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カテゴリ:フランス料理の文化と歴史
例えば、フランス料理店を訪れたとします。コースで料理を注文していざ魚料理の段になると、スプーンに似た什器が添えられます。
「スプーンに似た」と申し上げたのは、本来スプーンでは無かったからです。しかし、現代ではフランス語では「ソース・キュイエール」英語でも「ソース・スプーン」と呼ばれている食器です。 本来の魚用のナイフと呼ばれていたのは、写真右側のような形状をしています。この「魚用のナイフ」は肉用のナイフ、また肉用のナイフの形状をそのまま小さくしたオードブル・ナイフ、デザート・ナイフとはいくつかの点で相違が見られます。 ひとつはナイフの刃の先端が尖っていること。もうひとつはサイズの割りに肉厚の印象を受け装飾が施されていることです。 実は先端が尖っているのは、本来調理された魚に残った小骨を取り除く為でした。また、什器の様式というのは18世紀以降、現代のような「コースメニュー」のように順番に料理を出す「ロシア式サーヴィス」の発展の経緯とともに肉用、魚用、デザート用と分化されました。 料理によって食器、シルバー類を変更するという点において、魚の身は肉に比べてデリケートであったのです。現代の様にステンレスと言う合金が生まれる以前、ナイフフォークの芯は鉄か、あるいは錫の合金でした。そのため白身の魚は食事をしているうちに金気が魚の身に付いて味が変わってしまいます。 味に影響を及ぼさない金属とは、当時知られたもので「金」と「銀」でした。双児のおばあさんではありません。きんさん、ぎんさん、…生きていらっしゃれば今年で齢120才くらいでしょうか。 話がそれましたが、金銀は現代でも歯の治療に使われるように味に変化を起こしません。現代においては同様に味に変化を起こさないもので、さらに強度なものとしてはチタンがあります。 金は比較的軟らかく(時代劇などで小判を噛んで、「本物ンだ」と確かめるシーンがありますが、アレは歯形が付くのです。)食事の道具に使うのは不向きでした。そのため、銀を表面にコーティングしたのです。西洋料理の食器、ナイフ・フォーク類をシルバーと呼ぶのはどうもここからのようです。 というわけで、魚のナイフには肉用のナイフに比べて、表面のコーティングにに多くの銀を用いました。その分、当時のブルジョア達は贅沢さをアピールする目的もあって魚用のナイフにはより多くの装飾を施したとも言えます。 さて、時代が下ってきて1960年代後半になるとフランスのフランス料理業界には新しい波が訪れました。「新フランス料理=ヌーベル・キュイジーヌ」の登場です。ヌーベル・キュイジーヌと今ではすっかり聞かれなくなりましたが、現代のフランス料理はこの「ヌーベル・キュイジーヌ」の洗礼を受けたものがほとんどですので、だからあえて言わなくなったというのが現状のようです。 ヌーベル・キュイジーヌはそれまでしっかりと重々しかったフランス料理を、軽く軽く仕上げるようになりました。魚料理においても大きな骨と格闘したり、力を入れて魚の肉を切る。というような事が食卓で繰り広げられる事は無くなって来ましたので、魚用のナイフも大きくて太い「柄」は必要無くなったのです。 また、軽くなった料理に合わせて、「魚に残った小骨を骨抜きで抜く」といった「丁寧な作業」も厨房で行われるようになりました。推察ではありますが、これは日本の調理におけるやり方だったと思います。情報の伝達がヨーロッパまで行き届いた事に発し、日本の寿司における「小骨を抜くという作業」また、骨抜きという道具が伝わったのでは無いかと考えられます。 そのため、魚用のナイフは小骨を除ける作業というものが無くなり、先端は丸くなって行きました。また、緩くなったソースをすくって口に運べるよう、その形状は、ナイフ・フォークが生まれる前に存在した什器「スプーン」にどんどん近付いていったのです(写真左側)。 ソース・キュイエールはその側面にナイフと同じようなくぼみが造られています。これが、もともとソース・キュイエールがナイフであった証として、今でもわざわざ刻まれているのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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