風色の本だな

風色の本だな

『あした、出会った少年』

フラワーライン2

今は亡き父が、突然私に姉と兄の存在を告げたのは
21年前の、私が結婚を半年後に控えた秋の日でした。

それまで私は弟の存在しか知らず
物心ついてからずっと、両親と弟との4人家族で
育ってきました。

父は『二十四の瞳』(壷井栄 著)の舞台として知られる
香川県の小豆島に生まれ育ちました。

それまで私はまったく知らなかったことなのですが
父はその地で、最初の結婚をしていたのです。

一男一女をもうけ、そのまま幸せが続くかのように
思われましたが、6歳の女の子と4歳の男の子を残して
妻は結核のため、他界してしまいました。

さまざまな事情から、兄と姉は大阪の親戚の伝手を通して
それぞれ別々の家庭に養子・養女として迎えられたのです。

その日から父は、我が子と会うことを禁じられていました。

その時、父は私に涙ながらに語ってくれました。

「だけどね、我が子のことは一日だって忘れたことがなかったよ」と…。

その後、父は上京し、母と出会いニ度目の結婚をしました。

そして再び一男一女をもうけたのです。
何も知らずに育った私と弟は
東京で父を独占して育ってきたのです。

21年前、私は父とともに大阪の地を訊ね
初めて姉と対面しました。

その時の私は、なぜか「ああ、この人が姉で本当に良かった!」
という思いと、何も知らずに父を独占して幸せに暮らしてきた
自分の存在が本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになって
気が付くと、涙が頬を伝っていました。

当時姉はすでに結婚していて、小学1年生の男の子と
年子の男の子の母親になっていました。

「親になってみて、初めて親の気持ちがわかったわ。
どうして自分を置いて・・と恨んだこともあったけど
こんなに可愛い我が子を置いていかなあかんかったなんて
よっぽどのことだったんやと思えるようになったんよ。」

穏やかな笑顔で、姉はそんな風に言いました。

父からは、兄の消息がどうしてもわからないことも知らされました。

あれからもずいぶん探したようなのですが
結局最期まで再会することができないまま
今年の4月、父は旅立ってしまったのです。

自分の死期を察した父は、亡くなる1週間程前
かすかな声で「オオサカ!オオサカ!」と
繰り返していました。

死を目前にして
大阪に置いてきてしまった
2人の我が子に会うことを
切望したのです。

姉は新幹線に乗って飛んできました。
父の胸をさすりながら
言葉をかけていた姉の目から
大粒の涙がこぼれました。

姉にとっては、実の父との今生の別れの言葉を交わす
つかの間の時間だったのです。

私はふと、父と姉の二人っきりの時間を作ってあげなければ…と思い
しばらくの間、病室を離れました。

そこには確かに、離れて暮らした父と娘の
凝縮された時間が流れていたのだと思います。

姉がその後に対面したのは……
すでに亡骸になった父でした。

姉は父の通夜の夜
私に、忘れられない言葉を残してくれました。

「私自身は、あの父とは縁がなくて……
いっしょに過ごすことができなかったけれど
自分の本当の父親が、こんなに素晴らしい人で
たくさんの人に愛され、惜しまれて亡くなった
ことがわかって……
私は、本当に良かったと思えるんよ……。」

ありがとう!

あなたは、父を許してくれたのですね。

父の死とともに……
すべてを……浄化してくれたのですね。

今日ご紹介する、越水利江子さんの『あした、出会った少年』
を読んで、私はそんな姉のことや、未だかつて会ったことのない兄
に想いを馳せました。

今まで味わったことのない読後感。
こんな児童書があるのだという感動で
今も胸がいっぱいです。

ぜひおとなにも読んでほしい作品です。

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『あした、出会った少年』

◆『あした、出会った少年 ―花明かりの街で―』越水利江子・作/石井勉・絵/ポプラ社/2004年5月 第1刷

2005年 日本児童文芸家協会賞受賞作品です。

著者の越水利江子さんは、高知県で生まれ、京都で育ちました。
『風のラヴソング』(岩崎書店)で日本児童文学者協会新人賞と
文化庁芸術選奨文部大臣新人賞を受賞しています。

越水さんが子ども時代を過ごした1960年代の
京都の街で出会った喜びや悲しみの物語です。

越水さんは私よりちょっとお姉さんなのですが
失ってはいけない大切なものがあったあの時代、
1960年代の風が、私にはとても懐かしく
心地良い香りを運んでくれました。

せまい露地の小さな長屋や
近所のお堂やお地蔵さん……。
何でもない見なれた街の景色が
ふいに、不思議な光を放つことがある。
さよこのまっすぐな目は
そんな光の中に
ひとりの少年の姿を見た……。

目次

空知らぬ雨

花帰り

夢の浮き橋

朝ゆく月

わすれ水

天狗風

あとがき


まず、それぞれの章で表される
美しい言葉の持つ深い意味を知ったとき
こんなに素敵な言葉があったのだと
この作品の奥深さを強く実感します。

それぞれの章が別々に存在しているように見えて
実はそれがすべて複線になり
最後は一つにつながってゆくのです。

いつのまにか、さよこの心と自分の心が一つになって
溢れる涙を止めることができませんでした。

そして、越水さんの「あとがき」を読んだ時
私はもう胸がいっぱいになって
この作品に出会えて本当によかったと
心の底から思いました。

亡き父に、この作品の存在を教えてあげられたらよかったのに……。

私は奇跡を信じたい。

どうかまだ見ぬ兄がこの本に出会えますように……。
どうか私の思いが届きますように……。

皆さんにも、ぜひこの作品に出会ってほしいと願っています。

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