カテゴリ:薄れゆく風の香りと
深手を負った腹部に、温かい感触が広がる。パクの治療魔法だ。まどろんでいくような、心地よい感覚。
ぼんやりと、辺りを見渡す。壁にもたれかかったユウイチの姿。目をつぶり、懸命に傷を癒すパク。敵の姿の消えた広間を、上り始めた朝日が静かに浮かび上がらせていた。 「……結局、アレはなんだったんだ?」 ぼんやりと虚空を見つめながら、ユウイチがつぶやく。 死者の墓守。その目的も、もはや知るすべは無い。詠唱を終えたパクが、ゆっくりと身を引く。 「あの者は、生前さぞ名のある騎士だったのでしょうな。その墓に、かの者にとって大事な魂が眠っているのかも知れません」 ナギサの手の中には、薄汚れたティーカップがあった。DSの失せた空間に、いつの間にか転がっていたカップ。そっと泥を落とすと、一頭のグリフィンの描かれた装飾が、その表面に浮かび上がった。 「パク、あなた、何か知ってたんじゃないの?」 「……」 そう思ったのは、ただの勘だった。パクは目を閉じ、小さな墓の前に佇んでいる。 「死者は眠るのが世の理。大戦は、20年も前に終わったのです」 パクはそっと、墓標に手を合わせる。それに合わせ、ナギサは目を閉じた。 20年前、大陸全土を巻き込んだクリスタル戦争。理不尽な戦争は、墓標に名を刻みきれないほどの命を奪った。生き残った人々は惨劇を憂い、そして今もその傷痕を心に残して生きている。それはきっと、あの老婦も。 「墓を守るくらい、生きている者に任せてくれればいいのです」 目を開く。朝日が、視界を一瞬埋め尽くす。 「人は何かを忘れることで生きていけます。しかし、過去を失うわけではありません」 そっと、手の平に何かが置かれた。すすけた麻袋の重み。DSの残した、ウィンダス茶葉の小袋。 「時として、過去は辛いものです。何よりも重い。しかし、自分を過去のものにしてはならないのです」 見上げたパクの顔は、今にも泣きだしそうに笑っていた。 「小生は、これからもここの墓を守っていきます。あなた方前途ある若人には、未来を作っていただきたい」 ゆっくりと、身を起こす。傷を塞がれても、まだ全身は苦痛を訴える。それでも、ナギサはカップと小袋をそっと握り締めながら立ち上がった。 「皆様の過去と未来に、アルタナのご加護がありますよう……」 うやうやしく一礼するパクに別れを告げると。 ナギサとユウイチは、朝日に染まる龍王の墓を後にした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 28, 2005 08:32:27 AM
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