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カテゴリ:報徳記&二宮翁夜話
二宮金次郎と妻なみ
4 二宮金次郎と妻なみ 二宮金次郎は最初中島きのと結婚した。このことは『報徳記』に載っていない。きのとの結婚は長く続かなかった。きのは離別を申し出て去って行った。福住正兄の『二宮尊徳翁略伝』によると「親戚の勧めにより妻をめとる。妻、性吝(りん)。翁の貧人をあわれむの多費なるを喜ばず。しばしばこれを諫止す。恬然(てんぜん)としてかえりみず。ここにおいて妻、離別をこう。翁、これを許す」とある。 きのは、金次郎が貧しい人を憐れんで金銭を恵むことを快く思っていなかった。金次郎の母が「人を恵む者など稀だ」と言ったが、当時も今も、人の情であろうか。金次郎は「幼年の困窮艱難、実に心魂に徹し」「あるいは我のごとき極難困窮、暮し方たより少なき者を恵まんと欲し」て、貧窮に苦しむ人を恵んでその喜ぶ姿に、父母の姿を偲んだのであろう。 金次郎は小田原藩主から桜町赴任を命じられる。。 金次郎独白:せっかく家を復興し、祖先の田畑を買戻し、追孝ができた。ところが殿様から親しくお言葉をたまわり、宇津家の領地を復興してくれと命を受けた。今、殿様へ忠を尽そうとすれば、せっかく建て直したこの家をつぶすことになろう。孝を全うし、祖先を祭ろうとすれば、君命を廃することになり、忠義を全うできない。古来、忠義を二つながら全うできないと言われている。私はどうすればよいだろうか。 (金次郎はしばらく沈思していたが、ハッと思い当った。桜町赴任の決意を父母の眠る墓所で語る) ああ、何を憂い何を惑うことがあろうか。元来忠孝は一つである。人が至孝であれば忠は自ずからその中にある。君命を得ないときは、一家を興し、祖先の祭事を行うのが孝である。一度君侯の知遇を得て、百姓を安んじてくれよと命を受けたからには、この民を安んずることが孝である。もし君侯の命を廃するならば、たとえ億万の財産ができ、一家が繁栄しても、父祖の霊は必ずや私を孝ではないとされるであろう。僅かな一家を廃して万民の苦しみを除き、君侯にご安心いただき、また、百姓の経営が安定すれば、父母の御心にかなうであろう。 お父さん、お母さん、私は、万家のために一家を廃します。これでよいですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年12月17日 06時02分57秒
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