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「・・・自殺、でしょ?」
凪子さんの言葉に反応したのは、私だけではなかった。私が口を開くよりも先に、慶介が聞く。 「なんで分かった?何を知ってるんだ?」 その言葉にも、凪子さんは、ゆったりと微笑み、 「話すより、簡単に分かってもらえると思う。」 と、テーブルの向こうから、私とケースケの間に、自分の左手を差し出す。 「触れてみて」 と言って、目を閉じ、さっきと同じように、右目だけをきつく瞑る。 私は、ケースケの方を向いた。ケースケは、不満気な様子で、凪子さんを見ていた。 「一体、」 ケースケが話しかけようとしても、凪子さんは、さえぎるように一言、 「いいから」 と目を閉じたまま言う。ケースケは、ため息をついて、めんどくさそうに手を伸ばす。私も遅れないように慌てて手を伸ばして、ケースケと同時に、凪子さんの手に触れた。 瞬間。 ぐらりと体が揺れるような気がした。目を開いているのに、暗闇に放り出されたような感触。何かの、誰かの感情が流れ込んでくる。それは、深い深い絶望の淵に1人立っているような孤独。暗い暗い闇の中。 一瞬にそれだけを感じて、私は、耐え切れず手を離す。でも、そのショックからなかなか立ち直れなかった。 私は、一体何を、見たの? ふわり、と体が浮かぶ感じがして、私は気を失っていた。 気を失っていたのは、時間にすれば、ほんとに短い間だったみたい。次に気づいた時、私はイスに座ったまま、上半身をケースケに預けていた。はっとして、体を動かした時に、私の方を向いたケースケの顔。その表情を見て、気づいた。慶介も同じものを見たんだ。黙ったまま、心配そうに私を見つめるケースケに頷いて、もう一度ちゃんと座りなおす。ケースケも同じように、体勢を整えた時に、凪子さんが口開いた。 「大丈夫?」 私は力なく頷く。凪子さんも、小さく頷いて、 「見たでしょ?今のはほんの一部。ヒロトは、いつもそういう闇の中にいた。あるいはそういう闇を抱えていた。私には、添い寝をすることで、それを吸い出す能力がある。だから、最初は時々、最近は、毎週、ガス抜きにきていた。でも、私がそうすることは、また違う闇を生んだ。美莉ちゃん、どんな事情があったにせよ、あなたに対して、秘密を持っているというヒロトの罪悪感から生まれる闇。いくら性交渉はなくても。」 罪悪感・・・。凪子さんは、柔らかく微笑んで、 「もちろん、秘密にする必要はない。って言ってみたわ。今みたいに、私と会えば、私に触れれば、一瞬で理解してもらえることだって。でも、ヒロトは、あなたに私の存在を説明することもできなかった。あなたに私を会わせることを拒んでいた。いくら、私が、美莉ちゃんに手を出すことはないって言っても。それほど、あなたはヒロトにとって大切な存在だった。ミリちゃん、あなたは、ヒロトをある意味では救い、ある意味では、追い詰めた。だけど、人間関係なんて、みんなそんなものじゃないかしら?ヒロトはもう、どうにもならないところまできていた。だから、仕方がないことだったの。」 私は目を閉じた。ヒロト・・。凪子さんの言葉は続く。 「あなたに光の、私に闇の部分をみせていたからって、それでヒロトの中の優劣があるわけじゃない。何も分かってなかったことにはならない。ヒロトは、あなたが大好きだった。大切だった。あなたには、いいとこだけを見せたかったのよ。」 ヒロト・・・。 時々、見せた暗い横顔、ヒヤリとするような感触。 ヒロト、私は一体。。。 凪子さんは立ち上がり、部屋をゆっくりと歩き、誰にも何も聞かずに、その場所に立つ。 「ここで首をつったのね。」 見上げた先に、私は見たはずのない、あの日のヒロトの体が見える気がした。 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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