ある高校生との出会い
朝ですね。明けない夜はない、なんて言いますが、小心者の私は「明けない夜もあるんじゃないか」と内心思っています。先日の「自信を失う」の書き込みへ、「たくさんの」と一言ではいえないほどの方から、「たくさんの」ものをいただきました。一人一人にお会いして、「ありがとうございました」と伝えたいような気持ちです。でも、違う。「写真展をやり遂げること」が、皆さんへの感謝の表現です。昨日のことを書きます。ちょっと長くなりますが、よろしくお付き合いのほどを。昨日、所用で出かけた帰り電車に乗ろうと駅に向かうと、駅前で男子高校生数名が「パキスタン地震被害者へ」と募金を集めていました。はじめは横目で通り過ぎてしまいましたが、〔写真展チラシ配りたい症候群〕の私は、数分考えたあと引き返し、募金を入れました。そして、おもむろにチラシを出し学生へ聞きました。「少年兵って知ってる?」私の近くの学生は「はい知っています。」「学校で習いました」4人ほど居た学生の顔を順番に見渡すと、一番端の学生が「知りません!」と言い切りました。「少年兵なんて知らないし、知りたくないです」と、私へ挑むように話しました。私を変な勧誘のおばさんとでも思ったのでしょうか?完全に拒否している雰囲気でした。私は、近くの学生へ「このチラシを学校へ持って行って、お友達とかに見せてもらえるかな」と話しました。この拒否している彼以外の学生は、「はい」とあっさり受け入れてくれました。すると、その彼は「学校へ持って行っても、誰も興味ないです」「チラシもきっと・・・」私は「捨てちゃう?」と聞きました。その彼は「はい」とはっきりと言い切りました。さらに彼は睨みつけるように続けます。「この写真展は逗子ですね。ぼくの家から遠いです」「わざわざ行く人なんていません」「チラシ、あっても無駄です」手ごわいな、と思いながらも、私は話しかけました。彼も私の話をさえぎる事はしませんでした。「捨ててもいいし、興味のない人に何が何でも見なさいとは言っていないの」「貴方も、こうして募金集めながら、興味のない人に無理やり入れろ、とはしていないでしょう?」ふと横を見ると、一人の学生がそのチラシを道行く人に見えるように、出してくれていました。私はその人に「ありがとう、でもこれは見せなくていいの、募金の邪魔してごめんね、これはあなた達に渡したいの」といいました。また私は、拒否の彼に戻りました。「西アフリカに、リベリアって国があるんだけど、知ってる?」彼は「知りません」「国際情勢は疎いです」と。「でも、こうしてパキスタンの支援をしようって、やっているんだよね」と、私。「はい、パキスタンへ具体的に募金をすることは、必要なんです。困っている人がいるんです」と、彼。「そうだよね、今、私はこの写真展に募金して、とお願いしているんじゃないからね」「リベリアって国があって、私は昔、青年海外協力隊で行ったの」「協力隊は知っているでしょう?」「はい」と彼。「もう、十数年前に私は協力隊へ行ったんだけど、その後この国は14年も戦争をして、子ども達を少年兵として使ったの」「子どもが人を殺すのが平気になるように、麻薬や鉛中毒にしたの」「15,16,17歳、あなた達と同じ年齢の子どもたちなの」「だから、ぜひあなた達に知ってもらいたいの」「嫌だと思う人に、無理やり見せる必要はないの」「もし、このチラシを見て、興味を持ってくれる人がいたらと思ったの」彼の表情が、ほんの少しかわったように感じました。ふと隣を見ると、そこにいたのはどうやら先生のようです。その人は、私の話しを聞きながら、横手で何度かうなずいてくださっていました。『おい、おい、今まで見ていたんだな』と、内心突っ込みを入れながら。「すみません、先生ですか」「お邪魔して申し訳ありません」と、話すと。「いえ、この学生達は学校のボランティアクラブのものなのです」「彼(拒否していた)も、同じで、気持ちはあるので、きっと、なあ」と彼に声を掛けました。すると、その拒否君は(って、名前付けてるし)「はい、これ(チラシ)学校へ持って行って、先生とかみんなに見せたら、いいかも」って、言ってくれたのです。私、思わず彼に抱き着こうかと思うくらいうれしかったけど、そこは我慢して、「ありがとうね」と一言。彼やチラシにあるブログのアドレスを見た人が、ここへ来てくれるといいなと思います。私ももっと彼らの意見を聞きたい。彼らの疑問を知りたい。そんなことを感じつつ、帰りの電車で隠れて泣いてしまいた。嬉し涙です。