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三橋順子の日記

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2012年02月10日 楽天プロフィール Add to Google XML

テレビ出演のお知らせ
[ 取材・出演 ]    

2月11日土曜深夜0時50分から放送予定の

テレビ東京「ジョージ・ポットマンの平成史」に出演します。

テーマは「女装史~なぜ平成時代 女装が大人気なのか?」。

私の出演部分は、日本の女装史を超駆け足で振り返る様な内容です。

よろしかったらご覧くださいませ。

http://www.tv-tokyo.co.jp/official/heiseishi/



最終更新日  2012年02月10日 14時51分26秒
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2012年02月09日

今年もレポート読みの季節
[ 日常 ]    

2月9日(木)

11時、起床。

ゆっくり眠れたせいか、やっと風邪が少し抜けてきた。
鼻水は良くなったてきたが、まだときどき咳き込むので、完全回復ではないけど。

午後は、昨日「絵巻を読む」で講義した「源氏物語の執筆事情」をブログにまとめる(詳細別掲)。

偉い先生方がさんざん論じてきた問題で、別に新見解があるわけではないけど、『源氏物語」ファンであり、平安時代史研究者だった自分の「整理」として。

その後、京都大学グローバルCOEプロジェクトの研究会報告「東京の『赤線』-戦後日本の黙認買売春地区-」のレジュメに画像を入れる作業。

夕方から、都留文科大学の講義の平常の算出作業。
これがまた、けっこう面倒なのだ・・・。

出席点1回2点で14回で28点、毎回、提出してもらったコメントシートを私が読んで「ふむふむ」と思うと1点加点(12回分)で12点、合計40点満点。

満点の学生さんが3人いる(すばらしい!)。

3人とも女子学生。
例年のことだが、全体的に女子学生の方が加点が多くなる。

その日の講義内容への反応の良さ、そして日々の地道な積み重ねという点で、男子学生にはいっそうの奮起を望みたい。

夕食は、豚肉と野菜炒めを作り、宇都宮餃子の残りを焼く。

  • 001.JPG


お風呂に入って髪を洗う。

夜中、都留文科大学のレポート読み。

今年もこの季節になった。

6日(月)  9
7日(火)  4(13) 4年生分(成績表提出期限が早い)終了。
8日(水)  0(13) 平常点の整理と算出。
9日(木) 33(46) 平常点の整理と算出。3年生分終了。

まだまだ先は長い。

毎年のことだけども、レポートのテーマは「ジェンダー&セクシュアリティに関する事象についての考察」。

早い話、「性」にかかわるテーマならなんでもOKで、ほとんど自由テーマに近い。

こうした場合、やはりテーマの選択が重要になる。

「他人事」で書いているレポートは良くまとめていてもB+の評価止まり。
自分に引きつけて書いているレポートじゃないと、なかなかA評価にはならない。

今日読んだ分で、いちばん印象に残ったのは、高校生時代に親しい友人から同性愛者(ゲイ)であることをカミングアウトされた時の、自身の心の動きを思い出して分析したレポート。

こうした自分の「性」を顧みて、今後の人生につなげようというレポートに出会うと、半期、講義したかいがあったな、とうれしく思う。

明日も頑張って読もう。

就寝、5時。


最終更新日  2012年02月11日 05時52分26秒
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「なぜ天才にゲイが多いのか」がオンラインに
[ 現代の性 ]    

2月9日(木)

『週刊現代』2012年2月11日号に掲載された
「新研究 あの著名なミュージシャン、作家、画家・・・なぜ天才にゲイが多いのか」
がオンライン(「現代ビジネス」)で読めるようになった。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31728

『同性愛の謎』(文春新書)の竹内久美子大先生以下、身体構造・遺伝説が圧倒的な中、私は孤立無援の社会構造説。

以下、私の発言部分だけ抜粋。

-------------------------------------------------------------------

天才にゲイが多い理由を身体構造に求める声がある一方で、それは社会構造によるものと唱える者もいる。自身が女装家であり、性社会・文化史研究者で都留文科大学非常勤講師の三橋順子氏がそうだ。

三橋氏は、ゲイが少数派であることが、特異なセンスを発揮するベースになっていると言う。

「ゲイは社会的抑圧が厳しいだけでなく、自己嫌悪にとても苦しむんです。なかなか自己肯定ができない。どうして自分は人とは違うのだろうかと悩み、極端な場合、自殺を考えることもあります。

でも、そんなところから、もし開き直ることができたら、常識にとらわれない発想や視点をもてるようになるんだと思います。

美輪明宏さんが言っていたんですが、三島由紀夫は自分の同性愛嗜好に対するコンプレックスが人一倍強かったそうです。そういうものを克服することで、クリエイティブな能力を発揮するゲイが出てくるんじゃないでしょうか」

ゲイの精神的な孤立が独自性を生み、自己を受け入れた時、クリエイティブな能力となると分析しているのだ。実際、前出のクラシック評論家シャー氏もゲイの才能の開花条件に関して、同様の指摘をしている。

「ゲイの作曲家ジョン・コリリアーノは、芸術の世界で成功するには、性的嗜好について正直であることがもっとも重要である、と言っています。天才は自分の性的嗜好を隠そうとすればするほど、才能が抑えられる傾向にあるのです」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31728?page=3


最終更新日  2012年02月09日 19時21分34秒
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2012年02月08日

まさかもう花粉?
[ 日常 ]    

(続き)

昼食は、自由が丘駅南口の「 Butcher's (ブッチャーズ)」で、おろしハンバーグランチ(800円)。

  • 003.JPG


学芸大学駅に移動。

東口商店街の「ドトール」でコーヒー・ブレイク。

14時、「仕事部屋」に戻る。

「石山寺縁起絵巻」の資料がだいぶ溜まったので、ファイルに整理する。

その作業中に、くしゃみ連発。
風邪が直っていないのか? それともアレルギーの発作?
アレルギーだとしたら、ハウスダストかな? まさかもう花粉?

2時間ほど眠る。

体調、少し改善。

17時40分、再外出。

18時20分、自宅最寄り駅前の「ドトール」で仕事帰りのパートナーと待ち合わせ。

「東急ストア」で買い物をして、いっしょに帰る。

19時過ぎ、帰宅。

夕食は、常夜鍋(豚肉のしゃぶしゃぶ)。
普通のほうれん草がなかったので、寒ちぢみほうれん草を使ったら、実に味が濃厚。
甘味すら感じる。
今まで、寒ちぢみほうれん草を鍋料理に使ったことがなかったので、ある意味「発見」

食後、また2時間ほど眠る。

お風呂に入って髪を洗う。

夜中、都留文科大学「ジェンダー研究1」の平常点の整理と算出作業。

就寝、6時。



最終更新日  2012年02月11日 03時30分08秒
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石山寺縁起絵巻を読む(『源氏物語』の執筆事情)
[ お仕事(石山寺縁起絵巻) ]    

2月8日(水)

8時20分、起床。

朝食は、アップルデニッシュとコーヒー。

シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。

化粧と身支度。
黒地に白で抽象柄のロング・チュニック(長袖)、黒のブーツカットパンツ、厚手のストッキング、黒のショートブーツ、黒のトートバッグ。
ボア襟の黒のカシミアのポンチョを羽織る。

9時45分、家を出る。

途中、コンビニで講義資料のコピー。

10時半、自由が丘で講義。

『石山寺縁起絵巻』(近江・石山寺の由来と歴史を描いた鎌倉時代末期の絵巻物)の解読。

巻4の第1段、紫式部が石山寺で『源氏物語』執筆の着想を得た場面の絵解。
巻4はオリジナルではなく、室町時代の明応6年(1497)の補作。

005.JPG
↑ 石山寺観音堂の局からはるか遠く琵琶湖の湖水に映る月影を眺めて『源氏物語』の着想を得る紫式部。

  • 004.JPG

  • ↑ 絵は室町時代中期の大和絵の名手土佐光信。


    巻4第1段の詞書には、「右少弁藤原為時の娘、上東門院(藤原彰子、一条天皇の中宮、藤原道長の長女)の女房であった紫式部が、大斎院選子内親王(村上天皇の皇女、一条天皇の叔母)に差し上げるために、女院から物語の創作を下命され、その成就を祈願するため石山寺に七日間参籠した。八月十五日の夜、湖水に映った月影を眺めているうちに心澄みわたり、物語の着想を得て、観音堂の内陣にあった大般若経の料紙に書き止めた」という話が載っている。

    そして紫式部が参籠した場所が「源氏の間」として、式部が大般若経の料紙を借用したことの罪障懺悔のために奉納した大般若経が今(明応6年)に現存すると述べる。
    さらに「紫式部・観音化身説」にまで言及する。

    「源氏の間」は、現在でも石山寺の観音堂と礼堂の「合の間」の東端にあり、もっともらしく執筆中の紫式部の像が飾られている。

    100912-6
    ↑ 後ろにいるのは侍女?それとも娘(後の大弐三位)?

    なので、紫式部がここ石山寺で『源氏物語』を執筆したと信じている人はけっこういる。

    しかし、ここから見えるのは石山寺の寺名の起源になった珪灰石(石灰岩が高温で変成した珍しい岩石で、国の天然記念物)の露頭だけで、琵琶湖の湖面はもちろん瀬田川の流れすらまったく見えない。

    100912-2

    観音堂のある面から二段上って多宝塔のある高台に出て、さらに北東に歩き、月見亭があるあたりまで行って、やっとはるかに琵琶湖の湖面を望むことができる。


    (2005年3月7日撮影)

    紫式部が石山寺の観音堂に参籠し湖水を眺めて着想を得たという話は、いろいろ調べたところ『絵巻』の詞書が初見のようで、どうも石山寺関係者の創作のように思われる。
    つまり、限りなく信じがたい。

    ただし、前段の「大斎院選子内親王に差し上げるために、上東門院から物語の創作を下命され」という話には、先行する説話がある。

    古本説話集』(第9 伊勢大輔の歌の事)
    いまは昔、紫式部、上東門院に歌読みいふ(優)のものにてさぶらふに、大斎院より春つ方、
    「つれづれにさぶらふに、さりぬべき物語やさぶらふ」
    とたづね申させ給ければ、御そうし(草子)どもとりいださせ給て、
    「いづれをかまいらすべき」
    など、えり(選り)いださせ給に、紫式部、
    「みなめなれ(目馴れ)てさぶらふに、あたらしくつくりて、まいらせさせ給へかし」
    と申しければ、
    「さらばつくれかし」
    とおほせられければ、源氏はつくりて、まいらせたりけるとぞ。

    『古本説話集』の成立は平安時代の末期で、さらに大治年間(1126~31)とする説がある。
    『絵巻』の詞書の前段は、この説話をもとに書かれているのは、まず間違いないだろう。

    同様の説話は、藤原俊成の娘の執筆とされる『無名草子』(建久7~建仁2年=1196~1202頃の成立)にも見える。

    繰り言のやうには侍れど、つきもせず、羨ましくめでたく侍るは、大斎院より上東門院(へ)、
    「つれづれ慰みぬべき物語やさぶらふ」
    と、尋ね参らせ給へりけるに、紫式部を召して、
    「何をか参らすべき」
    と仰せられければ、
    「めづらしきものは何か侍るべき。新しく作りて参らせたまへかし」
    と申しければ、
    「作れ」
    と仰せられけるを承りて、『源氏』を作りたりけるとこそ、いみじくめでたく侍れ。

    大斎院選子内親王から中宮彰子へ「退屈を慰められるような物語はありませんか」と、尋ねてきたので、中宮は紫式部を召して「何を差し上げたらよいかしら」と問うた。式部は「珍しいものはございません。新しく作って差し上げなさいまし」と返事をした。そこで中宮が「ではお前が作りなさい」とおっしゃって、式部が承って『源氏物語』を作った、という話の流れは、まったく同じ。

    紫式部による『源氏物語』執筆事情として、平安時代末期~鎌倉時代初期に広く流布していた話のようだ。

    ところが、『無名草子』はこの話を紹介した後で、次のように言っている。

    また、いまだ宮仕へもせで里に侍りける折、かかるもの(源氏物語)作り出でたりけるによりて、召し出でられて、それゆゑ紫式部といふ名はつけたり、とも申すは、いづれかまことにて侍らむ。

    式部が、まだ宮仕えをする前、自分の里にいるときに『源氏物語』を執筆して、(それが評判になり、藤原道長から声がかかり、道長の娘の彰子の女房として)召し出され、そのために紫式部という名が付けられた、という話(と先の話は矛盾するじゃないですか、)どちらが本当なのかしら。

    つまり、『源氏物語』執筆事情(時期)については、平安時代末期~鎌倉時代初期にすでに両説あったのだ。

    『源氏物語』執筆の可能性がある時期の紫式部のライフステージを整理すると、次のようになる。

    (1)藤原宣孝との結婚時代(長徳4~長保3年4月25日 998~1002年)
    (2)宣孝に死別後、宮仕えまで(長保3年4月25日~寛弘2年12月29日 1002~1005年)
    (3)中宮彰子付きの女房として出仕後(寛弘3年正月~5年 1006~1008年)

    (1) の結婚生活の時期の執筆は執筆の動機という点でちょっとイメージしにくい。
    執筆動機という点からしても「いまだ宮仕へもせで里に侍りける折」というのはおそらく(2)の時期を指しているのだろう。

    (3) については、もう少し詰められる可能性がある。
    『古本説話集』は『源氏物語』執筆の事情の後に、紫式部が伊勢大輔に興福寺から贈られて来た桜の取り入れ役を譲る話を載せている。
    譲られた伊勢大輔は「いにしへの ならのみやこの やへさくら(八重桜) けふ(今日)ここのへ(九重=宮中)に にほひぬるかな」という名歌を詠むのだが、伊勢大輔の出仕時期から、それは寛弘4年(1007)3月のことだった。

    つまり、その前に記されている大斎院からの要請は、寛弘3年(1006)の春のだった可能性が高い。

    一方、執筆開始の下限は、寛弘5年(1008)11月1日の夜、左衛門督(従二位中納言)藤原公任が「このわたりに、わか紫やさぶらふ」と言いながら式部の局のあたりを徘徊していたことが『紫式部日記』に記されていて、すでに『源氏物語』(正確には「若紫」の巻の部分)が貴族社会で評判になっていたことがわかる。

    また、同じ頃、中宮の御前では『源氏物語』の製本作業が行われており、式部が局に置いておいた草稿を道長が無断で持ち出すということが起こっている(『紫式部日記』)。

    これらのことから、寛弘5年(1008)の秋には、現在に伝わる『源氏物語』の全部ではないにしろ、かなりの分量が執筆されていたと推測できる。

    ということで、出仕後の執筆という説に立てば、『源氏物語』は寛弘3年春から5年秋(1006~1008)に書かれたことになる(注)。

    しかし、それは現在の『源氏物語』のすべてではなく、その後も書き継がれていったのだろう。
    また、その一部や原型になる物語は、式部が出仕する前の里居時代に書き始められていたかもしれない。

    つまり、『無名草子』が語る里居時代執筆説と出仕後執筆説は、必ずしも矛盾せず、どちらも成り立つと思われる。

    そんな話をする。

    12時、終了。

    (続く)


    (注)『源氏物語』の執筆区分については、諸説あるが私は武田宗俊『源氏物語の研究』(岩波書店、1954年)に従って次のように考えている。

    (1)メイン・ストーリー(紫上系) 
    (1)「桐壺」、(5)「若紫」、(7)「紅葉賀」、(8)「花宴」、(9)「葵」、(10)「賢木」、(11)「花散里」、(12)「須磨」、(13)「明石」、(14)「澪標」、(17)「絵合」、(18)「松風」、(19)「薄雲」、(20)「朝顔」、(21)「少女」、(32)「梅枝」、(33)「藤裏葉」

    寛弘3~5年に紫式部が執筆。


    (2)サイド・ストーリー(外伝・玉蔓系)
    (2)「帚木」、(3)「空蝉」、(4)「夕顔」、(6)「末摘花」、(15)「蓬生」、(16)「関屋」、(22)「玉鬘」、(23)「初音」、(24)「胡蝶」、(25)「螢」、(26)「常夏」、(27)「篝火」、(28)「野分」、(29)「行幸」、(30)「藤袴」、(31)「真木柱」 

    寛弘6年以降、紫式部が執筆?


    (3)後日譚 
    (34)「若菜」~(41)「雲隠」

    寛弘末年~長和2年に、紫式部が執筆か?
    ただし、紫式部は長和3年(1014)に亡くなったと思われるので、そんなに執筆時間はない。

    (4)続編 
    (42)「匂宮」、(43)「紅梅」、(44)「竹河」と「宇治十帖」

    たぶん紫式部とは別人の執筆? 
    娘の大弐三位執筆説が室町時代からある(一条兼良『花鳥余情』など)。
    「匂宮」「紅梅」「竹河」の3巻は、本編と「宇治十帖」の繋ぎで、最終段階の執筆?

    最終更新日  2012年02月09日 19時26分09秒
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佐渡島付近でM5.7(日本海東縁変動帯の地震)
[ 気象・天文・地球科学 ]    

2月8日(水)

夕食を食べ終えて、NHKニュースを見ていたら地震警報。

-----------------------------------

2月8日21時01分頃、震源地は佐渡付近(北緯37.9度、東経138.2度)
震源の深さは14km、M5.7。
発震機構等:西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型(速報)
新潟県佐渡市で震度5強、石川県輪島市で震度4を観測。

-----------------------------------

「佐渡で地震なんて珍しい・・・」と思う人もいるようだが、下の日本列島周辺のプレート境界図を見ればわかる通り、能登半島と佐渡島の間(やや佐渡寄り)には西日本を乗せたユーラシアプレート(私見では、アムール小プレート)と東日本を乗せた北アメリカプレート(オホーツク海小プレート)の境界が通っている。



このプレート境界では、しばしば大きな地震(M6.7~7.8)が発生し、日本海東縁変動帯と呼ばれている。

1847年 善光寺地震(M7.4)
1940年 積丹半島沖地震(M7.5)
1964年 男鹿半島沖地震(M6.9)
1964年 新潟地震(M7.5)
1983年 日本海中部地震(M7.7)
1993年 北海道南西沖地震(M7.8)
1995年 ネフチェゴルスク地震(M7.6) サハリン北部東海岸の街、この地震で壊滅。
2000年 ウゴレゴルスク地震(M6.7) サハリンの西海岸に面する港町
2004年 新潟県中越地震(M6.8)
2007年 新潟県中越沖地震(M6.8)
2011年 長野県北部地震(M6.7) 3月11日深夜の長野県栄村の大地震

3・11の東日本太平洋沖大地震で、東北日本は大きく東に引っ張られ、イメージ的には 〉の上半分を無理やり右方向に引っ張った感じになっている。

西日本に相当する下半分は動いていないので、曲がり角にストレスがかかる。
その影響が、3.11の直後の長野県北部地震(2011年3月12日M6.7)や日本海東縁変動帯の南の延長である静岡-糸魚川構造線の南端の富士山周辺の地震(2011年3月15日M6.4、2012年1月28日M5.4)になって現れている。

実は、従来から、2007年新潟県中越沖地震と1964年新潟地震の震源域の間の佐渡島付近に地震の空白域が指摘されている。

今日の地震は、その空白域で起こっているが、空白を埋めるのは規模が小さすぎる。

今後、近い将来、この空白域を埋めるより大きな地震(M6.8~7.2)が起こる可能性が十分に考えられる。

今日の地震が、その引き金(前震)にならないことを祈る。


【追記(9日3時)】 日本海東縁変動帯の大地震


↑ 図は、http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2007-07-16-1 からお借りしました。

2007年新潟県中越沖地震と1964年新潟地震の震源域の間の佐渡島付近に小さな空白域がある。

しかし、最大の空白域は、1964年新潟地震と1983年日本海中部地震の間の秋田県沖で、ここはもう200年以上も大地震が起こっていない(注)。
この空白域の大きさだと、日本海中部地震クラス(M7.5前後)になり、同時に津波の襲来が予想される。
日本海の地震で、現在、いちばん怖いのは、実はここなのだ。

(注)このエリアの前回の大地震は、1804年(文化元年)の 象潟地震(M7.1、死者500~550人、象潟で2mの地盤隆起で象潟が陸化、3~4mの津波)か?

最終更新日  2012年02月09日 19時32分59秒
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そうか・・・今年秋で、もう10年なのか・・・
[ 日常 ]    

2月8日(火)

夜中、お風呂に入ってのんびり湯船に浸かっていたら、突然、なんの脈絡もなく、急ぎ足で先に逝った友のことを思い出した。

あれから何年経ったのだろう?

お風呂から出て、古い記録を探したら、彼が亡くなったのは2002年11月のことだった。

そうか、今年の秋が来るともう10年なのか・・・。

私より2歳年上の彼は48歳で逝った。

彼はもう歳をとらない。

年に1・2度の墓参りの度に、私の年齢はたちまち彼に追いつき、追い越して行った。
その度に、墓前で「もう、〇歳も上にになっちゃったよ」とつぶやく。

そう言えば、しばらく墓参りに行っていない。
今度、浅草に行ったらぜひ寄ろう。

それにしてもなんで、突然、思い出したのだろう。

「サスケ、まだ呼びに来るには早すぎるよ」

「へへへ、順子姐さんが、ちと寂しそうだったもんで・・・」

「そうか、あんたは、いつもやさしいね」




最終更新日  2012年02月08日 19時22分49秒
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2012年02月07日

羽田空港と大手町で10.1度の気温差
[ 気象・天文・地球科学 ]    

2月7日(火)

今朝の東京・羽田空港の気温。

  羽田空港      (大手町)  
4時  5.2 NE  (5.3)
5時  5.5 E   (5.5)
6時 15.6 SSW (5.5)
7時 16.2 SSW (5.3)
8時 16.6 SSW (5.3)
9時  8.0 NW  (5.6)
10時  7.0 NNW (6.5)
11時  7.7 NNW (7.6)
12時  8.6 NNW (8.2)

5時から6時の間に風向きが南南西に変わり、気温が一気に10.1度も上昇。
(5時40~50分の間に6.3度上昇)
直線距離で15kmほどしか離れていない大手町との気温差も10.1度になる。

これは羽田空港付近を温暖前線が通過したため。
温暖前線は北側に寒気団の下に南から暖気団が入りこんで形成される。
つまり、羽田空港は暖気団に入り、大手町は寒気団のまま。

そうした状態が3時間ほど続いた。

そして8時から9時の間に風向きがNW~NNWに一転し、気温が8.6度も急降下。
(8時50~9時の間に8.9度下降)

今度は寒冷前線が羽田空港付近を通過して、羽田空港も大手町と同じ寒気団の領域になった。

前線の通過は、気象的には日常的な現象だが、よく知られている場所で、これほどくっきり現れたのは珍しい。

それにしても、羽田空港と大手町の間のどこら辺に前線があったのだろう?

品川辺りかな?

でもいくら空を見上げても、前線の記号が有るわけじゃないしね。


最終更新日  2012年02月08日 20時03分36秒
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「国民健康・栄養調査」を県別にみると・・・
[ 世相・事件 ]    

2月7日(火)

厚生労働省が1月31日に発表した「平成22年国民健康・栄養調査結果」がの県別データが興味深い。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000020qbbatt/2r98520000021c39.pdf

◎ 肥満率(男性)
高いのは、沖縄(45.2%)、宮崎県(44.7%)、栃木県(40.5%)、福島県(40.3%)、徳島県(40.1%)
低いのは、山口県(22.1%)、福井県(22.5%)、滋賀県(23.0%)、鳥取県(25.1%)、静岡県(25.2%)
全国平均(31.1%)。

トップと最下位では倍以上も違うが、地域的特色が見出せない。
敢えて言えば、南の方のオジさんが太っている?

ちなみに男性の肥満率トップの沖縄県は、男女の平均寿命の差が全国で2番目に大きい。
女性が86.88歳で日本一長生なのに対し、男性は78.64歳(25位)で、その差は8.23歳にもなっている(2005年のデータ)。
長寿県沖縄は女性限定の話で、沖縄の男性は女性に比べて著しく早死。
たぶん、肥満率が関係している。

ちなみに東京都は24位(30.5%)、神奈川県は25位(30.3%)。

◎ 食塩摂取率(男性)
高いのは山梨県(13.3グラム)、青森県と福島県(13.0グラム)、福井県(12.9グラム)、山形県(12.7グラム)。
少ないのは沖縄県(9.5グラム)、佐賀県(10.9グラム)、香川県(11.0グラム)、大分県と大阪府(いずれも11.1グラム)。
全国平均(11.8グラム)。

これは明かに東高西低で、西日本があきらかに少ない。
東北地方が塩っ辛い好きなのは知っていたが、トップが山梨県というのはちょっと意外。

東京都は28位(11.7グラム)、神奈川県は16位(12.1グラム)。

◎ 野菜摂取量(女性)
高いのは長野県(357グラム/日)、山梨県(336グラム)、福井県(335グラム)、山形県(334グラム)、新潟県(327グラム)。
低いのは香川県(229グラム/日)、徳島県(241グラム)、和歌山県(243グラム)、沖縄県(249グラム)、佐賀県(253グラム)。
全国平均(285グラム)。

意外なことに、これも明かな東高西低。
長野県の女性は野沢菜をたくさん食べているのだろう。
香川県の女性はうどんだけでなくもっと野菜を食べましょう。

サラダ好きの女性が多そうな東京都は20位(291グラム)、神奈川県は24位(285グラム)で中位。 

◎ 1日の歩数
多いのは、兵庫県が男性(7964歩)、女性(7063歩)でともにトップ。
次いで東京都が男性2位(7866歩)、女性3位(6949歩)、神奈川県が男性3位(7796歩)、女性2位(6988歩)、4位は男女とも奈良県(男性7787歩、女性6688歩)、5位は男性が千葉県(7761歩)、女性が静岡県(6504歩)。

全国平均は男性7225歩、女性6287歩。

首都圏、近畿圏の大都市近郊県が歩いている。
鉄道網が発達しているので、自宅~駅を毎日のように歩く人が多いからだろう。
(私は自宅と「仕事部屋」の往復だけで1.7×+0.7+1.7+0.7=4.8km歩く)

ただし大阪府は上位5県に入っていない(男性7位7558位 女性14位6366歩)。
大阪のおばちゃんは歩かずに自転車に乗っているのか?

少ないのは、男性が鳥取県(5634歩)、青森県(5976歩)、新潟県(6005歩)、和歌山県(6178歩)、秋田県(6232歩)。
女性が山梨県(5152歩)、秋田県(5174歩)、鳥取県(5285歩)、栃木県(5448歩)、山形県(5618歩)。

鳥取県と秋田県は男女ともに下位5県に入っている。
冬の積雪のせいという説もあるが、和歌山や栃木はそれでは説明がつかない。
やはり生活が自動車中心だからではないだろうか。

自宅から自動車に乗って駐車場完備の大型店舗に行き、また自動車で自宅に戻る。
こんな生活だったら、ほとんど歩かなくて済むだろう。

私には、そういう生活が文明的だとはどうしても思えないが・・・。

◎ 喫煙者率(男性)
高いのは青森県(44.8%)、和歌山県(44.7%)、鳥取県(43.7%)、北海道(42.6%)、山梨県(42.5%)。
低いのは福井県(31.5%)、群馬県(32.3%)、熊本県(32.7%)、長野県(33.3%)、岐阜県(33.6%)。
全国平均(37.2%)。

これも地域特性が見出せない。
敢えて言えば田舎のおっさんが煙いということか?
(でも、群馬や熊本は?)

嫌煙運動が盛んな東京や神奈川がいちばん低いのかと思ったらそうでもなかった。
東京都(33.7%)は42位、神奈川県は38位(34.5%)。
もっと運動を強化しないと・・・。

◎ 飲酒習慣者(男性)
高いのは青森県(51.6%)、鳥取県(48.5%)、島根県(48.3%)、秋田県(46.9%)、岩手県(46.1%)。
低いのは三重県(28.6%)、静岡県(29.5%)、香川県(30.1%)、沖縄県(30.8%)、群馬県(31.7%)。
全国平均(35.9%)。

これは北東北と山陰が明かに高い。

青森県のおっさんは、煙草吸い(1位)で酒飲み(1位)で、塩っ辛いもの好き(2位)で、歩かない(2位)。
どう考えても長生きしそうにない。

実際に日本一短命である。
ちょっと古いが、2005年のデータで、最も長生きの長野県のおっさんの79.84歳に比べて、青森県のおっさんは76.27歳で3.6歳も早死(全国平均は77.71歳)。
男女の平均寿命の差も全国で最大(8.53歳)。

逆に群馬県のおじさんは、煙草も控えめ(46位)、酒もあまり飲まない(43位)で、好感度アップ(飲酒率が低いのは車社会だからかも)。

東京都は18位(36.6%)、神奈川県は15位(37.1%)、やや飲み過ぎである。

全体的に言えることは、かっての「健康な田舎、不健康な大都市」というイメージは、今ではまったく現実ではないということ。


【追記(8日1時)】

男性の平均寿命は、大都市とその周辺で長い傾向がある(女性は必ずしもそうではない)。
東京都(5位)、神奈川県(3位)、埼玉県(15位)、京都府(7位)、奈良県(9位)、愛知県(14位)といった具合。
医療設備が比較的整っていることもあるが、おそらく生活様式が関係しているように思う。

ところが、大都市圏で唯一例外がある。
大阪府(36位)。

大阪府の男性の平均寿命は78.21歳で、全国平均(2005年)の78.79歳に及ばない。
東京都の79.36歳とは1歳以上の開きがある。



最終更新日  2012年02月08日 01時25分01秒
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生活保護、5か月連続で最多
[ 世相・事件 ]    

2月7日(火)

非正規雇用で汗水流して働くよりも、あるいは長年真面目に国民年金を払い続けた人の年金額よりも、生活保護の方が収入が多い。

この逆転を解消しない限り、生活保護受給者が増加するのは当然。

すべてでないにしろ、支給日後の数日、パチンコ屋が大繁盛するように、生活保護で安楽な人生を送っている人がいるのは事実。

そうした一部の人が作りだす不公平感が、最後のセーフティネットである生活保護制度への信頼を損ない、制度を崩壊に導く可能性があること、行政はもっと深刻に考えるべきだ。

病気の人や高齢者を除く働ける年齢の人に対しては、単純にお金を渡すのではなく、ゴミ拾いや草むしりのような軽作業でもいいから自治体が仕事を作って、それに従事することを支給の要件にしないと駄目だと思う。

このままでは、有史以来「勤勉」が取り柄だった日本社会の根底が腐ってしまう。

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生活保護207万9761人、5か月連続で最多

厚生労働省は7日、全国の生活保護受給者が昨年11月末現在で207万9761人(速報値)になったと発表した。

同10月より7837人増え、60年ぶりに過去最多を更新した同7月から、5か月連続で過去最多を更新した。また、受給世帯も5620世帯増えて、150万7940世帯となり、過去最多を更新した。

『読売新聞』2012年2月7日11時12分
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120207-OYT1T00364.htm


最終更新日  2012年02月07日 13時03分01秒
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