GAIA

　院長ドクトル、ケルリン氏は非常なる人物なりき。もし彼をしてわが国に在らしめんか、第一等の警視総監を作り、市民の帰服敬慕するところならむ。彼をして県知事となさんか、良二千石〔りょうにせんせき：優れた地方官〕、彼に越ゆる者はなかるべし。彼はよく州会議員を動かし、彼の事業のために年々莫大（ばくだい）の支出をんさしむるの技を有せり。彼は豪富の門をたたき、ついに彼らの保護者たる可憐の児童のために永くその金嚢（きんのう）の口を引き絞ることあたわざらしむ。彼は同時に７００の白痴の父なり。彼は一々彼らの名を記憶す。彼らの内、愁いを彼に訴ふるものは一人として聴かれざるはなし。彼らに物足りて彼は足れり。清潔無垢の衣類を着し、健全なる面貌をもって７００の白痴軍が彼の前に整列する時に、彼が家長的の豪気をもって彼らを検閲する時の彼の顔のうるわしさよ。しかれども彼の「アンビション」は一山の白痴院をもって満足するものにあらざりき。彼はペンシルバニア州に存在する９千の白痴をことごとく彼の翼の下に庇保するの希望を有せり。彼の一生６０年はこの目的に向かって進めり。彼が３０歳の時、院長となりし時は僅かに１００人に足らざる入院者なりしかども、本年一月彼が今世を去るの時は全院の人口1,100名に登りたり。しかれども、これ彼の目的の一小部分なり。彼は白痴を社会から根絶せしめん事を望めり。しかしてその法は彼らを全く社会より遮断するにあり。
ゆえに一大白痴植民地を起こし、まずペンシルバニア州の９千を移し、広くその制度を世界に知らしめ、万国をして彼にのっとり、社会のこの災害を全然排除せん事を勉めたり。