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今日は、友人の迫さんの子息の結婚式である。
結婚式自体、もう何十年も出たことがない。 1昨年、チャンスがあった。妹の娘の結婚式である。 だが、やむを得ぬ都合ででていない。 ちなみにお葬式だけは、昨年だけで7回。 迫さんは、川内でのタノウエ脳力経営塾の第1期生である。 私にとって、故郷とはいえ、幼稚園までしかいなかったこの土地だ。 ユーターンし、仕事をしていく上の足がかりが欲しかった。 それで、会を発足した。 会費は3000円。私も払う。 無報酬というより、私の持ち出しだ。 当時収入のない私としては、これに賭けるといった思いだった。 創立当時、12名。その中に彼もいた。 彼の仕事は不動産屋と温泉平佐城(大衆浴場兼旅館)の経営。 知り合った当時、彼は、急逝した父親から引き継いだばかりだった。 豪腕、強引で一代で財を成した初代目。 まったく反対の性格のこの2代目。 自他共に認める頼りなさ。 経営者には全く向かない。 おとなしすぎ。消極的すぎ。それに優柔不断。 この会は、いわば戦略思考と行動の会だ。 「だから入った」、と言われればその通りだが。 他の口八丁、手八丁の他の塾生から、彼は浮く。 ただ、無色透明、意見のない彼には、敵は皆無。 最盛期には80人を超えた。 県下一帯、遠くからから通ってくる人も多くなった。 そのため、鹿児島市にも創った。 宮城・仙台、高松にも。新潟・十日町にも。 北九州にも。山口・防府にも。 忙しさを、誇っていたのも、この頃だ。 13年続いた川内のこの会は、自然消滅した。 それは私のせいである。 超多忙を極めるようになった私が参加出来なくなったのだ。 まことにお恥ずかしいことである。 それでも13年間、同じ釜を喰った仲間である。 折があるごとに、あったりしているのだが。 おかしなことだ。 会を閉じてから会う機会が多いのが、この迫さんだ。 それは、彼の駐車場を無断使用しているせいだけではない。 今日は、式の参列まで頼まれた。それに乾杯の音頭も。 彼ぐらいの大閥だと、適当な人は一杯いるのだ。 それだけに彼の計らいが、心をうった。 彼は、こうした見えぬ形の心配りは出来ても、 おおよそ計らい(図る、計る、測る、謀る)に疎い人である。 それを知るだけに、嬉しく、1つ返事で快諾した。 今日は、披露宴での挨拶で、そのことを語ろうと思う。 迫さんの子息亮平君に嫁ぐ新婦のことは知らない。 それで、私はその彼女の両親になってみた。 亮平君のことは、娘を通じて知っている。 だが、娘の嫁ぎ先の両親のことは、そう知ってはいない。 嫁ぎ先のこの義父母が、鬼や蛇に豹変する。 ありえる、ありえる。 裏表のある人は、この世には多いのだ。 花嫁の父である私は、そうした不安を持つ。 ましてや嫁ぎ先は、旅館業。 その両親と一緒に一日中、一緒にいるのだから。 やはり、反対すれば良かったかな・・・・。 昨夜、風呂で、決めた。 迫 さんのことを話しよう。 謀らない人だ。 自分を持ち上げない人だ。 変わらない、ブレのない人だ。 何もない彼だけど、 26年つきあってきている私は、この3つを断言できる。 だから、このふたりが鬼や蛇に、ということはない。 けしてない。 あなたの新しいお父さん、お母さんは、いい人だよ。 そのことに乾杯!と。 鹿児島・城山観光ホテルの会場の参列者のほとんどは、 なんのことかわからないだろう。 そんなことはどうでもいい。 迫さんには、わかる。 子息の亮平君には、わかる。 それが娘を通じて、里の両親に伝わるだろう。 さ、迎えの車が来る時間だ。08.6.14
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