具体的なアロケーションを計算してみるところまでを見せて、前半を終了する。 話としては、相当に盛りだくさんになるが、これをしつこくなく、スッキリと説明しなければならない。 簡便法と厳密な方法の関係 簡便法は、以下のような流れの簡便法を紹介する。 <アセットアロケーションの簡便法>
筆者が過去に使った方法でいうと「超簡単お金の運用術」(朝日新書)をもう少し丁寧にした感じだと思って頂けると、イメージに近い。 ただし、補足として、特にビジネスパーソンで健康で定職に就いている人の場合は、「人的資本」の価値が大きいので、「リスク資産の上限比率」はかなり高い場合が多いことを付け加えておくべきだろう。 この部分の準備に関しては、それほど心配な点は無い。 説明上のポイントは、この簡便法と前半で紹介した厳密な方法との関係だろう。あらまし以下のような図を用いて、説明したい。 (図3)エクセル・ソルバーによる最適化計算の説明図
厳密な方法による「最適解」と、(1)リスクの上限を決めて、(2)その中の点のリスクと期待リターンの組合せを評価して選ぶ、「二段階法」とでも 呼びたい簡便法との結果が、そう大きくは違わないこと、また、厳密な計算による最適解もインプットの正確性が保証されない以上、それを「厳密」と言うには 問題があること、などが十分に伝わるといい。 説明が上手く行くかどうか自信は無いが、こうした流れで一度説明してみたい。 最終更新日時 2011年10月25日 14時41分32秒
リンゴとミカンを比べるな 投資信託などの評価に際して、或いは、ファンドマネージャーの腕を評価するに当たって、過去の運用パフォーマンスを見ることがしばしば行われる。 その有効性については後で改めて論じるが、現実に運用された結果が対象であるだけに、投資家にとって、過去のパフォーマンス評価は、関心もあれば相当の説得力も持つデータのようだ。 しかし、残念なことに、パフォーマンス評価はしばしば間違った(論理的に正しくないという意味で)方法で行われることが多い。たとえば、「シャープ・レシオ」で一律にファンドの優劣を比較することなどがその典型例だ。 書名は挙げないが、筆者は、他のファンドに勝つ投資信託を選ぶ方法を教えるとの触れ込みの本を見たら、シャープ・レシオでファンドを比較することを勧めていて、大いに驚いたことがある。 パフォーマンス評価に関する誤解の多くは、パフォーマンス評価が、過去の何をどのような意味で評価しようとしているのかに関する「理屈」が正しく理解されていないことに起因すると思われる。 本稿では、パフォーマンス評価に関する最低限の基礎知識をコンパクトにまとめることを目指すことにする。 パフォーマンス評価で大切な心得を三つあげるとすると、
の三点だろう。 第一番目の心得は、俗に「リンゴはリンゴと、ミカンはミカンと比べよ」などと表現される原則だ。 例を挙げて簡単にいうと、たとえば同じ期間であっても、日本株のファンドと、米国株のファンドを直接的に運用利回りで比較してはいけないということ だ。どちらの利回りも12%だったとして、市場平均でみて日本株のパフォーマンスが5%、米国株では10%だとすれば、日本株ファンドの運用者の方が「良 くやっている」といえる可能性が大きいことはお分かりいただけるだろう。厳密には、同じ日本株100%のファンドでも、運用の目的や最初に定められた運用 ルールが異なると、異なるファンドのパフォーマンスを直接的に比較することはフェアではない(この事情は、ファンドマネージャーをやってみると実感を伴っ て良く分かる)。 運用に詳しくない第三者が比較する場合であっても、せめて、運用対象とする資産カテゴリーは同じものどうしを比べないと、運用者が可哀相だ。 「シャープ・レシオ」は役に立たない 二番目のリスクを考慮せよという原則は、以下のような例を考えると分かりやすいのではないか。 共に日本株の運用だが、たまたま一銘柄に投資していたA氏と数百銘柄に分散投資しているファンドマネージャーB氏が一年間運用して、A氏の運用利回りが15%、B氏が13%の場合、A氏の方が運用の腕がいいと言っていいだろうか。 仮に日本株の市場平均のパフォーマンスが10%だとすると、二人とも幸運であることは確かだが、A氏はおそらく平均的には10数%の勝ち負けがあっ てもおかしくないリスクを取って市場平均に5%勝ったのに対して、B氏は市場平均に対する平均的な勝ち負けが2~3%に収まるようなリスクの中で3%勝っ たのかも知れない。この場合、B氏の方が運用の腕はいい(あくまでもパフォーマンス評価の典型的な仮定の中でだが)といえる公算が大きいだろう。 運用パフォーマンスに関して、プロのファンドマネージャーは、「幸運な素人にはとてもかなわない」という感想を抱くが、これは、上記のような事情によるものだ。 運用のリスクをパフォーマンス評価に反映させる尺度として有名なものには、以下のようなものがある。
の三つが頻繁に使われるパフォーマンス評価の尺度だ。 ファンドマネージャーの立場から見ると、ベンチマークに対して取ったリスク一単位当たりに稼いだ追加的なリターンで評価される、インフォメーショ ン・レシオが概ね最も納得的な指標だろう。但しこの場合、株式運用でいうと、キャッシュポジションを持ったり、先物を買い立てしたりといった、ベンチマー クのリスクの大小によるベンチマークに対する相対リスクも、銘柄選択等による相対リスクも同等に許容することになるので、評価を使用する側(ファンドマ ネージャーを雇う側)では注意が必要だ。 シャープ・レシオは、これをインフォメーション・レシオの文脈で解釈すると「キャッシュ・ポートフォリオ」をベンチマークとするインフォメーショ ン・レシオに相当する。シャープ・レシオで評価される場合、ファンドマネージャーが全く何の制約もなく運用できるなら一応はフェアだといえるかも知れない が、「日本株とキャッシュで」、「内外の株式と債券を半々くらいに」、「内外の株式を中心に」といった運用資金に期待される性格や制約が少しでもあると、 ファンドマネージャーにとってフェアではないし、評価の尺度としても正確ではない。 トレイナーの尺度は、たとえば、複数の運用者を使う年金基金が、ポートフォリオ全体のベータ値を全体として管理している場合に、個々のファンドマ ネージャーの貢献を評価する上で便利だといえる。但し、現実には、ベータ値そのものが安定したものではないので、実用性の上では疑問が残る。 運用者が実際に裁量を持って動かしている部分のリスク当たりの追加リターン獲得効率を評価しなければ意味が無いので、シャープ・レシオが意味を持つのは、かなり特殊な運用の場合であることがお分かりいただけるだろう。 運用資産のカテゴリー別にシャープ・レシオで測るのも、ましてカテゴリーを越えてシャープ・レシオで比べるのも、不正確だ。また、シャープ・レシオ での評価が直接役に立つのは、一つのファンドに運用を丸投げするような状況となるが、そもそも投資家がこうした状態にとどまっていることが問題だろう。 シャープ・レシオは、概ねファンドの評価には使えない。敢えていえば、自分の運用を評価する時に参考に計算してみるという程度の使い道しかない。 評価の期間 一口に「ベンチマークに対して年率2%勝った」と言っても、どれくらいリスクを取っていたのかと共に、それが何年間の運用パフォーマンスなのかを問題にするのが当然だろう。 一年だけ2%勝った、というよりも、10年間を通じて平均2%勝った、というケースの方を、信頼度が高そうに感じるのが自然な感じ方にちがいない。 細かな計算は省略するが、インフォメーション・レシオで見たパフォーマンス評価の信頼性は、評価期間の平方根に比例する。 ベンチマークに対する相対的なリスクが4%でベンチマークに対して(平均)年率2%勝った場合、それが4年間のパフォーマンスであれば試験の偏差値 でいうと「60」くらいの効率性だし、これを偏差値「70」に持っていくためには16年間の評価期間において平均年率2%勝つことが必要になる。 以下で述べるような、評価者にとって「都合のいい前提」を仮定したとしても、運用実績に対するパフォーマンス評価の信頼性を確保するには随分長い期間が必要だし、期間が長くなること自体が「都合のいい前提」を揺るがすことに注意が必要だ。 パフォーマンス評価の論理 インフォメーション・レシオのようなリスク調整を行った評価尺度を使って運用実績を評価しようとする行為は、(全てを網羅するわけではないが)概ね次のような仮定と論理に基づいている。 「運用者のスキルは時間が経っても安定しているとして、運用期間中に確率的に起こり得るパフォーマンスと比較して、この運用者のパフォーマンスはど れくらい(プラスに)偏っているだろうか。それは、確率的に考えて、どれくらい異例な事態だろうか。非常に異例と評価できる結果なら、この運用者には(プ ラスの)スキルがあって、だとすれば、今後、この運用者を使うことに意味がある(にちがいない)…。」 厳密に考えると、後から測ったリスクを、運用者が事前に分かっていたリスクと同じだと仮定することなど、まだまだ暗黙の好都合な仮定はあるが、過去のパフォーマンスを評価して、それによって今後に使う運用者やファンドを選ぼうとする際の潜在的な理屈は以上のようなものだ。 現実には、これだけ都合良く仮定しても、評価データの期間が不足することが多いし、ベンチマークも厳密に定義できない場合が多い。 それに、仮に、「偏差値70」といえるくらいの良いパフォーマンスが観測されたとしても、困ったことに、これは、このパフォーマンスが全く偶然の産物であっても、100人中2人強は存在してもおかしくない、ということなのだ。 そして、何よりも、ファンドマネージャーのスキルの有効性は安定していない。実績パフォーマンスに対する評価は、丁寧に、且つもっともらしく行ったとしても、その有効性には大いに疑問符が付く。 もっとも、論理的に整合整合性が取れていない評価は、役に立たない上に、恰好も悪いから、止めておく方がいい。 結論として、「運用の世界にあって、将来は、過去の単純な延長線上にはない」と申し上げておこう。 最終更新日時 2011年10月12日 17時7分42秒
推薦図書の責任を取る 筆者は、先般ある単行本書籍の取材を受けた時に、「投資家に一読を勧める文献を三冊挙げてください」と言われて、投資のスタンダードなテキストとチャールズ・エリス『敗者のゲーム』(鹿毛雄二訳、日本経済新聞社)に加えて、ジョン・メイナード・ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』(間宮洋介訳、岩波文庫)を挙げた(※ 書籍はネット証券四社による投資信託の「資産倍増プロジェクト」をテーマとしたもので、ダイヤモンド社から刊行予定です。楽しみにされて下さい)。 実 は、投資のテキストを挙げた理由は「長期投資でリスクが縮小する(だから、より大きなリスクを取ることができる)」といった世間によくある誤解に うんざりしていたからで、エリスの本を挙げたのは「そもそも運用を投信に任せる投資家が、『良いアクティブファンド』を事前に選ぶことができると思うばか ばかしさに早く気づいて欲しい」という理由からだった。こう本音を書くと、「ケインズは、読者への意地悪のつもりで挙げたのではないか」と思う方がいても おかしくないが、こちらは、「本当に面白いから」挙げたものである。 ケインズの通称「一般理論」は、掛け値なしに有名な経済学の名著 だが、難解で読み辛いことでも有名な本だ。推薦の弁には、「長期期待について述べた 第12章を中心に読んでみてほしい」と付け加えたが、それだけでは少し不親切な気がするので、推薦の責任を取って、その「ケインズの第12章」の読み所を ご紹介する。 「一般理論」の第12章だけを読んで下さい 何はともあれ、「一般理論」の第12章を読んでみて欲しい。翻訳の岩波文庫版では202ページから228ページまでの26ページほどの分量だ(最後のページは1行だけなので、計算から除いた)。 ここで、経済学部の学生を除く一般の投資家読者の方々には(経済学部の卒業生も含めて)、くれぐれも「第12章から読む」ことをお勧めする。 先にも述べたように、「一般理論」は読みにくい。特に、前半は、古典派経済学との比較や概念の定義などが議論の本筋のあちこちに挿入されていて、話の筋を追うのに苦労する。 「一般理論」は前半の比較的早い部分で、貯蓄=投資となるように生産・所得の水準がきまるとする有名な有効需要の原理が説明され、消費(特に人が所得の中からいくら消費するかという傾向である「消費性向」)を検討し、次に投資を検討する。 第 12章は、第11章で投資(実物投資)の規模が一方では投資の限界効率に依存して決まる(原書では「資本の限界効率」と書かれているが、「投資の 限界効率」と書くべきだ、と後に指摘されている。他方では利子率に依存する)と論じた後に、資産の期待収益を決定する諸要因を詳しく検討するとして、置か れている章だ。13章は、利子率の決定要因を扱う。 ここまで書くと、どうにも難しそうだが、第12章の場合、難しいのはここまでだ。 投資水準の決定が、現在分かっている割合確かに見える事実と、企業 家の将来にわたる予想と心理状態(これらを一括して「長期期待の状態」と呼ぶ)に依存するとして、後者について詳しく論じるのだが、続く記述は「本書の大 部分とは異なる抽象水準にある」として、ケインズは「市場と事業心理の実際の観察にもとづくものでなければならない」と述べる所説を自由に語り始める。以 下の記述には、「一般理論」特有の難渋さがないし、他の章の内容とほぼ独立して読むことができる。 なお、経済学者が使う「長期」という言葉は、ファンドマネージャーの言う「長期投資」と同じくらい怪しい概念であることが多いが、ケインズの場合は、資本装備が変化しない状況での議論が「短期」、資本が変化する状況を扱うのが「長期」だとはっきりしている。 事業家の心理と「アニマル・スピリット」 長期を前提に投資を考えるには、企業家がどのように投資の意思決定を行っているかを把握しなければならない。 ケインズは、期待収益を予測するにあたって依拠しなければならない知識の根拠は「極度にあやふや」だと半ば驚きながら宣言する。 「数 年先の投資収益を左右する要因についてわれわれがもっている知識はふつうはごくわずかであり、たいていの場合、それは無視できるほどのものであ る」(P205、前掲書。以下同様)、ビルディングであっても、大西洋を渡る定期船であっても、10年後の収益を予想するための知識の基礎はごくわずか で、時には皆無であり、「10年先はおろか、5年先でさえ、そうなのである」とケインズは自分の観察を述べる。これはプロが行う投資分析の現実に照らして も、もっともな現実把握だ。 投資は決して期待利潤の綿密な計算に基づいて行われるものではなく、「血気盛んで、建設的衝動に駆られた 人間」の意欲によって行われるということに 加えて、投資の平均的成果は「たとえ進歩と繁栄の時期においてさえ、人々を投資に駆り立てた希望を挫くものであったと思われる、とも語っている。 つ まり、ケインズから見て、投資(事業における実物投資)とは純粋な計算から見ると間尺に合う代物ではないが、事業者の「血気」によって行われてい るものだ、ということになる。ケインズの体系にあっては投資の有効水準が生産水準、ひいては国民の所得も雇用も決めるのだから、この現実は由々しき事態だ といってもいいだろう。 この「血気」については、12章の後の方でも触れられていて(P223~P224)、「われわれの積極的活動 の大部分は、道徳的なものであれ、快楽 的なものであれ、あるいは経済的なものであれ、とにかく数学的期待値のごときに依存するよりも、むしろおのずと湧きあがる楽観に左右されるという事実に起 因する不安定性がある」(P223)、「その決意のおそらく大部分は、ひとえに血気(アニマル・スピリッツ。訳書ではルビ)と呼ばれる、不活動よりは活動 に駆り立てる人間本来の衝動の結果として行われる」(P223~P224)と述べられている。 ケインズは行動ファイナンスでいうところの人間の「オーバー・コンフィデンス」の傾向について、そのいい加減さの影響と共に、重要性も同時に認識していた。 「もし血気が衰え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待値に頼るほかわれわれに途がないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」(P224)と彼はいう。 続いて「とはいえ、往事の利潤への[過度の]期待がいわれのないものであったと同様に、損失への[過度の]怖れも合理的な根拠を欠いているのであるが」と、この「血気(アニマル・スピリッツ)」の振れ幅の大きさも指摘している。 この辺りの人間理解のリアリティはケインズの大きな魅力の一つだ。 最終更新日時 2011年10月11日 19時12分23秒
行動ファイナンス学者、ケインズ さて、長期の事業計画に基づく投資の収益予測は極めてあやふやものなのだというのがケインズの意見なのだが、実際に投資に影響を与えている投資家は、証券市場の存在によって、先のことまで考えずに投資をすることができるし、現にそうしているとケインズは語る。 株式市場のような市場で投資を流動化できるようになることで、個人は投資を改訂する機会を頻繁に持つことができる。このことは、古い投資家の投資物 件を個人間で容易に移転することができるようにするが、同時に、現在の投資率に大きな影響を与えることが必至だ、とケインズは心配する。 ここから十数ページほど、ケインズは、なかなか先進的なファイナンス学者になる。ケインズが株式投資に熱心な実践する投資家(それも、大相場を張るタイプの投資家・投機家)であったことはよく知られているが、彼の理論には、投資の経験が生きている。 ケインズは、市場参加者の予想が「現在の事態は変化を期待することさらの理由がないかぎり、これから先どこまでも、このまま続いていくと想定する」 ものだと述べている。但し、それは、人が本当にそう信じているのではなく、そのようなこと(変化しないこと)は起こらないと分かっているが、そうするの だ、と注意する。同時に、こうした慣習的な計算方法は、「われわれの事業に相当程度の連続性と安定性」をもたらしている。 「われわれは実際には、市場の現在の評価は、それがどのような経緯でそうなったにせよ、投資収益に影響を及ぼす事実についての手持ちの知識との関係 で見れば一意に正しく、そしてこの知識が変化する場合にかぎり、評価もまたそれに応じて変化する、と想定している」(P210)これがケインズの市場観の 一方の基礎だが、この理解には、ケインズから見て30年ほど後に隆盛を見た「市場の効率性」の議論を卒業して、その先を考えて行こうとする行動ファイナン ス学者の視線を感じる。 後年の行動ファイナンスの学者達が、効率的市場仮説を克服するにあたっては、効率的市場の例外事象としてのアノマリーの研究など、かなりの回り道を 経ているが、ケインズは、人間の観察から出発した分、「期待」が「正しい情報」および「正しい株価」と直結するような非現実的な世界観には嵌まらなかっ た。 しかし、「慣習の不安定性」を高めるいくつかの要因があることで、「十分の投資を確保するという現代の問題」(P211)も影響を受けるし、市場の不安定がもたらされているというのがケインズの見立てである。彼は次のような要因を指摘する。 まず、経営に関与せず当該事業に関わりのない投資家・株主が増えることで、投資物件を評価する際に依拠する「真の知識」の割合が下がっていて、投資 物件の利得に影響する少々の変動(たとえば製氷会社が夏場に儲かるといった長期的でない現象)が過大評価されるし、大衆の意見は楽観と悲観の間で大きく揺 れ動く。 加えて、彼が多少の憤りと共に指摘するのは、「玄人筋の投資家や投機家の精力と技能」が「投資対象のその耐用期間全体にわたる期待収益に関して、す ぐれた長期期待を形成することに意を用いるのではなく、たいていの場合は、評価の慣習的基礎の変化を、一般大衆にわずかばかり先んじて予測」することに投 入されているに過ぎないということだ。 プロも含めて市場の参加者が、ファンダメンタル・バリューの発見に注力するのではなく、投資家の心理を通じて短期的な株価に影響を与える目先の変化要因の予測に振り回されることを、ケインズは指摘する。 「真正な長期期待に依拠する投資は今日ではほとんど不可能なほどの難事となっている。そうしようと試みる者は、群衆がいかにふるまうかについて群衆 以上に想像をたくましくする人よりは、もっと労苦の多い日々を送らねばならず、降りかかる危険もずっと大きい」(P216)とも言っている。 ケインズは、投資家の刹那主義を嘆いているが、それに逆らうことが簡単ではないことも同時に理解していた。 また、こうした刹那主義の原因を「人間というものは結果がすぐに表れることを望むものである。手っ取り早い金儲けにことに強い興味を示し、遠い先に 得られる利益を平均的な人間は非常な高率で割り引く」(P217)とも述べており、後年行動ファイナンスで研究された「時間非整合」(あるいは「双曲割 引」)の問題を直感的に把握していたように思える。 彼は、この傾向が市場参加者の「頭脳が生来、凡庸だからではない」(P213)のであり、(ケインズから見ると)過度に流動的である市場の構造のせいだという。 ケインズは、この章の終わり近くでまたこの問題に戻り、投資家の関心を目先の利得から、長期的な投資価値に向けるために、証券に市場において取引税 を掛けることも一案だと述べている。このアイデアは、後年になっても、たとえば激しい国際資本移動を手なづけるために、通称「トービン・タックス」(金融 取引税)を導入してはどうかといった形で時々復活してくる(筆者は不賛成だが)。 ケインズによると、「熟達した投資の社会的目的」は、「他人を出し抜く」ことではなく、「われわれの未来を覆っている時間と無知の闇を打ち負かすこと」でなければならない(P214)。 こうした議論の途中に、「それぞれの参加者は自分が一番美しいと思う顔を選ぶのではなく、他の参加者の心を最も捉えそうだと思われる顔を選ばなければならない」(P215)ゲームとして有名な新聞紙上の「美人コンテスト」の喩えも出てくる。 また、「投資資金の運用者」の行動について、「世俗の知恵の教えるところでは、型を破って成功するよりも、型どおりのことを行って失敗した方がまだしも評判を失うことが少ないのである」(P218)と皮肉を述べている箇所もある。 「投機」と「企業」、およびケインズの「結論」 ケインズは、「投機という言葉を市場心理を予測する活動に、企業という言葉を資産の全耐用期間にわたる期待収益を予測する活動に」充てている(P219)。 彼の分類は、考え方として筆者の流儀での「投資」と「投機」の分類に正確に対応するものではないが、実際の活動を分類する上では、「企業」の活動への資金提供となる「投資」と、市場心理を予測するゼロサムゲームである「投機」との区別に対応しているように思える。 ここでのケインズの懸念は、先にも述べたように、資本市場が組織化されるにつれて、「企業」よりも「投機」が優勢になるのではないか、ということ だ。「一国の資本の発展が賭博場(カジノ)での賭け事の副産物になってしまったら、なにもかも始末に負えなくなってしまうだろう」という心配がその内容 だ。 ケインズの見るところ「社会的に見て有益な投資政策が最も多くの利潤を稼ぐ投資政策であることを示す明確な証拠は経験上何一存在しない」 (P215)。われわれには「他人を出し抜く」ために必要な以上の知力が必要だが、それが金銭的利益に結びつく保証はない(P217)とも言う。 結局、ケインズは、資本市場のパフォーマンスに関して「懐疑的」になり、「利子率に影響を及ぼすことを目的とした金融政策がただそれだけで成功を収 めうるとは考えていない。これからは、長期的視野に立ち社会の一般的利益を基礎にして資本財の限界効率を計算することのできる国家こそが、投資を直接組織 化するのに、ますます大きな責任を負う、と私は見ている」と、本来あるべき「企業」の活動への希望を国家に棚上げしてしまっている。このケインズの結論に 対する評価は様々だろう。 筆者は、狭義の金融政策だけで経済の問題が解決できない状況があることについてケインズに同意するが、国家が「社会の一般的利益を基礎にして資本財の限界効率を計算する」ことなどできないと思うので、後半部分には賛成できない。読者はいかがだろうか? 結論への賛否は別として、「一般理論」の第12章はともかく面白い。ぜひ読んでみて頂きたい。 最終更新日時 2011年10月11日 19時6分34秒
脱初級者を目指す投資家に 投資、特に株式投資が好きで、自分の投資の腕前を上げたいと願っている投資家に新刊書籍を一冊お勧めしよう。マシュー・シフリン「となりのバフェットがやっている凄い投資」(小野一郎訳、ダイヤモンド社。以下「となりのバフェット」と略記する)がなかなか面白い。 この本では、フォーブス・メディア副社長で投資編集者のキャリアが長い著者が、あらかたのプロを上回る投資パフォーマンスを上げたアマチュア投資家を10人取り上げて、彼らの投資手法とライフスタイルを紹介している。 登場するアマチュア投資家の中にはトラックの運転手もいれば、引退した元ビジネスマンもいるし、投資の実績を買われてファンドを運用し始めた今やプ ロと呼ぶべき投資家もいる。彼らが、どのような手法を使って、プロも羨むようなハイ・パフォーマンスをあげたのか、がこの本の最大の読みどころだ。 初級者・上級者といった分類は他人が勝手にするものであって、投資家本人はどうでもいいことだが、脱初級者を目指す投資家に、筆者は、しばしば、有 名ファンドマネジャーへの伝記的インタビューのような本を薦める。たとえば、ジョン・トレイン「マネーマスターズ」(座古義之、臼杵元春訳。日本経済新聞 社)のような本だ。 この種の書籍で上質なものは、「投資のアイデア」とはどんなものかということを、これを考え、実践する楽しみと苦労とともに教えてくれるので、読者 である投資家は、知識を増やすと共に、投資技術向上へのモチベーションを高めることができるのがいい点だ。大雑把には、野球少年が、優れた野球選手・監督 の伝記を読むようなものだと思えばいい。 但し、あらかじめ申し上げて置くが、この本は、ある程度個別株の投資に経験があって、複数の投資銘柄を保有した経験がある程度の投資家が読むのでなければ無駄だろう。 内外のインデックス・ファンドで積立投資をしていて、これに満足している、という投資家は、それはそれで十分立派な投資家なのだが、彼らがこの本を読んでも得るものは少ないだろう。 「投資家記録本」の読み方 成功した投資家の伝記は、投資家にとって貴重な読み物だが(なぜなら、読む価値のある投資本は数少ないから)、読み方には、幾つか注意がある。 一つは、商業的宣伝の本や単なる自慢話に付き合わないことだ。 これは、その書籍を通じて著者がファンドなりセミナーなり他の商売をしようとしているか、また、投資手法について語るときに曖昧さを残そうとしてい るか、という態度を見分けることによって多くが判別可能だ。実績らしき数字をくどいくらいに強調する一方で、本文を読んでもどのようにポートフォリオを 作ったのかが分からないような本は「商売」か「自慢話」だ。 「となりのバフェット」は、このレベルの本ではないので大丈夫だ。 次に、投資家の記録を読む際に最も重要なポイントだが、そこに書かれていることは「ある時期に上手く行った事例に過ぎない」という事実を絶えず念頭に置いて読むことだ。 ウォーレン・バフェットもピーター・リンチも、運用していた時代がちがうと、優れたパフォーマンスをあげられたかどうかは、よく分からない。まし て、そのノウハウを真似しようという投資家が、別の時代に彼らの方法(とその投資家が思った方法)を使って上手く行く保証は全くない。 そもそも投資家について語った文章で取り上げられる人たちは、過去の成功者であって、たまたま運が良かった人である可能性が無視できない。たまたま儲かった人を後から探して讃えているだけかも知れない、という「健全な疑いの心」が読者の側では常に必要だ。 また、本に登場する投資ノウハウの有効性をそのまま信じてはいけないことはもちろんだし、さらに、積極的に、「その方法に嘘や弱点はないか?」という疑いの心を持って読むことが必要だ(たいていは、ある)。 たとえば、「となりのバフェット」に一番目に登場するバリュー投資家リーズ氏は、「10以上の銘柄をきちんとフォローできるはずがない」と言って、投資銘柄を絞り込むことを提唱するが、敢えていえば、これは正しいアドバイスではない。 実のところ、一銘柄でも絶対に大丈夫というレベルで「きちんとフォロー」などできないから、分散投資をするのであり、「同様に有望な銘柄、10銘柄 のポートフォリオ」よりも、「同様に有望な銘柄、50銘柄のポートフォリオ」の方が、期待リターンが同じ(=同様に有望)で、リスクが小さい筈(業種分散 その他にもよるが、傾向として)だから、ポートフォリオの構築方法としての優劣は明らかだ。「経験」にはリアリティがあるが、リアリティよりも論理を優先 させる方が利口だ。 参考になるのは誰だ? 紹介されている10人の投資手法を詳しく書くと、映画評などで言うところの「ネタバラシ」になってしまうので、具体的な投資手法については、是非、本を入手して読んでみて欲しい。中級以上の株式投資家なら面白いと思う部分が幾つかあるはずだ。 その前に、「となりのバフェット」を読むコツを一つお伝えしよう。 それは、投資家を紹介した本文を読む前に、「投資に役立つサイト」と題された末尾にある第11章を先に読むことだ。 紹介されているアマチュア投資家の投資パフォーマンスの多くは、投資サイトに記録された模擬ポートフォリオの運用成績だ。また、紹介された投資家 は、有名投資サイトの中で評判の高い人の中から選ばれているし、彼らの多くは、各種の投資サイトを情報の収集と発表の両方に使っているヘビーユーザーだ。 米国の投資家がどんなサイトを使っているのかが分からないと、背景の理解に苦労する。 著者によると、大手のファイナンス系サイトの掲示板などは、勧誘と、デマと、何よりもノイズ(意味のない情報)に満ちているという。 本書で紹介されているサイトの中には、「ヴァリュー・フォーラム」のように、年会費が250ドル必要だが、会員相互の意識が高く(現在、会員数は約 1,200人だという)、ノイズが殆ど無くて、会員がお互いを助け合うサイトもあれば、「バリュー・インベスターズ・クラブ」のように、匿名ではあって も、本会員が年間2本以上の本格的なレポート書きと20本以上のレポートの評価を行う義務がある、本格的な内容のサイトもある。長年思っていることだが、 アカディミック、アマチュア、プロフェッショナルいずれにあっても米国の投資研究の層の厚さは羨ましい。 さて、本書に登場する投資家の投資方法はバラエティに富んでいるが、彼らの多くが、何らかの意味でバリュー投資家(割安株投資家)だ。はじめに紹介 される、リーズ氏、クレブス氏、コーザ氏、ペタイネン氏は何れもなにがしかバリュー系の投資哲学だ。順に、バフェットに近いスタイル、バリュー投資にオプ ションの売りを組み合わせるやり方、バリュー株が更に下落する「バリュー投資の罠」を避ける工夫をしているリカバリー投資が得意な投資家、バリュー投資の 方向性を重視したクオンツ(数量分析投資家)、といったところだ。 筆者は、本書全体の中で、二番目に出てくるクレブス氏、三番目のコーザ氏、四番目のペタイネン氏の三人が、特に一般個人投資家の参考になると思った。 詳しくは本を読んで欲しいが、オプションではロング(買い)の投資家が儲かっていないことから、ゼロサム・ゲームなのだからショート(売り)が儲かるはずだと考えて、オプションのショートを投資に組み込んだクレブス氏の方法は、日本の一般投資家にも応用が利く。 たとえば、ある株(インデックス・ファンドでもいい)を買おうとする場合、先ずその銘柄のプットをショートして実質的に現値よりも安く買い始めて、 現物の保有に乗り換えて、株価が値上がりしたらカバード・コールを使ってプレミアムを取りつつ利食いに入るといったパターンは、「基本パターン」の一つと して、覚えておくといい。 また、コーザ氏の株式の「内在価値」に関する考え方と、これに結びつけた売買のルールの作り方などは、日本の投資家にも参考になるはずだ。 ペタイネン氏は、ミシガン大のコンピューターセンターに勤務していて、専門の運用会社並みのデータとシステムを使える恵まれた立場を生かして、多くの仮説を試して有効と思われるもの(現在11のルールがある)を自分の投資に組み入れている。 経験的に有効と思える複数のルール間の矛盾に悩む箇所などは、やや微笑ましいが、こうしたことに悩む以前のレベルのプロフェッショナルなファンドマネジャーを何人も知っているので、彼を笑うわけにはいかない。 また、本文を読んでいると、デビット・ドレマン(バリュー投資のプロ)やジム・クレイマー(有名な投資コメンテーター)などが、近年の相場の下落で かなり痛い目に遭ったらしいことなども分かって興味深い。株式投資自体が低調で人気の無いゲームになってしまったかのような日本と違って(もちろん、その 中でも熱意を持ち、儲けている投資家もいるわけだが)、米国の株式投資家はまだまだコミュニティー全体が熱い。 5番目のヒル氏は、ネットから情報を取って投資するタイプ、6番目のウェイランド氏はバイオ株に特化、7番目のマクダフ氏は「バフェット1にテンプ ルトン2の割合のカクテル」と紹介されるグローバルなマクロ経済分析を重視視する(再び)バリュー投資家、8番目のスワン氏は金鉱株の専門家といった具合 に、紹介される投資家は多岐にわたっている。 ここまでご紹介すると、投資好きの方なら、是非読んでみたいと思われるのではなかろうか。 もう一度繰り返すが、それぞれの投資家のアイデアの参考になる部分を吸収するとともに、投資手法の穴や弱点を探しながら、一人一人について検討しながら読んで欲しい。投資家にとっては「いい栄養」になるはずだ。 最終更新日時 2011年9月5日 19時0分7秒 |一覧| |
|