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カテゴリ:家族の風景
8月上旬、義父がなくなり、仕事との関係長期の休暇もままわらず、慌しい日程で京都に帰った。鬼嫁もこのときばかりは、結婚した当時の1人の娘となって、年老いた義父を見送った。初七日を終えて、小生はすぐに東京に戻ったが、妻と子達はそのまま京都に残って、大文字の送り火で、義父を見送った。
私達夫婦は京都で知り合ったが、結婚してからの生活は、東京・千葉・埼玉と移り住んだが、京都とは無縁であった。帰省で京都に帰ることはあっても、人ごみの多い京都は子供にはよくないと思い、また自動車で帰省してこともあって、混雑をさけるためにも。あえて大文字の時期を外していた。 子供達は、大文字を始めてみた。大文字の五山の送り火。お盆に迎えた先祖の霊を、また天国にお送りする、大きな儀式であります。五山に火が入り、右・左の大文字、法、妙、舟形、鳥居、と火が入る。古都京都を上げての荘厳な儀式である。京都の町並みも、明かりを消して、五山に集中する。 京都では、以前、京都の老舗ホテルが高層化するとして、京都市内のお寺の団体が大反対した。京都の景観が損なわれるとして、反対したのだ。京都駅を高層化したときもそうであった。 京都駅が高層化されると、南側からは、五山の送り火が見えなくなるのだ。 昔々、京都タワーができたとき、京都の人たちはこぞって反対した。ろうそくをモチーフにした京都タワーであるが、グロテスクで醜いというのだ。小さい頃、私も本当に「醜い」とそう思った。五重塔と京都タワーが写った絵葉書は醜さの象徴だと思った。まさに、とってつけたように京都タワーがあるからだ。 今、東京生活が25年になろうとしている。東京から新幹線に乗って滋賀を過ぎ、山科のトンネルを抜けると京都タワーが見える。・・・と妙に安心感が湧いてくる、京都に帰ってきたのだと。巨とタワーは私の中では、すでに京都の景観の一つである。五重塔との調和もなかなかなものだ。山科の天皇陵からみても、京都タワーのお蔭で、京都駅の位置がわかる。京都の象徴となった。 一方、高層化された京都駅は、風情もなにもない、ただ、機能とデザインを強調した建物にしか見えないが、やがて、五重塔とも京都タワーとも調和がとれて、無くてはならぬ存在になるのでしょうね。 年老いて、働くことを卒業したら、もう一度京都に戻って、新都市と古都とが調和する、その京都の移り変わりを、ゆっくりと見てみたいと思っています。 やがて、先祖の霊とともに御霊となって、京都タワーを目印に、京都に戻ってくるのも、行く末の楽しみにしたいものです。 京都 住むんだったら、北山や嵯峨野、東山がいいかな?いずれも落ち着いた街並みでっせ。 歴史と伝統の街、京都。でも、そこには、いにしえのころからの生活がある。住にあっても、歴史と伝統がある。落ち着いた街並み、落ち着いた風情。その中で、革新的な意識を持つ大学が多くあり、全国各地からの学生が、青春時代を京都で過す。生活を踏み外す者もいるが、京都の住民達はそれを温かく包み込み、学生達は京都に良い思いでをもって、また全国に散っていく。歴史と伝統が、革新的な意識を包み込んでいる。調和の街です。 なにやら、住んでみたい街の特集がありました。「○○に住んでみたい。」「あこがれの○○に住みたい。」「行ってみて住みたくなった街、行ったこともないけれど、住んでみたい街ってありますよね。」なんていっても、今実際に住んでいる人は、どう思っているでしょうか。 地元ならではの、「ここって住みやすいよね、ここは発展してるよね」という素顔の街の魅力を特集しています。一度、見てみるのもOKでしょう。特集トップページ 住まいを探すのであれば HOME'S が便利かな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.09.04 11:11:29
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