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腕の中、眠れなさそうに寝返りを打つ楓に声もかけられないまま、さっきまでのことを思い出していた。
* 『「『普通の家だよ』って、言ってたじゃない・・・』 帰ってくるなり、ほとんど泣きそうな声で言った楓。必死で抱きしめてから、続いた押し問答。 家柄とか、つりあわないとか、最悪の展開だよ。 俺を思ってくれる楓の気持ちは愛おしいけれど、まさかそんな気持ち受け取るつもりもない。 絶対に話をつけること、楓とは何があっても離れるつもりなんてないこと、 そんな風に説得するうちに、大切な手順を飛ばしてしまうわけにはいかなくなり、大切な言葉が喉まででかかった。 ・・・・ところ、で、あの、電話。 ディスプレイを見、相手が母さんだと分かって、無視してしまうことは簡単だったけれど、楓をヘンに不安にさせたくなくて出ることにしたんだ、目の前で。 「はい」 大切な時をジャマされて、ややぶっきらぼうな俺の声に、 「悠斗?私よ」 いつもどおり、パワーにあふれた声。 「分かってるよ、何?」 「まだ、楓さんと一緒なの?」 「ああ。もちろん」 答えながら、目の前にいる楓に目をやる。少し俯き加減に、ココロをすっかり閉じたような様子の楓。背中にそっと手を添える。 「そう。さっきは、なんだか立ち話であわただしくて申し訳なかったわ。ちゃんとお詫びしておいてね」 「お詫び?」 母さんが、そんな言葉を口にするなんて。意外な気がして思わず問い返した俺に、 「ええ。そうよ。できたら、あんな場所で大切な話を持ち出そうとする不出来な息子のことも謝っておいて。」 って軽くイヤミを添えてくる母さん。 「・・・んだよっ」 小さく文句を言いかけた俺に、母さんは、ふふ、と笑って、 「ねえ、近々、うちにご招待したいわ、楓さんのこと。あなたの大切な人なら」 「・・・・って・・・」 母さんからのそこまでの言葉に驚く俺に、 「あなたもオトナなら、きちんと手順を踏んで、まずは、ちゃんと親に紹介なさい。それとも、うちに連れてくることに、何か差し障りでもあるの?」 「・・・いや、まさか。連れてくよ、もちろん」 「そう、よかったわ。もう少し落ち着いてお話してみたいもの」 楽しそうにそう受けて、楓と相談し、都合のいい日を知らせるように、なるべく早くがいいわ、といい置いて母さんが電話を切った後、ケータイをポケットにしまいながら、そっと腕の中の楓に意識を戻す。 と。 「・・・・楓?」 ココロのシャッターを下ろしきって、体温さえ下がったように感じる楓。怯えきって、今にも震えだしそうな楓。 腰をかがめ、そっと顔を覗き込むと、楓は、ふと我に返ったように、俺に意識を向けた。だけど、その瞳は、俺の目を見ようとはしない。 「楓?」 もう一度ただ小さく優しく愛おしく呼びかけた俺に、楓は、唇を噛んで、伏目がちなままで言う。 「・・・・おかあさん、・・・・なんて?」 俺は、怯えきった楓に、あんまり刺激を与えすぎないように、そっとそっと告げる。 「・・・楓が大切ならちゃんと、うちに連れてきて紹介しろってさ」 「・・・・・うちに・・・・?」 ぼんやりと視線をあげる楓。俺は微笑んでしっかりとうなずいた。 「ちゃんと手順踏めって言ってたよ。・・・楓ともっと話してみたいとも言ってた。言ったろ?楓のことすっかり気に入ったみたいだよ」 俺がそういうと少し目を細めた楓。信じがたい台詞に戸惑っているように。 「・・・そんなことって・・・だって・・・」 戸惑いが楓の口から言葉としてあふれ出すのを止めるように、 「一緒に来てくれるよな?」 そうたずねると、 「・・・・・」 ココロのまま揺れた瞳で、俺を見上げ、唇から、何も言葉が出てこない楓。あまりに怯えている楓に、 「大丈夫だよ。何があっても俺がそばにいるから」 そう告げてすぐに、 「いや、ほら、そんな、大丈夫だと思うよ。かあさんの口ぶりだと楓のこと本当に気に入ってるみたいだし。そりゃそうだよな、楓に会って、楓のこと、気に入らないような人間いるはずないよ。だから、・・俺が守るまでもないと思うけど。な?」 そう言い直すと、楓は、やっとゆっくりとうなずいたんだ。そのうなずき方に、少し諦めに近いものを感じ、 「なあ、楓、そんなにイヤか?イヤなら、、」 言いかける俺に、 「ううん。悠斗がそう言うなら・・・」 すばやく否定する楓のその速さに、やっぱり、少し、違和感を覚えて、さらに突っ込もうとしたら、楓は、ココロを切り替えるように小さく息をついてから、言う。微笑んで、俺の瞳を見つめて。 「・・・ていうか、キンチョーしちゃう~っ。・・・お父さんにもお会いすることになるのかしら・・」 ・・・・とーさん。・・か。・・・・ 楓と父さんが会う。 そのことを思って、ついぼんやりした俺に、 「悠斗?」 楓が柔らかく呼びかける。俺は、我に返って、 「とーさんはどうだろうな。いつもあちこち忙しくて、俺もめったに会わないくらいだから」 「そうなんだ。・・・でも、よく考えたら、悠斗はずるい~」 そんなこと言い出して可愛く口をとがらせる楓。 「え?」 「だって、悠斗は、今の私みたいにこんなにキンチョーすることないじゃない?悠斗の方が、私のお父さんとは先に知り合い?だったんだもん」 楓の言葉を、俺は、全力を込めて否定する。 「って、何言ってんだよ。俺、碓氷さんが楓のお父さんだって分かってから、んっとに、キンチョーしまくりだっての。」 「え~?どうして??」 「そりゃそうだろ?だって、変なトコ見せらんないじゃん。いずれはちゃんと、、認めてもらいたいし。・・・」 そう思うだけでまたキンチョーする俺に、楓はくすっと笑う。 「だけど、・・お父さんは、あんまり気にしてなさそうだけどね。普段の悠斗のコトなんて」 「それはそうかも。ていうか、キンチョーする以前にたっぷりフツーの俺のことなんて見られてるしな」 俺は笑って受け、もう一度、楓をしっかり見つめてから言う。 「楓、楓は普段どおりで、十分、完璧だから。キンチョーなんてしなくていいよ?ほんとに、俺が、・・・そばにいるから」 楓は、俺の言葉に、微笑んでうなずいた。 だけど。 その微笑の温度の、微かな低さは否めない。 ・・・だけど、今は、これ以上は突っ込まずにいよう。 母さんがどんな対応をしようと。 俺が本当にちゃんと守ればいーんだから。 ・・・ていうか。プロポーズ、結局、しそびれちゃったなぁ。 って考えてから、思い直す。 ・・・いや、よかったのか。するなら、やっぱり、ちゃんと考えてしたいから。 慶介が、明日、準備万端でするプロポーズのように。 俺だって。 * その後も、一緒にご飯を食べても、ソファに並んで座っても、キンチョーからか不安からか、やっぱりココロが晴れない様子の楓は、結局、 「ね、私、先に休むね。悠斗は、ゆっくりしてて」 なんていい置いて、寝室に向かっちゃったし。 もちろん、すぐに後を追った俺だけど、楓は、曖昧な微笑に紛らせて、ちゃんとしたキスすらさせてくれないまま、腕の中、眠そうに目を閉じてしまった。そして。 ・・・ずっと寝たふりしてる楓。 仕方なく、俺も、ずっと寝たふりしていると、そっと寝返った楓。 吐き出される小さなタメイキ。 そして今、また、寝返りを打ち、俺の方を見上げているような視線を、目を閉じたままでも感じる。 ・・・もうこれ以上は、放っておいてやらなくていいだろ?・・ていうか、ほっとけねーよ。 俺は、緩めていた楓を抱く腕に、力を込めた。 「・・ゃっ・・・」 驚いたらしい楓の、反射的な抵抗は、一瞬だけ。楓は、そっと俺の胸に頬をつけた。
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