テーマ:日本の伝統と文化(317)
カテゴリ:歴史 傳統 文化
正字正假名遣ひをご存じだろうか。 論より証拠、夏目漱石の「吾輩は猫である」を新字新仮名遣いと正字正假名遣ひとで読み比べてみよう。 新字新仮名遣い 吾輩は猫である。名前はまだ無い。 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。 吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。 この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。 ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始であろう。 この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ。 その後猫にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。 のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙を吹く。どうも咽せぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草というものである事はようやくこの頃知った。 正字正假名遣ひ 吾輩は猫である。名前はまだ無い。 どこで生まれたか頓と見當がつかぬ。何ても暗薄いじめじめした所でニャー/\泣いて居た事丈は記憶して居る。 吾輩はこゝで始めて人間といふものを見た。然もあとで聞くとそれは書生といふ人間で一番獰惡な種族であつたさうだ。 此書生といふのは時々我々を捕へて煮て食ふといふ話である。然し其當時は何といふ考もなかつたから別段恐しいとも思はなかつた。 但彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフハフハした感じが有つた許りである。掌の上で少し落ち付いて書生の顏を見たのが所謂人間といふものゝ見始であらう。 此の時妙なものだと思つた感じが今でも殘つて居る。第一毛を以て裝飾されべき筈の顏がつる/\して丸で藥罐だ。 其後猫にも大分逢つたがこんな片輪には一度も出會はした事がない。 加之顏の眞中が餘りに突起して居る。そうして其穴の中から時々ぷう/\と烟を吹く。どうも咽せぽくて實に弱つた。是が人間の飮む烟草といふものである事は漸く此頃知つた。 青空文庫 より 読む方は暫くすれば慣れる。書く方は、假名遣いは難しくないが正字は大変だ。しかしパソコンで入力するには辞書をインストールするだけ。新仮名遣いから正假名遣ひへ変換してくれるフォームもある。明日はこれらを紹介しよう。
平成十七年六月六日 筋肉少女帯 "イタコ・Love ~ブルー・ハート~" を聴きながら お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年06月06日 23時56分59秒
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