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柳沼純史の日記 [全648件]
昨日、無事帰国しました。 帰国当日はとにかく大変でした。 休暇中も会社に行かなければいけなかったり、ガネーシャ祭で祝日だったりで、帰国当日まで色々作業が残っていました。 特に悲惨だったのが、荷物のこと。 郵便局では、ダンボール箱そのままでは送らせてもらえず、専門の業者に頼んで箱一個一個を布でくるみ、縫い付けてもらう必要があります。 その後、長蛇の列に並んで窓口でDeclaration Formをもらって箱に貼り付け、担当者にサインをもらうと、ようやく窓口で発送手続きができます。 スーツケースは受け付けてもらえなかったので、民間のDHLから発送しました。 インド人でさえ「郵便局はお役所仕事だから遅い」というほど、時間のかかる作業です。 60キロほどの荷物を送ったのですが、それでも空港でのチェックイン時には大幅な重量オーバー。 空港職員が見守る中、どうしても必要とは言えないものをその場に捨てて、若干の超過料金も払って、ギリギリで帰国便に乗り込みました。 名残を惜しむ暇もない最終日となりました。 そんなこんなで日本に帰ってきたと言っても、たかだか一年のことなので特別な感慨はありません。 町並みも、ぱっと見は何も変わりません。 ただ、「節電」の二文字を町で見かけるたび、3.11前の日本とはやはり違うのだということに気付かされます。 エチオピアからの帰国直後と同様、しばらくは金沢文庫にある妻の実家でマスオさん生活です。 当面は今の仕事を続けつつ、インド赴任のため保留となっていた大学院進学に向けて情報収集・準備・勉強を進めていきたいと考えています。 子供もそろそろ欲しいと考えていますが、こればかりは授かり物ですのでどうなるか分かりませんね。 このブログを続けていくかどうかは未定です。 正直なところ、Facebookと合わせて更新していくのが面倒になってきているので、キリのよいここで止めることになるかもしれません。 では。
昨日の日記では「ネットを解約するのでインドから最後の更新」と書きましたが、なんだかんだで帰国直前までネットが使えることになりました。 荷造りしたり、会社や役所で手続きしたり、ネットやテレビなどの解約をしたり、不用品を人にあげたり売ったり、帰国作業は本当に大変です。 明日も銀行と郵便局に行かなければいけませんし、最後の片付けもありますので、帰国直前までドタバタです。 数えてみれば人生で10回目の引越になりますが、何度やっても楽しくはありません。 これから新しい土地に向かう引越ならともかく、元いた土地に戻る引越は面倒なだけです。 ![]() 今日からガネーシャ祭です。 商売や学問の神様である半人半象のガネーシャのお祭りです。 皆、近所の公民館のようなところに集まって歌ったりお祈りしたりしていました。 もうインドを去るのだと思うと、ここ数日はさすがに寂しくなっていましたが、少なくともインド企業で働いている限りはまたインドに来ることもあるでしょう。 さようなら。
明日でネットのプロバイダとの契約が切れますので、今日がインドからは最後の更新となります。 明日から数日間(地方によって異なります)、ガネーシャ祭というインドでは比較的大きなお祭りがありますので、最後に楽しんでから帰国したいと思います。 最後は仕事のこと。 インド系IT企業は、日本でも少しずつシェアを伸ばしてきていますし、今後もまだまだビジネスチャンスはありそうです。 日系、外資系を問わず、グローバルシステムを抱える大手企業では、世界各国に支社を持ち、バイリンガルの技術者を多く抱えるインド系IT企業への引き合いが強くあります。 また、日本の顧客企業が取引先を選定するにあたり、長い付き合いのある日系SIerに任せるのが安心と考えることは依然として少なくありませんが、インド系IT企業の多くが取得しているCMMIレベル5など客観的な指標を重視することも増えてきています。 そして、オフショアリングによるコスト削減の流れも変わらずあります。 基本的にインド系IT企業にとって日本市場は有望な市場であるものの、ことは容易ではありません。 やはり、言葉や文化の壁、物理的な距離による仕事の難しさは無視できません。 また、日本人であれインド人であれ他の国の人であれ、日本語と英語の両方ができて、さらにITの知識と経験を備えた人材を採用するのは一苦労で、育成するのも一苦労です。 そういう人材が満足する仕事と待遇を用意するのも一苦労で、転職しないよう引き留めるのも一苦労です。 インドオフショアリングの難しさが身に染みて分かったこの一年でした。 ともあれ、良い経験になったと思います。 会社の側にも社員の側にも終身雇用の概念のない環境ですので、僕も今後何年この会社で働くことになるかは分かりませんが、とりあえずはこれまでの経験を生かしつつ、日本での新しいプロジェクトを頑張ります。
ようやく帰国便が決まりました。 9月2日23時55分ハイデラバード発、バンコク経由、翌日15時45分成田着のタイ航空です。 明日、明後日がお祭りで休日のため、本当に予定通りに帰国できるのか、気が気でなりませんでした。 ともかく帰国を控え、インド人の友人知人からは「インドはどうだったか」とよく聞かれます。 建前として悪いようには言いませんし、本音としても好きか嫌いかの二択であれば「好き」ではありますが、「大好き」というほどではありません。 「インドに来てみると、インドを大好きになるか大嫌いになるか、どちらかだ」とよく言われることですが、自分には当てはまらなかったようです。 以下、インドという国を(独断と偏見で)評価してみます。 ●人 90点 南インドの人は穏やかな人が多く、本当に良くしてもらいました。 ルーズさにイライラしたことは数知れずありましたが、途上国ではそんなもんです。 ●食事 70点 ご飯系でがっつりいきたい身としては、イタリア料理などよりインド料理の方が口に合います。 ただ、ハイデラバードの料理は辛すぎること、牛肉や豚肉がなかなか食べられないこと、酒が飲める場所が限られることがマイナス点です。 ●安全 80点 テランガナや汚職の問題でデモは頻発していましたが、一般治安は良好で、危険を感じたことはありません。 交通事情が劣悪なことを除けば、ほぼ安全と言えます。 ●衛生 70点 多少腹を下したり風邪を引いたりはありましたが、エチオピアのように突然の嘔吐や慢性的な下痢といった苦しみはありませんでした。 ただ単にエチオピアで耐性が付いただけかもしれません。 蚊、ゴキブリ、そのほか得体の知れない虫が多いことがマイナス点です。 ●気候 90点 ほぼ一年を通して半袖で過ごすことができ、快適です。 ハイデラバードは内陸部のため湿度が低く、一番暑い5月でも日本の夏より過ごしやすい気候です。 ●住環境 80点 どこに住むかによって全然違ってきますが、基本的に金さえあれば先進国に近い生活を送れます。 自宅では、前述の通り虫が多いこと以外、特に大きな問題はありませんでした。 断水はほとんどなく、停電は頻発するものの、長時間続くことは多くありません。 ●娯楽 80点 インドは長い歴史と独自の文化を持ち、外国人の目から見て興味深い国です。 ハイデラバードは大きな町なのでそれなりに娯楽は揃っているものの、新興の経済都市ですので、インドの伝統的な要素が少し薄いのが残念です。 ●会社・仕事 50点 基本的には非常に良い経験をしたとは思っています。 ただ、外国人社員の受入に慣れておらず仕方ないとは言え、サポート体制が全くなっていませんし、待遇も良くありません。 事務手続きや役所手続きなどの多くを会社が代行してくれず、時には自腹で費用を負担してまで自分で進めなければいけないのは理不尽です。 何かにつけて時間がかかりますし、本業にも支障が出ます。 事前に十分な情報が与えられず、後になって困ったことも多々ありました。 以上。 振り返ってみると「会社・仕事」以外の項目はすべて及第点・合格点ですが、インドには仕事で来ている以上、会社や仕事が一番肝心なところです。 その肝心なところでよろしくない印象が残ってしまうと、やはりインドが大好きとまでは言い切れなくなってしまいます。
休暇中にも関わらず今日は会社に行って色々と手続きをしてきたものの、まだ帰国便が決まりません。 こういうギリギリまでのドタバタはいつものこととは言え、日本人気質からして気持ちの良いことではありません。 帰国準備は何か大変な上に、お世話になった人々への挨拶なども目白押しです。 昨日の昼は日本人妻の会(?)で送別会をしてもらい、夜は妻が英会話を習っていた先生夫婦にお呼ばれしました。 今日の夕方には、僕の同僚の女の子2人が妻に会いに来てくれました。 僕にとって海外生活はインドが3カ国目ですが、夫婦での滞在は初めてです。 今だから言えますが、最初の3ヶ月ほどの間、妻にとってはつらいインド生活でした。 僕はある程度海外生活には慣れていますし、やること(仕事)もあります。 会社に行けば同僚もいます。 一方で妻は海外長期滞在が初めてで、言葉にも不自由します。 仕事もなく主婦業以外にやることがありません。 日本企業や欧米企業と違って、インド企業は家族まで手厚くサポートしてくれません。 ハイデラバードは日本人だけでなく外国人自体が都市の規模の割に少なく、友達もできにくい環境です。 それでも3ヶ月を過ぎた頃から友人ができ始め、習い事も始めるなどしてやることも増えてきました。 今となっては妻もインドを去るのが名残惜しいようで、僕としても何よりです。 独り身か夫婦かで、海外生活は別の楽しみ方があるように思います。 独り身の方がやはり身軽で、やりたいようにできます。 一方で夫婦でいると、家族ぐるみの付き合いの多い海外では付き合いの幅が広がりますし、夫婦だからこそできることもあります。 次にまた海外で暮らすとすれば、今度は夫婦だけでなく子供もいれば、また別の楽しみ方が見つかるような気がします。 自分のキャリアを横に置いて妄想するならば、次は北欧か中南米あたりで暮らしてみたいものです。
モルディブに来た以上は潜らない訳にはいきません。 モルディブでは3ヶ月以上のブランクのあるダイバーの場合、1本目はチェックダイブになります。 オーストリア人の女性インストラクタとマンツーマンのビーチエントリダイブ。 きれいなお姉さんだったので興奮、じゃなくて緊張しました。 2本目はボートで沖に出て、ファンダイブ。 バディはまたもやオーストリア人の、気さくなおじいちゃん。 モルディブに20回以上来ている彼には色々とお世話になりました。 今回の旅では何故かオーストリア人と多く出会いましたが、イタリア人、フランス人、ドイツ人なども多いようです。 イタリア人は特にモルディブが好きなようで、モルディブにはイタリア人限定のリゾートもいくつかあるようです。 ![]() 肝心のダイビングの方は、残念ながら水中カメラを持っていないので写真での紹介はできませんが、雨期のためか透明度は最高とまで言えないまでもかなり高く、魚もかなり多く、今まで数多く潜ってきた中でもオーストラリアのグレートバリアリーフに次ぐほどだったように思います。 ただ・・・金がかかります。 2ダイブで器材のレンタル代や税金などを合わせて210ドルほど。 通常は2ダイブなら80ドル程度なのですが、3倍近くもかかります。 モルディブではダイビングに限らず、あらゆるものが高いですね。 そもそもバックパッカーが来るような国ではなく、サービスの質が高い代わりにそれなりの出費が強いられます。 小さい島からなる国なので、ほとんどの物を輸入に頼っていて国内での輸送費もかかるといった事情もあるでしょう。 ![]() モルディブはどの島も海抜0~2メートル程度で、地球温暖化で海水面が上昇すると、国全体が海に沈んでしまうと言われています。 そうなって欲しくはありませんが、現実としてモルディブ政府は国民の移住先も検討しているようですし、今のうちに見ておくべき国なのかもしれません。
ダイバー憧れの地、モルディブへ4泊5日で行ってきました。 インドの隣国ですので地図の上では近いのですが、乗り継ぎの時間などを含めるとほぼ丸一日がかりの移動になります。 ![]() 空から眺める首都マレ。 2キロ平方メートルに満たない土地に10万人もの人が暮らしていて、人口密度は世界一だとか。 モルディブは無数の小さな島からなる国です。 外国人観光客が訪れる島のほとんどは島全体がリゾートとなっていて、現地の人々が暮らす島とは別になっています。 モルディブ政府は外国人観光客の誘致に熱心な一方で、外国人が敬虔なムスリムであるモルディブ国民に悪影響を及ぼすことを避けるため、このような形となっているようです。 滞在中はリゾートでほとんどすべてが完結してしまって、現地の人々の生活が垣間見れないのは残念です。 ![]() ただし、海は本当にきれいです。 ![]() モルディブ人のダンス。 モルディブ人は民族的にインド人に近いのですが、恰幅の良い人の多いインド人と違い、男性も女性も華奢でスマートな人が多い印象です。
最近、インド各地で政治家や役人の汚職に反対するデモが起きています。 ハイデラバードでも起きていて、知人もFacebookでメッセージを流していたりします。熱いです。 Transparency InternationalというNGOのサイトで世界汚職ランキングが公開されているのですが、インドは180ヶ国中85位となっています。 以前の日記でもインドで汚職を告発するサイトが話題になっていると書きましたし、それだけ汚職が問題視されているのですが、それでも世界的に見れば中程度なのですね。 ちなみに日本は18位。 世界的に見れば上位ですが、先進国に限れば良いとは言えません。 一宮にいたときは地元議員の噂を色々と聞いたものです。 エチオピアは126位。 まあ、ミスコンでさえ賄賂の額で決まるという噂もありましたしね。 ![]() 今日バスで町に出る際、デモ隊が人間の鎖で道路を封鎖し、大渋滞が起きていました。 警察が出動し、小競り合いの末、何人かが逮捕。 知人が参加しているデモは事前に警察の許可を得ているようですので、これは別のデモだったのかもしれません。 月曜日から4泊5日でモルディブに行ってきます。 帰国に向けての準備で最近忙しくしていますが、つかの間のバカンスを楽しんできます。
今日が僕の35歳の誕生日。 巷ではSE35歳定年説もささやかれていますが、とっくの昔にレールから外れている僕にはあまり関係のないことです。 同僚の皆から誕生日を祝ってもらいました。 ![]() 日本と違って年齢が重要でないインドでは、ロウソクの本数などで年齢を表したりしません。 今日が僕の誕生日だということは皆知っていても、何歳の誕生日かまでは、ほとんどの人が知りませんし、気にもしませんし、僕が言う必要もありません。 ![]() なぜかヒザ蹴りを喰らいます。 こうすると幸があるようですが、割と本気で蹴りを入れてきて痛いのです。 ![]() なぜか顔にケーキのクリームを塗りたくられます。 特に意味はないのですが、誕生日には皆がこのような目にあいます。 予定では今日でインドでの仕事納めだったのですが、色々とやるべきことが残っているので、帰国前に一度顔を出すことになりました。 帰国便の航空券もまだ予約できていません。 こういう事務手続きは何かにつけていつもギリギリです。 大抵は何とかなるものですが、日本人の気質からして、どうしてもイライラしたり不安になったりしてしまいます。
インドでの仕事はあと2日あるのですが、送別会をしてもらいました。 部下のSachinさんが今日で辞めるため、彼の送別会を兼ねたものです。 Sachinさんの退職は1ヶ月以上前に決まっていたのですが、退職日が最終決定したのは何と昨日です。 手続きが遅れたり、なるべく退職日を引き延ばしたい会社とのせめぎ合いが続いたりして、ギリギリになることはあるのですが、それにしても前日とは・・・ Sachinさんは故郷のプネの企業に転職します。 インド人は、故郷もしくはその近くの大都市で職を見つけたからという理由で転職する例が非常に多いのです。 広いインドでは土地によって言葉や文化が相当に異なりますので、故郷が恋しくなるのでしょう。 男性は年老いた親の面倒を見なければいけなかったり、女性は故郷の男性と結婚することになったり、そのような事情もあります。 Sachinさんは昨日退職が決まり、今日で退職、列車のチケットが取れれば明日にでもプネに向かうそうです。 日本ではあり得ないドタバタな転職劇です。 僕の方はと言えば、正直なところ、エチオピアを去るときに感じたような達成感はあまりありません。 現場での仕事や日本とのやり取りに追われ、チームリーダとしての仕事に注力できませんでした。 メンバが辞めたり、新しいメンバも採用できなかったりで、「日本の顧客と直接やり取りするインド人のチーム」の立ち上げもまだ途上です。 顧客にも何かと迷惑を掛けてしまいました。 自分の能力不足は否定しません。 ただ、会社の体制が十分ではありませんでしたし、会社にとっても僕にとっても初めての試みで、一年という時間で十分な成果を出すことは難しかったのも事実です。 帰国してプロジェクトやポジションは変わるものの、転職する訳ではありませんので、インドでの経験を生かしていければと思います。 |一覧| |
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