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テーマ:地方競馬(334)
カテゴリ:地方競馬
★騒擾の 昭和43年7月30日浦和8レース『アラブ四歳の条件戦』です。
■浦和暴動の火付け役となったレースであり、その場にもいたので明確?に覚えてい る。 関係者の記憶にはない競走だと思われる?。当時、家の近くの私鉄駅の新聞売店のオ ヤジやその仲間達(多くがヤーサン崩れ?)と地方競馬に行く事が、すでに楽しみに なっていたK少年は、この日もみんなで浦和競馬場に向っていた。違っていたのはヤ ーサン崩れ(ミスター日活)が「今日は、いい情報があるんだ。儲かるぞ!」と自信 満々(皆も)だったこと。昼前ついた競馬場は中央競馬がローカル開催だったことも あって人出は多かった。 目当てのレース専門紙やスポーツ紙では◎サブロク、○マックスホースとなってい た。ミスター日活が言うには(情報)「この◎も○もいらない!」だった。そこで皆 でお金を出し合って馬券で勝負する事に(K少年は学割?ということで500円を出 資)。出した結論は、「単騎で逃げられるイセサキオーからの流し馬券。もちろんサ ブロクもマックスホースも消してだ。当時の馬券は枠単の上に馬券の売る窓口が枠番 によって決まっていた。例えば1-2の馬券を買おうと思うと1-2の札がかかって いる窓口にいって買わなくては買えなかった。当然人気馬券の窓口は(競馬場の方で 人気を想定して窓口を増やしてはいた)大混雑。「混んでいたのですいていた隣の窓 口で買って穴馬券をゲット」という幸せ者もいたと聞く。 5から1236への馬券は混むだろうということから、オヤジ達が手分けして買い に行った。最低人気(エリカワ)への5-4はK少年が担当。窓口に行くと5-4の 窓口はガラガラ。K少年でも楽に馬券を買うことができた。 レースは予想通りイセサキオーの逃げで始まった。イセサキオー1頭が楽に先頭を 走っていて残りの馬は一団となって走っていた。と思う。楽に直線に入ってきたイセ サキオーは完全に逃げ切りの態勢だった。2着争いに注目が集まったが、後方の一団 からエリカワが抜け出してきて入った。ミスター日活はサブロクだけを見ていたらし くて「Aの野郎、サブロクを上手に馬群に入れやがって、3分3厘からも追ってねえ よ!!」と怒っていた(おまけで買ったような5-4が当ったのに怒っていた)。自 分も気になったのでサブロクをずっと見ていたのだが、確かにサブロクのA騎手はイ ンコースに入ったまま全く追う素振りすら見せなかった。ましてステッキなど飛ぶわ けない。マックスホースもサブロクをマークしたままだった。 売れていた1-2が消えたので、皆は「悪くても2~3千円はつくよな」。笑って いたし、場内のファンも「上手くやりやがったな」という感じでスジ馬券に乗り損ね たファンは誠に寛大だった。火がついたのは、配当金発表のアナウンスのあとだった。 「5-4で490円」と流れた瞬間、2着のエリカワの複勝が530円もついていると 言うのにである。場内には「おー!!!!!!!」という地鳴 りのような唸り声が響き渡った。その次の静寂の瞬間を逃さず、騒動屋の「八百長だあ~ !」「いいのかあ~」「燃やせ!燃してしまえ!!」の声が響く。即応するように騒 動屋の別行動隊が新聞紙に火をつけては次々に窓口に投げ込んでいく。穴場のおばち ゃんたちが飛び出してくる。その隙に現金を強奪する騒動屋の本隊。(中には煽動さ れたファンも多数いた)。 機動隊も出動する大騒ぎとなり、この日の9レースから浦和競馬は中止となり 8月1日、2日も開催中止となる。二千万円以上の売上金が紛失と手元の資料 にある。検挙者はたった18人(もちろんその中に騒動屋は一人もいない)。A騎手 は馬の全能力を発揮させなかった事で30日の騎乗停止。金子調教師は騎手訓練不適 正?で戒告、賞典停止30日の処分を受けた。このあと何十万レースを見たが、このよ うな騎乗ぶりは最初で最後であった。 このような記憶は無くしたいが、あまりにも鮮烈過ぎて消えないのだ。この年は4 月に川崎競輪で暴動が、5月には園田競馬で暴動があり各所で騒動屋が暗躍していた。 地方競馬の負の歴史の部分であるが浦和競馬を語るときなかったことには出来ない事件ですので取り上げました 。公営ギャンブル(地方競馬,競輪,)で騒ぐことをん生業としていた『騒動屋』が実在していたことなど信じられないことでしょうが、実在していまし た。それも軍隊のように班毎にきちんと仕事を割り振った大掛かりな組織だったと思います。 知っている人ももう少なくなってきていますので、なかったことにも出来ますが、それでは 「アラブ競馬廃止』の理論と一緒になってしまいますので …。 ■これも地方競馬の等身大の歴史ですので、あえて書きました。 ■この日のことを現体験していれば、第一回中央競馬招待競走」 での大幅な発走時間の遅れを<一大汚点だの主催者が馬券を売りたいがために発走時間を遅らせた>と酷評した競馬評論家と言われる方々の評論がいかに見当はずれだったかがわかる。 あの日の大井競馬場の『ファンが納得するまで馬券を売った』措置が適切な判断であったことも窺い知れる ------------- 園田、中京、浦和事件が続いたこの年一部では公営競馬の存廃が議論され、警視庁からも公営競技を掌握する中央官庁にたし、強い改善要望が出されたため『競馬の公正確保および紛争防止対策』を指示した。(局長通牒)平日10レース開催。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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