
実は、ずいぶん迷いました。日頃の守備範囲外の秩父鉄道、どちらかというと門デフとは縁の少ないシゴハチ、そういえば現役時代も志布志で停まってるのを撮ったぐらいで、それに、K-7もどきの新しいフォルムと聞くと、、、
連休前半の鉄も終了して休養気分の今日、朝ゆっくり起きた後も、やっぱり皆さんにオマカセでいいなあ、と思っていました。ところが、夕暮れのサイドライトの傑作をある掲示板で見かけて、窓の外は晴れ渡った秋の空……結局(笑)、10時40分恵比寿発、湘南新宿ラインで熊谷へと向かいました。
駅名だけを頼りに車内からロケハンして現地へ歩いていったら、以前ハチマル29さんたちに連れてきていただいたところだった、とは秩父ド素人のご愛嬌、銀杏の木の下でオレンジやブルーの103系を撮りながら、ギラリ時刻が近づくのを待ちました。
関崇博さんが早速、CH-1と命名された平成第2号の門デフ、残念ながら完璧ギラリ時刻を数分過ぎてから、終着間近の安堵感を漂わせながら、静かにやってきました。う〜ん、これまた素晴らしい。行く秋を送るのにふさわしい、麗しきサプライズ。門デフは、永遠ですなあ。
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糸魚川から再び「はくたか」で金沢へ。こんな機会でもなければ、と「能登」「北陸」をバルブして、駅前のビジネスホテルに宿をとりました。さあ居酒屋、といきたいところですが、明日は早起きして長野へ戻らなければ、、、缶ビール1本で眠りにつきました。
翌朝。直江津の手前から、行く手に晴れ間がみえてきました。そういえば、鉄であるような、そうでないような、オヤジ1人という乗客の姿を、北陸線でも信越線でも何度も見かけました。やはり、大人の休日パスの利用者なのでしょう。中年の孤独を缶ビールに託して、満足そうに車窓を眺めるその姿と、我らバリ鉄と、どちらも大人の休日で、、、(爆)
長野に到着、いよいよ再び「野沢」の追跡追尾に入ります。前週の米坂同様、最初のカットはゲリラ雲に邪魔されましたが、2カット目からは光線に恵まれ、またまた紅葉によく似合う28・58のカラーリングを堪能することができました。
紅葉をめぐるキハとの旅も、おそらく今週がエピローグになりそうです。追っかけの国道沿いにふと見つけた、キラキラ輝く秋の風景の中を、国鉄急行色がエンジンの音を谷間に響かせて、あでやかに近づいてきました。

「野沢」の28・58を追って到着した長野でレンタカーを置いて、再び、大人の休日パスのメリットを活用して、北陸をめざしました。まずは信越線で直江津へ。豊野、牟礼、古間、黒姫、妙高高原、関山、二本木と続く車窓は、EF62時代にさんざん沿線をウロウロした走馬灯の道で、ひとしきり、90年代を思い出して、感傷に浸ることができました。
こうなったら、どうせ在来線特急も乗り放題ですから、金沢あたりまで行ってしまいましょう。おっと、その前に、キハの聖地・大糸北線の終着駅、糸魚川で途中下車して、最後の定期運用に励むキハ52をバルブすることにしました。
青とクリームのツートンカラーは、現役時代にはなかった「リバイバルもどき」な存在ですが、実際に夜の構内照明灯に照らされて、夜露に光っているのを見ると、もう惚れ惚れしてしまいます。昔の地方中核駅の面影が、ホームの梁やたたずまいに見事に残っていて、つかの間の時間旅行をリアルに演出しています。
う〜ん、これは渋いなあ。。。黄色とオレンジの正統ツートンと、タラコもいるという、ここ糸魚川。これでは、また来たくなりますなあ、と同行の鉄人騎士さんと、深く頷き合いました。

新ニツ28・58の思いで巡業、先週末(11/14・15)は舞台を飯山線に変えて「野沢号」として運転されました。土曜はあいにくの雨模様でしたが、日曜の回復予報に思いきって出撃を決断、厳しい露出の中、長岡への回送から追跡追尾をスタートさせました。
十日町までは傘をさしながらの撮影を余儀なくされましたが、森宮野原の手前でやっと回復、バカ停の間に先行して、渓谷を見下ろす栄大橋の有名ポイントにカメラを構えました。ここ飯山線でも、何とか紅葉の盛りに間に合ったようで、雨上がりの渓流を囲む深い紅色は、快晴の只見とは正反対に、深い憂愁をたたえています。
思えば38年前、替佐でC56を撮ってから、越後川口まで気動車に乗って移動したことがありました。各停を乗り継いだのか、急行だったのか、まったく覚えていませんが、途中駅のいくつか、今思えば飯山と十日町あたりでしょうか、待機するC56に車窓からシャッターを切ったことを思い出します。
それ以外は眠くて眠くて、ずっとうとうとしていたような気がするなあ。。。でも、こういう奥信濃の風景に妙なデジャヴ感があって、キハの通過をパノラミックに見送ったあと、ほんの少し、何も考えない時間が必要でした。

紅葉の宇津峠を越えた28・58の「べにばな」と一緒に、米沢盆地に入りました。エンジンの不調で駅間停車もあったこの日のキハですが、平坦な田園地帯に入ると快調にスピードを上げて、あちこちの踏切に居並ぶ鉄たちの前を颯爽と駆け抜けていきます。しかし、サイド気味に捉えた上目がちの急行型は、何と伸びやかで、美しいフォルムなのでしょうか。
最近の米坂線といえば、今泉、中郡、成島といった米沢寄りの平坦区間で撮影された、四季折々の詩情豊かな作品群が次々と脳裏に浮かびます。
senrobataさんはたしか、国鉄色の復活初期から、素晴らしい組写真をアップされていますが、何を今頃になって、と笑わないでいただきますよう(爆)
ともあれ、明治の英人紀行家、イザベラ・バードが「東洋のアルカディア」と賞したこの地の魅力は、晩秋の午後の光の中で、初訪問の鉄の心を捉えて離さない、大きなものでした。田圃、近景の森、遠景の山。これだけあれば、もう十分です。理想郷を行く国鉄色のキハ、あと数回のチャンスが来月に残されているようですから、今からでも、思いっきり楽しみたいと思います。

1週間のタイムラグが発生してしまいましたが、先週の日曜(11/8)は、米坂線で運転されたキハ28・58の「おもいでのべにばな号」に転戦しました。それも、長岡から帰宅して、自宅で用事をこなしてからの再出動、大人の休日パスならではの行程です(笑)
蒸機現役時代からを含めて、実は米坂線で撮影するのは初めてです。件の新津の気動車の定期運用末期にも、何度か出動を考えたのですが、結局行かずじまいでした。それが今頃になって血相変えて初出動ってところがいかにもB型らしい(爆)
手ノ子、羽前沼沢といえば、96時代の峠越えのモノクロ写真が、今でも脳裏に浮かびます。そして、近年の先達の素晴らしい作品の数々……米坂線は、只見線と並んで、JR東の管内では、最も鉄道写真の傑作の舞台となってきたのではないでしょうか。
全山染まった紅葉の峠を、2輌編成の急行型気動車が、ゆっくりと歩を進めます。昔は、ちょっとしたローカル線にも、短編成の気動車急行が走っていましたね。ガキ鉄にとっては、遠征時には均一周遊券で乗れるのが楽しみでした。学校をサボって遠征など叶わぬ夢の当時、こんな紅葉をキハ28・58の車窓から目にすることはありませんでしたが。

大白川で鉄に囲まれているキハ52を横目で見ながら、先週は有名ポイントの手前までしか到達できなかった、越後須原の鉄橋の先の築堤をめざします。田子倉からのカーブの連続でけっこう時間をとられましたが、ここで何とか先行できそうです。
通過10分少し前に、三脚の並ぶ小道に到着しました。先ほどの山中の渓谷と同様に、里の秋も見事に色づいていて、赤い低めの潅木が、黄金色の斜光線に染まる風景に、彩りを添えています。
やや正面がちの光線ですが、もはやそんなことを気にするのが面倒なぐらい、素晴らしい晩秋のライティングに息をのみながら、ファインダーを静かに横切っていくキハを見送って、クルマに戻りました。明日も好天の予報ですが、今度はキハ2858をターゲットに、ちょっと針路を変えてみましょうか。