守護者の恋 第1話海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。 「カイト様、どちらにいらっしゃいますか~!」 「カイト様~!」 その日は、海斗の五歳を祝う誕生パーティーが開かれていた。 だがそこは父・洋介の社交場のようなもので、パーティーの主役である海斗は早々にパーティー会場から抜け出し、ある場所へと向かった。 そこは、美しい花々に囲まれた温室だった。 「あぁ、ここはいつも静かでいいな。」 海斗はそう言うと、服を脱いで蓮池の中へと飛び込んだ。 初秋だというのに、温室内は真夏のように蒸し暑かった。 池の中で海斗が暫く泳いでいると、屋敷がある方から大きな音が聞こえて来た。 (何だろう?) 濡れた髪を揺らしながら海斗が裏口から屋敷の中へと向かうと、そこは一面血の海だった。 (父さん、母さん・・) 両親と弟の遺体は、額から血を流したまま大理石の床に転がっていた。 「あ・・」 海斗は堪らず、その場に吐いた。 (どうして・・一体誰が、父さん達を・・) 恐怖と混乱で、海斗は背後に人が忍び寄って来る気配に全く気づかなかった。 逃げようと思った時、海斗は何者かに鳩尾を殴られ、気絶した。 『こいつはいいな。』 『上玉だ、高く売れるぞ。』 目が覚めると、海斗は薄暗い地下室のような所に居た。 (何で、俺は・・) 今、自分が置かれている状況がわからぬまま、海斗に出来る事はただ眠る事だけだった。 海斗が閉じ込められているのは、豪華客船『オフィーリア号』の船倉だった。 そこには、海斗と同じように人身売買組織に拉致・監禁された子供達が居た。 彼らは手足を鎖で繋がれていた。 食事は粗末なスープで、入浴や排泄などは一切出来なかった。 その所為で、船倉内には伝染病が蔓延し、死者は人知れず海へと投げ捨てられた。 そんな悲惨な船倉とは対照的に、船上では連日華やかなパーティーが開かれていた。 そのパーティーには、様々な国籍や人種・性別の人間が集まっていた。 その中で一際目立っているのが、英国人の貿易商・ジェフリー=ロックフォードだった。 背中まである長さの金髪をなびかせ、長身を包むスーツとネクタイは洒落ていて、彼が通るだけでもその場に居た貴族の令嬢達が黄色い悲鳴を上げる程の伊達男だった。 「ジェフリー、こんな所に居たのか、捜したぞ!」 そう言いながらジェフリーに駆け寄って来たのは、ジェフリーの親友兼相棒、ナイジェル=グラハムだった。 「ナイジェル、俺はこちらに居るレディ達と交流しようと思って・・」 「早く行くぞ!」 「あぁ、わかったよ。」 ジェフリーはナイジェルと共に、“ある場所”へと向かった。 そこは『オフィーリア号』の一等船室の乗客であっても限られた者しか入れない秘密のクラブだった。 「おやおや、ロックフォード様がこちらにいらっしゃられるなんて珍しい。」 「李さん。」 仙人のような長いあごひげを持った老人は、ちらりと舞台の方を見た。 「これから、どうなさるおつもりで?まさか、“あれ”に参加するつもりでは・・」 「“あれ”とは?」 「闇オークションじゃよ。」 「闇オークション?」 「まぁ、見ればわかるじゃろう。」 李老人がそう言った時、舞台に一人の少女が現れた。 彼女の顔は蒼褪めており、今にも倒れそうだった。 「さぁさぁ皆様、今宵この場にお集まり頂きありがとうございます。」 舞台袖からシルクハットを被った肥満体の男が現れ、赤毛の少女が着ているドレスを剥ぎ取った。 おおっ、という歓声とどよめきがその場に広がった。 「さぁ、このふたなり娘・・」 海斗は恥辱の余り、その場で命を絶ってしまいたいと思ったが、その前に欲望に塗れた男達に見つめられ、恐怖で震えて動けなくなった。 次第に自分の“身体”が売りに出され、男達が自分を競り落とそうとする姿を見た海斗は、もう何の感情も湧かなかった。 ただ、誰かにこの地獄から自分を救い出して欲しかった。 「親爺、この娘を俺が買おう。」 「えぇっ!?」 ジェフリーが鞄の中に敷き詰めた金塊を肥満体の男に見せると、彼は目を丸くした。 「決まりだな。」 ジェフリーはそう言うと、虚ろな瞳で自分を見つめている娘の手を取り、彼女に向かってこう言った。 「お前を、助けに来た。」 海斗はジェフリーの手を取ると、安堵の余り気絶してしまった。 「お見事ですな。」 「この娘はどうしてあのような場所に?」 「それは後で話しましょう。」 「あぁ。」 ジェフリーは海斗の身体をコートで包んで自分達の船室に入り彼女を寝台に寝かせた後、李老人の方へと向き直った。 「ロックフォード様は、上海は何故か“魔都”と呼ばれているのかわかりますかな?」 「ありとあらゆる欲望が詰まった場所だから、ですか?」 「魔物が棲む都、だからですよ。」 そう言った李老人は、ジェフリーに一枚の新聞記事を見せた。 そこには、ロンドンに住む資産家が妻子共に惨殺されたというものだった。 「この事件で生存者である海斗お嬢様と、こんな形で再会するなんて思いもしませんでした。」 「李さん、あなたは一体・・」 「申し遅れました、わたくしは東郷家の家令をしていた李と申します。」 「そうか。それで李さん、あなたはこれからどうします?」 「魔都・上海はわたしにとってとは庭のようなもの。お供させて頂きますよ。」 彼らが乗った『オフィーリア号』は、人間のありとあらゆる欲望が詰まった、長い航海の果てに魔都と呼ばれる場所へと辿り着こうとしていた。 ―海斗・・ (父さん、母さん・・) 闇の中で、家族が自分を呼ぶ声がする。 海斗は必死に家族の姿を捜したが、彼らは何処にも居なかった。 (皆、何処に居るの!?) 海斗が目を覚ますと、そこは見慣れぬ部屋の天井だった。 (ここは・・?) 海斗が見慣れぬ部屋を見渡していると、そこへ一人の青年がやって来た。 「起きたのか。」 「あなたは?」 右目に眼帯をつけた男は、灰青色の瞳で海斗を見つめた。 「俺はナイジェル=グラハムだ。食事を持って来た。」 「ありがとう・・ここは何処?」 「ここは、俺達の“家”だ。」 「“家”?」 「カイトお嬢様・・」 隻眼の男の後に入って来た老人の姿を見た海斗の顔が、明るく輝いた。 「李さん!」 「海斗お嬢様、ご無事で良かったです。」 李はそう言うと、海斗を抱き締めた。 「ここは何処なの?」 「ここは、ジェフリー=ロックフォード様のお屋敷ですよ。」 「その人、だぁれ?」 「漸くお目覚めかい、お姫様?」 そう言いながら寝室に入って来た金髪の天使の姿に、海斗の心は奪われた。 「天使様・・?」 「いや、俺は天使じゃない。お前の守護者さ。」 金髪の天使―ジェフリー=ロックフォードは、蒼い瞳を煌めかせながら海斗を見た。 「守護者?」 「お前を守る者だ。」 ジェフリーは、そっと海斗の髪を優しく梳いた。 「さぁ、朝食を運びましたから、わたくしと一緒に頂きましょう。」 「うん!」 海斗と李を寝室に残し、ジェフリーとナイジェルは屋敷の中庭へと向かった。 「ナイジェル、どうしたんだ、深刻そうな顔をして?」 「ジェフリー、本気であの子を育てるつもりなのか?」 「あぁ。」 「一体どういうつもりなんだ!?俺達はあの子の家族を・・」 「それ以上は言うな。」 ジェフリーはそう言った後、ナイジェルを睨んだ。 「済まない・・」 「ナイジェル、俺はあの子を育てる。」 「好きにしろ。」 ナイジェルは溜息を吐いた後、屋敷の中へと戻った。 「李さん、お父様達は何処?」 「海斗お嬢様・・」 李は海斗に、残酷な真実を告げた。 「そんな・・」 「海斗お嬢様、これからはわたしとロックフォード様があなたをお支え致します。」 「ありがとう、李さん。」 海斗はそう言うと、老家令の胸に顔を埋めて嗚咽した。 「李さん、カイトは?」 「お部屋でお休みになられています。」 「そうか。」 海斗の寝室にジェフリーが入ると、彼女は寝台の中で眠っていた。 その頬には、涙の跡があった。 「心配するな・・俺が一生、お前を守ってやる。」 ジェフリーはそう呟くと、海斗の額にキスをした。 ジェフリー達は翌日、学校を訪ねた。 「まぁ、この子は・・」 「カイトの事を、ご存知なのですか?」 「えぇ。あの事件の時、わたしもロンドンにおりましたから。あの時、カイト様もお亡くなりになられたのかと・・」 校長のスーザンは、そう言った後胸の前で十字を切った。 「ご安心ください、カイト様はわが校で最高の教育を受けさせますわ。」 「よろしくお願いします。」 こうして、海斗は上海にある、聖カトレア女学院に入学する事となった。 貴族や資産家の令嬢などが通うこの学園に、海斗がやって来たのは季節外れの三月だった。 「皆さん、カイト=トーゴ―さんです。これから仲良くしてくださいね。」 「東郷海斗です、よろしくお願いします。」 クラスメイト達は海斗を歓迎したが、それは“振り”だった。 この学園は、生徒も教職員も皆白人だった。 アジア系―東洋人の生徒は海斗だけで、案の定彼女はクラスメイト達から陰湿ないじめを受けた。 無視や陰口に加え、私物を隠されたりしたが、それらの嫌がらせに屈する海斗ではなかった。 「カイト、またお嬢様達とやり合ったのか?」 「だってあいつら・・」 「わかったから、もう泣くな。」 ジェフリーは海斗の髪を優しく梳くと、彼女は堪えていた涙を一気に流した。 学校でどれだけいじめられても、海斗は学校では泣かないと決めていた。 海斗にとって、自分を守ってくれるジェフリーとナイジェルが居る家が、唯一安らげる場所だった。 「ジェフリー、あの子を無理に学校へ通わせなくてもいいだろう?」 「ナイジェル、お前はカイトに対して過保護過ぎる。」 「だが・・」 「カイトは、いじめられても泣き寝入りするような奴じゃない。」 ジェフリーがそう言って紅茶を一口飲んだ時、けたたましく玄関の呼び鈴が鳴った。 「誰だ、こんな時間に?」 「旦那様、お客様です。」 「客?どこのどいつだ?」 「それが・・」 「失礼する。」 李の制止を振り切り、客間に入って来たのは黒衣に長身を包んだ男だった。 男は鮮やかな翡翠の瞳をジェフリーに向けた後、彼に向かってこう言った。 「“彼女”を、返して貰おう。」 「“彼女”?」 「貴様がオフィーリア号の闇オークションで落札した赤毛の守護天使だ。」 「悪いが、カイトは俺のものだ。」 「貴様ぁ・・」 男の翠の瞳がジェフリーを射殺さんばかりに睨みつけて来たが、ジェフリーは飄々とした様子で男を見た。 「あんた、一体何者だ?いきなり他人の家に入って来て、礼儀もクソもないな。」 「うるさい!」 「ジェフリー、どうしたの?」 客間のドアが軋み、寝間着姿の海斗が部屋に入って来た。 「カイト、やっと見つけた!」 男はジェフリーを押し退けると、海斗を抱き締めた。 「やめて、離して!」 海斗は身を捩って暴れ、男の顔を爪で引っ掻いた。 「今日の所はお引き取り願おうか?」 「また来る。」 男はジェフリー達に背を向けると、客間から去っていった。 「若様、カイト様は・・」 「マルティン、車を出せ。」 「はい・・」 男の秘書・マルティンは、主の機嫌が悪い事を知り、無言のまま車を出した。 「お帰りなさいませ、ビセンテ様。」 「ただいま。」 玄関ホールで男―ビセンテの鞄を受け取った時、老執事はビセンテの顔の傷に気づいた。 「ビセンテ様、そのお顔の傷は・・」 「猫に引っ掻かれた。」 「そうですか・・」 「ビセンテ、ビセンテは何処なの!?」 屋敷の奥からヒステリックな女の声が聞こえ、ビセンテは舌打ちした。 「只今戻りました、母上。」 「遅いわよ、一体何をしていたの!?」 「申し訳ありませんでした。」 「早く、汗を拭いて!痒くて堪らないの!」 「わかりました。」 ビセンテは、自分に向かって喚く母・マリアの肥満体を洗った。 二時間かけて洗った後、ビセンテは全身汗だくとなり、浴室へと向かった。 頭から冷水を浴びながら、ビセンテは海斗と初めて会った時の事を思い出していた。 それは、英国が“太陽が沈まぬ帝国”と呼ばれていた頃の事だった。 その日、ロンドンは猛烈な寒波に襲われた。 ビセンテはその寒空の下を歩いていた。 薄手のコートはボロボロで、履いている革靴も擦り切れている。 (今日も、駄目だった・・) 勤めていた会計事務所が破産し、職探しをしていたが、いつまで経っても仕事は見つからなかった。 近くのパン屋の前を通りかかったら、パンの良い匂いがしてきた。 財布の中を見ると、硬貨しか残っていなかった。 ビセンテが諦めてパン屋の前を通り過ぎようとした時、彼の前に一台の馬車が停まった。 「お嬢様、お足元にお気を付けくださいませ。」 「わかったわ。」 馬車の中から降りて来たのは、薔薇色のドレスを着て、同色系の帽子を被った貴族の令嬢だった。 帽子の隙間から、炎のように鮮やかな赤毛が見えた。 パンを買う金すらない自分と、美しいドレスを身に纏い、何不自由ない暮らしを送っている彼女を比べ、ビセンテは惨めな思いをしていた。 「落としましたよ。」 「ありがとう・・」 空腹の所為で頭がボーッとしていたビセンテは、財布を落としている事に全く気づかなかった。 令嬢から財布を受け取ったビセンテは、瞬く間に彼女と恋に落ちた。 俗に言う、一目惚れというやつである。 その令嬢―海斗とビセンテは、結ばれなかった。 海斗は死に間際、ビセンテにこう言った。 「また、あなたに会いたいわ。」 そして、ビセンテはあの闇オークションで海斗と”再会“した。 だが、海斗はビセンテの事を憶えていなかった。 (カイト・・) シャワーを浴びた後、ビセンテは髪を乾かさずに寝室に入ると、泥のように眠った。 「失礼致します、ビセンテ様。」 「どうした?」 「お客様がお見えになっています。」 「こんな朝早くに、一体誰だ?」 「ロックフォード様、とおっしゃる方で・・」 「わかった、客間に通せ。」 「かしこまりました。」 数分後、ビセンテが客間に入ると、そこには紅茶を飲んでいるジェフリーの姿があった。 「昨日はあんたに無礼な事をしたから、今日は俺がこちらにお邪魔しようと思ってね。」 「ここへは何をしに来た?」 「そう警戒しなさんな。俺はただ、宣戦布告しに来ただけなんでね。」 「宣戦布告、だと?」 「あぁ、カイトの事だ。カイトは、俺の花嫁となる娘だ。だから、あんたにはカイトの事を諦めて貰う。」 「それは無理だな。わたしは、カイトを決して諦めない。」 蒼と翠の瞳との間に、見えない火花が散った。 「お帰りなさいませ、ジェフリー様。サンティリャーナ様との話し合いは如何でしたか?」 「いや、話し合いも何も、向こうはカイトを諦めないとさ。」 「そうですか。」 そう言った李は、何処か嬉しそうな顔をしていた。 「ただいま。」 「カイト、お帰り。」 夕方、海斗が帰宅すると、ジェフリーが笑顔で彼女を迎えてくれた。 「あのね、今日テストで満点を取って先生に褒められたんだ!」 「良かったな。」 ジェフリーはそう言って微笑むと、海斗の頭を撫でた。 「ジェフリー様、お手紙が届いております。」 「わかった。」 李からサンティリャーナ家の舞踏会の招待状を受け取ったジェフリーは、暫く何かを考えこんだような顔をしていた。 「出席するのか?」 「あぁ。」 ジェフリーはそう言うと、口端を上げて笑った。 「サンティリャーナ様、本日はお招き頂き、ありがとうございます。」 「どうぞ、楽しんで下さい。」 「あら、何て可愛いお姫様なのかしら?」 「あそこにいらっしゃるのは、ロックフォード様とグラハム様ではなくて?」 「社交嫌いなグラハム様がこのような場所にいらっしゃるなんて、珍しいわね。」 そう囁き合っている貴婦人達の視線の先には、薔薇色のドレスを着た海斗をエスコートしているジェフリーとナイジェルの姿があった。 |