カテゴリ:短編小説
もう真夜中も過ぎたというのに、その部屋からはずっと笑い声がずっと聞こえていた。少女の声と…男性の声。
「―――ふふっ、お上手ね、――ド。さすがだわ」 「…何の。――子の腕もなかなかだ」 チェス盤かなにかを前にしているのは一瞬人形とみまごうばかりの美少女。 少女は自分と向かい合っている男の顔をしばしぼうっと見つめていたが、 さすがに眠たくなったのか可愛らしいあくびをひとつ、ふわふわともらした。 「…どうした、眠くなったか?では寝室までお連れしようか?」 「ええ…お願いするわ。それと…」 「何だ?」 「わたくしが寝付くまで、そばについていなさい」 はにかみつつもまっすぐ男に向かって命じる少女に、男はふ、と笑った。膝を屈して少女の小さな手をとると、そっと口づける。 「了解した。姫君」 「ねえねえねえねえリタっ、マスターっっ、ウォードたん知らないっ…よね…さすがに」 スノーマンズ・カフェにセイラがくると、騒動になるのはいつものことであるが。今回は少し様子が違うようだった。 「…どうしたの?そんなにあわてて…とりあえず座って。ほら水」 全力疾走してきたらしくセイラは激しくぜはぜは息切れ。 渡されたお冷を一気飲みして、カウンターにどん、と抱えてもってきたものを置いた。 何だかウォードをディフォルメした人形のようだが… 「なにこれ…ちっちゃいウォード…?」 「っ、うん。ウォードたんの分身…っていうか。そんなもん。あたしはちびウーたんって呼んでるけど…って、だああああああっ!!そんなことはこの際どうでもよくてっっっ!!!」 「…今度はウォードが行方不明、と。この子が知らせてきたの?」 「よくわかるねリタ…」 「そりゃ。あんたのあわて具合みてりゃそれぐらいはね」 「とっ、とにかくねっっ、もう何日も帰ってないらしいのよ、ウォードたん…もちろん連絡もなにもナシ」 おそらくエレナたちも必死で探したのだろう。目の下にクマできてたんだって彼女、とセイラがぼそりとつけくわえた。 「…その子、ウォードの分身とかなら、通信とかできないの?」 「やってみたけど…なんか通信遮断?つーか拒否?みたいな感じで…」 「―――なるほどね」 リタは飲んでいた珈琲をことり、とカウンターに置いた。 はふ、と小さく息をつき、セイラに向き直る。 「…たぶん…ウォードは翠子の家に拉致られてるわね」 「…えっ…?」 「一つ忘れてるわよ、セイラ。あんたとウォード、何日か前にディナーに呼ばれたじゃない、この前のおわびとかっていって。」 「うん。やっぱりお金持ちのディナーは豪華だねー」 「違うでしょ。そのとき、セイラ、あんたウォードと一緒に帰ったの?」 「ううん、帰りがけに、ちょっと話があるからってウォードたん、翠子さんによばれて…って…あ”」 セイラの表情がぴききっ、と固まった。 「…それね。間違いないわ。十中八九」 「たっ…大変…っ!ウォードたん助けに行かないと…!」 がたんっ、とセイラは椅子を蹴って立ち上がった。 顔からは血の気が全速力でひいていっている。 あっというまもなく彼女は、カウンターの上のぷちウーくんをひっつかんで、そのままずだだだだと凄い勢いで駆け出していってしまった。 「…あらら。いっちゃったよ…もし隠されてたりしたらあのだだっぴろい屋敷の中、探しようがないのに…。」 すっかり冷えた珈琲をリタは一口すすった。 と、マスターが新しいカップに湯気をたてる珈琲をそそぎながら、静かな調子で 「…リタ。珈琲、淹れ直そうか」 「そうね、お願い。マスター」 リタがうなづくと、マスターも軽く首を(どこが首かわからないが)縦に振り、淹れ立ての珈琲を彼女の目の前に出した。 まあ、どうにかなるだろう。なんたってセイラには、どんなロボでも嗅ぎ付ける、あのハナがあるのだから。 自分の大好きなロボならなおさら、性能は3倍増しどころではないだろう。この珈琲を飲んでからいっても、きっと遅くはないはず… そう思いながら、リタはマスター特製の珈琲に口をつけた。 「ああ、それからな、リタ。聞いた話だが…」 その頃。一乗寺邸では。 「翠子さーんっ!ウォードたーんっ!!みどりこさーんっ!!ああもうっ、ウォードたんはどこっっ?!!」 猛ダッシュで乗り込んできたセイラが、屋敷のなかであちこち叫びちらかしていた。 いまは、お屋敷の一階部分をあらかた走りぬけてきて、また玄関のエントランスに戻ってきたところである。 …体力だけは自信ありまくりな彼女だった。 しかし、今日に限って人影のひとつさえみえない。 「…おっかしいなあ…?確かにここら辺りから匂いがするんだけどなあ…?」 くんくんと、犬っころのように鼻をひくつかせるセイラ。 …そのとき、ふいに。 「―――翠子お嬢様はお休み中だ。お帰り願おう。少し…騒がしすぎるようだな、お客人は」 コツ、コツ、という硬い靴の音とともに、少し冷たい感じの声が、二階から降ってきた。聞き覚えのある声に、セイラは反射的に上の方を向く。 「…嘘…」 聞き覚えがあるのも無理はなかった。 2階からゆっくり下りてきている人物は。 なぜかきっちりとした黒のタキシードにそろいのベストに身を包み、蘇芳の蝶ネクタイに白手袋をしているが、セイラが恋焦がれたウォードに違いなかった。 なぜか仮面舞踏会っていうかどっちかてーとオペラ座の怪人みたいな仮面をつけてはいるけど、あれはウォードに違いなかった。 そう認識するが早いか…彼女の理性は前触れもなくぶっとんだ。 「うっ、うそおおおおおおっ?!!なっ、なっ、なになになにウォードたん、そのステキ衣装はっ?!?!し、執事さん?!執事さんコス?!いやあん似合うわ似合うわウォードたんっっ執事さん萌え~~~~vvv」 身体をよじらせいきなりハイテンションになったセイラに少々引きながらも、仮面の執事ことウォードはしごく冷静に、 「…確かに私の名はウォードだが。なぜお客人は、私の名を知っている?」 まるで他人を見るような目でそう問う手てくるウォードに、セイラのテンションが一気に下がる。 「ウォードたん…なにいってんの?あたしよセイラよ、忘れちゃったの…?」 「申し訳ないが…記憶にない」 「…そんなっ…そんなのってっ…」 うるるっ、とその大きな二つの瞳に涙が浮かぶ。 が、次の刹那、セイラの口調まで突然冷めたものになった。 「ってーな展開を期待してたんでしょーけど…おあいにく様。あいにくとあたしはそんなヤワじゃないのよ?そこにいるんでしょ翠子さん。隠れてないで出てくれば?ウォードたん洗脳しといてこっそり見物なんて、悪趣味にもほどがあるよ?」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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