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カテゴリ:イマジン
「キミ、常務ね」ユニクロ柳井氏の一言にあぜん フリース旋風指揮~ファミマ社長
NIKKEI STYLE 11/30(水) 「ユニクロ」の知名度を飛躍的に高めた原宿出店(東京・渋谷)。フリースブームもこの出店が出発点だった。 1997年春にファーストリテイリングに入社し、11月の株主総会で取締役に選任されました。総会後の役員会で社長の柳井正さんから「常務にする」と言われたときにはビックリ。ヒラの取締役として何もしていないのに数時間後には常務ですから。そして翌年には副社長です。柳井さんは「営業関連のことはまかせる。何か問題があったら責任を持って解決してほしい。それくらいの気持ちで経営してほしい」と発破をかけてくれました。 しばらくしてその年の秋に初の都心型店舗となる原宿店の出店準備が動き出します。でもなかなか具体策が浮かびません。そんなとき、英国のアパレルブランド会社のPRを手掛けていた阿部あゆ子さんが入社してきたのです。 「こんな田舎の会社で働いて後悔しないの」と聞くと、 「ユニクロはみんながいい商品を作ろうと努力しているけど、それがお客さんに伝わっていないのが残念です。ここのフリースはとってもいいです。田舎の両親にも送りましたよ」 と言うのです。この時は何とも思わなかったのですが、翌朝に起きるときに 「これだ!」 とひらめきました。 居ても立ってもいられず、車に乗って会社に向かい、その足で柳井正社長の部屋に飛び込みました。 「原宿開店はフリースに特化したキャンペーンでやらせて下さい」。 柳井さんは 「じゃあ、それでいこう」 とゴーサイン。 開店は11月28日土曜日だった。 フリース一色の大キャンペーンの展開です。原宿駅もフリースのポスターだらけ。開店当日に柳井さんと早朝便で東京に向かう途中、「広告にお金の使いすぎだ」と怒られたのを覚えています。 原宿駅を降りて、店に向かうときはドキドキです。「柳井さん、売れてなかったらすみません」と話し、明治神宮前の交差点方面へ足早に歩いていくと、交差点のロッテリアの前に多くの人がいて、柳井さんがこう話しかけてきたのです。「沢田君、行列だ」。行列の先が原宿店です。 そして柳井さんが発した言葉はこうでした。「品切れしてはいけないから、関東にある在庫を原宿店にかき集めろ。周辺店舗の販売員もこの店に来てもらえ」。こっちは褒めてもらえるものだと思っていました。経営者というのはこういうものなんだと感心したね。先々のことを意識しながら経営するその姿勢は大変、参考になりました。 この会社に入って1年半がたち、自分なりに突っ走ってきました。柳井さんの発言にカチンとくることもありましたが、ほとんどは理にかなった指摘ばかりでした。 原宿店が大繁盛となったあと、もうひとつ重要な仕事があった。 原宿店近くの飲食店で柳井さんにある人物を紹介することになっていました。伊藤忠商事時代のビジネスパートナーだった玉塚元一君です。彼は旭硝子から日本IBMに転職していました。「いいやつですから」と柳井さんに話すと即、入社が決定。ファストリの急成長の始まりです。 [日経産業新聞の記事を再構成] NIKKEI STYLE お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016年12月05日 01時11分39秒
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