甘いささやき甘いささやき初心者だって、悪徳業者の存在は小耳に挟んだことはある。警戒心もあった。しかし、生来好奇心が強い私。その好奇心が、警戒心に勝ってしまった。 「詳しい資料を無料進呈いたします。まずはお電話ください」 その文字に導かれるように、指は電話のプッシュボタンを押していた。 魔がさした瞬間―。 電話に出たのは、若い朗らかな声の女性。私が詳しい話を聞きたいと言うと、では掛けなおしますという。 仙台から福岡までの遠距離電話に、世間知らずの私は大いに恐縮した。 私の最初の質問は 「あの…こう言っては失礼ですが、悪徳業者の話もよく聞くのですが…。」 馬鹿である。向こうにしてみれば、待ってました!というものだ。答えは、多分マニュアルどおり。 「まあ!どうかご安心ください。私どもの会社は、今までにたくさんの実績を積んでおります。ご心配のような事は決してありませんから。」 後は、一気に向こうのペースだ。何をどう言おうと見事に切り返される。 「お仕事はいろいろありますが、やりがい、収入の点でやはりWEBデザイナーをお勧めします。」 「WEBデザイナーという仕事は、だれでもすぐに出来るというものではありません。こちらも仕事をお任せするからには、ちゃんとした技術を持っていただかなければ。そのために講習を受けていただき、試験に合格されることが条件です。」 教材費と講習費、合わせて35万円。分割手数料を含めると40万円以上になる。 「金額が金額だけに、最初はご主人に内緒という方も多いですよ。でも実際に仕事をし始めれば、なにも隠す必要はなくなります。」 「自分に投資するという気持ちが必要です。そのくらいの自覚をもって臨んでいただかないと、こちらも安心してお任せできません。」 ここに至るまでに既に2時間。もはや私は猫にもてあそばれるネズミ同然。何を言われても「そうですね~」と相づちをうつばかりだった。 「間違いなくお仕事はあります。月に5万稼げば、元はとれます。大丈夫です。」 月に5万。簡単に言ってくれたものだ。 在宅ワークで初心者が月に5万円稼ぐ事がどれほど難しいか、そして問題はそれ以前のものだということに、その頃の私は考えも及ばなかった。 静かに受話器を置いた私は、決意と期待に満ちていた…。 もくじへ戻る |