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院生室に戻ると、暁は出しっぱなしにしていたマットを黙って片付けた。胃の辺りを黒い霧のようなものが満たしていくのを感じて、無意識のうちに右手でそこに当てた。
「コーヒー、冷めちゃったけど・・・飲む?」 圭は入り口で、両手にカップを持ったままの姿勢でつっ立っていた。暁はそっちには視線を向けずに首だけ振った。口を開けば、誰それかまわず傷つけそうで怖かった。 圭は、暁が首を振ったのを見て視線を落とすと、両手のカップを見比べて左手のカップを口に運んだ。 「げほっ・・・にが。」 圭がむせたのに驚いて、暁は反射的に圭を見た。 「そんな無理に飲まなくったって。」 圭は苦味に顔をゆがませたまま、だってもったいないから、とこぼした。暁は短くため息をつくと、左手のカップを取って一気に飲み干した。 「これでいいだろ?」 空になったカップを机の上にタンッと置き、自分の鞄を掴むと肩にかけた。圭は右手のカップも差し出す。暁はチョイッと左眉を上げると、空いている衛の席を黙って指差した。それから、圭がそこに右手のカップを置くのを確認して、床に放って置いたヘルメットを掴んだ。 「バイク、乗るの?」 圭が心配そうに暁を見上げる。 「乗らなきゃ帰れないだろ。」 吐き捨てるように言うと、ドアに向かって足を進めた。圭は後ろから掴みかかるようにして、ヘルメットを暁から剥ぎ取った。 「僕、おなかすいたんだけど!」 だからなんだよと強めに言ってヘルメットを取り返そうと手を伸ばす。圭はさらにそれを自分の後ろに隠した。 「いい加減にしろよ、俺は怒りたくないんだよ。」 暁は怒りを無理やり押し殺したような、低い響く声で圭を脅した。圭は後ろ手にメットをぎゅっと握った。 「アキラさんなんかが怒ったくらいで、僕は傷ついたりしない。」 口を真一文字に結ぶと、負けじと暁を睨みつける。暁は怒りを含んだ目で圭を見下ろしたが、圭の瞳が揺らぐことはなかった。 しばしの睨み合いの後、暁の方が先に視線をはずすと、短く息を吐き、わかったよとつぶやいた。圭はぱっと顔を輝かせると、ヘルメットを持ったまま、入り口付近に置いていた鞄とヘッドフォンを掴んだ。それから笑顔で暁を外へ促した --- 君が思うほど僕は君のこと好きじゃない・32 人物紹介 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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