会議があるらしい~
やぁびっくりしました、介護支援専門員の研修に参加して・・・段取り8割!なにごとも段取りで決まります。特に会議も・・・で、ステーションの会議・・・彼らも、人を共育するために、自分自信を育てるために努力しています。その手助けの一つこのようなメッセージを・・・?「作話」という行為は周辺症状(BPSD)によってあらわれる症状とされていますが、私たちも「いいわけ」という作話をしていませんか?彼らは、自分自身を正当化しようとしているのではありません、ただ普通に生活したいだけなのです。 その脳の障害で生じる生活のズレを埋めようとしているだけです。「誰が」が問題ではなく、「自分自身が」問題だということに気づいて下ださい。ある人は、その行為や事柄を障害の「個性」だという人がいます。 それは、本当に「個性」でしょうか?彼らは、その障害を自分のもてる能力でカバーしようと必死になっているのです。徘徊や不穏、認知というのをやめてくださいというわけは、徘徊や不穏、認知という言葉に自分自身をとどまらせて、「その人」をみようとしなくなるからです。わたしたちは、認知症の人を支援しているのではなく、「人」を支援しているのです。認知症ケアを習得するのではなく、人として学ぶだけです。プロとして、技術や知識をつけているのです。もちろん皆様におかれましては、誰よりも、訪問介護に詳しくなければいけません。そのことを自覚してください。人のことを理解できる人は、利用者のことも理解できる人です。人を好きになるには、人を好きでない自分を自覚する必要があり、やさしくなるには、やさしくない自分を自覚する必要があるわけです。いずれにせよ、未熟だから熟すわけで、未熟に気づかず、イライラすることや周囲のせいにすることもあります。そのことに気づくことが、自分自身を見つめるということなのです。そのことが上手にできる人、苦手でも挑戦しようとする人は、必ず理解できると感じます。まぁ自分の勝手な想いなんですが、このことが押し付けにならないように自分自身も自覚しなければなりません・・・