カテゴリ:短編小説
「足りないわ」
豪奢な天蓋つきのベッドの上で、少女がひとり、天井を見つめてぽつりとつぶやいた。 「……足りない」 「……足りない……」 「……ぜんぜん、たりない……っ」 つぶやきはだんだんと妙な熱をおびていき、どこかうわごとめいた響きを持ちはじめていた。 「……補充……しにいかないと……いけませんわ……」 少女はやおらむっくり起き上がると、ネグリジェ姿のまま、紅いガウンだけを羽織って、 半ば夢の中に居るような足取りで部屋を出て行った。ぺたぺたと、素足のままで。 ふらふらと何かに導かれるようにして少女が訪れたのは、 ワイルドベリー・タウンの街外れにある古い洋館。 『少年工房』 ほとんど朽ちかけた木の看板が一つだけかかっているこの館は、 月が夜天にかかっているあいだだけ、開館する。 ぎぃぃ……と重たい音をたてて扉を開けると、真っ黒な天鵞絨のカーテン。 その先には、白と黒の格子模様の絨毯が広がる、エントランス風の部屋。 そしてまたしても扉がたくさん。 それぞれの扉にプレートがかかっていて、 「展示室」「特別展示室」「収蔵室」「図書室」「裏庭」「喫茶室」「工房(関係者以外立チ入リ厳禁)」と書いてあった。 部屋のわきにおいてある、大理石製らしいテーブルには小さな金の鈴。 呼び出し用のようで、少女は慣れているのか、迷わずに細い指先で鈴が結ばれた先をつまみ、 しゃりんしゃりん……と鳴らした。 間を置かずに「特別展示室」のプレートがかかった扉から、 年のころ十二、三歳の少年がでてきて、少女にゆっくり深々とていねいにお辞儀をする。 高い窓から差し込む月の光で青白くさえ見える銀の髪。 フリルのついたシャツに、黒いショートパンツと白いソックス。ぴかぴか光る革靴。 まるで人形と見まがうほどの容姿が整った…… いや。 少年のショートパンツからのぞく膝こぞうは、 人間のそれではなく、人形特有の球体関節……、 実際、人形(オートマータ)なのだった。目の前の少年は。 自動人形の少年は、少女に向き直りにっこり笑って、 「ようこソ当『少年工房』ニおいで下さいましタ、お嬢さマ。さあさあ、奥へどうゾ。今宵も『少年・人形』たちガ、たくさン、 お嬢さマをお待ちしておりますヨ。喫茶室の方でハお茶会も開いておりますのデ、よろしかったらどうゾ?」 「ええ、ルカ。そのつもりできたのだもの……」 少女は軽くうなずくと、ルカと呼ばれた自動人形の少年が出てきたのと同じ、「特別展示室」の扉を開けた。 少年も後につづく。 その部屋ではどこからか、かすかにオルゴールの音が聞こえていた。 壁ぎわにずらりと並んでいるのは、人ひとりが楽に入れそうな、銀の鳥籠。 が、鳥籠の中身はヒトではなく、ルカと同じような、自動人形の少年たち。 籠のなかの少年たちは、それぞれに、鉱石標本をながめることに夢中だったり、模型飛行機を作るのに忙しかったり。 かと思えば、座り込んですやすやと夢の中、な少年人形もいたりして。 彼らはこの館で造られ、新たな主人が決まるまでの間、こうして籠の中で飼われている。 すぐ逃げ出しますからね彼らハ。猫と同じで好奇心の塊ですかラ、と。 籠を一つ一つ見てまわる少女の後ろで、他人事のようにルカが笑う。 「……どうしましタ?お嬢さマ。お気に召した人形ガ見つかりませんカ?」 「いえ……そういうわけでは、ないのだけれど…」 そうは答えていても、少女自身の視線が裏切っていた。 少女の瞳は、少年たちを見ているようで、実は見ていない。 心は全く別のところへさまよっているようだった。 「お嬢さマ…さてハ当工房以外ノ人形に想いを寄せテいらっしゃいますネ?誰ですカその果報者ナ人形ハ。…フム」 少女がどう答えたものかと戸惑っていると、ルカは一人でなにやら納得したみたいに、 ニ、三度勝手にうなづいて、少女にちょっと待っていらっしゃイ、といい置き、部屋を出て行ったのだった。 「それでハ、その彼とうまクいった暁にハ、二人そろってお出でいただけるト嬉しいナ」 「ありがとう、ルカ。あなたからもらった、このお守りがあればきっと、ううん絶対、大丈夫な気がいたしますわ♪」 帰り際。館に来たときとは別人のように明るい表情をした少女がそこにいた。 「うン、『それ』には僕ガとっておキのおまじないヲかけておいたからネ。がんばってネ?翠子お嬢さマ?」 「ええ、もちろん!!ごきげんよう、ルカ」 それじゃあ、と館を後にした翠子の小さくなっていく背中を見送りながら、 ルカはいたずらを仕掛けた少年の顔で、くすりと小さく笑った。 「……さてサテ。どうなりますことやら……?楽しみですネ」 お題もの書き2005年1月テーマ企画「トリ」の投稿作品です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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