美しき心の国に「ヤマトタケル」スーパー歌舞伎
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」をシネマ歌舞伎で鑑賞。大まかな流れは、こちらで。
まず、(映像が)地球ではじまって地球で終わる、というところに深いメッセージ性を感じました。
題材が「古事記(のヤマトタケル伝説)」なので、神話や伝説といったものをどう現代の観客に伝えるのか、という点で、簡単では無かったと思うのですが、繋がってきたもの、受け継がれてきたもの、私たちの文化や営みの中に確かに息づいている何か、そういう大きな流れを(私は)感じ、感動しました。初演は昭和61年ということで、演出がどの程度変わっているのかが少しばかり気になりますが。(地球の映像があったのか…など)今回シネマ歌舞伎として上映されたこの「ヤマトタケル」は2012年versionということで。《新橋演舞場における、猿之助の二代目市川猿翁、亀治郎の四代目市川猿之助、香川照之の九代目市川中車 襲名、中車の子息 五代目市川團子の初舞台で上演され、日本中を席巻した『ヤマトタケル』がふたたび映像でよみがえります。》シネマ歌舞伎「ヤマトタケル」公式HPとあるように、一門の襲名という大きな区切りに選ばれた演目という点でも、テーマとしての繋がりを感じます。歌舞伎の襲名の口上を初めてきちんと聞いたのですが、歌舞伎の世界に詳しくない上、全く関係のない一観客の私でさえ、ただ事ではない、これはとてつもなく重大なことなのだ、と理解できるほどの身が竦むような空気感があり、名を継ぐということの重大さや責任の重さを体感しました。(スクリーン越しでさえこの緊張感なのだから、生で観劇された方は・・・、想像を越えますね)今回、スーパー歌舞伎というものを初めて観たのですが、迫力満点で演出が豪華だな、という印象で。戦闘シーン、火の中や海の場面など、見所が満載で、圧倒されっぱなしでした。ストーリー展開も、あぁこういう風にまとめるのか…!と。原作(原文?)を読んでいる者として、こういう流れにできるのか!と感動しました。小碓命(ヤマトタケル)を演じた市川猿之助さんは、初めて拝見したのですが、俊敏でとても動きにキレがあってテンポの良いお芝居をされる方だな、という印象でした。ヒーローだけれども、物語が進んでいくうちにヒーローでなくなっていく(という表現が正しいか分かりませんが)、闇(欲望)に浸食されていく過程が分かりやすく描かれていて、ただの悲劇の英雄ではなくひとりの人間としてのタケルが見えたように思います。父に認めてもらいたい、期待に答えたい、良い息子でいればいつか父は認めてくれるはず、愛してくれるはず…。という想いが、どんどん歪みとして現れ、闘いたくないのに、都に帰りたいのにそれが許されない…辛さ、やり切れなさが彼を浸食していく。
表面では、闘いに勝ち続けていく中で(自分の力で勝利したのだという)傲慢さが出てきて、それが原因で…という流れでしたが、私はその裏にある葛藤をとても感じました。もう進み続けるしかない、闘い続けるしかない、けれども、いつも心の中には父や故郷への恋しさがあって。ラスト前のシーンでは、本当に本当に帰りたかったのだな…という想いが伝わってきて、切ない気持ちで一杯になりました。有能すぎるあまり父に疎まれる子、というテーマの他にも、隠れたテーマが色々ありそうな本作品。その中でも、ラスト近くででてくる、「美しき心の国に」という(ニュアンス)の言葉。そして、古事記(歌謡三一)でヤマトタケルが詠んだ“倭は 国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 倭し うるわし”(大和の国のすばらしさ。姿かたちの美しさ。重なり合える山並みに、青い垣根の山並みに、こもれる大和うるわしき)(現代語訳は角川文庫の古事記より)という和歌。日本がいつまでも、美しい麗しい国であって欲しい。という、作者の想いが伝わってきて、ジーンと胸が熱くなりました。あそこで、この和歌をもってくるとは…、なんと絶妙な。記紀歌謡の中でも、特に好きな歌なので、感動もひとしおでした。また、一番の見所と言われるクライマックスの宙乗りは期待通り良かったのですが、できれば生で観たかったというのが正直な気持ちです。それよりも、弟橘姫(おとたちばなひめ)役の市川春猿さんの声の美しさがとても印象的で、鈴の鳴るような美声がとても魅力的でした。女形さんも勿論男性なので、無理に裏声で出しているな…と感じる方もおられる中、春猿さんは極めてナチュラルで聞きやすい声で、まさにヒロインに相応しい美声でした。他にもどのキャラクターも、豪華で見所満載。帝役(小碓命の父)の市川中車さん(香川照之さん)やその息子の市川團子くんも、違和感なく務めておられました。子役さんは出てくるだけで、場が和んで良いですね。(ありきたりな感想ですが…)可愛かったです…!本作は220分もある超大作。観ているだけでも疲れてしまうのに、役者さんたちの大変さを思うと…。特に主演の市川猿之助さんは、もうどれだけクライマックスシーンがあるの!という位、出ずっぱりで動きっぱなし喋りっぱなし!舞台上で倒れてしまわないだろうか、と心配になる程の大活躍でした。最初から最後までずっとフルスロットルで(熊襲征伐や弟橘姫の入水などなど見所が沢山!)、中だるみも感じずあのキレを保ってラストの宙乗りまで。まさに"翔け"ぬけるようなお姿でした。次回は、古典歌舞伎で拝見してみたいな、と密かに思っています。早く南座の修復が終わって欲しいですね。