出会い 

ブル子とブルルが出会ったのは春である。

ある晴れた日曜日、わたしはバイトをしていた神戸のホテルへ向かう途中
阪急の夙川で甲陽園線から乗り換える時だった。

三宮行きのホームに、同じく甲陽園線から乗り換えたブルルが立っていた。

日曜日なのにブルーのボタンダウンのワイシャツにカーキのズボン、
赤と黄色の派手なネクタイに、茶色がかった髪に青いお目め。

見るからに英会話学校の教師、といった居で立ちでありながらも、
彼の周りだけ極彩色の好きな画家が修正したかのように、目立っていた。

信号カラーだったから、みんなの目が自然にそこへ行ったのかも知れない。

日本にいると、電車の何両目の何番目のドアから乗るか、とは重大問題である。
ブルルの前をわたしは横切って、さらにホームの先へ進む。

と、その時、パチッと目が合う。
ブルルが爽やかさ最強の微笑みを向ける。

デレデレとニタニタしているのではなく、一瞬だけ。

現役の外大生だったわたしは、外人の「ニコッ」には慣れていたが、
何人の女の子と関係を持ったか、を競っているバカ留学生の実態も知っていたので、
京阪沿線(というと大学がバレルが)で毎日見かける外人には超、超、冷ややかであった。
宿題や英語の本を広げていると「ハロー!声かけてー!」と見えるようで、
馬鹿にしてんのか、と思える程、声をかけられる。
実際それにホイホイ付いて行く女の子がいるから余計始末におえない。

電車の中で一人の時は、隅っこでカバーをした本を読みふけるか、寝たふりをして本当に寝てしまうか、だった。

地元で、週末で、しかも春爛漫。
それも手伝っていたのかもしれないが、その時のブルルの「ニコッ」は、
今までの誰の物とも違っていた。

わたしも一瞬だけ微笑み返すが、そのまま歩き続け、いつもの定位置に立ち、
ハンドバッグから本を取り出して、読みふける。

「キャー外人さんや、かっこいいー。英語教えて貰おー。」と言う感じのキャピった日本人を
はなから馬鹿にしていたし、毛嫌いもしていた。
日本人よ、もっとプライドを持て!と、外大で英語を学べば学ぶほど、
血液の中の大和撫子が首をもたげるかのようであった。

そもそも、日本へ来る外人は日本語を勉強してから来るべき、と思っていた。
日本人は国際社会のために英語を習得すべきであっても、
日本にいる外人に英語で話し掛けたりする必要は皆無!とも。

大学の友達とどっちが先に読破出来るか競争の様に読んでいたその本は、「スカーレット」。

森遥子さんが後に日本語に訳したが、映画でも有名な「風と共に去りぬ」の続編で、原作とは筆者が違うものの、
なんともドラマチックで引き込まれる内容だった。
その朝に限って、紀伊国屋でしてくれたカバーが破れて、裸ん坊だった。

梅田行きの特急車が通過する突風に顔を上げると、
さっきの外人がこちらへ歩いてくる。

わたしの顔を真っ直ぐ見て、さわやかに微笑みながら。
わたしの手元のでっかい本を時々覗くようにしながら。

わたしは、いつも見下していたキャピキャピギャルのように、ドキドキした。

わたしに向かって歩いてくるみたいだけど、
あの微笑は何なの??
ああいう顔なの?(そんなマヌケな!)

しかし残念ながらひねくれていて可愛くない性格の持ち主のわたし。
普段他のギャル達を辛辣に罵倒しているのも、
本当は素直で可愛い彼女らが少し羨ましいからなのかもしれない。

そういう訳で、どきどきしているのはおくびにも出さず、
到ってクールなブル子、
「何?なんか用?」
って感じでもう目の前に来ている青い目の青年をジッ、と見る。

「Hi. Do you speak English?」と彼はゆっくり、なんとも聞き易い、よく通る声で訊いた。
明らかにアメリカ英語だった。

「いいえ、英語は出来ないけどこうやってただ英語の本をボーっと見つめているのが趣味なの」
と英語でいってやろうかな、などと大学の外人講師仕込みのアメリカンユーモアとも関西のボケともつかぬ、
ただの意地悪のような考えが一瞬頭をかすめる。

そのとき、スムーズそうに微笑む彼の口元は微笑んでいても、
すごく真剣で緊張した目に気が付いて、
こっちまでやっと取り戻しかけた平静をまた失ってしまった。

「Just a little bit・・・.」
なんて蚊の泣くような声で言う自分が、自分で信じられなかった。


つづく


© Rakuten Group, Inc.