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“今、ここ”にある至福を受け取る日記 [全461件]
フクを亡くした後は、本当に苦しかった。 後悔や自責は、何も受け取れなくさせるので、手放しましょう。 よく、私がお客さんやクライアントさんに言う言葉だ。 自分でもわかっているけど、もうどうしていいのかその時は、わからなかった。 フクを荼毘にふした翌日に、私はたまたまあるヒーラーさんのセッションを予約していた。 この方は、未来以外なんでも見える方で、本当は未来も見えてるんだろうけど、未来は本人の選択で変わるから、言わないだけなのだろうと思う。私がとても尊敬しているヒーラーさんの一人で、すごく予約が取りにくい方だ。この方は、なんでも見れるし、なんでもできるので、フクがまだ生きていたら、本気で治してもらおうと思っていたのだけど、ちゃんとフクが逝ってしまう日の朝に、 みなりっちさん、ごめんね。私に福ちゃんは治せないの。 と夢にその方が出てきて、おっしゃったので、あの人にもできないことはあるんだな~。とぼんやり思っていた。結果、もうセッションの日にはフクがこの世にいなかったので、治せないって、こういう事だったんだなと後で思った。 本当は、仕事の事やパートナーシップの事など、扱ってもらいたいテーマはたくさんあった。 でも、こんな状態なので、最近「死」に関する事が続いていること、その中でフクも死んでしまったこと。などを話した。 その時の私が感じていたのは、なんだか急に死というプロセスに巻き込まれて、気が付けば、今こんなに苦しくて悲しい。なんで?この一連の出来事を経験している意味が知りたかったので、そこを見てもらうことにした。 で、わかったこと。 それは、なんと 呪詛 だったのだ。 我が家に向けられた呪詛。 イノシシの肉に込められた呪詛を福助が全部引き受けてくれたのだそうだ。 もう2週間も前の話なのに、我が家はいまだイノシシの臭いが取れなくて、苦労していた。窓を全開にして空気の入れ替えをしても、臭うのだ。 まだまだ、禍々しいエネルギーが家中を覆い、私のオーラにも付着していた。 これだけ、大きな呪詛の影響を受けたのに、家族が無事なのは、奇跡的な事だということだった。 肉を持ってきた人物は、表層意識は善意だが、間違いなく、この家が倒れればいいのに。という意図をしていたのが見えるとのこと。そして、イノシシを笑いながら倒したので、イノシシの怒りがこの肉にもたくさん入り込んでいたとのこと。 このヒーラーさんは、クライアントの例えほとんど付き合いのない知人であっても、絶対に悪く言う人ではありません。だから、ものすごく気を使って、一言一言を大事に伝えてくれた。本当に見えているものを、正直に慎重に伝えるという感じだった。 この人物は、年に1度うちに来るか来ないかで、ほとんど付き合いもしていないのだけど、昨年の10月頃より、月に1度か2度続けて2か月ほど電話があり、 景色の良いところを見つけたから、遊びにいこう と父を誘っていたらしい。 母は、滅多に電話して来ない人がこんなに頻繁にかけてくるなんて、なんかおかしいと異様な感じを受けていて、父が行くのを止めたということだった。 うちは、なにもこの人物に恨まれるような事はしていない。 どうも、この人のDNA的なもので、常に誰かを妬み、気に入らなければ、動物を使い呪詛をかけて潰す。ということを、ずっとしてきているということだった。そして、この人物の後ろには、非常にネガティブな存在が憑いていて、手助けしているとのことだった。 傍目で、うちが幸せそうに見えたのだろう。 うちが狙われたからには、うちにも何かそのような者を受け入れてしまう、原因があるはずなので、そこを見てもらった。 時は、600年前に遡る。 その男の家系は、呪詛を扱う家系だったのだそうだ。 依頼があれば、動物を使って呪詛をかけて、敵を倒す。 昔は、警察も無ければ、法律がしっかりと決まっていた訳でもない。だから自分たちの身を守る為に、呪詛だったり、黒魔術だったり、そういう事をやる人や家というのが普通に存在する時代だった。 その男の家は、忌み嫌われていた。みんな困ったことがあると、頼るのだけど、それ以外は、表面でいい顔をしながら、とても怖れていて、影では、あの家は獣臭いだとか、悪口を言っていた。 うちのご先祖も、その男の家にけっこうお世話になりながら、その家を尊重せず、無礼なことをたくさんしていたようだ。 男の家では、怒り、嫉妬、恨みなどという、ネガティブで深いどろどろとした感情感覚が、祖先から受け継がれていった。自分たちは、呪詛を使いみんなを守ったのに、みんなは自分たちをバカにした。だから、邪魔してやる。潰してやる。という遺伝的思考が、どんどん受け継がれ、受け継がれれば受け継がれるほど大きく育っていった。 一方、その家を尊重しなかった私の祖先側では、実は自分たちが、酷いことをしているのをわかっていた。助けてもらった事もあるのに、陰で悪口を言ったり仲間外れにしたことに、罪悪感を感じていた。なので、あの家の者が何か自分たちに仕掛けてきたとしても、仕方がない。受けるしかない。という遺伝的思考がどんどんと受け継がれてしまった。 イノシシの肉が来た時、 激しい拒否反応を示したのは、母だけだった。 母には、受けなければならない。という遺伝的思考が無かったからだ。 呪詛の家のご先祖は、激しい怒りを持っていた。絶対に許さないって感じだった。 そのご先祖たちを光に還してもらった。 これで、双方の家に脈々と受け継がれてきた深い因縁は、綺麗になった。 私たちは、全くと言っていいほど、深い部分で、こんな条約や誓約、契約を結んでいたことに気づいてなかった。ご先祖から受け継いでいるものって、とてつもなく深くて、また簡単に気づいたりできなかったりする。 なので、今までもエネルギー的にずいぶんと足を引っ張られてきていたようだ。 もう、それらのネガティブな縛りは、無くなったので、すごく自由になったのだ。 そして、私たちの一族だけではなくて、その男の家もこの縛りから解放されたのだ。 そして、今後呪詛を誰もかけられる事は無いだろう。 そこに関しては、みんなが自由になれたのだという、喜びみたいなものもあった。 福助は、すでに上に上がり成仏し、今は守護動物のような形をとり、私たちのそばで、ずっと守ってくれているのだそうだ。 家族を心配していて、みんなを守れてよかったと言っていたそうだ。 自分はエネルギー体になって、みんなを守るけど、やっぱり肉体を持った存在はパワフルだから、できたら、また犬を迎え入れて欲しい。 そして、 フクの事を忘れないで としきりに言っていたそうだ。 生きていたころは、私がよそのわんこを撫でたりしていると、横でヤキモチ焼いて大変だった福助が、そんな事言っているのにも、びっくりしたし、福助に言わせると、肉体があると煩悩だらけだからね~と言うことだったけど、一旦成仏して魂だけになると崇高なんだな~と驚いた。そして、「忘れないで」という言葉に、涙が止まらなかった。 福助は、その男が来た時に、「自分が守る」と決めたのだそうだ。だから、イノシシの肉を食べなくても、先はあまり長くはなかったということだった。 それを聞いて、少し気持ちが楽になった。 そもそも、この日のセッションは、間違いからたまたま取れてしまったという、すごいタイミングでの予約だったから、ここで解放するようになっていたのだろう。 家系ごと縛り付けていた大きな物が解除された、記念すべき日だったかもしれないけど、その後、イノシシを持ってきた人物に対してのぶつけようのない怒りに、しばらくは苦しんだ。DNAがさせた事だというのは、わかっている。でも、悔しかったし、高い次元とつながっている時は、すんなり理解できても、この3次元のモードになると、ダメだった。
※ヒーラーの方に対するお問い合わせには、対応することができません。よろしくお願いします。
最終更新日時 2012年2月11日 3時17分46秒
ブログ読んでくださっている皆様、ありがとうございます。 自分を責めないでね~って、おっしゃってくださる方もいるのだけど、現在は、ずいぶんとそこから進んで、気持ちは楽になってきています。過去を遡って書いてるので、今の気持ちとは若干違うんです。寂しさや悲しみは相変わらずですが。 なんで書いてるのかというと、書くことで整理できるから。こうやって書いていくことで、楽になれるからかな。 今日は、シータヒーリングでお祈りしてもらったお蔭で、最後に私たちが経験した奇跡の話をしようと思います。 でも、細かいことは忘れてしまったので、私が祈ってくださった皆様に送ったメールをここで紹介します。
(以下原文のまま)
福助は、残念な事に、亡くなってしまいましたが、それでも最期の日に、あり得 以下、お祈りくださった皆様へシェアしたメールの内容です。 PS **さんの大切な方やペットが手術するとか状態があまり良くない
福助は、残念ながら天国に逝ってしまいましたが、その代りに彼はすごい奇跡を 福助は、12日の午後9時50分に息を引き取りました。 9日病院にて、胃の中の異物を吐き出させる事と、胃の幽門部分が異物で詰まっ 病院では、入れられたものをむにゃむにゃと食べ、その後嘔吐も無く、何より食 それを見て、野菜が詰まっていたのかと思い、これで楽になれる。少しずつごは 注)この時の福助は、1週間くらい何も食べることが出来なくなっていました。 10日の朝になり、様子を見に行くと、立ち上がることが出来なくなっていまし 11日相変わらず水も飲まず、嘔吐は続き体力の消耗だけが気がかりでしたが、 12日 朝起きるのが怖かったです。夜中の間に死んでしまったかもしれない。 「フクが、なんか大量に吐いとる。見てみて」 急いでフクの所に行くと、大量の化繊がボールのように、私の片手ひとつ分ぐら 嘔吐が落ち着いた後で、福助が自分からお水を飲みに行きました。 しかし、その後は、またも嘔吐が続き、苦しそうで、胃の中からは、まだあるか? 午後8時前。2階で仕事していると、福助の咳が聞こえました。また吐いている それから、しばらく吠え続けていましたが、私たちにも他に用事があるので、そ 力尽きるまで吠えて、最後の元気を振り絞るようにして、家族に向かって、「あ 私たちは、愛犬の最後を看取ることが出来て、死に際も家族で見守ることが出来 最期まで、本当にいい子で、亡骸となった後も、おしっこ、ウンチをしませんで PCが突然おかしくなったのも、私がPCに向かうと長いので、福助はそれを 今は、悲しくて悲しくて、もともとは私のミスが発端だったので、後悔もあり、 長くなり、すみませんでした。 私からも皆様に感謝と愛をこめて無条件の愛を送らせていただきますね。
最終更新日時 2012年2月9日 0時44分4秒
フクの闘病中、私は泣いてばかりいた。 病院の先生は、決してあきらめなかったし、とても希望を持たせてくれた。でも、潜在意識のどこかで、もうダメなんだと分かっていたのか、どうやっても涙が止まらないのだ。 でも、いいこともあった。 それは、多くの方に祈ってもらえたこと。 情けないことに、福助がそうなってからというもの、私自身が中心から外れてしまい、ヒーリングが出来なくなってしまった。 シータヒーリングの無条件の愛は、とてもパワフルで優しく、闘病している人や手術中の方に送ってあげると、寿命じゃない限り、たいていはうまくいく。 無条件の愛をその方の最高最善を祈りながら、送ると癌が消えたりするのだ。 つい、この間も知人のご親戚の方に卵巣がんが見つかり、20名で祈りのエネルギーを送ってあげたら、次の検査で癌が消えていて、医者がすごく驚いていたという報告を受けた。 そういう事が普通に起きたりするので、フクに無条件の愛を送って欲しいと、シータができる友人知人数名に声をかけた。 そのうちの一人は、アナトミーのクラスで一緒になっただけで、ほとんどお付き合いも無かったのだけど、たまたまその方が、NewYearでメールをくれていて、1年ぐらい前にその方の叔父さんが手術されると聞き、無条件の愛を送らせてもらったご縁で、お願いしてみたら、快くOKくれたばかりか、なんと彼女は、300名のシータプラクティショナーのメールリストを持っており、300名にお願いしてみてあげると言ってくれたのだった。 超びっくりした。 で、何日か続けて朝夕とグループヒーリングしてくださり、そのメールがまた別の誰かに転送され、その別の誰かがたまたま、シータインストラクターで、たまたまアナトミー開催中だったりで、受講生の方にもお祈りしてもらう事ができたりした。 そして、私がお願いした他の友人たちも、自分の友人知人でシータができる人に声をかけてくれて、まるでフクを通して祈りの輪がどんどん広がっていくようだった。 たかだか犬っころの事なのに、こんなに多くの人が祈ってくれる。 奇跡だと思った。 そして、同時に全く知らない他人様からの無条件の愛を本当に条件なしで、受け取る。 という経験を私も初めてさせて頂いた。 私は、自分も何かを差し出さなければ、受け取ることなんてできないと強く思い込んでいたのだけど、差し出すと受け取りやすくなるだけで、本当は無条件に受け取っていいんだ。ということをこの経験により、学ぶことができた。そして、無条件に差し出される愛ほど尊いものは無いのだということも知った。 福助は今思うと、やっぱり寿命だったのかもしれない。と思うのだけど、あれだけ祈ってもらったのに、残念ながら助からなった。 いつも、フクの周りには、みんなの祈りのお蔭で天使がいた。 私も見たし、エネルギーを送ってくれていた何人かも目撃している。 フクは、死んですぐに、上に上がり、成仏したそうだ。 たぶん、創造の源から派遣されてきた数体の天使がすぐに上に連れて上がってくれたのだろう。 だから、全く姿を見せない。 夢には出てくるけど、いつも脇役で出てくるだけで、夢の中で触れることもない。 創造主にアクセスしている時に頼めば、フクの姿を私は、見ることができる。そして話をすることも実はできる。 フクは、一度成仏した後、今は我が家の守護動物というか守護天使という形を取り、私たち家族を守ってくれているのだそうだ。 そして、実は、今回自分が死んだのも家族を災厄から守る為だったのだそうだ。 これは、私が直接フクから聞いたのもあるし、その前にある方に観てもらった時に言われたことだ。 この話は、また今度しようと思う。 でも、やっぱり魂レベルでは、納得できても、3次元の今、肉体を持つ身の私には、まだまだ諦めきれなかったり、悲しみと寂しさに耐えられなかったりするのだ。 仕方ない。 私は、人間なのだから。
最終更新日時 2012年2月8日 1時47分49秒
フクの寿命を縮めるきっかけを作ってしまったのは、実はこの私なんだ。と言ったら、みんな驚くだろうか。 後々になり、どれだけ後悔したか分からない。 時は、昨年末に遡る。 ちょうど、我が家の隣の家のおばあさんが亡くなりバタバタしている時に、それはやってきた。 何がやって来たのかというと、 その日に生け捕りにされ、さばかれたばかりのイノシシの肉だ。 電話があった時、母が異常に嫌がったが、父がOKしてしまった。 イノシシを捕獲した人物は、イノシシ捕獲の資格が取れたのだと、そればかり自慢していた。 直接受けとった母は、その人物が、ニヤニヤしながら、 あんまり、みんな喜ばんのんじゃけどね、焼き肉にしたらけっこう、食べれるけん。 と言いながら、自分の衣服をクンクンと匂い、 まだ、イノシシの匂いがついとる。さばいてすぐに持ってきたけん、血抜き処理しとらんから、綺麗に洗って、脂も取って、食べて。 と言ったその男を本当に気味悪い。と思ったそうだ。
この肉、気持ち悪い。捨てようか?
という母の言葉になんで素直にうなずかなかったのか、後悔してもしても収まらない。 母は、今思えばものすごく敏感で、母が嫌がることは、たいてい後でロクな事にならないのを知っていたのに。 私は、動物が大好きだ。 イノシシは、害獣かもしれないけど、山に食べ物がなくて、里に下りてきただけなのに、殺されてしまった。とてもじゃないけど、生命を尊重しているようには、その人物が思えなかった。 私は、イノシシを捕獲する仕事も、大切な仕事だと思う。だから、否定はしない。 でも、まるでゲームのように、生き物の生命を扱う人間は、絶対に絶対に、許せない。 私は、イノシシが気の毒でたまらなかった。 イノシシが、可哀想だと思った。 父もせっかく持ってきてくれたのだからと否定はしなかった。珍しいし、食べてみよう。ということになり、その肉の下処理を私も手伝ったのだが、、、、本当に気持ち悪かった。 その時点で、本当は私が気づかなければならなかったのだが、シータの技術を使い、その肉からネガティブなものを引き抜き、祝福したから、大丈夫だと思った。 で、網で焼いてみた。 肉の味は、けっこう美味しかった。 心の中で、祈りながら食べてみた。 でも、なぜか食べれば食べるほど、気分が落ちた。 家族全員の箸が止まった。 そこで、捨てればよかったのだけど、 またまた、イノシシが可哀想とか食べ物を粗末にするなんて、もったいないと思ってしまい、フクちゃんなら、食べるかな~と思った。 家族の誰も反対しなかったので、持って行ってみた。 普段滅多にお肉なんかもらえないので、喜ぶかなと思ったら、フクはあんまり喜ばなかった。 食べないと、どこか悪いんじゃなかろうか?と思い、食べろ食べろとやってしまった。 結果、フクは食べて、急性膵炎になってしまった。
大型犬の13歳(と9か月)での死は、大往生の部類に入ると思う。 でも、私は頑なに15歳以上は生きるのではないか。とほぼ確信に近い形で信じていた。 それくらい、福助は元気だったのだ。 老犬に、肉は禁物。 そんな事知らなかったし、自分の無知さに怒りが沸いた。 福助は、嘔吐し、食事を受け付けなくなったので、慌てて病院へ連れていくと、 検査の結果、急性膵炎になっている事が分かった。そして、甲状腺機能低下症もあることが分かった。 甲状腺機能が低下すると、胃腸の消化能力が落ち、コレステロール値が上がる。 フクにしてみたら、踏んだり蹴ったりじゃないか。。。。 もっと、早く病院で検査してもらっておけば良かった。 福助は、本当に体が強く元気だったので、大丈夫だと過信していた。 それに、なにかあったら私のヒーリングでどうにかなる。とも思っていた。思い上がりもはなはだしい。 今さら、なにを言っても、フクは帰ってこないのだから、仕方ない。 そこから2週間近い闘病の末、フクは逝ってしまった。 悔やんでも悔やみきれない。 激しい後悔と苦しみの始まりだった。
可哀想は、危険。 むやみやたらの可哀想は危険の2つ目の話とは、この事だった。 人に対する可哀想とか、憐みの感情は、自分でワークして最高最善に変えていたので、自分は、大丈夫だと思っていた。ところが、動物に対しての可哀想は、全くの盲点で、そこに関しての私の観念は、まったく変えていなかった。 後悔ばかりの私。 しかし、後々になり、今回の一連の流れが、魂の壮大な計画の一部であることを知ることになるのである。
最終更新日時 2012年2月8日 1時11分15秒
フクが、我が家に初めて来た日。 父はふて腐れて口をきいてくれなかった。 要は、事前に相談もなく連れて帰った私に対して怒っていたのだ。 母も、あまり歓迎してはいなかった。 でも、やっぱり子犬の可愛さに負けて、飼うことを許してくれた。 福助は、慣れない初めての家で、不安そうだったけど、ごはんをモリモリと食べて、すやすやと良く眠った。 そして、翌日の夜には、すっかり我が家にも慣れ、スライスチーズ2枚でお座りも覚えた。 生後1か月半だったのに、なかなかに賢い犬だと思ったのを覚えている。 フクが庭に出て、初めてうんちをした日、私が帰宅するなり、母がはしゃいで教えてくれたのを思い出す。 大人になった福助の特技は、散歩中にしたうんちは、袋にまとめてやると自分で持って帰る、それから、普通にお座り、お手、ねんねころん、スカートめくり(特技か?)くらいなもので、芸に関しては、ほとんどレパートリーは無かったけど、人の言葉は良く覚えていたし、何より私たちの気持ちが、本当に良く分かる犬だった。 13年の間、遊びに連れて行ったのは、数えるほどしかなかったけど、散歩は朝晩どこまででも元気に歩く犬だった。 家の周りの徒歩圏内は、ほとんど一緒に歩いているため、外に出るのが辛くなってしまう時がある。ま、これには慣れるまで時間がかかるだろうな。 福助を連れて歩いていると、いろんな人からよく声をかけられた。 近所付き合いが苦手な私もフクが一緒だと、コミュニケーションを取りやすかった。 難しい顔をして歩いている人も、フクが袋を持って、歩く姿を見て、 プッ と吹き出し、 「犬がなんか持っとる」 と笑ってくれた。 子守りをしたこともあったし、わざわざフクに会いに来てくれる人もいた。 なので、フクが死んだ知らせを受けて、近所の人も悲しんでくれた。 いつも、のんきに眠り、たまに、仕事のつもりか隣のマンションに車が来たら吠える(おい、そこは圏外だってば!)朝夕決まった時間に散歩に行き、ごはんもしっかり食べる。たった、それだけなのに、その存在だけでフクはみんなから愛された。 私の人生から、フクが消えた・・・・。 今でも信じられないような気がするし、やっぱりもういないんだ。と思える時もある。 思い出は山のようにあって、そのすべてを記憶の保管庫に飾っておきたい。 フクがいなくなるなんて、いずれ迎えるその日があるのは、わかっていたけど、まだまだ先だと思い込んでいた。 私にとって、福助という存在は、愛そのものだった。 フクと出会うまで、私は「愛」って、よく分かっていなかったと思うし、感じるのが怖かった。 でも、フクにだけは、無条件に愛を感じてもいいんだ。となぜかOKを出すことができた。 それは、母性的な愛であるように当時の私は感じていたのだけど、 本当は、もっと深い所にある自己愛を福助に投影し、フクを通してやっと自分を愛せていたのだと思う。 きっと、私はフクを通して愛を見出さなくても、ちゃんと自分を愛せたり、愛を受け取れたり、差し出したりできるようになったので、フクはお役目の一つを終えることができたのかもしれない。 フクが来て、当時みんながてんでバラバラだった家族が一つになれた。そして、「歩く」という習慣をプレゼントしてくれた。 そして、無条件に愛してくれて、無条件に愛を受け取ってくれる。という体験を毎日させてくれた。 これって、物凄いこと。 13年もの間、毎日これが潜在意識に積み重ねられるって、素晴らしいことだと思う。 無条件に愛し、受け取る。人間もできるけど、その日の気分があるので、変わらずにはできない。 犬だから、可能であり、私たちも照れることも反抗することもなく、素直に受け取れた。 だから、愛そのものの福助がこの世からいなくなった時、なんとも言えない空虚感と悲しみで、泣き暮れた。 今は、だいぶ泣かなくなったけど、やっぱりこうして思い出していると、フクの体に触れられない悲しみ、寂しさにどうしようもない気持ちになる。 もう、どうやっても会えないんだ。という事実と直面する度に、小さな子供のように地団駄を踏んで懇願したくなる。 神様、お願い。 タイムマシンを早く作ってください。
最終更新日時 2012年2月7日 3時26分10秒
フクちゃんが死んだ。 フクは、うちの大事な大事な可愛い犬だった。 最期を看取る時は、本当に辛くて、今でも思い出しては、毎日泣いてしまう。 お蔭で、泣いてなくても、私は、泣き顔になってしまった。
最近、流行ってるからいいじゃないか。
それは、困り顔だよ!!!
そう、泣き顔でも困り顔でもなく、私は笑顔になりたいのに、まだ少し時間がかかりそうだ。 天国に逝って、まだ1ヵ月経ってないんだもんな。いいよね?泣いたって。
フクは、1998年4月15日生まれの元気な雄犬だった。 岡山県に新見市というところがあり、そこで生まれたゴールデンレトリバーで9匹兄弟のうち4匹が雄で、私と当時付き合っていたボーイフレンドが見に行った時は、すでに雄が1匹売れていた。 雄を希望していたので、3匹を子犬のいる囲いの中から出してもらい、どの子がいいかな~。と選んでいたのだけど、どの子も足が太くて、しっかりとした子犬で、好奇心旺盛で、可愛かった。 犬を飼っているそのお宅は、山の中にあった。本当に山の中で、ご主人と奥さんと1歳ぐらいの赤ちゃんがいるおうちで、子犬もたくさんいて、にぎやかだった。 3匹の子犬は、しばらく私たちの周りをぐるぐるしていた。彼の靴ひもを噛んでる子もいれば、いろいろで、そのうち1匹は、そのお宅の法面の方向ばかりに行き、短い足で踏み外しては、下にコロコロと落ちる。ということを繰り返していた。そして、落っこちる度に、その家のご主人が拾いに行くのだけど、しばらくするとそこまで歩いていき、また落ちる。 私たちに興味があるのかないのか、よく分からない。変な犬。 と思っていたら、なかなか決められない私に向かって、彼が、 おい、あの落っこちるばっかりの犬にきめたら? と言ったのだった。 私は、その当時は、ものすごく慎重に物事を決めたり、選んだりしていたので、何を決めるにも時間がかかった。彼は、いい加減、飽き飽きしていたのだろうと思う。 で、けっきょくどの子も同じぐらい元気だったので、その落っこちるばっかりの子犬を頂くことにした。 それが、福助との出会いだった。 私は、名前を福助にすると決めていたので、子犬と一緒に彼と車に乗り込んだ途端に、嬉しくて、 福ちゃん と呼びかけた。 そしたら、運転している彼が、びっくりして、引いていた。(先に言ってなかったからね) で、肝心のフクは、 知らん顔 だった。 あの時は、これから共に過ごす楽しい時間の事しか考えられなかった。 そりゃ、そうだよな。 だから、育てもできるし、家族になれるんだ。
最終更新日時 2012年2月4日 22時6分20秒 |一覧| |