195431 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

milestone ブログ

milestone ブログ

イン ワンダーランド -6

~再びハートの世界~

どすんと降り立った私。毎回この瞬間は目が回って大変。森の小道だ。遠くに街が見える。

「あ、アリスじゃない。どうしたの?」

そう言って声をかけてきたのは茶色の髪は肩までで、丸く大きな目。笑顔が素敵なそう、萌えな彼女、ミクだ。水色を基調とした服に白いフリフリがついているワンピースを着てそこにいた。

「お久しぶり、ミク」

私はそう言った。ミクは私のカッコをみて言って来た。

「アリス、良かったら私の家に来ない。私の服で良かったら着て欲しいな」

私は自分の姿を見た。服は白だったワンピースはチェシャの血によって赤黒くなっていた。走り回っていたせいか泥だらけの髪。私はリリィがくれたポシェットに入れた銀の懐中時計を出した。ポシェットには不思議といつもチョコレートが入っていた。食べてもなくならないから不思議だった。温かさを感じた。いつでもリリィが近くにいるみたい。
私はちょっと笑顔になって時計を見た。時刻は5時を指していた。あのキングの庭園を出て2時間が経っている。ミクが話しかけてきた。

「もし急ぎなら呼び止めないけれど、どうするアリス?」

私はこくりと頷いた。そして、これだけは伝えた。

「このワンピースは、捨てないでね。私の思い出がいっぱいだから」

私はそれだけを伝えてミクの家に向かった。


久々に浴びるシャワーは気持ちよかった。どれくらい私はこの『ワンダーランド』にいるんだろう。
考えたこともなかった。長くそれこそもう何週間もいるような気持ちにもなる。けれど、ついさっきチェシャに名前をつけたかのような気にもなる。私は体を洗ってミクが用意してくれた服を着た。ミクが用意してくれた服は白を基調として水色のフリルがついたワンピースだった。ミクが話してくる。

「なんだか、つい同じような服を買っちゃうんだよね」

その気持ちはわかった。そういえば、私も気がついたら色違いや、ちょっとだけ形が違う服を買ってしまうことがある。私はチェシャがはかせてくれた赤いくつ、赤いリボン、そしてイアリングをした。着替え終わって、ミクをみたらミクも同じように赤いリボンをつけていた。ミクが話しかけてくる。

「ねえ、こうやって見たら私たち双子みたいじゃない?」

ミクは背丈も似ている。見間違える感じじゃないけれど、雰囲気が似ていると思った。
そう思うとなぜだか私に妹が出来たみたいに思えた。私はミクに笑いかけならが話した。

「ホント、双子みたい。魂のね。どこかで思いが繋がっているのかも。私もミクも」

私はそう言ってミクの部屋の壁にかかっている時計を見た。6時半をさしている。私は自分の銀の懐中時計をみる。懐中時計の時間は6時。ひょっとして、この懐中時計は壊れているのでは。私は怖さを感じた。私は多分この世界で会わなきゃいけない人物は想像がついていた。
「赤の女王」
ダイアの世界にはいなかった。右目のチェシャの、右目の渦に引き寄せられて赤の女王は赤の世界に飛ばされていた。ダイアの世界にいると思っていたがそこにいたのはジャックの心だった。ならば、赤の世界。そう、このハートの世界に『赤の女王』はいるはずだ。
私はミクに聞いてみた。

「ミク、このハートの世界に今『赤の女王』はいるの?」

私の問いかけにミクの表情はどんどん曇っていくのが解った。なんとも言えない空気。
ミクは重い口を開いてくれた。ゆっくりと。

「アリス。確かにこのハートの世界は女王が、クイーンが治めている。いや、治めていたが正解かも知れない。そう、私たちが開放された後にやってきてクイーンは別人だった。容姿は前のままのクイーンだけれど、何もかもが違っていた。アリス。赤の女王はあのお城にいるわよ。たぶん、会えると思う。すぐに」

そう言って、窓から丘にある城をさしてくれた。そこは、私がハートの世界で見た不思議な絵、あの絵が置かれていた場所にお城はあった。ミクが続けて話してくる。

「もしかしたら、アリスならクイーンを前のような慈愛に、そして威厳あるクイーンに戻してくれるかも知れない。私も一緒に行きたいけれど・・・」

そう言ってミクは困った表情をした。解っている。これは私がやらないといけないこと。
私はミクに伝えた。

「ミク、その気持ちだけでうれしいよ。ありがとうね。私は大丈夫。私は一人じゃないから」

私はそう言った。目を閉じればチェシャのぬくもりも感じられる。体は傍にいないけれど、心はすごく身近に感じられる。それに、ポシェットを見るとリリィも助けてくれるように思える。この服を見たらミクが守ってくれているように感じられる。

私はそう言って、ミクの手を力いっぱい抱きしめた。私はミクに伝えた。

「行ってくるね。ありがとう」

私は丘にある城に向かった。


高く聳え立つ城壁。でも、城門は開かれていた。二人のトランプ兵がいる。胸には2と3と書かれていた。トランプ兵は私を一瞬みたけれどそのままだった。私はトランプ兵に聞いた。

「ねえ、『赤の女王』はどこにいるの?」

トランプ兵は不思議なことを言って来た。

「もう、私たちの女王はどこにもいない。あんなのは女王じゃない」

2と書かれたトランプ兵はそう言って寝転がった。気力もないその姿を見て私はびっくりした。今までトランプ兵は襲ってきて、戦っているイメージしかなかった。けれど、目の前にいるトランプ兵はやる気も何もない。

私は仕方なく奥へと進んだ。荒れ果てた中庭。そこでボールで遊んでいる兵士、寝転がって本を読んでいる兵士。誰も私をとがめようともしない。更に奥に進んでいくと玉座が見えた。おそらくここが謁見室なのだろう。そこに前に出逢った『赤の女王』とは違って、黒ずんでいない真っ赤な、それこそ見たこともないくらい鮮やかな赤いドレスを着た女王がそこに座っていた。すぐ近くに胸にAと書かれたトランプ兵と11、13のトランプ兵がいた。
赤の女王はそのトランプ兵にこう伝えていた。

「それはお主たちに任せたんだ。わらわはしらん。上手くいかなかったのはお主たちのせいじゃ。わらわに何をもとめるというのじゃ」

すごくけだるく話してくる。私はあっけに取られた。あの私が見た、あのスペードの世界に居た『赤の女王』は何だったんだろう。

トランプ兵のAが女王に話す。

「どのようにすればよろしいでしょうか?」

必死に求めているトランプ兵のAにきれい過ぎる赤の女王はこう言い放った。

「わらわは知らぬ。責任はお主たちじゃ。わらわはもう部屋に戻るぞ。そんなことでわらわをこんなところに呼び出すんじゃない」

そう言って、奥へ消えていった。私が不思議そうに見ていると、トランプ兵の「A」が傍によってきた。

「こんなところを見せてすまなかった。女王は、前はあんな感じではなかった。前に『あいつ』が現れて、女王をそそのかして違う世界へ連れて行ったんだ。その後に戻ってきた女王はどすぐろく変わっていた。このハートの世界で慈愛に触れていくらかは黒いのは落ちてきたが、落ちきらなかった。女王はその時黒い自分を切り捨てたんだ。その時に女王としての威厳と責任感も切り捨ててしまった。今居る女王は何もかもから逃げているだけ。どうしたら前のように変わって下さるのだろう」

そう言って、トランプ兵のAは通り過ぎて言った。私は女王が消えた奥へ向かった。
階段があった。階段を登る。部屋の中からすすり泣きが聞こえてきた。私は扉をノックした。

「だれじゃ?」

女王の声が聞こえる。私は『アリス』ですと応えると、何も応答がなかった。
私はそのまま扉を開けた。そこにはベッドで泣いている女王が居た。私は女王に聞いた。

「女王、なぜ泣いているの?」

女王は話して来た。

「わからぬ。どうして泣いているのかも、どうしたいのかも。わからぬが涙が止まらないのだ」

私は女王に伝えた。

「みんなあなたを、女王を待っていますわ」

女王はさらにこう伝えてくる。

「ならばアリスが女王となればいい。わらわは何もしとうない」

私はその女王を見ていて思った。逃げているだけだ。でも、私にもその気持ちはわかる。責任あるものごとから逃げていた。流されるままにいて、何も考えたくない時だってあった。けれど、逃げ切れるわけでもない。いつかは対峙しないといけなくなってくる。
私は強く言った。

「ならば、ずっとそこで泣いているといいわ。泣いて、泣いて涙が枯れるまで泣いていればいいわ。それで世界が変わるというのならね」

私はそう言って、締め切られたカーテンを力いっぱい開いた。そこには中庭があった。
トランプ兵がボール遊びに夢中になっている。中庭も荒れ放題になっていた。

「アリス、カーテンを閉めてくれ。見とうない」

女王がそう言って目を覆い窓の外を見ないようにしている。私は続けて言った。

「逃げたって、目を閉じたって何も変わらない。悪化するだけ。逃げることなんて誰にだって出来る。でも、逃げ切れることなんてないのよ。いつかは対峙しなきゃいけない。泣いたって世界は変わってくれないのよ」

私は女王に言っているのか自分に言い聞かせているのか解らなくなってきた。私は黙って泣いている女王に伝えた。

「本当はどうにかしたいって思っているのでしょう。だから泣いているのでしょう。大丈夫、一人じゃないから。一緒に受け止めましょう」

女王はゆっくりと私を見つめた。けれど、何も話さない。私は更に伝えた。

「いい時も悪い時だってある。けれど、悪い時を否定するって自分を否定するのと同じことよ。自分が自分を受け止めなかったら誰が自分を受け止めてくれるの」

女王はゆっくりと口を開いた。

「わらわにまたどす黒くなれというの?」

わなわなと震える女王に私は伝えた。

「では、今の女王は今のあなたはきれいなの?私にはいびつな赤に見える。作られた赤。まるで存在していないかのような赤よ。それに赤黒いといってもずっとそういうわけじゃない。あなただって気がついているでしょう」

私の言葉に女王はゆっくりと頷いた。女王は話し出した。

「もう一度わらわを、いや私自信をを受け止める。けれど、切り捨てた私は一度倒さないと怒りを静めることなど出来ない。だから閉じ込めたの。アリス。一緒に来てくれる」

そう言って、女王が指差したのはこの世界の、そうハートの世界の最果てにある『終わりの始まりの塔』であった。私は「もちろん」と伝えた。それがどんなけ苦しい試練ということも解らずに。



私は女王と共に城を歩いた。毅然としたその姿勢に周りのトランプ兵の動きが変わった。
トランプ兵のAが近づいてくる。女王が話した。

「これから『アリス』と『終わりの始まりの塔』に行ってきます。皆さんは心を強く持ってください。私は決別した私を受け入れに行って来ます。皆さんはここで見守っていてください。そして、この城を元の威厳ある城に戻しておいて下さい。私は大丈夫です。『アリス』と共にいるのですから」

その声にAも他のトランプ兵は整列をして話を聞いていた。Aが私に向かって剣を差し出してきた。Aがいう。

「私たちの『アリス』ありがとう。この剣を連れて行ってください。女王の分けられた黒くなった女王の元に導いてくれます。ただし、ハートの世界の剣は全て女王を守るためのもの。もし、女王を傷つけようとしたならば、強い衝撃が攻撃したものを襲うでしょう。でも、この剣がないとあの『黒の女王』の元に辿りもつけない。私たちの『アリス』ならきっと大丈夫だと思います」

私はそのセリフの意味は全ては解らなかったけれど剣を受け取った。黒く、細い剣だった。受け取って、何かチェシャとは違う何かを感じた。剣には意思があるように思えたからだ。頭の中に声が響く。チェシャだ。

「全ての思いが一つになれば、、、
 、、、開けるから」

声は途切れ途切れにしか聞こえなかった。でも、チェシャの声が聞けて嬉しかった。
私は女王と共に『終わりの始まりの塔』を目指して歩いていった。

街を抜けて森に入った時に気がついた。そう、何かがおかしい。どれだけ歩いても遠くに見える『終わりの始まりの塔』に近づけないのだ。女王が話しかけてきた。

「アリス。このハートの世界はまたあの『彼女』が来たから歪んでいるの。多分あの『終わりの始まりの塔』がゆがみの元凶のはず」

女王が指差したその先には高く見慣れた塔が聳え立っていた。チェシャの声がした。でも、かなり小さい声。私は集中してチェシャの声を聞こうとした。

「僕らの『アリス』、、、
 、、、を信じて。剣を、、、」

私は剣を取り出した。脈打っている。剣は傍にある岩壁をさしている。ごつごつしている感じの岩壁。私は岩壁に向かって剣を振り下ろした。鈍い感覚が私の腕を襲うと思っていた。けれど、感覚は紙を切り裂いたかのようであった。目の前には精巧に描かれた絵があったことに気がついた。私はその絵をすり抜けて奥に進んでいった。剣が指し示す先を切っていった。それは岩肌の時もあれば、鬱蒼と茂っている草木の時もあった。暗い世界。
進めば進むほど光が射し込んで来ない世界に足を踏み入れていた。今までこんな事はなかった。女王が話し出す。

「もう少しで着くみたいだ。でも、かなり黒の女王の怒りが増幅されているみたい。『彼女』が来たせいなのかも知れない」

私は何人かの人がいう『彼女』が誰なのか気になって聞いた。でも、女王は何も応えてくれなかった。岩肌を、いや岩肌の絵を切り裂いた時に『終わりの始まりの塔』が見えた。なんだか黒く聳え立つその塔は、近寄りにくい雰囲気を出していた。私は怖かったけれど無理やり笑った。
そうだよね、チェシャ。私が不安になったらこの世界も不安になっちゃうものね。
私は笑顔で女王に言った。「行きましょう」って。
その時、塔の扉が開いた。そこからトランプ兵が出てきた。13体いる。ただ、そこに居たのは見たことがない真っ黒なトランプ兵だった。ハートのマークは見えるけれど真っ黒に、普段は白い部分も灰色のトランプ兵だ。私は剣を構えようとした。けれど、黒く細い剣のはずがやたらと重く動いてくれない。私は豊穣の盾で身構えた。
どこからか薄く光が射している。
私はその光で豊穣の盾越しにトランプ兵を見た。そこにうつっていたのは、あのスペードの世界で見た『赤の女王』が13体うつっていた。ただ、違うのは少しだけ体が小さいということだけだ。私はトランプ兵のAが言った言葉を思い出していた。

「ハートの世界の剣は全て女王を守るためのもの」

私は重くなりすぎた黒く細い剣を鞘にしまった。鞘にしまうと剣は軽くなった。どうやらこの『赤の女王』に剣を向けるだけで剣は言うことを聞いてくれないらしい。私は豊穣の盾で身構えた。黒いトランプ兵が襲い掛かってくる。私は囲まれないように逃げながら盾で剣戟を受け止めていた。受けながら、いつも右目のチェシャが私を守るためにこうやってトランプ兵を引き寄せてくれていたことが解った。守られていた。こんなにつらいのに何も言わず、いつも私を心配してくれていた。私甘えていたんだね。ゴメンね。チェシャ。私は戦いながら傷だらけにいつもなっていた右目のチェシャの辛さがわかった。盾で受け流している時に声がした。チェシャの声だ。でも、ほとんど聞こえない。聞こえたのは、これだけだった。

「、、、Aのセリフを、、、出して」

私はエースの言ったセリフを思い出していた。そうあのセリフ。

「ハートの世界の剣は全て女王を守るためのもの」

そして、この続きを。チェシャ。ありがとう。どんな時もチェシャは私を守ってくれているんだね。一人じゃない。私はそう思えた。ありがとう。私頑張るね。チェシャに会えるまで。私はトランプ兵を見た。剣戟が来る。盾で受け止めて、その剣戟を横に居たトランプ兵にぶつけた。その瞬間二人のトランプ兵が悲鳴を上げた。トランプ兵は気絶をして『赤の女王』に変わった。そう、Aが言っていた続き。

「もし、女王を傷つけようとしたならば、強い衝撃が攻撃したものを襲うでしょう」

そう、チェシャはこの事を伝えたかったんだ。私は女王に向かって話した。

「女王、今よ。この二人を受け止めて」

女王は走ってきて、倒れている二人の体に触れた。
その時倒れている二人はそのまま女王の中に吸収されていった。女王のあのキレイすぎる赤すぎる赤の色が少し変わった。私は前の赤より今の赤のほうが親しみがもてる。だって、前の赤は作られた歪なものに感じてしまっていたのだから。私はそれから、せまり来る攻撃を受けてはトランプ兵に当たるように受け流していった。最後の1体を倒した時には女王の赤はかなり見覚えのある赤色に変わりつつあった。そして、女王の表情にも変化が出てきた。前は自信がない、生気のない青い顔色をしていたが、今はそうではない。
私は女王に向かって言った。

「行きましょう。『終わりの始まりの塔』へ」

だが、女王は震えている。そして、聞こえないくらいの小さい声でこう言った。
「怖い」と。
私は女王に向かって伝えた。

「私だって怖いよ。でも、怖がっていたって何も変わらない。守られているだけじゃ世界は見えてこない。そして、変わってもくれない。自分で始めて向かい合ってわかることだってあるもの。女王が進めないというのなら私は止めないわ。でも、今動かないってことはまた一人っきりで泣き続けるだけの日々を過ごすだけよ。また戻りたいの?あの何も出来ずにただ泣いているだけの自分に」

私は女王に自分に言い聞かせているセリフでもあった。私はチェシャに甘えていた。用意された道をただ歩いているだけの今までを、そう今までを過ごしていただけなのかも知れない。チェシャが傍にいなくなって初めてわかった。私はどれだけチェシャを頼っていたのかを。待っていてね、チェシャ。私、チェシャに会えるまで頑張るから。
私は女王を見た。女王はゆっくりと言った。

「戻りたくない。もう泣いているだけの自分になんて」

私はそのセリフを聞いて女王の手を取った。そして、伝えた。笑顔で。「行きましょう」って。


「終わりの始まりの塔」に入った時、空気がやたら重く感じた。私は深呼吸をした。一歩、一歩階段を上に上がっていく。上に上がれば上がるほどまるで酸素濃度が低いのではと思うくらい息が辛く感じた。頂上の部屋について。こちら側から閂がかかっていた。
私は女王に向かっていった。

「準備はいい?」

なんだか、RPGゲームのラスボス前のセリフみたい。私はちょっと笑いそうになった。笑顔でいることは大事。不安は伝染しやすいから。私の笑顔に女王も安心したみたいだった。私たちは閂を外した。
瞬間。
突風が吹いて扉があいた。
中には真っ黒の髪、真っ黒のドレス、褐色の肌をした女王。そう、すでに黒に染まってしまった『黒の女王』が居た。『黒の女王』がいう。

「忌々しいアリスが、わざわざやられるためにやってきたよ」

雄たけびと共に渦巻く風が私たちを襲った。女王の手が外れて、飛ばされていった。
剣での攻撃じゃない。だから女王も攻撃をうけるのか。私は壁に打ち付けられながら下に落ちていった女王を見ていた。『黒の女王』が話してくる。

「お前が、お前がいなければ私はこんな黒に染まることなんてなかったんだ。『あいつ』も『お前』も一緒だ。『アリス』なんて忌々しいだけだ」

黒の女王はそう言って風の渦をいくつも作り出した。豊穣の盾を構える。豊穣の盾越しに見える『黒の女王』は不思議と赤いままだった。誰かが黒に染めたんだ。私はそう思った。『黒の女王』が風の渦を1つ、2つ、3つ私にめがけて投げつけてきた。この風の渦は盾で受けきれない。私は走って逃げた。だが、風の渦は追いかけてくる。盾で防ぐ。けれど、爆風に飛ばされただけだった。
柱にぶつかる。
このハートの世界の『ここ』にも女神像はあった。けれど、剣も盾もこの女神像は持っておらず胸だけを守っている鎧だけが目に止まった。風の渦が私めがけて襲い掛かってくる。また複数の渦だ。風の向こう側で『黒の女王』が笑っているのが聞こえる。
それとかすかにチェシャの声も聞こえた。チェシャの声はただ、「剣を」とだけ聞こえた。
私がもっているこの細く黒い剣は『黒の女王』には向けられない。攻撃することすら出来ない。けれど、私はそのチェシャの言葉を信じて剣を抜いた。不思議と重くなかった。
風の渦が私を襲う。
一つを盾で防いだ時バランスを崩した。右手で持っている剣が風の渦にあたる。その時、渦が切れた。私は思い出した。

「ハートの世界の剣は全て女王を守るためのもの」

風の渦は女王じゃない。私はさらに襲い掛かってくる風の渦を細い黒い剣で切り裂いた。
『黒の女王』が睨みながら私に向かってこう言った。

「大人しくやられていればいいものを」

そう言って、『黒の女王』の周りに風が渦巻き、その渦は右手に集まりだした。風の渦は剣の形になった。『黒の女王』がゆっくり歩いてくる。どんどんこの黒い細い剣が重くなってくる。私は剣を床に置いた。武器を探す。リリィからもらったポシェットの中に手を入れた。チョコレートとキトからもらった果物ナイフがあった。心もとないけれど、ハートの世界の剣じゃない。私は果物ナイフを握った。キトの顔が浮かんだ。なんだか笑顔になれた。盾を構える。『黒の女王』が剣を打ち下ろしてきた。私は盾で受け止める。強い衝撃が走った。その時声がした。チェシャの声だ。

「逃げて」

私は一歩後ろに下がった。上から風の渦が落ちてきた。危なかった。頭上を見るとまだ風の渦があと3つ浮かんでいる。『黒の女王』がにやっと笑って話してきた。

「アリス、気がついたか。でも、いつ落ちてくるかも解らぬ風の渦におびえながらこの剣に切られるがいいさ。お前のせいでこの世界は壊れていくのだからな」

私は柱を背にした。柱には女神の像があった。『黒の女王』の気合と共に当たりに風が吹いた。目が開けられない。その瞬間頭上から風の渦が一気に私を襲ってきた。
頭上の渦を盾で受けようと左手を上げた。
その時、『黒の女王』が私をめがけて切りつけてきているのが見える。盾を上に上げられない。私は柱をぐるりと回った。渦の一つが柱に命中した。女神の像が激しい音と共に崩れた。その時女神の像から光がさした。優しい光。
まるでこの黒く重い『終わりの始まりの塔』を元の状態に戻すかのような光だった。
光から銀の胸当てが現れた。キレイな銀色だった。胸当てはゆっくり私の体を覆い始めた。
『黒の女王』が言う。

「どうして、『女神の息吹』が『アリス』を認めるというのだ」

そう言って風の渦を作ろうと手を伸ばしてきた。けれど、私の身にまとった胸当てから優しい風が吹いて『黒の女王』の出す風を消し去っていった。『黒の女王』が手に持っていた風の剣も消えている。『黒の女王』の表情がどんどん険しくなり叫びだした。

「なぜだ、なぜ『アリス』だけが」

そう言って『黒の女王』は床に落ちていた細い黒い剣を掴んだ。一瞬チェシャの顔が見えた。声は聞こえなかったけれど、伝えたいことは解ったよ。私は深呼吸をした。
盾を構える。
『黒の女王』は私に細く黒い剣を振り落としてきた。盾で受け止める。力いっぱい。『黒の女王』が力で抵抗する。その感触を感じて、私は身を引いた。一瞬『黒の女王』がバランスを崩す。
その時、私は体を反転させて、『黒の女王』の肘を力いっぱい盾で押した。かすり傷一つでいいのだから。私は『黒の女王』に体当たりした。『黒の女王』がバランスを崩して、細い黒い剣を杖代わりにしようとした。私は剣先を力いっぱい『黒の女王』の足元めがけてけりつけた。細い黒い剣が『黒の女王』の足にかすり傷をつけた。

「ぎゃ~」

『黒の女王』は叫んでどんどんしぼんでいく。色が黒から赤に変わっていく。私は叫んだ。

「女王、今よ」

扉から女王が出てきた。女王が言う。

「ありがとう。アリス」

女王はしぼみ崩れた『赤の女王』を抱きしめた。女王は私が見たことがない『赤の女王』に姿を変えた。少し深い赤のドレス。赤い髪のその女性は威厳を感じる姿だった。
『赤の女王』は話し出した。

「アリス。ありがとう。私を救ってくれて。いや、このハートの世界を元に戻してくれて」

私はその『赤の女王』を見て笑顔でこう言った。

「上に、行きましょう。キングが待っていますよ」

私は頂上にあがり黒く渦巻く空を見た。『赤の女王』が言う。

「アリス、私は先に行っているね」

そう言って『赤の女王』は渦の中に消えていった。私はチェシャを思いながら渦の中に飛び込んだ。

[次へ]



イン ワンダーランド -7へ移動


© Rakuten Group, Inc.