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難聴者のための喫茶店 『こうひいの木』
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2008年9月18日楽天プロフィール Add to Google XML

暫く休ませて頂きます  (2)

大変長いことご無沙汰していましたが、当分の間休ませて頂きます。
いろんな雑用で忙しいこともありますが・・・

私事で言えば人工内耳フリーダムを購入して、以前よりも聞えの幅が広くなりました。
また人工内耳で単語、言葉の聞き取りが9割でした。
私は聞えがとても良い方みたいなのですが、まだまだ人工内耳で聞えが良くない方も沢山おられるようです。
だから私が人工内耳の効用を記している事が正しいとは言えません。
そのことで「人工内耳はとても聞き取りがいい」という人ばかりではないことを解って欲しいと思います。個人差がある・・・ということです。

今まで長いこと拙文を読んでいただき感謝しております。
又何かのきっかけで書くことがあるかもしれませんが、ひとまずこれで終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。




最終更新日時 2008年9月18日 21時51分34秒
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2008年8月31日

思い出

暫くご無沙汰していました。
夏バテ・・・というかいろいろと忙しくゆっくり出来なかったので疲れがたまっています。
盆前の暑さにもまいっていました。歳だなぁ・・・

最近28年ぶりにある方・・・にバッタリ会いました。
助産師さんです。私の店にたまたま来られたのですが・・・

私の次女は28年前予定日より二ヶ月早く生まれました。
破水したので入院し絶対安静でしたが陣痛が起きて止まらず出産・・・となりました。
そのときの助産師さんです。

難聴で困ることに出産もあります。
初産ではただでさえ不安なのに聞えない不安がプラスされます。
(もし助産師さんの言われる事が聞えなかったらどうしよう・・・)
出産の時のいきみのタイミング、息を吐く時のタイミング・・・など不安だらけでした。
赤ちゃんが産道を通っている時の呼吸の仕方が赤ちゃんにも影響を与えるからです。

それで出産前の検診時から「聞えないので宜しくお願いします」と、とにかく(聞えないmichiさん)を知ってもらわなければならない・・と思っていました。
tomoの時も三日かかった超難産でした。
私は体重が38キロ前後なので自分の体重の10分の1のtomoの出産は死ぬか・・・と思うほどの辛さでした。(あの頃3800gの赤ちゃんは大きい方でした)

それで3人目の出産は慣れているつもりでしたが聞えない不安があります。
(補聴器が途中で外れたらどうしよう・・・補聴器が無かったら全くの無音の世界です)
時には枕にあたって補聴器がハウリングします。
私だけ気付くのであればいいけれど周りの方にうるさく聞えていると思います。
うるさい音を出すと迷惑がかかる・・・
お産の時に補聴器が枕に当たらないか・・・それも気にしなくてはならない。
その不安を誰一人言ったこともありません。
あの頃は難聴を出来るだけ隠したかった・・・言わなくていいのならいいたくなかった・・
障害二級の高度難聴なのに、それでも普通の人に見られたかった・・・
今のように福祉に理解もなかった頃だったから・・・

そんな中での三人目の出産の時の助産師さんは
「あのぅ、ずっと前に私が関わった方でしょう?」と言われ、こちらがビックリしました。
「まぁ、よく覚えておられましたね」
「確か、お耳が不自由だったですよね?赤ちゃんも小さかった・・・私は助産師になったばかりの頃で、とても印象に残っています」ということでした。
「はい1900gの未熟児だった子が今では二児の母親です」と話に花が咲きました。

難聴だったから覚えていてくれたんだ・・・と難聴でも悪いことばかりじゃないんだな・・・とヘンに納得していました。

ずっと以前の知り合いとバッタリ会って、まず思い出すのは”聞えない私のあの頃の姿”です。あの時、聞えないで、どんな事で困っていた・・・悩んでいた・・・がパァツと蘇るのです。
それほど不自由なことが沢山あったのです。

今では人工内耳ではるかによく聞こえているけれど、それでも普通の人のようにはなれない。それでも難聴を受け入れているから気分的にだいぶ楽になりました。


あの頃、子育ても泣き声が聞えなくて、こちらが泣きたいほどだったけれど、亡き主人が毎晩一緒に起きて二人で子育てをしてきました。
きっといつか「あの頃聞えなくてこんな失敗もあったのよ」と笑って話せる日がきます。
他にも聞えなくて出産、子育てに頑張っている難聴の女性にエールを送ります。
    じゃ   また・・・




最終更新日時 2008年8月31日 10時57分37秒
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2008年8月16日

視覚障害者との出会い

早やお盆も過ぎ、オリンピックも金メダルが数個取れまだまだ増えるかもしれませんね。
今日は昼から土砂降りの雨…雷も鳴り空も暗くなって雨が涼しさをもたらしてくれました。

私は「要約筆記を広めたい」と思っているので声がかかればどこにでも行きます。
二ヶ月ほど前も知人からちょっと声がかかり県民ホールで話しました。
その時、視覚障害の方も話しておられましたが時間の都合で挨拶もしていませんでした。
その方、Mさんは視覚障害の立場で、私は聴覚障害の立場でそれぞれ話しました。

それから二ヶ月経った最近そのMさんが知人に連れられて店に来られました。
Mさんは私が活動を始めた4年程前から私のことを知っていたそうです。

「前からmichiさんのこと、知っていました。会いたいと思っていましたがなかなか機会が無く今日やっと出て来れました」と初対面の挨拶をされました。

そうなのです。目が全く見えないMさんは自分一人で初めての所には行けないのです。
知人に「頼んでここまで連れて来てもらった」とのこと。

私の店は二階なので階段を上がるのも不自由したと思いますが「次回からは1人で大丈夫です」とニコニコ顔で話されました。
「階段がありますよ。あと一段で二階にあがります。入り口で又段があります」というふうに
同伴の方の言葉で周りの状況を把握して杖を持ち歩かれます。

お互いに障害があることで不自由さが沢山ありますがMさんは「聴覚障害者は外見でわからないので理解され難いでしょうね。私みたいに目が見えないとすぐわかるけれどね」と
聴覚障害の不自由さを察してくれます。

「michiさん、聞こえるようになってよかったですね」と人工内耳のことまで知っておられました。
「Mさんこそ、一人暮らしで大変でしょう?」と話を聞きましたら「いえいえ家族がいると却って大変なんですよ。テーブルのこの辺に物を置いたつもりなのに、家族がいると置き場所が変わっていたりして困ります」
目が見えるものにとっては何でもないことが目の不自由な方にとっては不便なのです。

「買い物もどうされてるんですか?」
「近所だったら1人で行きますよ。〇〇はどこに置いてありますか?と店員さんに尋ねるから困らない」そうです。
「レジもレジ機の音で場所がわかるので並びます」
「お札が解らないでしょう?」と私が聞いたら「お札には印がつけてあるのでわかります」とのこと。
へエー―ッ知らなかった。千円札など隅の方に少し膨らんでいる箇所があります。

「料理もされますか?」
「近頃はあまりしないけれど基本的にはしますよ。ガスも水道の水の出具合も音で判断するし調味料もそれぞれビンの形が違うので間違いませんよ」
ウワーッ凄い!!私より料理が上手かもしれない。

お互いにどんな事が不自由か、世間に理解してもらっているのか・・・で話が弾みました。
次からは連絡しやすいように携帯アドレス交換もしました。
「それにしてもmichiさんは聴覚障害者と思えないほど発音がハッキリしていますね」と褒めてもらいました。確かに私は人工内耳手術後発音がハッキリなったようです。
「発音は全く普通の人と同じですね」とのこと。

「世の中にこんなに音が氾濫していると知りませんでした。最初の頃は何の音だろう?と周りの人に確認していましたよ。それにしても近頃の蝉の音って喧しいですね。あまりうるさいとスイッチを切れるので人工内耳も便利ですよ」と私が話しましたら

「その蝉の音がうるさくて周りの音が消されてしまうので困るんですよ。炊事のガスの音も消されるし誰かが近づく足音も聞き取り難いですものね。」と困っておられました。
足音だけで誰が来たのかわかるそうです。
又知り合いの体臭でも判断できるとのこと。

人間の身体ってすごいです。足りないものをちゃんと補うように出来ているのですね。
私が読唇で話がわかるのにも驚かれていたけれど、今はその特技も落ちています。

帰りに電話でタクシーを呼ばれました。
階下まで見送りに行きましたが「次回からは1人で来れます。店の入り口ももう覚えました」・・・と話している時何台かタクシーが通ったけれど
「私がいつも頼んでいるタクシーではない。エンジンの音で私が呼んだタクシーがわかります」には驚きました。
「アッ来たようです」と私が言うのと同時に「タクシー来ましたね」とMさんが言ったのには又驚いてしまった。

人間どんな障害があっても心の持ち方で不自由さを補えるのですね。
お互いに「障害があっても悪いことばかりではないですね。痛みがわかって人の情け?が身に沁みる」との結論に至りました。

素敵な出会いに感謝します。こうして知り合いが少しずつ増えていって心が豊かになっていくようです。

 

 

 

 

 

 

 

 




最終更新日時 2008年8月16日 20時40分46秒
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2008年8月4日

人工内耳で感じたこと

久しぶりに一雨で少し涼しくなりました。
毎日ジリジリ焼けるような熱気から開放されてちょっと一息つきましたネ。

先日のテレビは地震があって延期になり7月27日に全国放映されました。
全国でも反応があり、難聴者自身ではなく友人・・・という方からもFAXが届きました。
難聴の友達を心配しておられることが文面から伝わってきます。

人工内耳のことで本当に情報が広まっていない・・・ということを痛感しています。
「人工内耳を耳鼻科から進められたけれど果たして良いのかどうか?」
「補聴器を使っているけれど言葉が聞き取れない、人工内耳は聞き取れるのか?」
「人工内耳をしたらどれくらい聞えるのか?聞えるようになるのか?」
「人工内耳している方の話を聞きたい」
「シャンプーできるのか?」

もう既に数通FAXがきていますが、いずれもNHK放送局に私のFAX番号を聞いて問い合わせがきます。
勿論、当事者にとって藁にも縋る気持ちがひしひしと伝わってきますので必ず返信します。
疑問に思うのは受診した耳鼻科で、何故他の人工内耳装用者から話を聞けるように段取りをしてくれないのか?ということです。

私の場合人工内耳装用者に初めて会ったのが難聴会でした。
三人くらい話を聞いて、その後受診した長崎の耳鼻科でも手術を決めないうちから、頼んだわけでもないけれど「人工内耳装用者にお会いして疑問に思うことを何でも聞いてみたらどうですか?」とセッティングしてくれました。

勿論私も術後、他の人工内耳手術希望者にお会いしていろんな質問に答えました。
医師は当事者ではないので本当の人工内耳のメリット、デメリットは解らないと思います。

*手術して暫くは頭皮が引っ張られるように痛いこと
*人工内耳を装用したすぐは音に慣れず、かなり疲れて早くスピーチプロセッサーを外してしまいたいこと
*一日の内長く着けて音に慣れたほうが良いけれど、最初のうちはとても一日着けておれないほど疲れてしまうこと
*私の場合は幼少の頃から聞こえ難くなったのではじめて聞いた音が沢山あって、その度に何の音か?を回りに確認していたこと

本当に慣れるまでは、いつも音に慣れずに神経を使い果して気疲れが多かったことなどを、今しみじみと思い返しています。

私の知人の二十代の人工内耳装用者は本人がなかなか人工内耳を装用しないので三年経った未だに言葉の聞き取りが上手くできません。
このようにとても個人差があるのです。

人工内耳を装用したらすぐ聞き取れる方もいますが普通は慣れるまで三ヶ月くらいかかるようです。
耳鼻科から人工内耳を進められたが装用者が回りに一人もいないので不安・・・という方が多いです。
それをどうして耳鼻科の医師にいわないのでしょうか?
自分のことなのに何で遠慮するのでしょうか?
本人も疑問点を医師に聞く勇気を持たないといけないと思う。

テレビに出たことで改めて人工内耳の情報の少なさを感じました。
私は今まで聞えなくて不自由なことが沢山あったので悩んでいる人をほって置けません。
どんな小さなことでも伝えたいと思う。
私に出来ることは何でもしたいと思う。
そして自分で納得して人工内耳装用を決めて欲しいと思います。

聞き取り難い方にとって、聞き取れる事は最大の願いなのです。
こんなに医学が進歩した現在でも人工内耳に関してまだまだ情報が広まっていない事を残念に思います。
地道に一つずつ・・・広める役割りを担っていきたいと思います。




最終更新日時 2008年8月4日 20時29分6秒
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2008年7月22日

人工内耳の聞えの事

猛暑、猛暑で身体がばててしまいそうです。
水分ばかり欲しくなり却って疲れます。
この頃は卓球の練習もハードになり球が一秒毎に飛んでくるのを打ち返さなくてはなりません。
練習時に頭から汗ビッショリになり人工内耳のスピーチプロセッサーに汗が付着して少々不安になります。汗を拭き拭き卓球を頑張っています。

ところでテレビ放映の後いろんな方から(他県からも)人工内耳に関してのFAXを今でも頂きます。
テレビの影響ってすごいなぁと思います。

一番多い質問は聞えの事です。
初めて聞いた音が沢山あるのですが誤解されやすいのが「聞こえるようになった」という私の言葉をそのまま受け止められることです。

私が聞える・・・というのは以前補聴器で生活していた頃に比べて聞える・・ということを言いたかったわけですが、殆どの方が健聴者と同じように聞える・・・と勘違いされているようです。決して健聴者と同じに聞えるようにはならないと思います。

私は2歳の頃から少しずつ聞えないようになっていき小学校4年生のとき障害手帳の4級社会人になった20歳の頃は既に重度難聴2級でした。
それで本当の聞こえ・・・というのを覚えていません。
健聴者がどれほど聞えているのか実感として知りません。

物に音がある・・というのは人工内耳を装用して初めて知ったのです。
きいたことが無い音が沢山ありました。
自分の足音、虫の声、水道の水の流れる音、ガスのバーナーの音、お湯が沸いた音、時計の秒針、小鳥の声、枝葉の風で揺れる音・・
数え上げればキリがないほどです。

人の話し声は補聴器で入るけれど言葉が判別できないので全て読唇で50年以上を過ごしてきました。目を閉じればどんな言葉の判別も出来ませんでした。

だから私が聞えているのは自分が以前補聴器で生活していた音より聞えている・・・ということなのです。
このテレビをご覧になった方が私を訪ねてきて「あなたの発音は普通の方と全く変わらないですね。どうやって言葉を覚えたのですか?」と驚かれていました。

私のほうこそ(自分では当たり前に話しているつもりだが、どうして驚くの?)と却ってビックリしています。
どうして聞えないと発音が悪いのが当然・・・と思っているの?と疑問に感じるほどです。
私の場合は周りに助けられたからでしょうね。
友達が発音を注意してくれていたから・・・でも人工内耳装用後「発音がより良くなった」と
言われます。
その尋ねてこられた方は「聞えないでどうやって言葉を覚えたのか不思議でたまりません」とのことでした。
私としては「自然にこんな発音になりました」としか言いようが無いです。
その方は「知らない事が沢山あった。要約筆記派遣制度、中途難聴者協会など」といわれ進んで難聴会員になってくれました。「情報が欲しい」そうです。

そんなテレビ放映が好評だったためかNHKTV、7月24日(木)14時10分~15時まで全国放映されることになりました。「元気列島」です。良かったらどうぞ・・

先日は若い難聴者の集まり「こうひいらびっと」で初めての飲み会を行い、おおいに盛り上がりました。
たった一人の方の「若い難聴者と知り合いたい・・・」との希望から始まりもう10回目を数えました。
相変わらず耳の話が多いですが皆さんお喋り大好きで本当に仲間という言葉がしっくり来るようになりました。

こうして1人でも聞えで悩んでいる人の気持ちを軽くしたい,ほっておけない・・・
この気持ちで進んでいきたいと思っています。




最終更新日時 2008年7月22日 22時36分5秒
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2008年7月18日

下手な卓球

このところ猛暑が続いています。
ちょっと前までは夜も涼しかったので(今年は冷夏かな?)と思っていたのですが、梅雨が明けたらやはり猛暑・・・これから1ヶ月以上も続くのでしょうね。

先日主人が亡くなってから12年目の祥月命日を迎えました。
毎年和尚さんにお経をあげてもらっていますが、今年は子供達、三夫婦、孫4人の家族が増えました。和尚さんも「オー―ッ賑やかですね」とビックリされていました。

主人が亡くなってから二年近くなってから始めた卓球・・・
淋しさを埋めよう・・・身体を動かした方がいい・・と思って卓球クラブの門をたたきました。
運動神経が鈍い私はなかなか上達しません。

最初は球が天井へいったり、隣のコートの人に当たったり失敗の連続でした。
サーブ、スマッシュ、試合のルール・・・知らない事ばかり・・・
あまりの下手さに注意されてばかり・・上達しないので教えてくれる方に気の毒で「すみません」と、つい口に出る・・・球もコートからオーバーばかり・・・ヒョロヒョロ転がり落ちる。

それでも最初の一年間は一回も休みませんでした。
練習は店が終わってから7時から9時まで、週二回です。
店のお客様が遅くまでおられると練習へ行く時間も遅くなります。
雨の日も合羽を着てチャリンコで20分ほど・・・
「とにかく休まずに真面目だから」と卓球クラブ会長よりラケットのラバー張替えをご褒美に頂いた事もあります。

下手でも続けていくと少しずつ、少しずつものになっているみたいです。
相変わらずヒョロヒョロした球を投げてスピードもありませんがバックも何とかできるようになりました。

一番困るのは試合時の≪蚤の心臓≫です。
練習の時は、少しはバシッと打てるのですが試合になると途端に球に切れ味がなくフワーッとした球しか打てません。手が動かなくなるのです。
「私、蚤の心臓で試合は全くダメなのよ」と言うと、皆さん「嘘~嘘ばっかり」と言われます。
却って沢山の人の前で話す講和は全く平気なのです。
ドキドキもしないし、(難聴関連の講和の依頼を受けますが)誰かが乗り移って喋っているのではないか・・・と思うほどあがらずに話すので、それを知っている人は≪蚤の心臓・・≫が信じられないようです。

卓球の試合は平均して大体、月に一回ほどあります。
難聴会の用事がない限り卓球の試合も殆ど出ています。
ところが蚤の心臓なので勝ったことがない。せいぜい一回戦を突破するくらいです。

こんなに勝てないのに何故試合に行くのかというと、帰りの温泉が目的で行っているようなものです。
第一に温泉、第二が県外の試合会場まで車で行くのでドライブ気分を味わえる、第三に試合が目的・・・というように不謹慎なのです。

ところで佐賀では聴覚障害者の卓球人口が極めて少ないそうです。
それで数年前から「障害者国体に出場してみたら?」と言われていました。
聴覚障害者・・というだけで卓球の種目に出場できるらしい(嘘みたいな本当の話)

今年の国体は大分大会で九州という近場だから店をあまり休まなくて良いので承諾しました。すると俄然、火が点いた??

半月ほど前の障害者卓球九州大会では初心者の部、敗者復活戦トーナメントで、あれよあれよ・・・というまに準決勝まで行ったのです。6回試合しました。
いつも一回戦を漸くクリアするくらいだから私自身、ビックリでした。

そして先週、長崎での試合は(勿論初心者の部)のトーナメントで決勝戦まで行って負けました。仲間がビックリする事・・(あの下手なmichiさんがねぇ)とても喜んでくれました。

いつも指導してもらっている監督も私の試合を見ていたけれど「蚤の心臓だから見ないで下さい、あっちの方に行っててください」と頼み込んでコートから離れてもらいました。

誰かが応援してくれると緊張してダメなのです。
表彰式でも現金なことにマイクを通した私の名前が聞えました。
「二位、佐賀のmichiさん」勿論すぐ賞品を頂きに行きました。
ラッキーな事にコーヒースプーンでした。

こんなふうで何でも努力すれば報われる日がくるんだなぁと実感しています。
これからも下手な卓球を続けていきたいと思っているこの頃です。




最終更新日時 2008年7月19日 0時18分18秒
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2008年7月7日

テレビ放映のあれこれ  (4)

梅雨明け宣言の後いきなり真夏日がやってきました。
今までは例年より気温が低く涼しく感じていたので、暑いのは堪えますね。

先日人工内耳のことでNHKTVに出ましたが知人、友人から「見たよ」「良かったよ」と多数のメールが入りました。見ていただいてありがとうございます。

当日NHK放送局の方にも数件の問い合わせがあったそうです。
地元のNHK放映後、翌朝は九州全域でも放映されたので他県からの問い合わせもきたそうです。
それでNHK担当者から「michiさんの住所やFAX番号を教えていいですか?」とのことだったので勿論すぐに承諾しました。

実を言えばNHK放送局からは去年も取材依頼がきていました。
その時は私の子供達も一緒に出演してくれないか・・・とのことだったのでお断りしました。

末娘は「私のお母さんは耳が聞えないって考えたこともない。私にとっては普通の一般のお母さんと同じなので、聞えないお母さんから育てられたと一度も思ったことはないから取材を受ける必要性がない」と言うのです。

私は家庭では(聞えないから子供達にすまない)と口にしたことは一度もありません。
むしろ普通の親より厳しく育てていましたので、子供達が「普通のお母さんと全く変わらない」と言うのは当然のことです。

このような経緯があり、今回は家族は出なくていい・・・とのことだったので取材を引き受けることにしました。

本当のことを言えば顔も出さずに難聴のことを世の中に訴える方法がないのか?と思う。
でも自分が発言した事には責任を持たなくてはなりません。

4分程の放送時間の取材は本当に大変です。
今度で5回目のテレビ出演ですが毎回取材者の大変さに同情しています。
こんなに沢山のフィルムを回すのか?
こんなに時間がかかるのか?私生活まで入り込まないと内容がいいものができません。

テレビの内容は人工内耳に関することです。
佐賀では人工内耳の手術が出来る病院がないので難聴者自身が人工内耳のことを知りません。これでは選択の幅が狭められてしまいます。

人工内耳は賛否両論ありますが、医学が進歩した現代では副作用も少ないし補聴器で効果がない方の最後の手段と言われるほど難聴者にとっては希望の光なのです。
これを私だけの胸に秘めておくのは勿体ない。
「こんなにいいのがあるのよ」と知って欲しい・・・ただその気持ちで取材を受けました。

子供達も「お母さんが難聴の活動をしたいならしたほうがいいよ。知らない人に広めたいならお母さん自身が取材を受けることを決めたら?」と理解してくれたので・・・

思ったとおり人工内耳のことを初めて知った・・・という人たちが家族を通じてFAXや、尋ねてこられた人もいます。
私に会われた方は「こんなに聞えるのですか?」とビックリされています。
何でかというと付いてこられた家族の方の普通の低い声でも聞えて会話ができるからです。
「希望が見えてきました。自分は一生耳と関わりのない生活になるのかと思っていたが貴女を見て勇気が湧いてきました」と60代の方も話されていました。
「要約筆記がありますよ」と言ったら、とても喜ばれて「知らなかった。本当にいいものがあるのですね」と言われ、情報を伝えていく必要性を感じました。

人間は可能性があるならあきらめないで欲しい・・・
同じ人生なら少しでも良い方法を見つけて楽しく生きて欲しい・・・

いつもそれを原点に情報を伝えていきたいと思う。
店に来られた時に暗い表情だった方がパァーッと明るくなって帰られていく・・・・
本当に私まで嬉しいです。

今までのテレビ放映は耳マーク、要約筆記だったけれど佐賀で馴染みのない人工内耳が 
一番の反響だったようです。
私に出来ることを気負わずに続けていって情報発信をしたいと思っています。
      では   また・・・




最終更新日時 2008年7月7日 22時55分14秒
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