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山崎元のホンネの投資教室 カブカブログ(日記・ブログ) |
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ホンネの投資教室の日記 [全160件]
(1)インデックス・ファンドの対談で先日、「投資信託にだまされるな!」(ダイヤモンド社)の著者、竹川美奈子さんとインデックス・ファンドへの投資をテーマに対談した。対談は、後日、楽天証券のホームページに掲載される予定なので、詳細はそちらをご一読いただきたい。 対談では、インデックス・ファンドのメリットとして、(1)分かりやすさ(特に過去のデータの検証が容易)、(2)行き届いた分散投資(目標とする指数によるが、おおむねよく分散されている)、何といっても(3)手数料の安さ、を挙げた。アクティブ・ファンドに対しては、(A)運用成績の平均がインデックス・ファンドに劣り、(B)どのファンドの運用が優れているか「事前」には分からないので、(C)高い手数料を払ってまでアクティブ・ファンドを買える理由はない、と言った。どのように文章化されているか分からないが、これは、私の意見というよりも、事実なので、他に言いようがない。 対談の終わり頃、聞き手役のライターさんに「元ファンド・マネジャーとして、アクティブ・ファンドに対する個人的な思いのようなものはありますか?」と質問された。その場で思い出を語ったわけではないが、この言葉をきっかけに、アクティブ・ファンドを担当していた頃の自分の運用を思い出した。 (2)私のアクティブ運用経験私が一担当者としていくつかのアクティブ・ファンドを担当していたのは、1986年から1991年だ。年齢にして27歳から33歳の頃だ。 最初に担当したファンドは、バランス型の投資信託だった。国内債40%、国内株式40%、外債10%、外国株10%くらいのアセット・アロケーションを標準とする公募の投資信託だった。この時の運用戦略は、外債を多めに(20%くらい)買うことと、日本株部分については一般のファンド・マネジャーが好む人気銘柄をアンダーウェイトすることだった。最近、個人投資家の運用で外債は不要だと述べることが多いので、私は「外債嫌い」だと思われることがあるらしいのだが、運用にあっては実は外債好きなのだ。 ただし、「高金利のインカム収入を狙って為替リスクを我慢する」というような当時の生命保険会社のような運用をしていたのではなく、為替を将来の金利分も含めたフル・ヘッジにして長期債と短期金利の金利差を取りに行きながら金利低下のキャピタル・ゲインも狙うというのが当時の戦略だった。これらの戦略はなかなか上手く行って、同時期に設定された他社の投資信託数本との比較で(新聞には横並びで基準価額が載っていた)10%以上の差を付けることができて、ファンド・マネジャーとしては気分のいいスタートを切ることができた。この頃、設定時期の異なる同種のファンドを合計3本運用したが、結果は悪くなかった。 次のアクティブ・ファンドはある外銀の年金資金の一部を預かって日本株で運用するファンドだった。ベンチマーク(TOPIX)を上回るリターンを目指す標準的なアクティブ・ファンドだが、ベンチマークに対するリスクをコントロールしながら、外国の顧客に説明の付く運用をしなければならなかった。この時に使った戦略は、アーニング・サプライズ(正確には収益予想改訂のサプライズ)とネグレクティド・ファーム・エフェクト(Neglected Firm Effect;無視されている銘柄のリターンが高い現象)を組み合わせたストック・ピックでプラスα部分を作り、これを組み込みながら、ベンチマークに対するリスクの小さなポートフォリオを最適化計算で作るといった運用戦略を使った(詳しくは拙著「ファンドマネジメント」金融財政事情研究会、の第16章をご参照下さい)。 これもなかなか上手く行った。計算通り、あるいは計算以上のアクティブ・リターンを4年間(後半は担当者が交替したが、運用のレシピは同じ)毎年安定的に稼いでくれた。東証二部や地方単独上場銘柄も含めて、地味な小型株を組み込みながらTOPIXに対する推定トラッキング・エラー(相対的なリスク)をコントロールする一風変わったポートフォリオだった。 マルチファクター・モデルと呼ばれるツールを使ってポートフォリオのリスクを計測したり最適化計算を行ったりするのだが、ストック・ピック(個別の銘柄選択のこと)のプロセスは人間が手作り的に判断している。コンピューターをかなり使うので、これをクオンツ運用だと称する人もいたが、私は「クオンツ」であるかないかはあまり本質的なことではないと思っている。コンピューターなりソフトウェアなりは単なる道具であって、運用の思想や戦略ではない。プロのファンド・マネジャーは、ポートフォリオのコントロールのためには、こうしたツールを自分で使いこなす必要があり、これができないファンド・マネジャーは単にスキルが劣るだけのことだ。もっとも、このスキルは期待リターンの大きな高低に影響を与えるようなものではないので、こうしたスキルがなくても、ファンド・マネジャーとしての「ごまかし」は利く。 この運用方法は機関投資家の運用としてはなかなか具合が良かった。TOPIXに対する推定リスク(年率標準偏差%)の2倍以上のアクティブ・リターンが出ることが多かったし、マルチファクター・モデルのポートフォリオ分析機能を使って分析すると、銘柄選択効果の貢献が大きく出て見栄えが良かった。 信託銀行のファンドトラストの枠組みでこの方法を使った運用をセールスして、3件ほどファンドを受託した。うち2件は実際に運用を開始してまずまず期待通りの結果が出た。もう1件は「マーケットの環境が悪いから、しばらく運用スタートを見合わせましょう」と顧客にアドバイスして株を買わないままキャッシュで返した。その間平均株価は下がったので、結果的に、顧客にとって良かった。マーケット・タイミングそのものに関するアドバイスをするのはファンド・マネジャーにとってリスキーな行為であり、ある意味では過剰な親切だったが、幸い「結果オーライ」だった。 90年代に入って、年金合同口(信託銀行のファンドで複数の顧客の資産をまとめて運用する)の株式運用を担当した。 この時にも、このストック・ピックの方法は使ったのだが、運用金額が大きくなってきたこともあり、マルチファクター・モデルを使ったバリュー投資(割安株投資)を併用した。最初に担当したファンドは300億円くらいの残高のファンドだったが、確か300くらいの銘柄を持っていた覚えがある。もちろん、アクティブ・ファンドであり、勤務先の信託銀行の合同口の中では一番アクティブ・リスクが大きかった。「銘柄数が100を超えるとほとんどインデックス・ファンドだ」というようなことを言う人(素人投資家や学者や時にはプロも)がいるが、嘘である。このファンドも2年担当したが、ベンチマークに負けた年はない。 翌年になって、600億程度の資金を投入する大型のファンド(年金信託合同口)を設計した。今度は、リターン・リバーサル(過去の相対的なりターンが劣る銘柄の将来の相対的なリターンが高い現象)とバリュー効果の組み合わせで運用するものだった。リターン・リバーサルは回転率を考えて2カ月程度(複数の期間を合成した)のリターン・リバーサルになっていたはずで、各銘柄のβ値の効果を調整したリターンのリバーサル効果を計算していたと思う(記憶が曖昧だ)。 基本的に毎月リバランスするのだが、リターン・リバーサル効果とバリュー効果の合成の具合はマーケットの様子や売買コストを見ながら配合を変えていた。 このファンドも対ベンチマークでは上手く行った。私が信託銀行を辞めて、ひきついだ担当者が上手くやってくれて、その後何年か好結果が出て、資金が集まって大きくなったと聞いている。 振り返ってみると、それほど長期間、運用担当者をやっていたわけではないが、色々な戦略を試して、ベンチマークに負けた年がなかったのは、幸運だった。決して、自分のアクティブ運用で嫌な思いをしたことがあったから、今になって「インデックス・ファンドがいい」と言っているわけではない。 もっとも、自分の運用がベンチマークに負けていても全くおかしくなかったと思っているし、また運用したらベンチマークに勝てるだろうと思っている訳でもない。再び運用するチャンスがあれば、ゲームに勝とうとして頑張るだけだ。 (3)アクティブ・ファンドに期待すること私は、現在ベンチマークとしてインデックス・ファンドに利用されている株価指数がポートフォリオとしてベストであり素晴らしいと思っている訳ではない。 一般論として、ではなく、個別の状況にあってアクティブ運用にも十分な可能性があると考えている。ただ、その可能性を試してみるとしても、アクティブ運用の投資信託が平均的に取る年率1.5%といった信託報酬は明らかに「取りすぎ」であり、ビジネスとしていささか「品がない」と思っている。 インデックスを改良するという運用改善の方法もあるが、アクティブ運用を安価に提供する方が本来は自然ではないだろうか。ファンド・マネジャーにかかる負担も、必ずしもアクティブ運用の方が大きい訳ではない。運用会社内のリサーチを実のところ利用しないファンド・マネジャーも多いし(私もその一人だった)、利用したからといって運用成績が改善するものでもない。インデックス運用の方が、銘柄数が多くなるから、システム的な負荷も大きい。 アクティブ運用のフィー(手数料)がかくも高いのは、一重に運用業界側の商売の都合だ。大衆向けのアクティブ運用の価格破壊を期待したい。
(1)「賃金上昇率プラスα」は運用目標になるか?GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やKKR(国家公務員共済組合連合会:筆者は運用委員会の委員を務めている)など、公的年金の資産運用に関する報告書をホームページで読むと、賃金上昇率プラス何%といった形で運用目標が書かれていて、近年の運用環境は厳しかったものの、たとえば過去5年で見て、この目標は達成されている、といった記述が見つかる。 公的年金の場合、大まかに言うと、掛け金も給付も賃金の変化に対して比例的に変化する仕組みになっているので、賃金の上昇率に対して一定以上の利回りが維持されていれば、少なくとも運用が年金財政全体の悪化をもたらさないということがいえる。 年金運用の目標は年金財政から決まるべきだという考え方には一理あり、現在、公的年金の運用計画の策定や運用結果の評価において一定の説得力を持っているし、現実にこうした運用目標が採用されることがある。 しかし、ここ数年のように賃金がマイナスに変化している状況では、こうした運用目標は極端なことを言えばリスクを取りさえしなければ十分達成される。 逆に、実質賃金が上昇するような局面では、金利がインフレ率にスライドして上昇しても賃金上昇率を上回る利回りを達成することは難しくなる。金融業界としては、将来の賃金の上昇やインフレに備えて株式投資や商品投資、あるいはオルタナティブ運用などの必要性を売り込まなければならないところだが、これらへのリスクを取った投資が賃金上昇率に勝てるという保証はないし、上昇どころかマイナスの利回りにつながるケースもあるのは、近年の経験が示すとおりだ。 (2)ベンチマークの三条件資金の運用目的を離れて、運用そのものについて目標設定と評価を考えると、ベンチマークに対する対比で運用の良し悪しを評価するのが普通だ。 この仕組みの下では、どのような大きさと性質のリスクを取るのかということと、その結果得られたリターンがリスクに見合ったものなのかということをまとめて評価すると共に、将来の運用の概要を投資家に伝えるコミュニケーションの手段をベンチマークが果たしている。 ベンチマークは一般に、(1)透明性(何でどう構成されているかが明らかであること)(2)再現性(同じリターンがトレース可能であること)(3)規範性(それ自体として望ましいポートフォリオであること)の三つの条件が必要だ。そうでないと、ベンチマークは運用に悪影響を与えかねないし、運用に関するコミュニケーション手段として十分に機能しない。加えて、ファンドマネジャーの評価に使う対比相手としてフェアでない。 これらの点から考えると、「賃金上昇率(プラスα)」は、年金財政上の必要性と上手く対応しているかも知れないが、運用目標としては不十分だ。 また、運用というものは負債側から見た「必要性」だけが理由で行われるものではない。端的に言って、儲かりすぎて困るということはない。もちろん、一定のリスクの制約の下でだが、リターンは高ければ高いほど良い。 賃金上昇率プラスαが運用目標として不十分な理由は、一つには「リスク」の概念が含まれていないからだろうし、もう一つには賃金上昇率をトレースすることができる運用手段がないからだ。 (3)必要性と現実性はどちらが大切か?年金運用の運用目標の話に戻ると、筆者は、年金財政上の必要性が運用目標を与えるというよりも、現実的に可能な運用から想定される利回りが年金財政に反映される(「予定利率」に反映して、給付に対する掛け金を決める)必要があるのではないかと考えている。 かつて企業年金の制度設計の際に典型的な利回りとして「5.5%」が使われたことがあるが、低金利時代に入ってからも5.5%を運用目標として掲げて、これを達成するためにリスクを取り続けたことが多くの企業年金に対して大きなダメージを与える原因になった。 賃金上昇率はインフレ率と一定の関係を持っていて、金利や企業の利益もまたインフレ率と一定の関係を持っていると想定することは理論的には可能なので、賃金上昇率は「5.5%」ほど硬直的なターゲットではないが、それでも、現実に賃金上昇率・インフレ率・金利・企業利益の相互の関係は少なくとも安定的だとはいいにくいし、これらの関係が数年単位で不安定であれば、年金運用を評価する尺度として「賃金上昇率プラスα」は使えないのではないだろうか。 現実的に可能なのは、年金積立金が取ることのできるリスクを前提とした上で、現実的に可能と思われる利回りを予定利率として年金財政を修正することだろう。この場合に、予定率の前提は完全にリスク・ゼロでなくてもいいと思うが、予定利率自体は十分に保守的に設定されるべきものだろうし、これが未達な場合に十分修正の余地がある(掛け金の上昇でカバーできることが基本。将来のリスク運用で取り返しに行くのは邪道)状況でなければまずいだろう。 今回は、年金の運用を題材に取り上げたが、個人の資産運用の場合も、通俗的なファイナンシャル・プランニングでよくあるように将来の必要性から運用利回りの目標を決めるのではなく、投資家が現実に負うことができるリスクの下で十分達成可能な運用利回りをもとにして、お金の計画を立てるというのが本来の姿だ。
(1)「実質」が重要お金の運用の目的はお金そのものの価値を守るのではなく、お金が象徴する価値を守り、願わくは育てることが目的だろう。そのためには、お金自体の価値を常に考えておく必要がある。 今年の1万円と来年の1万円は、その1万円で何ができるかを考えた時にまったく同じ価値ではない。 これは物価の変動が激しい国に行けば痛感できるが、近年の日本のように物価が大きくは変化していない国に住んでいると、実感しないかも知れないが、近年はデフレに注目が集まっているし、貨幣価値の変化を「感じる」という人が増えているかも知れない。近年はお金の価値が高くなっているのだ。 他方、日本の過去には毎年物価が数%ずつ上がっていた高度成長期があった。もちろん給料も一緒に上がっていたが、1万円で泊まれたホテルが1万 1000円に値上がりしたり、映画代も1本300円が400円になり、あっという間に500円になったりというようなことが現実にあった。この頃は物価というものは徐々に上がっていて当然なのだという感覚があった。この場合、貨幣価値が下落しているということだ。 このように、将来のお金と現在のお金の価値は同じではない。 経済学には「貨幣錯覚」という言葉がある。 たとえば、物価が年率で3%上がっている時に、収入が1.5%の上昇した場合に、物価の上昇を無視して、なんとなく自分は儲かったような気がする錯覚のことだ。実際には、賃金と物価のズレは1年間で1.5%に過ぎないように思えるが、10年間続けば単利で計算しても15%にも上るのだから、これは相当にきつい。 お金を正確に判断するためには、この「名目」と「実質」のズレを意識しておかなくてはならない。先ずは、これが大原則だ。 個人の場合、物価は消費者物価を見るのが一般的だろう。消費者物価は、おおむね生活費全体の上下を代表する指標だ。ただし、自動車の利用が多い人ならガソリン代を気にしなければならないだろうし、家賃のように大きな支出項目の動向は気にしておく方がいいかも知れない。 (2)物価の予測は難しい率直に言うと、将来の物価を正確に予測することは難しい。物価を意識してお金に関する判断を行うべきだという大原則は文句なく正しいのだが、その正確な実行は簡単でない。 たとえば、近年の日本はおおむねデフレの環境下にあるが、これを90年代の前半くらいに正確に予測できた人は少ないのではないか。筆者も、この頃ファンドマネジャーや証券マンとして金融・経済に関わる仕事をしていて、普通の人よりは経済指標をよく見ていたわけだが、日本の財政赤字の拡大などを見て将来はインフレになる可能性が大きいのではないかと漠然と考えることが多かった。「多かった」というのは、経済を見ていると、インフレになると思えることもあれば、デフレになると思うこともあるからだ。筆者の知る限り、数年から10年、20年といった単位の将来物価の予測に決定的に有効な方法はない。 十分有効な方法がないのに、「将来のインフレ率に注意して、実質価値でものを考えろ」とばかり言うのは、ある種罪作りなアドバイスかもしれない。現実には、物価を心配するあまり、あるいは物価変動に対する抵抗力に過剰な期待を抱いたせいで、不必要あるいは偏った対策をとってかえって損をしている人がしばしばいるからだ。 将来インフレが起こった時に自分のお金を追いつかせるために、「お金の扱い方」をどうするかということは大切なことに間違いない。しかし、どうも世の中を観察していると、「インフレ」を逆手にとって脅し文句に使うことが多いので、これには注意したい。 読者は、株式や投資信託を売りたい金融機関の人間から、こんな話を聞いたことはないだろうか。 「現在はデフレかもしれませんが、やがてインフレになった時に備えて、お金を増やしておかないと大変なことになりますよ」 「将来インフレになった時にインフレに追いつくだけのお金がないと、生活が維持できなくなります」 確かにおっしゃる通りだが、そもそもインフレというものがどういう状態で起こってくるかと考えると、ひとつは景気がよくなって消費が増え、みんながモノをたくさん欲しがるためにお金を使おうとして、それによって物価が上がり、企業の儲けも増え、社員の給料も上がっていくというような状況だ。もちろん、その伸びが物価上昇に比べて低い場合も考えられるが、収入も増えることが多いだろうから、その部分を加味して考える必要がある。純粋な金利生活者、年金生活者のような人と勤労者とでは、お金の運用に関して、インフレに対する対策は異なったものになるべきかも知れない。 (3)起こってから対応してはダメなのか?少し見方を変えてみよう。インフレに対するリスクはもちろん考えなくてはいけないが、過剰に恐れる必要はないのではないか。たとえば、マイナス1%のデフレが、いきなり翌年プラス10%のインフレになるということは滅多にない。変化が徐々に起きるなら、対応は変化が起き始めてからでいいかも知れないし、変化が起きる前に過剰な対応をするとかえって損かも知れない。 将来というのは不確かなものなのだ。もちろん、物価動向が経済的な損得に重要な影響を及ぼすことは間違いないので、物価動向はよく見ておくべきだ。長期的な物価予想は難しいが、短期的には物価の予想が「全くできない」というわけではない。 現実的には物価の変動に対してどう対応すればいいのだろうか。 これは、個人の置かれた環境によって変わってくる。たとえば、多額(数十億円以上)の資産を持っていて、この換金や収益で食べていこうというような人の場合は、物価変動をある程度ヘッジできる金融資産・実物資産の運用を考える価値があるだろう(ただし、方法は状況による。ワンパターンでOKということはない)。 一方、さしたる資産を持たない多くのサラリーマンや自営業者(著者も含まれる)の場合は、収入と支出、資産運用をそれぞれに最適化して、物価変動をある程度そのまま受け入れるのがいいだろうし、それ以外にやりようがない。物価に関しては「よく見ておく」ということでいいのではないだろうか。 あえてもう一歩踏み込むとすると、自分と同じような立場と経済力の人々と比較した場合に、相対的な経済力が低下しないようにしておけば、将来の物価や景気の変動をある程度吸収できるだろうというような考え方はあるだろう。たとえば、物価と賃金の双方が上がるにせよ、下がるにせよ、相対的な経済状況が悪化していなければ、実質的な購買力は悪化していない可能性が大きい。一種のベンチマーキングだが、ここまでやらなくてもいいだろうと個人的には思う。 物価が生活に直接的且つ致命的な影響を及ぼすケースは酷いインフレだろう。たとえば、年間に2割も3割も物価が上がるような状況では、金融資産の実質価値は3、4年で半分以下になってしまいかねないし、さらに酷いハイパーインフレーションになると、金融資産の価値がほとんどゼロになってしまう可能性がある。 先にも述べたように、デフレがいきなり二桁%の大幅なインフレになることはないが、インフレ率がある程度以上に上昇してきた場合には、金融資産を実物に替えたり、外国に資産を逃避したりする必要が生じる場合があるだろう。 現在の日銀の物価に対する認識は0%〜2%のわずかなプラスの物価上昇が望ましいということのようだ。この目標に対して、年率4、5%の物価上昇が発生するようになったら、これは、日本の物価がコントロールを失いつつある状況だと考えてもいいだろう。こうした物価上昇を抑えるためにはかなりの金利上昇を伴う金融引き締めを行わざるを得ず、その際に日本の株価や不動産の価格にも悪影響が出るだろうから、海外資産を増やすのは理にかなっている。 日本の物価上昇に歯止めが掛からないと目される場合には、円の為替レートが相当に円安に振れる公算が大きい。深く考えた数字ではないが、1年間に 4%の物価上昇と15%以上の円安が同時に起こった場合には、日本の金融資産に対する警戒モードに入るということでどうだろうか。 ただし、金利が相当に上昇してインフレに収束の気配が出てきた場合は、日本の長期債券が格好の買い場になる。これも、将来もしも起こることがあれば、生涯に何度もない大儲けが狙えるチャンスというべきパターンの一つなので付け加えておく(現実に役には立って欲しくないが、長い間にはそのようなこともあるだろう)。 一方、2009年11月に政府が正式表明したように、現在の日本はモノの価値が下がる「デフレ」下にある。大まかに言うと、物価が下がっている以上、個人はモノを急いで買わなくてもいいということが言える。 たとえば、昨年ジーンズをまとめ買いしなくても、今年になってから買えば、もっと安かったというようなことがあるから、物価が下がっていると商品の買い控えにつながる。それは個人の買い物としては正しい行動だが、経済全体にとっては大打撃となる。 モノが売れなければ、あるいは値下げしなければ売れない状況では、企業の収益が減り、ひいてはそこで働く社員の給料も下落傾向になる。すると今度は生活が心配になるので、お金が消費に回らなくなり、まずます値下げを加速しかねない。そして、経済全体が収縮してしまう。 デフレ自体は困った現象で、これに対する対策は必要だが、デフレ自体はなかなかしぶといものなので、インフレに対して今からコストを掛けて保険をかけておかなければならないというわけではない。まだ様子を見ていればいい。 あえて言えば、“悪徳金融業者”が個人から手数料を荒稼ぎしたいがために、将来のインフレリスクをことさら強調することがあるので注意して欲しい。彼らの言葉に過剰反応して、まんまと騙されることだけはくれぐれも避けたい。 この点について、もう少し説明しておこう。 将来に対する不安を喚起しておいて、それに対する解決策があるかのようにモノを売るというのは、特に利幅の大きい怪しいものを売る時には、よく使われるセールスのテクニックだ。健康食品、化粧品、生命保険などが時に該当するが、これらの共通点は、売り手の利幅が非常に大きな商品であること、セールス行為が絡まなければ売れないこと、普通の人にはほとんど不要であることだ。いずれも「霊感の壺」と同じパターンである。 金融商品の販売にも、そのような脅しまがいのセールスが横行しており、将来の大インフレはその材料にしばしば使われている。日本の国家財政が間もなく破綻するかのような事を言って、「あなたが今持っている円資産は紙クズになる」といった恐怖感を煽った上で、「だからこそ海外で資産運用しましょう」などと怪しい投資話や手数料のバカ高いプライベートバンクの利用などを持ちかけるようなパターンだ。 十分気をつけて欲しい。
経済や投資に関する仮説の成否を確かめる際に、ある状態が大規模且つ永遠に近いくらい長く続いた場合に矛盾が起こるか否かを考えてみる方法がある。 たとえば、他人よりも相対的に有利に稼ぐことができる方法は存在するか、といえば、それは存在しないだろう。これはある意味で非現実的だし退屈な結論だが、「一つの方法(あるいは集団)が余計に稼ぐ」ということが続くと、富が極端に偏在してしまうが、そのようなことは起きていない。また、良さそうな方法があれば模倣が起こって、その方法の有効性が低下するはずだ。結局、「大規模且つ永遠」を考えることで、投資で相対的に有利な方法の有効性には限りがあるという「常識」を確かめることができる。 あるいは、為替レートであれば、超長期的には購買力平価が成立しなければ、同一財に対して二国の物価に大きな差ができてしまうのでまずい。 今回はこんな調子で外国債券の期待リターンと為替レートについて考えてみよう。 1. 名目金利と物価上昇率がちがう二国次のような二国を考える。両国ともカントリーリスクは無視できる先進国で、為替も含めて資本取引は自由だと仮定しよう。 実質金利が同じで、物価上昇率が異なる。A国からB国通貨建ての債券・預金に(ここでは金利の期間構造を考えていないので債券と預金を区別しない)投資する際の期待リターンはA国通貨建てで何%だろうか。 仮にこれが5%だとすると、為替レートはスポット(直物)レートがずっと動かないことになる。すると、長い期間が経つと両国の物価水準に違いが出てくる。A国の物価が変わらないのに対して、B国の物価は10年後に1.48倍、20年後には2.19倍になっている(小数第三位四捨五入)。 また、この場合、B国からA国に債券に投資すると、利回りがB国通貨建てで1%にしかならず、もともとの金利5%と比較して、年率4%の損が発生する。A国からB国債券への投資は自国債券への投資よりも年率4%も儲かるから、資本の流れはA国からB国へと一方的になるだろう。 一方、長期的には購買力平価の関係が成立していなければならないはずだから、こうした状況が続くことは明らかにおかしい。基本的には、両国の金利のちがいを埋めるように為替レートが動かなければならない。 そうなるならば、B国からA国の債券に投資する場合の期待リターンもB国通貨建てでは5%になるから辻褄が合う。 また、市場の手数料を(金利のビッド・アスク差なども)捨象すると、フォワード(先渡し)の為替レートはまさに「両国の金利のちがいを埋めるように」決まり、通貨ヘッジを行っても行わなくてもA国からB国債券に投資する際のA国通貨建ての期待リターンは1%だし、B国からA国債券に投資するB国通貨建ての期待リターンは5%だ。 すべてが対称になっていて、これならスッキリしている。 2. 名目金利に加えて物価と実質金利が異なる二国次のようなケースはどうか。 この場合も為替レートが不変だとすると、インフレ率に3%の差があるので、これが累積していくことになり、長期的には購買力平価から大きく乖離する。B国の物価は10年後に1.34倍、20年後には1.81倍だ。 一方、B国の債券の5%の利回りで10年、20年と運用すると、元本の1.63倍、2.65倍になる。物価の倍数で割って実質価値を求めると、10年で1.23倍、20年で1.46倍だ。 A国の債券での運用は実質価値ベースでは、10年後に1.10倍、20年後に1.12倍だ。 こうした世界で為替レートはどうなるのか。将来のスポット・レートがフォワード・レートと同じ経路を辿るなら、A国通貨建て、B国通貨建てでいずれの資産に投資しても上記のような実質価値が実現する。しかし、現実の為替レートはこのように行儀良く動くわけではなく、相当の為替リスクがあるので、両国通貨の市場はあるていど遮断されて、A国、B国それぞれで異なる実質金利(ひいては異なる金融政策)を実現することができる。 ただし、スポット・レートがフォワード・レートと同じ経路を辿った場合、A国通貨対B国通貨の為替レートは購買力平価に対して、10年後には約 1.12倍(1.23÷1.10)、20年後には1.30倍(1.46÷1.12)になってしまう。将来、貿易による為替レート水準の訂正が起こるかも知れないし、超長期的には、それは起こらざるを得ない。 一方、購買力平価で為替レートが決まるとするなら、為替リスクはあるものの、もともとA国通貨建ての投資家もB国債券で運用することが有利になり、 B国通貨建ての投資家はA国債券を買うと、為替リスクを負った上にB国通貨建ての債券に投資する場合と較べて損をする。購買力平価で為替レートが決まるという原則と、将来のインフレ見通しを市場の参加者が共通の認識で持っているとすれば、B国通貨からA国債券への投資は起こらず、逆方向の資本の流れだけが起こるので、為替レートは一方的な影響を受ける。 フォワード・レートと購買力平価に乖離が生じると、長期的には上記の問題が拡大するが、現実には、将来の金利は市場で形成されているが、将来のインフレ率については共通の予想が存在するわけではないし、正確なヘッジができるわけでもない。 超長期の合理的な世界で、全体の辻褄が合うためには、金利ないしはインフレ率が変動して(注;為替レートがインフレ率に影響する経路もある)、A、B二国間で実質金利が均衡し、その上で、両国の金利のちがいを反映した為替レートへの期待が為替市場で実現するといい。 3. 外国債券の期待リターン結局、A国通貨で見たB国債券への投資(ヘッジなし)とA国通貨建てのA国債券投資のリターンが等しく、B国通貨建てで見たA国債券への投資(ヘッジなし)とB国通貨建てのB国債券投資のリターンが等しくなる状況下で、両国の実質金利が均衡すると金利、為替両市場が安定する。 A国通貨対B国通貨の為替レートが両国の金利差を相殺する動きと乖離した特定の動きをすることを予想できる場合に、これを反映させた運用計画を持つことは原則論としては構わないが、現実的には通貨に対して確たる予想を持つことは難しい。通貨に対して特定の予想がないなら、為替レートは両国の金利差を反映した動きになると想定することが合理的だ。 特に長期的な運用を考える場合、A国通貨建ての投資の場合、A国債券もB国債券も同じ期待リターンとなり、B国通貨建てでも同様にA国債券、B国債券両方の期待リターンが同じになる状況を偏りのない期待リターンとして想定すべきだろう。 特に為替取引の経験があると、為替ポジション・スクエア時のリターンを基本的な期待リターンと考えることが「当然」だと思いやすいので、上記のような考え方を納得しやすいと思う。率直に言って筆者は、半ば常識であり当たり前だと感じる。 しかし、たとえば、運用計画を策定する際に、A国通貨からB国債券にヘッジなしで投資する場合の期待リターンを、A国債券への投資の期待リターンよりも高く設定する専門家がいることがある(注;この場合、B国通貨からA国債券に投資するとB国債券に投資するよりも損になってしまう)。こうした人に、その根拠をきくと、過去数十年のデータを参考にしていると言う。確かに、過去数十年は日本円から外国債券への投資が円債投資よりもやや高利回りだったかも知れない。 あるいは、過去二十年とか三十年といった単位に一定の資産配分を当てはめて、過去の推移で特定の資産配分を正当化しようとするデータを持ち出す専門家もいる(これを「シミュレーション」と称するのは、学者や機関投資家には通用しないインチキだが)。こちらも、過去数十年のデータで期待リターンを決めるのと似た効果になる。 しかし、たとえば、将来20年、30年といった単位での運用を考える場合に、過去数十年程度のデータの平均値等で、過去の延長線上に期待リターンを考えることには無理がある。たとえば、戦後60年のデータを取ったとしても、独立した「20年」のデータは3つしかない。1年単位でデータを取る期間をずらしても、隣り合うデータは20年のうち19年が共通だから、独立ではない。 特定の相場観を前提としないで期待リターンを考えるとするなら(注;過去数十年の延長で期待リターンを考えることはかなり偏りのある一つの相場観だ)、繰り返しになるが、A国通貨建ての投資の場合、A国債券もB国債券も同じ期待リターンとなり、B国通貨建てでも同様にA国債券、B国債券両方の期待リターンが同じになる状況を偏りのない期待リターンとして想定すべきだろう。
公的年金資金は巨額であり、保守的な運用をする傾向があるとはいえ、保有する株式は少なくないし、その影響は運用そのものにとっても社会にとっても大きい。公的年金の議決権行使については複数の意見と論点があるが、以下では、簡単な整理を試みる。 (1)議決権の空洞化は避けるべき平成20年度末の時価で見ると、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が123.8兆円、KKR(国家公務員共済組合連合会)が8.3兆円、地共連(地方公務員共済組合連合会)36.4兆円の運用資産があり、基本ポートフォリオの日本株式組み入れ比率は順に11%、5%、9%だから、この3組織の運用額だけで17.3兆円になる。2009年11月末の東証第一部の時価総額が約281兆7千億円に占める比率は6.14%であり、これは、大株主として株式売買の報告が必要な5%を上回るし、この比率はそれぞれの基金の資産配分方針の変化やアクティブ運用の内容によって変化する。 また、かつての事例を思い出すと、たとえば村上ファンドの阪神電鉄株取得のケースのように、約6%の株式が議決権行使でどういった立場に立つかが決定的に重要な場合があり得る。 公的年金の株式保有比率は少なくとも無視できるほど小さくない。 仮にこの議決権行使が放棄された場合、それが経営者と一般株主のどちらにとって有利に働くかは一概に言えないが、日本の上場企業のガバナンスにとって重大なガバナンスの空洞化が起こるというべきだろう。 株式が上場されていることの大きな意味の一つは、企業に対して株主・投資家からのチェックが行われることだ。議決権行使は株主の権利であると同時に、より積極的には、義務でもあると考えるべきだろう。 公的年金の保有株式に関して議決権の空洞化を招くことは、制度の設計上、避けるべきだ。 (2)議決権行使は運用行為の一部株式に投資するか否かを検討するとき、その企業がどのように経営されるかということは企業価値評価の前提条件の一つだ。株主も投資家も、企業の買収や合併によってビジネスが改善されると期待することがあるだろうし、経営者を交替させることによって業績が改善すると考えることもある。こうした場合、議決権を行使して、自分の想定した「いい経営」を実現しようとすることは、運用行為の一部だ。 そして、もちろん株主にとって議決権を行使することは正当な権利だ。 (3)受託者責任としての議決権行使運用会社は年金基金に対して、さらに年金基金は年金の加入者に対して、「受託者責任」を負う。受託者は専ら委託者の利益の最大化のためにベストを尽くさなければならない。 従って、運用会社も、年金基金も、それぞれの委託者に対して議決権行使を最大限に有効に行うべき責任を負うと考えられる。運用会社も年金基金もこの責任から逃れることはできない。 この場合、年金基金は運用会社が適切な議決権行使を督励するだけでは不十分であり、適切な議決権行使が行われていることを自ら加入者に対して証明する必要がある。 (4)「ガイドライン」は有効だがそれだけでは不十分議決権行使のガイドラインを具体的に示すことは、年金基金が運用会社に議決権行使に関する指示・監督を行うに際して有効性を持つ。ないよりも、あるほうがいい。 しかし、ガイドラインが事前に全ての起こりうるケースを網羅できるものではない以上、個別のケースに判断を求められた場合には見解を示す用意が必要だ。 (5)議決権行使のチェックは個々に必要基金は運用会社の個々の議決権行使の適切性をチェックする必要がある。 一般に運用会社は、議決権行使の対象企業と資本関係(たとえば親会社の株式を持っているかも知れない)があったり、ビジネス関係があったり(対象企業が顧客であったり)する可能性があり、運用の顧客の利益以外のインセンティブを保つ可能性がある。 (6)公的年金の議決権行使は民間企業への公的介入一方、公的年金が自らの判断と責任において議決権行使を行うと(受託者責任が要請するのはまさにそういうことだが)、これは、政府部門による民間企業の経営への介入を意味する。たとえば、企業買収の事案にあって、政府が両当事者の一方の肩を持つことはいいこととは思えないし、政府と対立する意見を持つ経営者に対して(たとえば規制緩和を求める経営者に対して)保有する株式の議決権行使の可能性を通じて圧力を加える手段を持つことも好ましくない。 米国の公的年金がその運用資産のほぼ100%を非市場性国債とする理由は、政府による民間への介入を回避するためだといわれている。 (7)受託者責任と民間への非介入の完全な両立は困難受託者責任を完全に果たすためには、年金基金は議決権行使の個々のケースに対して判断を示さざるを得ない(事後的な判断であっても運用会社には影響を与えるだろう)。他方、政府の一部門である公的年金基金が、民間会社の経営に議決権行使を通じて介入することが望ましくないという事実も厳然と存在する。 公的年金が国内株式を投資対象とする以上、議決権行使の空洞化を避けつつ、同時に、民間企業に対して政府の一部門が非介入を保つことは不可能だ。 不可能の回避ないしはある程度の妥協の方法には以下のようなバリエーションが考えられる。 * (1)公的年金は株式投資を(特に国内の株式に対する投資を)行わない * (2)個々の議決権行使について(求められれば)年金基金が投票内容を指示する * (3)公的年金基金は自ら議決権行使のガイドラインを作り、運用会社にこれに沿った実施を求め、運用会社の議決権行使行動をチェックする * (4)公的年金基金は運用会社に議決権行使のガイドラインを作ることを奨励し、運用会社の作ったガイドラインと実際の議決権行使行動について報告を受ける * (5)公的年金基金は議決権行使に関する事後報告を運用会社に求めるのみ 現実に行われていることは(3)(地共連)、(4)(GPIF、KKR)に近い。 筆者は、(1)を最も支持し、現実に可能だとも考えるが、公的年金が国内株式投資を行うことを前提とする場合には相対的には(3)の方法がいいと思う。 自らの判断基準を明示しないのは運用会社に対してフェアでないし、基準を明示しておけば、個々に政治的・世間的なノイズが入りやすい事例にあっても、原則を貫きやすいからだ。 今後、公的年金については制度の大きな変更も含めて、様々なことが検討されるだろう。議決権行使は、企業の行動や投資判断にも影響する重要なテーマの一つなので、今後の議論の進展に注目して欲しい。
個人投資家が「読んでおいて損しない本」を一冊ご紹介しよう。岩瀬大輔氏の『生命保険のカラクリ』(文春新書、2009年10月20日刊)が、いろいろな意味でためになる。著者の岩瀬氏は、1976年生まれと若いがインターネットによる保険販売を主軸とする「ネット生保」であるライフネット生命保険の代表取締役副社長だ。 ■生命保険を理解する本として生命保険は、「(家に次ぐ)生涯で二番目に高い買い物」と言われることもあり、一生で払い込む保険料が1千万円近くになることが多い、高額の金融商品だ。しかし、一般には、その内容が正確に理解されていない。しかも、この本が批判するところでもあるが、日本の生命保険会社は長きにわたってこの情報の非対称性を利用して儲けてきた。 筆者は、過去に2回生命保険会社に勤めたことがあるが、それでも、金融商品としての生命保険の商品内容を完全に理解しているとは言い難い。 岩瀬氏の新著は、生命保険の仕組みを契約者の立場から分かりやすく解説しており、生命保険業界の歴史と問題点を要領良く概観している。生命保険に対する理解がどのレベルの読者にも参考になる部分があるだろう。 この本で筆者にとって特に参考になったのは、死差益に関する解説だった。 生命保険会社の決算のニュースを毎年見ていると、運用の「逆ざや」による損失である「利差損」に目が行くのだが、かなり前から、これが大きな「死差益」によってカバーされていることが目についていた。死差益とは、生命保険会社が想定していた死亡率と契約者の実際の死亡率が異なることから発生する利益だが、正直なところ、この発生の実態が今一つ正確には分からなかった。筆者は「傾向として平均寿命が延びているので、古いデータを使うと保険会社が儲かるのだろう」というくらいに考えていたのだが、日本アクチュアリー会が作った「標準生命表」の一部(前掲書p130〜p131に掲載有り)を見ると、厚労省の発表する完全生命表に対して、保険会社側から見てかなりの余裕を持ったものになっている。 たとえば男子50才の完全生命表ベースの死亡率は10万人に対して357人だが、2007年の標準生命表では死亡保険用では365人、第三分野では259人、年金開始用では241人とされている。 死亡保険では生命保険会社は健康などのチェックをしてから保険を引き受けているはずだから、契約者の死亡率は全国民の平均よりもかなり下がっていて良さそうに思うがそうなってはいない。他方、第三分野(医療保険は契約者が生きていると費用がかかる)や年金保険(保険会社にとっては契約者の長生きが損)では、随分小さめの死亡率になっている。 保険ということを考えると、逆選択(死にやすいと自分で思う人は死亡保険に入りたいだろう)の要素が多少はあろうが、保険会社側では健康診断もあれば告知義務でも守られている訳だが、随分余裕を持たせている印象だ。そして、現実に、多額の死差益が発生している。 標準生命表は保険会社各社の保険料計算の根拠になっているわけだが、実質的に保険業界にとって有利な「談合価格」のベースとなっていることが分かる。 ■賢い生命保険の選び方読者にとっては、生命保険と具体的にどう付き合うかが重要だろう。この点に関しても、この本は率直だ。 詳しくは原本に当たってほしいが、第四章「かしこい生命保険の選び方」で説明されている生命保険の扱い方は、本の帯にも出ている七つの項目で紹介すると以下の通りだ(番号は筆者)。 * (1)死亡・医療・貯金の三つに分けて考える * (2)加入は必要最小限に * (3)死亡保障は安い定期保険で確保する * (4)医療保険はコスト・リターンを冷静に把握して * (5)低金利のときは、生保で長期の資金を塩漬けにしない * (6)解約したら損、とは限らない * (7)必ず複数の商品を比較して選ぼう 本書を読んで筆者が考えた結論をもっと有り体にはっきり言うと、医療保険に入ることはまったくバカバカしいから(さすがに岩瀬氏も立場上ここまでは言いにくかろうが、本書をよく読むと分かる)、結局のところ、われわれが生命保険を利用する可能性は(3)だけだ。 若くて(20代、30代くらい)、子供がいて、貯金が乏しく、頼ることができる相手(親?)もいないというときに、10年ないし20年くらいの定期の死亡保険(掛け捨てで、特約のないもの)で、最も安いものを利用するのが、生命保険との正しい関わり方だ。端的に言って、これ以外に、生命保険は必要ない。 補足すると、「現在高金利で将来金利が低下する場合」にある種の生命保険が有利になる可能性があるが、そのような判断ができる訳ではないし、仮にできたとした場合でも長期の債券でも買う方が得だろう。また、医療に関しては、健康保険の「高額療養費制度」を理解し、市販の医療保険(ガン保険などを含む)の条件を考えると、民間の医療保険に入るくらいなら保険料相当額を貯蓄する方がはるかに合理的だ。 今後もそうであり続ける保証はないが、現在、肝心の定期の死亡保険(特に若い世代向け)の保険料が圧倒的に安いのは岩瀬氏のライフネット生命保険だろう。もちろん、読者が今後に保険の加入を考える場合はインターネットを利用しつつ、複数の会社の価格を比較すべきだ。これは、運用商品を購入する場合と同じだ。 ■資産運用への教訓現在の生命保険を運用商品に喩えると、デリバティブを使った元本確保型の投資信託がよく似ている。 投資信託でいう販売手数料・信託報酬に相当する手数料は生命保険の場合「付加保険料」であり、これが支払う保険料の3割から6割に及ぶ(定期保険の場合)というのが、生命保険の大きな問題点だ。念のため申し上げると、これは、3%から6%の間違いではない。金融商品としての生命保険は、投資信託も裸足で逃げ出すほどの高手数料商品なのだ。 これに加えて、先に説明した「標準生命表」に基づく生保会社寄りの条件が設定されている。生命保険はいわば「命のデリバティブ」だが、この条件の中に売り手側の余裕(有り体に言って利益)がたっぷり含まれている点で、生命保険はデリバティブの条件を含んだ投資信託、仕組み預金、EB(株式転換権付き債券)などの金融商品と同類だ。「いいものもあるのではないか」と思われる方は条件を計算してみるといいが、計算するまでもなく売り手が有利な商品が多い。 投資家から見て、金融商品としての生命保険はあきれるくらい売り手が取る実質手数料が高い商品だが、それでも現実に売れているのは、(1)セールスの努力、(2)複雑で売り手の利益が分かりにくい商品、(3)商品理解に関する顧客側の怠慢、の三点が揃っているからだ。 運用を目的とする商品の場合、生命保険ほどひどい商品は稀だが、こうした要素に引っ掛かって損をすることが少なくないので、投資家は、本書を読んで警戒心を養うといい。 ■ネットの生命保険の可能性日本の生命保険業界は、(1)規制を味方につけた厚い利潤、(2)乏しい業界内の価格競争、(3)高コストな販売、(4)人間によるセールス、という点で、ネット証券が参入する前の証券業界の状況に近い。現状は、手数料が自由化されて、ネット専業の業者が参入したところだといっていいだろう。 本書の著者である岩瀬氏のライフネット生命保険を含めて、ネットの業者は多くないし、事業の性質もあって現状で収益化している訳でもないが、大きな可能性があると思う。既存の生命保険会社は、対面販売でのコストが非常に大きく、価格も粗利が非常に厚い。ネットを使った販売でコストダウンを図りつつ、低価格を魅力として商品を販売することができるという意味で、ネット生保は、現在、ネット証券の登場初期に似た状況にある。しかも、かつてのネット証券と比較すると、ネットの利用で引き下げることのできる価格の幅はパーセント単位でいうと一桁大きいし、生命保険というマーケットも非常に大きい。たとえば、将来(たとえば十数年後に)、毎年数百億円の収益を上げるネット生保が誕生してもおかしくないと筆者は考えている。 生命保険はネット化が有望な金融分野としては最大のフロンティアだろう。ライフネット生命保険だけでなく「ネット生保」(単に販売代理ではなく商品を供給する会社)の業界の今後に大いに注目したい。
■外国債券の投資商品筆者は、これまで個人投資家が外国債券に投資することに対して不賛成だった。個人的には、「外国債券」は決して嫌いな資産クラスではない(かつてバランスファンドを運用する際にライバルよりもかなり多めに外債を組み入れたことがある。ただし、為替リスクはフルヘッジだった)。 しかし、個人が外債に投資しようとすると、個別の債券に投資することについては、 * (1)信用リスクの判断が個人には難しい(格付け会社は信用できない) * (2)基本的に業者間取引となるため市場価格が分からないので「値ざや」を抜かれやすい * (3)為替でも大きな手数料を取られることがある といった難点がある。 外国債券を組み入れる投資信託なら上記の問題の多くが解決するが、今度は、信託報酬だけで1%を超えるような商品が多く、こちらもコスト面で「話にならない」と考えていた。債券の期待リターンは、円貨・外貨どちらが高いともいえない微妙なもののはずだ。そう考えると、現在の金利水準にあって、年率 1%のマイナスは余りに大きく「話にならない」は決して大袈裟な言い方ではない。 ところが、喜ばしいことに、「上場インデックスファンド海外債券(Citigroup WGBI)毎月分配型」(愛称:上場外債。コード番号1677)という先進国の債券に投資して信託報酬が年率0.25%というETFが上場された。毎月分配型になっていることは余計だと思うが、信託報酬率はかなり低い。現時点では、個人がポートフォリオに外債を組み入れたいとしたら有力な商品選択肢だ。 ■調べてみたいこと問題は、どのような場合に「外債を組み入れたい」と考えるべきなのかだ。 以下、投資家のリスクに対する態度(リスク拒否度で表す)と期待リターンを変えて、何通りかアセット・アロケーション(資産配分)の最適化計算をやってみた。リスクのデータはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が基本ポートフォリオの検証に使っているデータで過去の35年間(1973 年〜2007年)のリターンに基づいて計算したものだ(2009年の検証も行われているが、本連載の他のケースとの比較が容易なように2008年検証のデータを使った。両者の差異はごくわずかだ)。 最適化計算は「効用=期待リターン−リスク拒否度×リスク(分散で表す)」の形の効用を最大化する資産のウェイトをマイクロソフトエクセルのソルバーで計算したものだ。最適化計算の際にはそれぞれのアセット・クラス(資産分類)のウェイトに0%以上100%以下という制約を課している。 ■リスクに対する態度の変化最初のケースは内外の株式の合計が全体の3分の2くらいを占めるポートフォリオが最適解になるようなリスク拒否度(λ=0.015)のポートフォリオだ。内外の株式が債券よりも5%大きな期待リターンとして、内外の債券の期待リターンを1%とした(表1)。 ・表1 アセットアロケーションの計算 ![]() (注:個々のアセット・クラスのリスクの大きさは表の中にある通りだが、アセット・クラスのリターン間の相関係数は以下の通りだ) ・相関係数 ![]() この場合、外国株式が39%強入ってくるが、外債は組み入れ対象にならない。 もう少し、リスクに対して慎重な(リスク拒否度λ=0.025)ポートフォリオを見てみよう(表2)。 ・表2 アセットアロケーションの計算 ![]() 内外の株式の合計は4割強に減るが、それでも外国債券は入ってこない。 さらにリスク拒否度の大きなポーフォリオを計算(λ=0.05)する(表3)。このポートフォリオは内外株式の合計が全体の4分の1に満たない、リスクに対して非常に慎重なポートフォリオだ。今度は、1.24%とごくわずかながら、外国債券が入ってくる。 ・表3 ![]() リスクに対して消極的になった場合に最適化計算上、外債がわずかに入ってくることは分かったが、手数料の条件を考えるとどうか。外国債券の期待リターンを、ETF「上場外債(1677)」の信託報酬に相当する1%から0.75%に変化させて最適ポートフォリオを計算してみた(表4)。 ・表4 アセットアロケーションの計算 ![]() 0.25%期待リターンを下げると、外債の組み入れはゼロになってしまった。 ■期待リターンの変化次に、外債の期待リターンが国内債よりも大きい場合を考える。外貨建ての名目金利をそのまま円ベースの期待リターンだと考えて高金利国の債券を買うのは初歩的な誤解だが、「円債と外債の期待リターンは基本的にはほぼ同じ」ということを理解していても、たとえば円の長期的な推移に関して金利差から想定される推移と比較して円安を想定するような場合があるだろう。 リスクに対して積極的な表1のポートフォリオのケースで、外国債券の期待リターンを2%に変えてみた(表5)。 ・表5 アセットアロケーションの計算 ![]() 約9%の外国債券が組み入れ対象となった。 もう少し、リスクに対して慎重なケースも見てみよう(λ=0.025、表6)。 ・表6 アセットアロケーションの計算 ![]() 今度は12.5%の組み入れになった。 外国債券に限らず、期待リターンを大きく設定すると組み入れ比率が大きくなるのは当たり前のことだが、問題は、「+1%」という期待リターン変化の幅だ。これは「非常に大きい」。 期待リターンを「期待する」のは個々の投資家の勝手なのだが、現実的なアセットアロケーションを計算するには、自分の予測の信頼度を予測に反映させなければならない。仮に妥当な期待リターンが1%なのだとすると、これを「予想の信頼度を調整した上の期待リターンとして」2%に上昇させるためには、外国債券について少なくとも年率10%程度以上のリターンを、かなりの確信を持って「予想」していなければならない(この事情については本シリーズ第98回「アセットアロケーションを計算する(下)」をご参照下さい)。 率直な印象として、こうした相場観を確信を持つに至るに十分な情報と判断力を持っている投資家が多いとは思えない。 目下の結論として、個人投資家一般向けのアドバイスとして「外国債券は組み入れなくてもいい」と言っておいてほぼ構わないだろう。外債を組み入れるべきだというFPや証券マンには、他のアセット・クラスも含めてどのようなリスクとリターンを想定してそう言っているのか確認すべきだろう(外債は売り手側の儲けが大きいので)。ただ、冒頭に戻るが、外債も組み入れたいと思った場合に、対象として検討できるレベルの商品が登場したことについては歓迎したい。 |一覧| |
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