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カテゴリ:文化
ブルガリアに伝わる昔話 『いのちの水』を絵本化 児童文学者・翻訳家 八百板 洋子 東西文化の要素が混じって深みのある幻想的な物語に このたび、ブルガリアの昔話『いのちの水』を絵本として出版する機会に恵まれた。現地で直接に聞き取った話をもとに、翻訳・再話絵本にするのは初めての試みである。 ブルガリアの昔話との出会いは、まだ、わたしがソフィア大学の留学生だったころである。友人のヴォルガの実家がバルカン山脈の山あいのベルコ―ヴィッツァにあり、誘われて冬や夏の休暇をそこで過ごした。 広場や時計台も、共同浴場まで大理石でできている町で、いたるところから鉱水がわきでていた。ブルガリアは水がきれいで、首都の街かどにも水汲み場があり、そのまま飲めたが、この大理石にうずもれた町の水は格別においしく清涼感があった。 『いのちの水』は、その水の豊かな地で、ヴォルガのおばあさんが近所のおばあさんたちと糸つむぎをしながら語ってくれた話の一つである。 何度かベルコーヴィッツァを訪れ、その語りをテープに録音し、国立民族学博物館のターニャに手伝ってもらって文字におこした。それを翻訳して再話したのだが、本からではなく。語り手から聞き取ったものを絵本化するのは初めてでとまどった。 直接の語りには素朴な躍動感があったが、語り手特有の表現があり、日本語にするのが、実に難しい。それで長いあいだ本にはできないでいたのだが――。それでも仕上げようと思い、公私にわたってブルガリア語の師であるドプリーナ・ライノワ先生にもお力をかしていただいた。 年老いた王のために、永遠の命を授ける水を探しに出た三人の王子。賢くて勇気があるのは末の王子。それは魔法昔話のパターンだが、末の王子がドラゴンや金の鳥に助けられ、逆境を乗り越えて幸せをつかむダイナミックな展開からは、語り手の熱い思いが伝わってくる。 ブルガリアは、古くからオリエントとヨーロッパをつなぐ東西文化の接点であった。そうした地理的条件は豊かな文化を生むが、一方では、たえず他の民族に侵略される歴史をたどってきた(古代ローマに一五〇年、オスマン・トルコに五〇〇年)。昔話にも東西文化の様々な要素が混じりあっていて、他のヨーロッパのものとはひと味ちがうおもむきが、感じられる。 『いのちの水』も、スラヴ人らしい自然と戦って生きるがまん強さや素朴さがにじみでているが、それにオリエントの要素が加わることで、さらに、深みのある魅力をかもしだしているのだろう。 金や銀のドラゴン、金の鳥、いのちの水の精、ねがいごとのかなう不思議な指輪、空飛ぶ馬――。 こうしたまばゆいばかりのキャラクターやアイテムの織りなす幻想的な世界に心ときめくお話である。 『いのちの水』が兄弟の心の闇や裏切りなどを含みながらも、どこかさわやかなのは、情熱的でエスニックな香りが漂うからなのだろうか。 本を開くと、べネリン・バルカノフさんのみずみずしい絵が、雄壮な物語の世界に誘ってくれる。 バルカノフさんは海外でも数々の賞を受け、イコン画も手がけるブルガリアを代表する画家でもある。 ブルガリアのさわやかな風と光が、そうか、あなたのもとにもとどくように! (やおいた・ようこ)
【文化】公明新聞2022.5.15 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 21, 2023 07:22:06 AM
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