GAIA

８　ベルへの手紙その二　内村のみた北越学館事件
一八八八年十一月二十五日（日）（「内村鑑三の生涯」山本泰次郎訳編p.36　全集三六巻p.305）
Ⓐ愛するベルさん　十月十三日付の重ねての手紙を二週間ほど前に受け取りました。読んでいくうちに、三年前ワシントンのウィラード・ホテルの一階で、僅か十五分の間に結ばれた友情を新しく想い起こしました。あなたもご家族も平安のうちにご繁栄の由喜びにたえません。
八月の末に新潟に参り、直ちに仕事に取りかかりました。当地で、私はエルウィン、アマスト、ハートフォード等で学び得たすべてを持参し、専ら事に当り得る地位を発見しました。学校は昨年創設されたばかりで、惨めな財政状態とあやふやな組織の下に苦しんでいます。生徒数は一六〇人で、すばらしく賢い、鋭い、聡い、理論好きな者もいます。私は一週五回エレミア記を講じていますが、生徒らは異常な関心をもって聴講し、この涙の預言者に崇高な愛国者を発見しつつあります⑴。（尤もこのような愛国者は我が国にも無いわけではありません）キリスト教はか弱い優しい人のためにのみ存するという観念を彼らの心から根絶やしにする一方、真の英雄的行為と高い愛国的精神とは、ただイエスの精神にみたされて始めて可能となる事を教えるべくつとめています。私の目的がここにあるため、アマストやオベリンとは全く違った意見のキリスト教学校です。ゆえに私は余り「宗教的形式」にとらわれません。私は説教せず講義します。この点、京都の新島君の学校その他とは大いに違います。しかし私はこのやり方の結果に大きな満足を覚えつつあります。生徒らに対し聖書を持参するよう強いも勧めもしませんが、彼ら―ごく少数の者を除けば皆いわゆる「異教徒」です―の大多数が自発的に聖書を買い求め、私についてノートを取りながら読んでいます。このようにして、我々は普通のミッション・スクールの網にもれた魚を捕えていると私は信じています。館長は非常に立派なクリスチャンの紳士で、一週に一回ずつローマ書について話してくれます。

Ⓑ近頃、私は一つの重大な考えを抱くに至りました。それは日本はまだ収穫の時期に達していないという事です。私の恐れるのは日本が今全キリスト教国の諸教会から霊的黄金郷と目され、他に比べ極めて僅かな努力で「改宗者を束にして」刈りうると夢想されている事です。蒔かねば刈れぬとはミネソタの麦畑でも主の霊魂畑でも同じです。二五〇〇年にわたり神の霊が日本の上に働いたのは十九世紀のキリスト教徒をして一挙に大量に刈り取るためとの考えは、かつて私も抱きましたが、全く違った意味で考え直す必要があります。まことに西部の大草原の如く、恵み深い神は種を蒔く土地を用意し続け給いました。しかし神はそこを耕し、そこに蒔く事を我らの任務として残し給いました。（略）もう一つの日本の重要な「時のしるし」は、西洋文明の崩国家的感化の潮をくいとめようとする日本現下の企てです。･･･Ⓒ日本はキリスト教を持たねばならず、やがては必ず持つに至るであろう。しかしそのキリスト教はよし種は外国人の手によって蒔かれるとしても、必ずや日本自身の河川によって水そそがれ、日本自身の懐ろにはぐくまれ、日本自身の東洋流の衣（もし衣をつける必要があるとすれば）をまとい、日本自身の国土にはえ出ずるキリスト教でなければなりません。最も急進的な愛国信者はこのように主張します！
　学生と一緒に校内に起臥しています。素晴しい眺望が四方に開け―南には信濃川のみごとな流域が続き、北には日本海が望まれます。果実は豊富です。目下鮭の出盛りで煮たり焼いたりほとんど三度三度食べています。再び箸を使い始め大変具合よくあります。近隣の町村を巡り、あらゆる問題について講演しています。
貴国における交友の範囲を広げるようにと重ねてのお勧めに感謝します。しかし、Ⓓ私は、この世では多くの友人を持ちえない人間です。私は今まで得た少数の友、十指にみたないほどの少数の友で満足しています。自分の特殊な立場と仕事の性質に照らし、多くの友を持つことは私にとり安全ではありません。時々あなたの手紙のような通信に接するだけで満足しています。
　この地方の農業、漁業、商業の全般についてお伝えします。約四年半前、農商務省に勤めていた頃、私はエゾのニシンの卵を当地から約三十マイル離れた佐渡島の沿岸に移殖した事があります。その結果、今年春、当地の沿岸で本物のニシンが数匹取れました。御承知の通り科学者は一般にニシンの成長期を四年と見ています。ああ、そのニシンが私の放ったニシンたらん事を！日本海の魚は科学的に未調査で私は最初の日本海産魚類学者の機会に恵まれています。しかし今は「人なる魚」が余りに多く私の注意を奪いつつあります。（略）

⑴　毎朝、講堂の訓話及び講演は名演説であった。旧約聖書中の愛国者の伝記を講ぜられた際は真に先生の熱血ほとばしる感あらしめた。『わが頭をして涙の泉たらしめよ、我れよく国民のために泣かん』では、先生感極まって声涙共に下り、『諸君はいかに感ずるか、日本国民たる諸君は諸外国に軽侮されつつある哀れな現状を見てこの国難をいかに打開すべきか』と我らを発奮された」（「日録p.186）