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昭和19年、アメリカはB29長距離爆撃機の行動範囲として、最良の日本本土空襲基地としてマリアナ諸島、特にサイパン攻略が実行されることになりました。
日本兵と米兵の激戦の中で、多数の民間人にも多大な悲劇がもたらされたことは、あまりに有名であり、かつ悲惨なものであることは、太平洋戦争を知っている方にとっては衆知のことでしょう。 この年の6/27、日本軍第317大隊600人によるアスリート飛行場への夜襲をおこない、日本軍は果敢な攻撃にも関わらず、少数であったために米国海軍に包囲されてほとんど全滅しました。これが事実上、日本軍の最後の組織的攻撃と言われています。 ついで7/6、サイパンの日本軍司令部は、死守を断念し日本防備隊、斉藤中将、南雲中将、高木中将、陸海首脳部が相次いで自決しました。ここがその最後の司令部跡です。 ![]() 入り口が残されています。 ![]() ここで斉藤中将、南雲中将、高木中将が自決しました。穴の開いた壁は艦砲射撃で壊されたものです。 ![]() 壁には未だに銃弾の跡どころか、銃弾がそのまま残っています。 ![]() 正面からはとても司令部には見えませんが、裏から見るとはっきり分かります。 ![]() 私たちには、想像も出来ないような戦いが繰り広げられたと考えると、思わず、身体が震えてしまいました。 [観光]カテゴリの最新記事
現実にまだまだ、戦争が行われているところがあると思うと、悲しい限りです。
硫黄島からの手紙を観ましたが、あのすさまじいシーンと同じような状況だったのでしょうね。 画面上でしか、私達は知りえませんが、こういう現実をずっと、伝えていくことは大切な事ですね。(2008年02月19日 06時25分53秒)
myalさん
その通りだと思います。日本は平和ボケといわれていますが、あのころ我々よりもっと若い人間が、お国のためと信じて、貴重な命を落としていったんですよね。改めて戦争の無意味さを思い知らされます。(2008年02月19日 23時14分59秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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