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カテゴリ:小説「クォ・ヴァディス」改定&仮公開用
註※このページは、本来「覚醒都市DiX」で公開する予定の「幻想水滸伝4」二次創作小説「クォ・ヴァディス」の改定ページ、新規ページを、サイトに先駆けて公開しています。
そのため、後に「覚醒都市DiX」で公開されるものとは内容が変更される可能性があることをご理解ください。 クォ・ヴァディス 43-3 77 マクスウェルが無人島を攻略する直前の五月二十三日、ラインバッハ二世とグレアム・クレイが、久しぶりに朝食の席を共にした。 「同盟者」という体面上、この二人の関係は対等のものであり、統治のラインバッハ二世、軍事のクレイ、という役割分担も自然発生的なものであった。 ただ「同盟者」とはいっても、打算と妥協との不純な結婚の元に生まれた同盟であって、完全な信頼関係とは言いがたい。 お互いの能力に対してはともかく、人格に対しては、二人ともさほど敬意を払っている様子も無い。 おかげでこの麗しい朝食の席に並べられたハムも、パンも、卵も、いずれも最高級の食材ではあったが、親和や友愛という調味料を見事に欠いており、最高級というだけで、それ以外の価値をまったく持たせてもらえなかった。 二人の会話もいたって殺伐としたもので、無味乾燥極まりない。 「軍備の艦艇や燃料は、数は充分ですが、御領主殿が地元から持ち込まれたものと、クールーク長老派などが新たに持ち込んだものの整理や、兵力人員の再編にはいま少し時間が必要です。 また島内の反乱分子も小うるさい。リノ・エン・クルデスとの間に新たな戦場を設定するにはやや時期尚早と思われますが、御領主殿のほうはいかがなっておいでですかな」 相変わらず、不実で不変の笑みを顔面に張りつかせたクレイの言葉を無視するかのように、ラインバッハ二世は黙々とナイフとフォークと口とを動かしている。 感情が分かりづらいクレイではあるが、ここのところの充実は隠せぬようで、自らの言葉ほど危機感を感じているわけではないように、ラインバッハ二世には見える。 実際、オベル港に駐留しているラインバッハ二世旗下の艦隊は、先の海戦後に新たに加わった数を含め、大型艦だけで十一隻に達している。 軍人と商人、両方の経歴を有するクレイにとって、物資や兵員の再編作業は、まさしく天職とも言うべき居所であった。 そして物資と兵員の再編が完了し次第、新たな戦いに向けて牙を研ぐことができるだろう。 それに対しラインバッハ二世はといえば、決して不機嫌ではないけれども、クレイとは異なり、辞書どおりの意味で無表情を貫いている。 「オベル国民は大抵の国の民と同じで、忠誠心はあるが知恵はない。口が回るだけの近視眼どもだ。 それに、民の意識を分散させるためにも、最低限の反乱分子は必要。どうとでも動かしようはあるから、統治のほうは問題は無いが……」 ラインバッハ二世は、洗練された動作でコーヒーカップに口を付けた。 洗練された動作というものが、必ずしも容姿の洗練に結びつくわけではないのだな、と、クレイは酷いことを考えているが、ラインバッハ二世は気づくよしもない。 「問題は外交と発掘だな」 ひとつ溜息をついて、ラインバッハ二世はグラスをテーブルに戻す。 ラインバッハ二世は、オベルを追われたリノ・エン・クルデスがラズリルに亡命した、との報告を受け、北方の群島やクールーク地方、及び西方のガイエン公国との密接な関係強化の可能性を、早々に断ち切った。 群島諸国連合の一方の雄であるラズリルは、北方のネイ島やイルヤ、ナ・ナルといった島々に大きな影響力があり、そのさらに北であるクールーク地方とは連絡が取りにくい。 ガイエン公国は面積こそ広いが、ここ数年、クールークとの争いに敗れたり、ミドルポート、ラズリルといった有力都市に次々に独立されたこともあって、かつての威光は見る影もない。ラインバッハ二世やクレイも、現在のガイエンにはなんの魅力も感じていなかった。 ただ、その凋落ゆえのガイエンの政治的な「拗ねっぷり」も激しく、完全な無視を決め込むこともいかなかった。ラインバッハ二世は、逆にそこに着目した。 かつてナ・ナルの過激派を扇動したように、ガイエン政府に「群島諸国連合」の危険性とラズリルの野心を懇々と説いている。 密接な協力関係を作り上げるには、ガイエンにはなんの魅力もないが、「利用価値」はまだ残されていた。ガイエンのヒステリーを上手く利用できれば、彼らにとっては有利な状況をつくることもできるだろう。 もっともクレイは、 「しょせんは死体の痙攣だ。地震を起こすことはできぬ」 と、かなり手厳しい。 ラインバッハ二世とクレイが注力したのは、北よりも南、ファレナ地方であった。 ファレナ女王国は、その名のとおり、ファレナ女王家によって治められる広大な国であるが、広大であるが故に、首都ソルファレナから離れた地方名門貴族達に野心があるのも実情である。 まだその野心が結集し、顕在化することはないが、かつてのクールーク皇国のような政治的な二重構造ができあがる下地は存在した。 彼らは、そこにクサビを打ち込もうとしていた。オベルを占領するしばらく前から、クレイのパトロンであるハルモニア神聖国の英雄ヒクサクの盛名と「吠え猛る声の組合」の脅威をアメとムチのように使い分け、ハルモニアとの将来的な橋渡しを条件に、現在の協力を引き出そうとしていたのである。 そして、オベルとの最初の戦闘に勝利したことで、実際にいくつかの有力貴族が、彼らの要請に応じるところまで話は進んでいた。 ラインバッハ二世がもしも預言者としての能力を持っていれば、有力貴族だけではなく、フェイタス川に陣取る小船団にまで着目したであろう。彼らが独占し、群島ではマクスウェル一味のみが所有している「紋章」までを利用したであろうが、残念ながらラインバッハ二世も全知全能ではなかった。 「しかし、それらには大掛かりの輸送と連携が欠かせますまい。 ファレナ地方との連携は、確実にこなせますか?」 「輸送の規模は問題ない。ただ、面倒なのは……」 クレイの無機質な声での問いに、ラインバッハ二世も目元をしかめた。 オベル島とファレナ地方の間には、たったひとつ、だが大きな問題が残っている。 「海賊、キカ一味ですな」 クレイは表情も態度も変えない。その代わりか、ラインバッハ二世の目元のしわが増える。 「キカ一味の我々への妨害は、散発的ながら、相変わらず続います。 まったく神出鬼没な連中で、やっていることも気まぐれです。一発撃って逃げるときもあれば、本気でこちらを沈めに来ることもある。 本拠がどこにあるかも定かではありません。我が船団のなかにも、苛立つ者が増えています」 「そうやって私達を怒らせるのが、彼女らの目的だ。安い挑発には乗らないことだ」 口ではそう言って、ラインバッハ二世は思考を進める。 (キカが我々に敵対の意志を持っていることは確かだ。しかし、リノ・エン・クルデスやカタリナと連携している様子はない。 それはなぜだ? まだあちこちを針で突いて、様子を見ているのか?) 「キカ一味に対しては、どういたしますか?」 クレイの声で、ラインバッハ二世は我に返った。彼は取り乱すことはない。 「攻撃に対しては反撃せよ。しかし、こちらが先方に対して交渉の意志があることは、常に表明しておくのだ。 被害を些少現に抑えつつ、交渉の機会をさぐれ。彼女達ののど元に食いつくまで、じっくりやることだ」 (リノ・エン・クルデスとわれらと、どちらが先にキカと接触するかは、微妙なところだな) ラインバッハ二世が合図をすると、脇に控えていた秘書官が、群島南部の海図を広げた。 ラインバッハ二世はそれをひとにらみすると、オベルの南東、ドーナツ島の更に南にある島を指差した。 オベルとファレナとの、ほぼ中間地点である。 「ドーナツ島からこのニルバ島にいたる中継点の開発を急げ。 総責任者のメルテザッカーの職務を二分する。開発はシールタに任せ、メルテザッカーには制海権の確保に集中させるがよかろう」 ラインバッハ二世の指令は、短いが的確である。これぞ、と思う人材を普段から頭に入れているため、人材の登用も、効率が悪いと思われる箇所の変更も早かった。 クレイの表情に、賞賛の要素が混ざった。なるほど、その視点と決断の速さは、伊達に一国の経済を仕切っていた器ではない、ということか。 ラインバッハ二世はクレイの乏しい表情の変化には気付いたが、感想を述べることはしない。 かわりに違うことを言った。 「最大の問題は発掘だ。一度掘り返したものを埋めた後だから、掘り返すのはたやすいが、何せあの遺跡は深い。 このままでは、具体的な成果がかたちになって現れるのは、予定よりも遅れそうだ」 内容は深刻であったが、こちらも言葉の内容と、その口調が一致していない。危機感が無い。 果たして、この男たちは究極の楽観主義者なのか、それともただ何も考えていないだけなのか。 聞く者が聞けば、そうとしか思えなかったであろう。 クレイが、言葉面だけの危機感を煽ってみせる。 「ほう、お互いに肝心なことには結果が出ていない、ということですな。 ラズリル騎士団もオベル海軍も全滅しているわけではありません。いま攻められれば、我々としては苦戦は避けられぬでしょう。 果たして、いかがしたものか」 その言葉の裏にある真の意味を見抜いており、ラインバッハ二世の口の端が、初めて上方にカーブを描いた。 不健康な策略の地下茎から発芽する、不実の笑みであった。 「クレイ殿、君は商人、私は元経済官僚、充分に分かっているはずだ。 金も時間も同じだ。目前にそれが無いからと慌てふためくのは、愚者のやることだよ」 コーヒーカップを静かにテーブルに戻し、ラインバッハ二世は、その大きな腹の上に両腕を添えて、再び笑った。 「そう、金も時間も同じ。無いのなら、作ってしまえばいいのだ。自分のこの手で、な」 クレイは、何も答えなかった。 二人の心のこもらぬ笑顔だけが、周囲の状況をあらわす記号となっていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.05.03 15:01:36
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