*モナミ* SMAP・映画・本
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『裸足の1500マイル』 1931年、西オーストラリアのジガロング。 14歳のアボリジニの少女モリーは、8歳になる妹のデイジー、 従姉妹で10歳のグレーシーたちと楽しく平穏な毎日を送っていた。 ところがある日、アボリジニ保護局の人間がやって来て、 政府の政策に従って彼女たちを拘束、母親から引き離し、 施設に強制収容するのだった。 粗末な環境下で、白人社会へ適応するための、 厳しい教育が始まる。 たまりかねたモリーたちは、厳重な監視をかいくぐり脱走する。 延々続くウサギよけフェンスの先にある母の待つ故郷へ向けて、 1500マイルの遥かなる旅路を歩き始めるのだった。 「原始的で野蛮な生活をしている原住民」との混血児を教育し、 白人社会に適応させること、それが彼らにとって幸せなことだ。 後からやって来たくせに、なんとまぁ勝手な言い分だ。 と、今の時代に生きる私たちは、そう思うことができる。 しかしその時代、それが本当にアボリジニたちにとって、 アボリジニと白人との間に生まれた子にとって、 幸せなことだと信じて疑わなかった白人たち。 オーストラリアのアボリジニたちだけでなく、日本のアイヌや、 アメリカのネイティブ・アメリカンやエスキモーや、その他、 もっと多くの「原住民」たちが、「文明化」という名のもと、 その文化を奪われたり、生活を奪われたり、生命を奪われたり、 してきたという事実。 その中には、幼い子供たちもいて。 不幸な混血が増えている、これを抑えるためにはどうすれば? って、白人男を去勢すればいいんだよ。 「原始的で野蛮な生活をしている原住民」って、 幼い子供を親から無理やり引き離し、劣悪な環境に押し込め、 男たちの慰みものにしてるのと、どっちが野蛮なんだ。 なんて、じゃぁお前は差別したことないのか?考えたことないのか? と問われたら「ない」とは言えない私がこれを見て怒りを感じるのも、 偽善ぽいかもしれないけれど。 脱走した少女たちを追いかける追跡人。 幼い子供、しかも同じ民族なのに、それを追いかけ捕まえるなんて、 なぜそんなことができるのだろう? しかし、少女たちを待ち伏せするテントを引き上げると聞いた時の、 彼の表情、それは、自分の娘も収容所に囚われているという、 抗いようのない状態から来た行動だったんだと。 彼もまた、白人たちに囚われていたんだと。 気の遠くなるような長い長い旅。 少女たちの足では、とてもたどり着くことなど不可能に思える、 過酷な旅。 方角も分からない中、追っ手をまき、ただひたすら歩き続ける。 なんとしても、幼い妹と従姉妹と一緒に母親の元に帰るんだという、 その強い意志だけが、モリーの足を動かすかのように。 守り神の鳥が見守る中、親切な白人や同胞たちに助けられ、 モリーとデイジーの旅は終わる。 しかし、母親が迎えに来ているという言葉を信じたグレーシーは、 施設に引き戻され、結局この地に戻ってくることはなかったという。 砂漠の奥地へ移り住み、2人の娘を産んだモリーも、娘たちとともに、 再び施設に送られ、下の娘だけを連れて再び歩いて戻ってきたという。 しかしその下の娘もまた施設に送られ、再び会うことはなかったという。 全て、実話。 巨大な大陸の端っこにぶら下がっているのに、今まで運良く、 占領も植民地化も分断もされなかった奇跡の国、日本。 単に運が良かっただけで、もしかしたら私たち日本人も、 迫害され洗脳され、「文明化」させられていたかもしれない。 そう考えると、マイノリティへの迫害だとか差別だとか排除だとか、 他人事のように思えないと思った、映画でした。 『裸足の1500マイル』 著:ドリス・ピルキングトン
【参考】 裸足の1500マイル 公式サイト
『パッセンジャー』 Passengers 2017.04.01
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』… 2015.08.30
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』… 2015.08.29
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