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2005年07月17日
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アイビーおじさんの日記に触発されましたので「白洲次郎」のお話を。
1902年(明治35年)に生まれ、1985年(昭和60年)に83年の生涯を終えた、日本で一番カッコ良かった男。白洲次郎。「VANグラフィティ」の著者、馬場啓一さんの「白洲次郎の生き方」という単行本を以前に手に入れてから、「風の男 白洲次郎」等、何冊か読んでるうちに、自分自身の頭の中には、彼に対する敬意と憧れが棲みついてしまったのです。ダンディズムとは・・・男の品格とは・・・白洲次郎の完璧な立ち姿、生き方は、私の中で、別の意味での「加山雄三」であります。昔、TVの「知ってるつもり」で紹介されてましたが、日本人で初めてTシャツとジーンズを着た男として放映されてました。若くしてケンブリッジ大学に留学し、ブガッティ・ベントレーを乗り回し、「オイリーボーイ」と呼ばれ、帰国後は、数々の要職に付くのですが、戦後、時の総理、吉田茂に得意の英語を請われ、占領軍との終戦連絡事務局参与の要職に就く。交渉相手はアイビー・リーグ出身のインテリ。相手が白洲次郎の流暢な英語に驚き、「立派な英語を話されますなあ」と言うと、すかさず、「閣下の英語も、もっと練習すれば上達しますよ」と言ったとか。講和条約の締結に関わった後は、「カントリー・ジェントルマン」として40前には悠々自適の生活に入るが、時代がまだまだ彼を必要とする。東北電力の会長とか、最後は軽井沢ゴルフクラブの運営に携わったようですが、それまでの間、車は言うに及ばず、ウイスキー、ツイード・ジャケット等々、どれを取っても超一流の拘りがあり、彼の人生のスタイルがどれだけ当時の方々に影響を与えたのでしょうか?体調を壊し、入院した先で看護婦に利き腕を訊ねられると、真面目くさって「右利きです。でも夜は左」これが最後の言葉だそうです。プリンシプル(原則)に忠実に生きた、白洲次郎の遺言は「葬式無用、戒名不用」だったそうです。






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Last updated  2005年07月18日 02時07分45秒
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