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ken tsurezure

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trainspotting freak

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2012.01.03
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テーマ:小説日記(233)
カテゴリ:創作
苗場は今日も雨だった。ここ最近雨が降らなかったためしがない。今年の雨はひどく寒くて体が凍りそうだった。それでもやっぱりフジロックフェスティバルの会場の雰囲気はとてもいい感じで心地がいい。今年もここに来れてよかった。それでいいのじゃないか。一日中歩き回った疲れもあって、そんな何となく肯定的な気分になれる。

一日目のヘッドライナーのColdplayが終わって、僕はオアシスエリアの苗場食堂近くで座っていた。昔の仲間と待ち合わせをしていたのだ。
彼女とは2002年のフジロックで知り合った。意気投合して2004年ごろまで一緒にフジロックで待ち合わせをして酒を飲んだり騒いだりしたそんな友達だった。
彼女は埼玉県に住んでいたので時々フジロック以外の場所でも会っていた。
でも2005年に彼女は結婚してフジロックに来なくなった。

彼女のことが好きだったか。本当のことをいうと僕は彼女に好感を持っていた。だけど彼女は僕を選んでくれなかった。
彼女の結婚の話を聞いたとき、僕は全身の力が抜けるような失望を感じたけど、とりあえず「おめでとう」と伝えた。

彼女はその旦那さんと一緒に博多に行ってしまった。結婚式にはもちろん行かなかった。そしてそれっきり連絡も途絶えてしまった。

あるSNSのプロフィールで偶然彼女を見つけた。はじめは別人かと思ったけど、スパム警告を受ける覚悟でメールしたら、本人であることがわかった。6年ぶりに彼女は旦那さんとフジロックに来るという。一日目は彼女一人で。そして二日目以降は旦那さんと一緒に。
それなら会いたいと僕が頼んだら、彼女はあっさりOKを出してくれた。

それで僕は待ち合わせ場所の苗場食堂の脇にいる。そこで彼女を待っている。

一日目は何か自分が映画のシーンの中にいるような気分だった。今ここでこうして行動して感じている。そんな現実感が全くなかった。これは夢ではないか。何か本当にここにいるのかどうかもわからない。そんな感じだった。
本当のところ嘘にしたかったのかもしれない。
日常も。フェスティバルも。ロックンロールも。

幸せに溢れたこの会場。ここではどんな奇跡も起こりうる。それは知っていた。だから僕は毎年ここに来ている。いつもの日常が何であろうと、いつもの僕が何であろうと、ここに来れば全てを忘れることができる。

そうやって逃げるように苗場に来て、そしてまた日常に戻る。それだけ。それ以上もそれ以下も、何も期待せずに。

それは本当に君が望んでいたことか。それだけが君の人生なのか。

フェスティバルに生きる人生。それは一年のうちたった4日間だけを目標にして全てをごまかす生き方だ。僕が若かったころ。例えば17歳の頃の僕は。
今の40歳になった僕を見たらどう思うだろうか。
40歳になっても伴侶を持つことも不可能で、依存症のように音楽に頼り切っている人生。この国の社会は壊れてしまって5人に1人は生涯未婚者でそのうちの何割かは無縁仏に埋葬される可能性があるという。そういう社会に生まれてしまった不幸だからしようがない。
でもそんなのは言い訳でしかない。5人に4人はきっちりと家庭を持って社会の再生産に協力できる。そして自分の幸せを実現することも可能だし、自分さえ望めばそっちの方へ行くことは絶対に不可能なことではない。
結局君は。それを望まなかっただけではないか。単純に不幸な道を選んでおいて、自分は不幸だと嘆いているだけではないのか。
君はこのフェスティバルで何を得て、何を学んで、今まで生きていたのか。
君は要するに何もできない自分をただ見たくない言い訳のために
ここに毎年来ているだけではないのか。

君は何を期待していたの



君を見つめることができない
誰に振られたか言わないでくれ
オレたちが取引していたことを言ったのか?
どれくらい気分が悪いのか言ったのか?
誰もが助けの手を求めている
オレにそれが理解できないなんて
誰が言った
君がレールを外れたとき
誰かが社会階層を駆け上がっていった

お別れのセックスのあと
昔の恋人を忘れさせてくれる
何を期待していたの
お別れのセックスのあとに

The VaccinesがPost break up sexの演奏を始めたとき、一旦やんでいた雨がまた降り出した。その演奏は心がよじれてしまうほど切なくて美しくて胸が痛くて、苗場の空が涙を流して泣いているのだと思った。
最近は仕事が終ってぼんやり山手線に乗っているときは大抵Post break up sexを聴いている。それが僕の日常。それ以下でもそれ以上でもなく、ひたすらゼロに近いような僕の日常。

君は何を期待していたの。この人生に。
君は何を期待していたの。ロックンロールに。
君は何を期待していたの。このフェスティバルに。
君は何を期待していたの。
愛に。希望に。夢に。幸福に。未来に。美学に。友情に。紐帯に。連帯に。共存に。自由に。世界に。繁栄に。平和に…。


「久しぶり。待った?」
「いや。ぜんぜん。」
重くなった気分を忘れようと僕は無理をして笑顔を見せた。
「また暗いこと考えていたでしょう。少し年を取ったように見えるけどそういうところは昔と全然変わりがないのね。少しは成長しなさい。」
僕は少し間が悪そうに苦笑しながら、再会してくれたことに感謝の意を伝えた。
旦那さんは2日目からの参加だよね。会うの許してくれたの?
「彼には言ってない。でもあなただったら大丈夫だから。人妻奪って浮気できるほどの度胸はあなたにはないでしょう。」
それはひどいな。でも。君は意外と僕のことをよく見ていたんだね。
そのあと少しだけ沈黙が流れた。

「ねぇ。暗いことはここにおいて行きなさい。ここはね。そういう暗いことを考えるための場所ではないの。ここでは目一杯楽しんで、そして部屋に戻ってからそういうことを考えなさい。」

「とりあえずビールで乾杯しましょう。買って来ようか?」
いや。僕が誘ったのだから僕が出すよ。君はそこで待っていて。

そういうとまた無理して見栄張ってと彼女は笑った。

まだフェスティバルは始まったばかりで、たとえそれがどんな種類の幸せであってもそれはまだまだ続く。
僕らはオアシスエリアのずっと奥のほうまでかき分けていって
音楽がよく聞こえる場所の方まで歩いていった。



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Last updated  2012.01.03 14:03:04
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