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まろんぷりんごはんの日記 [全1190件]
マロンですが、御陰様で無事生還しました。手術してみるまでは本当の原因がはっきりしていなかったのですが、結局は、歯根が歯周病菌に破壊され、菌が異常繁殖して顎や頬が腐ってしまうという症状だったので、原因と思われる左上顎奥歯1本・左下顎奥歯1本を抜き、血膿を洗い、駄目になった肉を口の中からも外からも削り、壊死した皮膚を取り、抗生物質を埋め込んでから、歯茎と左頬を縫い合わせるという大手術でした。恐々見てみると、ブラックジャックの様に縫い合わせてありました。 キツイ性格が災いして、麻酔してからでないとレントゲンが撮れなかったのですが、数日前に動物病院のレントゲンがデジタル化されたばかりでしたので、フィルム式のレントゲンに比べて仕上がりが早く、撮り直しもしやすいのは幸いな事でした。 先生によると、レントゲンを見たら左だけでなく右の歯根も良くなさそうだったのだそうですが、左頬の手術が14時半から17時までかかって、これ以上の麻酔は高齢猫にとってはハイリスクだったので、右は手を付けなかったそうです。 今度右が悪くなったら、手術出来る状態か分かりませんが、それはその時に考える事にします。 マロンが帰って来た~!!!
猫の箱の住人は、全員心配していたみたいです。
マロンはあと2カ月で17歳。高齢なだけでもリスクが有るのに、腎臓病・甲状腺機能亢進症という持病も有る上で、手術という選択をするのは怖かったです。が、手術をしなかったら、抗生物質を一生飲み続けなくてはいけないという選択肢しか無い状態でした。 事の発端は、下顎に出来たニキビの様なものから始まりました。そのニキビがえらく腫れ、膿んで破け、血膿が出たので、6月14日、慌てて動物病院へ行きました。その時、血液検査をして、腎臓が悪い事が分かり、甲状腺機能亢進症である事も分かり、薬を毎食後、一生飲み続ける事になりました。 顎の傷は、1日2錠の抗生物質を1週間飲ませる事で改善しましたが、副作用で下痢がひどく、甲状腺機能亢進症のせいで、4.5kg有った体重が半減してしまった状態で下痢が続くのは、何とも可哀想でした。 何とか傷が癒え、顎に綺麗な毛が生えて来たと思っていたら、また顎が破裂・・・。抗生物質が切れてから数日で、再発してしまったのです。それからというもの、毎日、抗生物質を1日1錠飲み続けました。ところが、飲みだして5日もすると、下痢になるのです。下痢になると抗生物質をやめ、やめると傷が膿むのを何度も繰り返しました。 傷を癒すのには抗生物質を飲まなくてはならないのですが、腎臓には悪い薬ですし、体重減少も命取り・・・。そうなると残される道は、顎が膿む根本的な原因を探るしか有りません。そこで考えたのが、抗生物質を暫くやめて、どんな菌が悪さをしているのか培養検査をし、手術で悪い所を切り取ってしまうという方法でした。 こういう時、私は判断が早いのです。どちらにしても、動物に関しては全くの素人ですから、私はいつも「先生の猫だったらどうしますか?」と聞きます。そして、先生のおっしゃる事を第一に考えます。先生は「僕の猫だったら、膿ませるだけ膿ませて、悪くなった所を探って、原因になっている所を全部取ります。」との事でしたので、私はすぐに「抗生物質をやめて、悪くなった時に手術をお願いします!」と言いました。その時、住人1には、「麻酔のリスクも有るから、これでお別れかもしれないけれど、お願いしましょ。」と言いました。 でも住人1は、自分の口では何もハッキリ言いません・・・。住人1にとっては初めての猫。猫画を描くきっかけを与えてくれた猫。マロンへの思い入れは、私の想像を超えると思います・・・。 そうこうするうちに、私が先生にお願いしてから、1ヶ月が経ってしまいました。するとその1ヶ月のうちに、最初の下顎の部分だけでなく、みるみる左頬が腐って来ました。その悪臭は強烈で、吐き気を止めるのに苦労したほどです。見るからに、墓場から出て来たゾンビの様。でも、そんなになってもマロンは「痛い!」とも言わず、膿みを拭いてやる間も大人しく、まるで、「こんな事で死んでたまるか!」と言わんばかりに、良く食べて、良く飲んで、良く寝ていました。病院に行く毎に、少しずつ体重が増えて行ったのです。 あまりのゾンビぶりに、先生も驚かれたと思いますが、「とうとう、さすがの御主人も、決断されたでしょう?」と先生。私はすかさず、「はい!手術をお願いします!」と言いました。「因みに、麻酔のリスクはどのぐらいでしょうか?」と伺ったら、「20~30頭に1頭位は駄目だと思います。」と言われましたが、そこは楽観主義の私。「19~29頭は大丈夫って事で、良い方に考えますので、お願いします!」とお願いしました。 お父しゃん、お母しゃん、何で私はここに入れられたの?!
動物病院の扉が閉まるまで、私達を見ていました。
鎌倉市役所の駐車場で、「東日本大震災救援 合同バザー」が行われました。朝から降ったり止んだり。時には横殴りの雨という、過酷な環境の中でのバザーでした・・・。私、晴れ女なんだけれどなぁ~! 雨が降ったら次の日に延期という事を聞いていたのですが、延期にしたらしたで出店する人の都合がつかないなどの理由があったせいで、延期になりませんでした。 本部と食べ物関連の模擬店には立派なテントが有ったので、売上も上々だった様ですが、物品販売の数々のブースはテントが無かったので、寂しい感じでした。 「猫の箱」のブースは、自前のパラソルを差し、住人1オリジナルの絵葉書と絵と万年カレンダーを展示しました。紙ですから、雨でびしょびしょ・・・。出した物は全滅・・・。出さずに車に残しておいた物は無事でしたが、人前に出せない物が、売れるはずも有りません・・・。知人・友人から預かっていたバザー品を色々乗せてはいたのですが・・・。私としてはとてもとても残念な結果です。思っていた以上にお役に立てなかった私・・・。 売上と募金を全額(7110円)寄付しましたが、テンション下がりまくりで、とてつもなく悲しくなってしまいました。ですが、唯一の喜びは、良い御縁に恵まれている事!「猫の箱」のブースに、ダースベーダーさんを含め快くお手伝いに来て下さった方が5人もいらした事。そして、私の呼びかけに賛同してバザー品を出して下さった方やバザーに出向いて下さった方が沢山いらした事。 ありがとうございます~~~~~! 鎌倉市役所バックに、「猫の箱」のブースをパチリ。
我が家のチビ車も、おニューのパラソルも大活躍。
私の、おちゃめな友人もパチリ。 本当に、ありがとう~~~~~!
匠の市に合わせて2日間、「被災地支援バザー」をしてみましたが、売り上げの全額を寄付すると言っても、今回の大震災の規模から考えると、2日間の売上だけでは何の足しにもならないと思いました・・・。そこで、あれからずっと休まずバザーを続けています。 政府も赤十字も、9月末まで義援金の募集をしているのですから、とりあえず私も9月末まで、「猫の箱・被災地支援バザー」を続けてみようと思います。やらないよりは少しは良い事を期待して・・・。 さてそれともう一つ、住人1がデザインを頼まれていた「東日本大震災救援 合同バザー」のポスターが出来上がりました。是非、5月7日(土)10時から15時に、鎌倉市役所駐車場まで遊びにいらして下さい!!!「猫の箱」も出店しますので~~~!
流鏑馬の馬と記念写真が撮れたり、美味しい地元の名産が食べられたり、掘り出し物が見つかったりするかもしれません。是非♪
もう3週間経つのですね・・・。何せ、一人の力というのは微力な物だなと思います。この3週間は、自分は何の役にも立っていないと、悲しく情けなく感じる日々です。 でも、子供の頃に学校でやっていた「1円玉募金」は、”コツコツやる事の大切さを教えてくれたんだった!”と思い出しました。”たった1円”と思うのですが、”されど1円”。1億人が1円を募金すると1億円に!そう考えると、ちょっぴり何かが出来るかもしれないという勇気が湧いて来ます。 お金だけではなくて、我が家で使っていない物をどなたかにかに使って頂けるなら、それも一種の地球環境ボランティアになるのではないか・・・。でも、被災地に救援物資を送るのには新品が前提でしたので、発想を変えて、我が家「猫の箱」で「被災地支援バザー」をやる事にしました。バザーの売上を全額寄付すれば、少しは何かの足しになるのではないかと・・・。 先週から、我が家「猫の箱」の入口掲示板に、バザーの日程と寄付品のお願いのポスターを貼ったり、町内の方にお声をかけたところ、私の気持ちをくんで下さり、「役立てて下さい!」と持って来て下さいました。近所に住む友人は知人の方にまで声をかけてくれました。沢山沢山の真心が集まりました。嬉しいなぁ。私は本当に良い御縁に恵まれています。 被災地支援バザーは今後も継続して行きますので、「そう言えば、猫の箱で品物を集めていたなぁ。」と、ふと思い出して頂けたら嬉しいです。 5月7日には、鎌倉市役所駐車場で大規模なバザーをします。今、住人1がポスターデザインを作成中です。出来ましたら掲示させて頂きますね。 さて、まずは4月2日・3日の「匠の市」に合わせて、「猫の箱」の被災地支援バザーを覗いてみて下さいませ♪♪
昨晩、私の気持ちはすっかり決まっていました。大袈裟かもしれませんが、「私が日本の為に出来る事はこれだ!」と思いました。 テレビのニュースを見る度に、被災地の辛さが伝わって来て、ゆっくり寝るのも申し訳ない気持ちで、居てもたってもいられないでいる位なら、やっぱり、被災地へボランティアに行きたい!と思っていたところ、特定非営利活動法人ピースウィンズジャパン・公益社団法人シビックフォースの代表がテレビで、「医者・看護士・大工・建築士を募集」と言っていたので、”これだ!!!”と思い、住人1や両親に話をし、行く事にしました。 私が苦労して一級建築士を取った事も、建築事務所の事務所登録の更新をしたばかりだという事も、現在全く忙しくない事も、ボランティアに行ける環境が整っている事は、私の運命だったのかもしれません。 今朝一番に連絡を取ろうと思って起きた所に、1本の電話が入りました。それは先日卒業式の来賓に呼ばれた小学校の校長先生からでした。 話を伺うと、「来年度の理科の補助教員をやってもらえませんか?」という事なのです。頭の中ではフラッシュをたく様に、小坂小学校の子供達と被災地の光景が交互に浮かびました。私はどうすべきなのか・・・。被災地に行く事は、何ヶ月も帰れないのが前提です。そうすると、小学校の子供達を教える事は出来ない・・・。じゃぁ、今まで縁の有った子供達を放り出して行ってしまう方が良いのか・・・。私に順番を付ける事は出来ませんでした。 そこで、これも私の運命だと思う事にしました。今まさに電話をかけようと思っている所に滑り込む様に電話がかかって来たのも、何かの御縁だと・・・。そう、先着順!!!補助教員の道を選択するという事は、我が家「猫の箱」に居られるという事ですから、やはり、私達の出来る範囲で被災地の支援をやりたいと思いました。動物達もどうしているんだろう・・・。その子達も、お世話したい~! そこで電話を頂いたついでに校長先生に、「我が家で何人か、親を亡くした子供さんをお預かりしたいのですが、鎌倉市に問い合わせてもまだ被災した子供の受け入れはしていない様ですので、もし情報が入ったら教えて下さい。」とお願いしておきました。 住人1に補助教員の件を報告したところ、「それも、遠回りかもしれないけれど、日本の為になると思うよ。」と言われました。そうですね、どこでも、私という人間がお役に立つなら良いです。 我が家「猫の箱」は暖房を入れていないけれど、くっつけば暖か~い。
そう、5年間こうだけど、慣れたわ!慣れれば何て事はないものよ。
昨晩は、ほぼ眠れませんでした。ここの所、計画停電に合わせての不規則な食事と不規則な睡眠や生活を繰り返し、自分達の今後の事や被災地の事を考えると、頭が冴えてしまいます。 決して私は心配症や不安症では有りません。もともとどちらかと言うと、前向きのぶっ飛んだ性格で、どこででも生きていけるタイプです。どこででも横になって5秒で寝られるという特技が有るのですが、でもでも、ここ1週間はなかなか寝付けません。 それに加え昨晩は、鎌倉市の学校評議員で来賓に呼ばれたので、卒業生に贈る言葉をあれやこれやと考えてしまいました。小学校6年生には、どの程度の言葉だったら伝わるのだろうかと・・・。 大震災の後ですから、「何が何でも生き抜いて下さい。」という事も言いたかったし、これから大人になる子達に、「一生勉強です。一所懸命勉強をして、生きる知恵を付けて下さい。勉強があなたを助けてくれます。」とも言いたかったですし、今後何が有るかも分からない所でも「夢や希望を持って建設的に生きていさえすれば、必ず良い事が有ります。」という事も言ってあげたいし、未来の日本を背負う子達には「どんな時も正義を貫いて下さい。」と言いたいし、悩み苦しんでいたら、「あなたは一人ではないから、誰かを頼りなさい。そして誰かを助けなさい。」とも言ってあげたい・・・。ダラダラと何と欲張りな!一言では言い表せないなぁ・・・。でも挨拶は、ピピピッと終わらせた方が良いだろうし・・・。 結局、卒業式の会場で、しゃべる寸前まで考えに考えて、「強く、優しく、美しい人間になって下さい。おめでとうございます。」とだけ言いました。伝わっただろうか・・・。卒業生の為に考えた言葉では有りますが、これは結局、私の目指している場所なのだろうと思います。 我が家「猫の箱」に帰って、住人1に「こんな短い言葉で、私の言いたい事は伝わったと思う?」と聞くと、「それぞれの子がそれぞれの意味を考えるよ。」と言いました。そうか、良いんだ!色々な解釈が出来る所が面白いんだなぁ~、言葉って。 日本語をしゃべらないマロン様にだって、気持ちまで通じちゃうんだもんね~。
それにしても、私の分まで良く寝てる!
今回の震災は、想定外の事ばかり。巨大な地震・巨大な津波・原発の事故・・・。 被災者の避難生活は、確実に長期化が予想されます。食料・物資が無い上、寒い地方の事で、こちらで考える以上に過酷な避難生活です。食料難で、医療機関もパンク。人手は欲しいけれど組織に属さないボランティアは危険を伴い、逆に迷惑になる事も有るそうで・・・。 特に今回の地震・津波・原発事故による被害は大きいので、「困った時はお互い様」の精神で、鎌倉において、避難者の受け入れをしてはどうかと思うのです。数に限りは有ると思いますが、公民館を使うとか、個人のホームステイ先を鎌倉全域から募集する方法も有るかと思います。お世話係は、町内会の会長や防災担当を頭に組織すれば何とかなるのではないでしょうか。その他、身寄りを亡くした子供さんを、各学校で受け入れるというのはどうでしょうか。 余震や連鎖地震・原発の放射能の事も有りますから、鎌倉は安全だとも言い切れませんが、現実的な事を考えれば、こちらの方がまだマシです。今まさに助けを求めている人が山ほど居るのです。それを見過ごしたら、人間が人間でなくなる気がします。 我が家「猫の箱」のお風呂兼僕達の水飲み場、素敵でしょ。
おもちゃのLED証明なんだよ。
先日の地震の後、浜松に居る弟のお嫁さんに、地震の際に役に立ったものについて連絡を入れていました。そして、「連鎖地震が有るかもしれないから気をつけてね。」と、私なりのアドバイスをしたつもりでした。その勘がまさか当たるとは!!! お嫁さんは、「鎌倉は停電で大変でしょう?浜松は計画停電もないし、スーパーに物は沢山あるし、大変だったら皆でこちらに来て下さい。」と言ってくれていました。 この45分、電話が通じていません・・・。生きていますか?このブログを見ていたら、コメント下さい。
ちょうど1週間前にインフルエンザらしきものにかかり、38度5分の熱を発したものですから、養生でここ数日は昼まで寝ていました。住人1が自分で御飯を作れる人ならば苦労はないのですが、温める事すら怪しい人なので、昼を作り、ワイドショーテレビを見ながら、私も2階で遅いブランチを取っていました。 最近のワイドショーは景気の悪い話が多く、今日の内容もなかなか真面目で暗い話題。菅首相の政治資金規正法違反の件とやらでガタガタしており、日本沈没を防ぐべく石原東京都知事が4期目の都知事選に立候補する旨を発表したところでした。 昼御飯のお皿を片づけ始めた時、”めまいがする”と思ったら、テレビのアナウンサーが「只今、地震が起こっています。」と言いました。”何何?”とテレビに近づいた途端、停電し、ガッガッガッガッという音と共に、ブランデーグラスを揺らす様な大きな揺れが来ました。 とっさに1階に居る住人1に、「コレかなり大きいから、なるべく部屋のド真ん中に居てね!階段には来ないで!」と声をかけました。自分の設計した建物なので、特性を瞬時に思い出し、我ながら冷静に揺れ方を解析していた様に思います。鉄骨造なので、柔らかく揺れますが、屋上のバラ鉢が結構良い具合に地震力を吸収していた様に思います。 生まれて今まで体験した地震の中では、一番大きく感じ、これはエライ地震が来たと思いました。気が付けば、心臓もドキドキしていました。でもこの地震で一番のビビリン坊が判明。オデンちゃんは揺れ出してすぐに、階段を2階から地下まで転げ落ちる様に降り、布団の一番下に潜って、数時間、呼んでも出て来ませんでした。余震が来る度、他の住人に助けを求める目をします。 ねぇ、野生の勘だってば!!!
ねぇねぇ、変だよ!まだカタカタ揺れているよ。 |一覧| |
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