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ながやだがやさんのお買い物雑記ブログでしたが宮城県情報をメインに記載します。 [全515件]
昨日は32度という暑さだったのに、今日はいきなり18度位迄気温が下がってしまいました。 今日の最高気温が26度との事でしたが、それは朝の気温で、日中はかなり涼しかったです。 先週の月曜日から、本塩釜駅前のセブンイレブンの前の信号が復旧しました! 徒歩で渡る時に、ずっと交通整理をされていた、山口県警・鳥取県警・神奈川県警の方々、半年間お疲れ様でした! その信号が復旧する、3日位前にランプの付いていない信号機に「工事中」の札が下げられていました。 その3日後位に信号が復旧しました。 昨日はザ・ビッグ(元マックスバリュ)の前の信号機と多賀城市内の信号機(すみません。どこだったか忘れました。)の2機が上記のような状態になっていました。 新しい、ピカピカの信号機! 明日あたり、復旧しているかもしれませんね。 最近テレビで、9月9日現在、被災3県の被災信号機の9割がまだ復旧していないという情報を知りました。 でも、このように少しづつ信号が復旧してきているので、信号を作る部品や人材が安定して来たんだと思います。 身の回りの工事ラッシュは、そろそろ落ち着いてきましたが、ヘリの音はまだ聞こえます。 七ヶ浜町の北東部の状況ですが、瓦礫がある程度片付けられ、家の建て替えをしている家庭がぼちぼち出てきました。 塩竈市の中心部では、被災したお店や古い家屋の解体が進んでいます。 震災の爪痕はまだまだ残っていますが、段々良くなって来ている街を見ながら、これから先の明るい未来に期待している今日、このごろです。
最近、震災関連の本やDVDがザ・ビッグの2階の本屋さんに沢山並んでいました。 入手困難だった本も、今では簡単に手に入ります。 にほんブログ村
前回の記事で、「東北厚生年金病院で救援物資を配っている」お話をしましたが、ぼちぼち少なくなって来ました。 もうそろそろ終わりかもしれません。 7月13日の水曜日にハンガーが片付けられて以降、15日に見てもハンガーが出て来ません。 衣類や小物を置くテーブルが有るので、まだ受付はされていそうですが、今度担当の方に聞いてみたいと思います。 私は6月から7月の間に、約8着×4回位衣類等を寄付をしましたが、置くとすぐに無くなったので、嬉しく思っていました。 「どうか、本当に困っている人が持って行ってくれますように!」と祈る気持ちもあります。 実はまだ夏物と秋物があります。 私の友人も寄付する予定があったので、無くなったとしたら残念ですね。。 5月には水や衣類や靴、6月には新品のタオルやバッグ等の小物と衣類、7月は殆ど衣類のみでした。 6月には東京からの応援メッセージに加え、プリザーブドフラワーが飾られていました。 下旬には小物を置くテーブルが追加されていました。 7月には愛知県からの千羽鶴…励ましの意味と七夕飾りになりますね。 病院独自で、七夕飾りも15日から展示しています。 毎年願い事を書く短冊があるのですが、今年はどうなるんだろう…。 未だに短冊が置いていませんが。。 書くとしたら、短冊の内容は、震災復興がメインになるでしょうね。 ちなみに仙台七夕は旧暦で行なうので、宮城県では8月6~8日に向け七夕飾りが多く飾られます。 最近の仙塩地区ですが、ヘリが飛んでいる音が段々減ってきているように思います。 毎日地鳴りがする程、ヘリが飛んでいたのですが、最近は気づかない日もあります。 仙石線はあおば通駅から高城町駅迄通っておりますが、朝の忙しい時間帯の1本を減らされ、ちょっと辛いです。 震災前はその減らされた1本が混雑しているので、わざと次に乗って悠々出勤してしたのですが、今はギュウギュウ出勤です。 昨日から矢本駅から石巻駅の区間の運行が再開したので、後は高城町駅から矢本駅までの区間ですね。 本塩釜駅前の信号ですが、未だについていません。。 最近まで、山口県警や鳥取県警の方々が数人体制で交通整理をしていたのですが、神奈川県警の方々にバトンタッチしていました。 暑い中の交通整理お疲れ様です。 信号が未だにつかないのは、信号を作る材料の不足と、作る会社が被災したとの噂です。 家の回りでも震災関連の工事が沢山行なわれています。 うちでもトイレや天井等を修理したいのですが…工事ラッシュが落ち着く迄我慢します。 うちにとって優先的に修理が必要な、トイレの写真を掲載して、お別れとします。 まだまだ修理必要箇所はありますが、それはおいおい…。
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今から3~4週間前から始まったみたいですが、東北厚生年金病院の正面玄関から入って奥の方で、救援物資を配っていました 。 配る…というか、欲しい方はどうぞ持って行ってくださいという感じでしたね。 職員さんに聞いてみると、毎週火曜日から金曜日に開催中との事です。 始まった頃は水等も届いていましたが、今有るのは衣類が多いです。 赤ちゃん用の衣類も有りました。 心温まる応援メッセージも、近くの机に置かれていました。 職員さんからの寄付も含め、色々な所から集まってくるらしいです。 私も夏物衣料やバッグ等を寄付したいと考えております。 家が流されてしまった知人用に取って置いた、衣類等があるのですが、色々な所から集まってくるらしく、「要らない」との事でしたので、個人的に誰かに渡すよりも、人が多く集まる所に渡してしまった方が、良いかもしれません。 ただ、注意すべき点は、避難所などに寄付された衣類が誰にも手に取られず、結局不要になり、大量に捨てられてしまっている現実があるので、寄付する方としても厳選する必要が有ると思います。 私の知人・友人・親戚の状況としては、家が流されてしまった世帯が5件、1階が浸水してしまい、親戚の家等の別宅や2階での生活をしている世帯が6件です。 知らないだけで、もしかしたら、今でも大変な思いをしている友人がいるのかもしれません。 流された世帯の中で、アパートへの入居が決まった世帯は、知っている限りで2件ですが、ご家族が多い世帯は家族バラバラで住まいを借りたそうです。 4月下旬から最近まで、数回に及び多賀城市、七ヶ浜町、宮城野区等を車で回ってみましたが、テレビで報道されていないだけで、まだまだ通常の生活には戻れない状態です。 瓦礫や流された車も徐々には片付けられていますが、あまりの量に処理しきれていない状態です。 まだまだ、東北には支援の手が必要ですね。。
生地も良いらしく、評判の商品です。 楽天イーグルスの応援Tシャツでも、こういうチャリティーTシャツを出して欲しいですね。
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4月19日から東塩釜迄、仙石線が通るようになりました。 その日から、平日のみ今日迄で9日間、パート先に出勤しています。 19日初日の朝は定期券売り場に行列が! 震災で、定期が切れてしまった人等が沢山並んでいました。 その日は1本早い電車に乗ったのですが、空いていました。 その日はまだ、学校も始まってなかったし。 石巻方面から東塩釜迄バスが出ているので、震災前よりも混んでいると思ったのですが。。 その日は西塩釜から下馬駅の間を徐行運転していました。 前日に試運転をしているのを見かけましたが、危険を回避出来る様に、19日も安全運転でした。 帰りは中野栄駅から多賀城駅迄、徐行運転をしていました。 それと多賀城駅は高い位置に有るので、津波の跡が見られるのかと思いましたが、地震の為に落ちそうな瓦屋根にブルーシートが掛かっているのが見えるだけで、津波の跡は見られませんでした。 その日の帰りに、震災の為に運休していた期間を伸ばしてもらおうと、定期券を持ち、窓口に並びました。 私の定期は5月17日に切れる予定なのですが、その日が過ぎ(定期が切れ)てから、運休分の払い戻しをしてくれるとの事でした。 通勤の為に常に利用している場合、定期が切れてからじゃないと、処理が出来ないみたいですね。 次の日からは震災前に乗っていた時間の電車に乗ったり、その前の電車に乗ったりの繰り返しですが、25日の週からはいつもの混雑具合に戻ってきました。 19日の週は、同じ時間の同じ車両に大体いつも乗っている人が同じなのですが、殆ど会えず、25日の週から、見慣れた顔が段々乗ってくるようになりました。 毎日同じ時間の同じ車両に乗っていると、顔を覚えてしまいますね♪ 仙石線に乗ると、たしかに屋根や壁が震災前と違う事に気づくのですが、塩竈の街をゆっくりと歩いた方が、沢山の変化に気づきます。 七ヶ浜や宮城野区の被害が大きかった地域も、夫の車で通りましたが、テレビに映っていない場所の惨状を目の当たりにする事が出来ます。 その記事は後日書こうと思っています。 4月28日に仙石線の下りに乗っていた時に、大荷物を持った二人の男性を見つけました。 一人は仙石線の外の様子を写真に取り、もう一人は窓に映る景色をずっと見ていました。 きっと、被災地である宮城県にボランティアに来たか、実際に状況を見に来た人だと思います。 このGW中、県外からボランティアの方々が沢山いらっしゃっていると聞きました。 旅行会社でも、ボランティア旅行を企画しているとか。 GWに入ってから、沢山の県外ナンバーの一般車を見かけます。 ちなみに今日は仙石線が空いていました。 GW期間中の平日、ずっとお休みの方が多いんでしょうねぇ。
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七ヶ浜町湊浜から、多賀城の緑地公園を経由すると、早速、緑地公園の脇の自動販売機が前に倒れていました。 それに、公園の道路側の植物の様子から、津波をかぶったような感じの跡がありました。 昔、祖父によく連れて行ってもらった公園なので、公園内に入りたかったのですが、入れなさそうな雰囲気でした。 それと、道路を走っていて、何となく歪みを感じました。 多賀城市を境に、一般家庭から出る災害ゴミが、歩道に一気に増えたように感じました。 塩竈市にも少しは有りましたが、七ヶ浜町では殆ど有りません。 多賀城市はずっと、歩道に災害ゴミが置いてあり、私達が通っていた時に、家庭から出る災害ゴミの片付けをしている人が圧倒的に多かったです。 夫は知り合いの施設に寄り、阿部勘酒造さんで貰ったペットボトルを一本置いてきましたが、水道はごく最近復旧したとの事で、何とかチョロチョロ出ているとの事でした。 ライフラインは電気と水道でした。 施設自体には、大きな損傷は見られませんでした。 次に川沿いの夫の知人宅に寄ると、留守でした。 川沿いで堤防が決壊したので、津波の影響をまともに受けた地区で、歩道にはありえない場所に汚れた車がありました。 震災から2週間経ったのに、地面も全体的に濡れていて、ヘドロも多かったです。 そのお隣に住むご夫婦が、後片付けをしていたので、聞いてみると、 「多賀城中学校に居るかもしれない」 との事でした。 多賀城中学校を覗こうと、車でそばを通りましたが、人が多そうだったので、断念しました。 そのまま、夫の親友の実家に向かった所、給水車が止まっていて、ちょうど親友のお母様が給水していました。 夫のみが降り、ペットボトルを渡すと、元気そうでした。 ご家族は皆無事でした。 ライフラインは電気のみでした。 多賀城市の東部の一部は水道が復旧しているのに、西部の地盤の固い地域はまだ復旧していない状態。。 塩竈市だと、西部の地盤の固い地域から電気と水道が復旧しているので、不思議な感じがしました。 この時は、スーパーもあまり営業していない状態で、食料を手に入れるのもやや難しかったのですが、伝上山の個人商店らしき、お店らしき所で、から揚げや惣菜が少し売っていました。 その場所のつくりは店舗風でしたが、看板が見当たらなかったので、変な表現になりました。。 以上、3月25日の多賀城市内でした。 4月19日から、仙石線が東塩釜駅迄通る予定になっています。 その日から、私は出勤する予定です。 3月12日以来の長いお休みも、もうすぐ終わり。。。 4月以降の被災日記も書いてみたいのですが、更新頻度が間違い無く減るので、書けないかもしれません。。 4月16日に宮城野区幸町と泉区市名坂方面に買い物に行き、岩切の民家と市名坂の旧道の様子も書きたいのですが、それも暫く先になるかも…ですね。 東日本大震災に関する本 東日本大震災義援金 楽天ポイントで募金 ショッピングで募金
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