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テーマ:じゅんぺいの「文芸情報」(24)
カテゴリ:文芸情報
約3年前に同人誌「遥」に書いたものですが、未完になっていました。また、平和問題関係がますます危機的な状況になったのをあわせて改訂したものを掲載します。かなり長い小説になりますが、連載します。
「棄郷・帰郷」その一、 じゅんぺい (1)2020年秋アオモリ 朝食をとりながら、テレビを観ていると「医療会社ホスピタル東北は、2021年4月から二北市での病院事業からの撤退を、行うことを昨夜、発表しました」とケーブルテレビのニュースが伝えた。「また撤退か。今度は病院だぞ!いやになっちゃうな・・・」大友昂二は、テレビを見ながら、呟いた。妻の遼子は食事の支度をしながら「しょうがないわよ。儲からないんですもの。」と答えた。 「構造改革」が叫ばれて、20年。当時、小泉純一郎首相が進めた「構造改革」は、後の政界再編により、自民党と民主党の新自由主義者が合流した巨大保守政党「新自民党」の誕生により、世の中が一変した。1千兆円を超えた国債・地方債を、増税なしで、10年間で、ゼロにするという公約のもとに、「民営化できるものは、すべて民営化する」という政策が、熱狂的な民衆の支持により、推し進められた。とにかく「官は悪、民は善」「黒字は存続、赤字は廃止」これが、全ての価値基準なのであるから、ことごとく民営化は進んだ。 自治体合併も進んで昔の県はなくなり、すでに道州制が導入され、東北六県は東北州となり州都は仙台市におかれた。青森県は4つの市に統合された。青森市と東津軽郡そして浪岡町が青森市、弘前市・五所川原市・黒石市・つがる市・平川市・北・南(浪岡町除く)・西津軽郡が津軽市、八戸市・三戸郡・百石町と下田町が南部市、十和田市・三沢市・むつ市・下北・上北(百石・下田除く)郡が二北市である。 しかし、昔の青森県の人口150万人がいまや4市あわせて、35万という状況である。とくに二北市は再処理工場大放射能漏れ事故と核廃棄物最終処分場の配置、放射能放出による自衛隊・米軍の撤退などにより市人口はかつての26万(百石・下田除く)が3万までに激減し、とくに下北半島部分(横浜・六ケ所・野辺地含む)では3千人という惨状であり、そのほとんどが、核廃棄物関連の仕事をしている人たちであった。 また県内の自治体も旧三市(青森・八戸・弘前)以外は、ほとんど人が住んでいないという状況であり、いまや人口の8割が旧三市部分に集中していた。 また、大規模な民営化とともに、かつての自治体の財源の柱であった地方交付税は廃止され、地方消費税に一本化したことにより、貧乏な地域はますます貧乏になっていった(いまや直接税は廃止され、22%の消費税《うち地方消費税は10%》一本になっていた)。さらに、旧青森県の最大の基幹産業であった土建業は、原子力産業の撤退、新規公共土木事業の大規模な削減により、中央資本の支店以外は、数十社の土建業しか存在しなくなっていた。また、4市の市庁舎所在地以外の市町村では、市役所・役場が廃止され、さらに農産物の完全自由化により、基幹産業の農業が立ち行かなくなったことと再処理工場の大放射能放出事故により、ゴーストタウンのような状態となっていた。また、昔県庁所在地という最大の産業があった旧青森市も州都が仙台市にいったために、昔の面影はまったくなくなっており、旧八戸市に人口でも抜かれていた。 二北市は、むつ関根浜への使用済み核燃料中間貯蔵施設と、六ヶ所の高レベル核廃棄物などの最終処分場となっていた。電力完全自由化となったいま、既存の電力各社は原発から撤退し、いまや全国53基(東通東北一号含む)の廃炉となった使用済み核燃料は3万トンもある関根浜の使用済み核燃料中間貯蔵施設に保管され、冷却の後に、直接処分するため六ヶ所の最終処分場へと運び込まれることになっていた。また六ヶ所は高ベータ・ガンマをはじめとした原発の廃炉となったあらゆる核廃棄物の最終処分場にもなっていた。「青森県を最終処分場にしない」という約束は、再処理工場事故で「もうこれだけ放射能汚染が進み、人も住んでいない状態だから」とまさに「毒を喰らわば皿までも」ということで、高レベル廃棄物交付金目当てに、二北市が誘致し、再処理されずに直接処分されていた。 そして、2006年3月に再処理試験を行った六ヶ所再処理工場は、小規模な事故を繰り返した後、試験運転中の2008年6月に大規模な放射能漏れ事故を起こし、廃止となった。しかし放射能レベルが高く、解体に入れずに、とりあえずチェルノブイリ原発と同様に石棺で再処理工場を覆っているだけであった。まさに再処理工場は巨大な核汚染モニュメントと化して尾駮沼の上にあった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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