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私の家は代々生贄になるよう定められている。
それは例えば橋を作る時の人身御供だったり、領主に差し出される人足や側室だったり、はたまた悪霊を鎮める為の贄だったり。私の姉は神様の所に嫁に行った。それからあいつに傷付けられる人は減った、姉一人に。私達の家系の人々にはそれだけの魅力があった。兄が埋まった橋だって、他の地域では三人も必要な大がかりなものだって、うちの家系から出た人間なら一人で済むのだとか。 次は私と弟の番だ。 けれど、私と弟は死ぬことはない。父と母がそうであったように、子孫を遺さねばならない。他の所に嫁や婿に行った人間ではだめなのだ。私たちはいうなれば家の生贄。 疑問を持たないでいられたらどれほど幸せだっただろうか。他の兄弟のように、生贄としての生涯を誇りに思えたらどれだけ。弟は本心からこれが我が使命と信じ込んでいる。なんて可哀そうな可愛い弟。 私は嫌だった。けれど、私が逃げたら妹が弟と番わされるだけだろう。妹は比較的軽い生贄ー死ぬことも大きく傷つけられることもないーにされることが決まっているのに、可哀そうだ。子供の数だけは多いのだ、幾らでも使えるように。そしてそのために私たちは村の皆から食わせてもらっている。私が居なくなったことで家族が白い目で見られるのは嫌だった。 一番目の子は神のもとへ、二番目の子は次へ繋ぎ、三番目から人の世界へ行ける。 妹は意地の悪い地主の所へ嫁に行く。それでもきっとこの悪習から抜け出せるだけ、少しでもつながりの外の人から愛されるだろう妹が羨ましかった。 仕方ない。仕方がないのだ。そう考えて今日も、その手を取る。 その輝く目に、いつか私の理性さえも飲み込まれてしまわないか。そう期待しながら。 * 姉がこの村の風習を嫌っていることは知っていた。おれだって、どうしておれ達だけがこんな目に遭わなくちゃいけないのかずっと疑問だった。 けれど、おれは姉が好きだった。おれたち以外は皆、家族で番うことはおかしいこととして考えていた。おれはこの点だけ、風習に感謝した。そして姉が嫁に行かされなかったことも。 ふ、と吐息を漏らす姉は泣いている。顔はいつもの無表情。けれど辛いのだろう、理性を失いきれず、それでも俺達を捨てられない。そうやって苦しむ姉はとても美しい。 「冷えるよ、姉さん」 後ろから抱き締める。事後、胎児のように丸まった姉は幼子のようだ。 「……新菜」 「栄司……」 この呼び方をする人間を一人知っている。そうして、その呼び方をすると姉が喜ぶことも。 祭祀の一人である少年を、姉は密かに想っていた。少年も姉を憎からず思っていた。 ざまあみろ、おれたちの繋がりには叶わない。 姉の残る理性。姉の中のあいつ。……ずっと居続いてくれていい。その光こそがおれたちの繋がりを唯一無二のものにしてくれるのだから。 ああ、おれは幸せ者だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.07.16 02:03:51
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