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2017年02月20日
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カテゴリ:宮澤賢治の世界
二次予選三日目、最終日

 虹の向こうに

 春の祭典

 二度目にステージに立った風間塵は、観客の熱狂的な拍手にも、もはや全く動じていなかった。
・・・・・
 ドビューシーの練習曲、第一曲
 ・・・・・
 ピアノ初心者の教則本で広く知られる「ツエルニー氏に倣(なら)って」というサブタイトルが示す通り、曲はピアノを始めたばかりの子供を連想させる、たどたどしい茶目っ気あるフレーズから始まる。しかし「ピアノのお稽古」は徐々に進化していく。
 ・・・・・
二曲目はバルトークの「ミクロコスモス」。バルトークの、どことなく土俗的な雰囲気の漂う、ジャズっぽい気まぐれなメロディも彼によく似合う。野性的というのか、動物的というのかー戸外で子どもが駆け回っているような演奏。
 ・・・・・
 バルトーク。彼のミクロコスモス。故郷の民族に伝わるメロディを愛し、研究に没頭した男。しかし、祖国を離れることを余儀なくされ、遠い異国の地で不遇のうちに生涯を閉じた、漂泊の男

 ・・・・
ごく静かに、風間塵の「春と修羅」は始まった。 
まるで、前の曲、「ミクロコスモス」の続きのような、さりげない幕開け。
曲も、至ってシンプルに展開される。
日常生活。
いつもの散歩道。
窓を開け、一日が始まる。
自然。
人々の営みを包む、宇宙の理(ことわり)。
当たり前にそこにあり、生活を満たしているもの。
・・・・・
そのイメージは、カデンツアに突入したとたん、一瞬にして打ち砕かれた。
客席が凍りついた。
風間塵の紡ぎだしたカデンツアは、すこぶる不条理なまでに残虐で、凶暴性を帯びていたのである。
 聴いているのがつらい、胸に突き刺さる、おぞましく耳障りなトレモロ、執拗な低音部での和音。
 甲高い悲鳴、低い地響き、荒れ狂う風。敵意を剥き出しにした、抗う術もない脅威。
 これまでの、楽しげで、ナチュラルで、天衣無縫な演奏とは似ても似つかない、暴力的なカデンツア。
・・・・
 自然は優しく人間を包んでくれているだけではない。むしろ、古来より人間を打ちのめし、常に絶滅の一歩手前まで人類を追いこんできたのだ。
「春と修羅」
 宮沢賢治も、それは嫌というほど知っていた。彼の住む東北は、彼の生きていた時代も自然災害続きだった。
冷害に凶作、噴火に地震。

 春と修羅
  (mental sketch modified)


心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲てんごく模様
(正午の管楽くわんがくよりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾つばきし はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路めぢをかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃せいはりの風が行き交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ
    くろぐろと光素エーテルを吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥りくらむ天の椀から
      黒い木の群落が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
    (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ

 四曲目はリスト。「二つの伝説」の第一曲、「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ

 ・・・・・
 聖フランチェスコはカトリックの聖者。十二世紀から十三世紀にかけて実在した人物で、裕福な商人の家に生まれたが、財産をすべて捨てて野外に暮らし、小鳥や動物と会話ができたと言われている。この曲は、小鳥のさえずりやはばたきが写実的に表現され、小鳥と聖フランチェスコが対話をしているところを描いている。
 会話しているー本当に、鳥と話している。
・・・・・
 風間塵の二次予選の最後の曲は、ショパン、スケルツオ第三番、嬰ハ短調である。
・・・・
 イタリア語で「冗談」とか「いたずら」の意味を持つスケルツオだが、風間塵のスケルツオは飛び切りトリッキーだった。

 鬼火

 亜夜は一次と同じように、つかの間眩しそうな表情を浮かべ、それから視線を落とした。
 指を鍵盤の上に落とす。
 同時に、なにかずしんと重い負荷が舞台に掛かった、いきなり、ドラマティックなラフマニノフの世界が面を打つような激しさで、しかも巨大な姿で出現した。

 「音の絵」作品39、第五曲目。アパッショナート変ホ短調。

 二曲目は、リストの「超絶技巧練習曲集」のひとつ「鬼火」。
 名前の通り、ちろちろと燃える青白い炎を思わせる、細かい音符がびっしりと並ぶ、難曲として知られる一曲である。
・・・・
 めまぐるしく動き回るたくさんの青い炎。浮かんでは消え、消えては現れ、ゆらゆらと上下し、時に大きく、時にしぼんで小さくなる。
・・・・

 次は「春と修羅」。
・・・・
 足元には、ざわざわと風に鳴る草原が続く。足の甲に触れる草を感じる。
冷たく、ちょっと尖端が当たってチクチクと痛い。
 どこからか風が渡ってきて、亜夜の髪を揺らし、ドレスの裾をはためかす。
・・・・
 母なる大地。

 どこまでも続く地平線。駆けて行く子どもたち。
遠くで手を広げて待っている誰か。
生きとし生ける者が歩いていく大地。
・・・・
亜夜は、あの凄まじい「修羅」に満ちた風間塵のカデンツアを聴いて、それに応えた。
自然が繰り返す殺戮や暴力に対して、それらをも受け止め飲み込んでしまう大地を描いている。
それでもなおかつ新たな生命を生み出し、はぐくむことのできる大地を。


 有明


起伏の雪は
あかるい桃の漿しるをそそがれ
青ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉のどを鳴らし
もいちど散乱のひかりを呑む
  (波羅僧羯諦ハラサムギヤテイ 菩提ボージユ 薩婆訶ソハカ)

雲の信号


あゝいゝな せいせいするな
風が吹くし
農具はぴかぴか光つてゐるし
山はぼんやり
岩頸がんけいだつて岩鐘がんしようだつて
みんな時間のないころのゆめをみてゐるのだ
  そのとき雲の信号は
  もう青白い春の
  禁慾のそら高く掲かかげられてゐた
山はぼんやり
きつと四本杉には
今夜は雁もおりてくる

風景観察官


あの林は
あんまり緑青ろくしやうを盛もり過ぎたのだ
それでも自然ならしかたないが
また多少プウルキインの現象にもよるやうだが
も少しそらから橙黄線たうわうせんを送つてもらふやうにしたら
どうだらう

ああ何といふいい精神だ
株式取引所や議事堂でばかり
フロツクコートは着られるものでない
むしろこんな黄水晶シトリンの夕方に
まつ青さをな稲の槍の間で
ホルスタインの群ぐんを指導するとき
よく適合し効果もある
何といふいい精神だらう
たとへそれが羊羹やうかんいろでぼろぼろで
あるいはすこし暑くもあらうが
あんなまじめな直立や
風景のなかの敬虔な人間を
わたくしはいままで見たことがない


高原


海だべがど おら おもたれば
やつぱり光る山だたぢやい
ホウ
髪毛かみけ 風吹けば
鹿しし踊りだぢやい



プログラム後半

ラヴェルのソナチネ
どことなく古風な響きのする三楽章からなる曲を、亜夜は丁寧に弾いていく。

最後の曲が始まった。メンデルスゾーンの「厳格なる変奏曲」。
静かに始まり、さざなみが寄せては返す。やがて波は高まり、咆哮(こうこう)する。
繰り返されるテーマ。
坂巻く波のように、バリュエーションが繰り広げられる。

・・・・・

第二次予選は終わった。





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最終更新日  2017年02月20日 04時50分26秒
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