RS04-06
5「なかなか古風なペンションね。どうせ住むなら、こういったのがいいな。ね、真」「そうだな。でも、1人で住むには広すぎるぜ」「2人なら、丁度いいわよ」 シェリーが泊まっていたペンションは、どちらかというと永住できる一軒家だった。キッチンは広くて、とっても使いやすそうだし、居間もゆったりとして落ち着いている。廊下も幅があるし、窓も多くて景色はいいし、まさに快適空間ってところね。あと、洋間が2部屋と寝室が1部屋あったけど、うーん。2人でも、ちょっと広すぎるかな。4人家族だと、丁度いいみたいね。「どうぞ、こちらに」 あちこち回っていたあたしたちに、シェリーが声をかけた。えっと、居間はあっちか。「おーい、美加。どこだ?」「こっちよ、真」 真が迷子になってた。呼んでやると、寝室のある方から姿を見せた。どこ行ってたのよ。「いやー。他人の家って慣れなくってね。しかしここの寝室、なかなかのもんじゃん」「ちょっと真。あんたねー」「まあまあ。一応ベッドは2つあンだけど、ま、1つでいいね。なんせ、ダブル・ベッドなんだから。ロイってやつ、なかなかやるなあ」 真はダブル・ベッドを見て、えらく興奮していた。というよりも、あのロイって子がシェリーと……ってことに興奮してるようだけど……。はは、まっさかあ。シェリーがそんなこと……。 っと、人は見掛けによらないんだわ。美奈の例もあることだし。 と、とにかく、そんな羨ましそうな顔しないでよ。「ほら、シェリーが待ってるよ」「へいへい」 真を連れて、居間に入る。御丁寧に、アイス・コーヒーなんか出してくれたりしていた。ロイとシェリーに向かい合う形で、籐の椅子に座る。「あなた方は、本当に父から依頼を受けて、わたしを捜しに来られたのですか?」 まだ疑ってる。さっきからずっとこうなのよ。まあ、あたしたちが怪しい人間でないってことは、真のIDカードで納得してもらったんだけど、オルフェウス氏から依頼を受けてここに来たってことは、信じてくれてない。「いーかげんに信じてくれよ、シェリー。本当だったら」「昔から父によく言われているんです。知らない人間には気を付けろと」 他人を見たら敵だと思えって感じね。オルフェウス氏は何て教育してんのよ。これじゃシェリーは、人を信じることができなくなっちゃうじゃない。「誘拐されそうになったことがあるってことだけど」「ええ。もう10年も前のことですけれど、よく憶えています。無理矢理エアカーに連れ込まれそうになって……でも、折から来合わせた警察の方に、助けていただいたんです」 ふーん。運が良いわね。 それとも、シェリーに自覚を植え付けるための、狂言だったりして。父親の仕組んだ、芝居。そうとも考えられるわね、そんなタイミングで警察が現れるなんて。「でもそれ以来、わたしの周りにはボディ・ガードが付くようになりました。だけど、どこへ行くにも同行するので、わたし、煩わしくって。だから、学校が休みの日でも、外に遊びに出れないんです」 そりゃそうでしょうね。ボディ・ガードをぞろぞろ連れて、街へ遊びに行く訳にもいかないわ。 にしても、毎日毎日片時もボディ・ガードをくっつけているなんて、何ともまあ心配症な父親ね。ウチの親父なんか、家にも住ませてくれなかったのよ。それに比べりゃ、幸せなものよ。ただし、愛情だけだけど。ウチの親父も、オルフェウス氏の10分の1くらいの愛情をあたしに……いいや、もう。今更どうしようもないことだもんね。 話をシェリーに戻して、しかし16の女の子が街へ遊びに行けないなんて、地獄の世界ね。あたしだったら、とっくに家出してるわ。シェリーってば、よく今まで我慢してこれたわね。「あの、失礼ですけど、おいくつなんですか?」「あたし? 今日……じゃない。もう9月2日になってるんだっけ。昨日、19になったの」「俺、18」 聞かれもしないのに、真が言った。「そんなにお若いのに、こんなお仕事をしていらっしゃるんですか? 羨ましいわあ」 羨ましい? これ、結構キツイ商売よ。まあ、今回は楽勝だったけど。「毎日毎日、宇宙を飛び回っていらっしゃるのでしょう? わたしはずっと家の中で過ごしていましたから、そういった世界って、とっても憧れているんです」 ドラマに影響された、夢見る少女ってところね、シェリーてば。ははん。それで家出をして、宇宙に出たって訳ね。あたしとは随分違う理由だな。ま、気持ちは判らないでもないわよ。結局、抑圧された生活から解放されて、冒険してみたかったのね。でも、冒険するには、それなりの覚悟がいるのよ。それも、命懸けの覚悟が。「家出の理由は判ったわ。あなたは飛び出したかったのね、今までの生活から。だけど……これはちょっと、違うんじゃない?」「何がですか?」「あたし、御父様には、あなたは家出したって聞いてるの。でもこれは、どう見たって駆け落ちよ。ロイ、あんた、どういうつもりでシェリーとここまで来た訳?」 シェリーの隣で事の成り行きを見ていたロイ――ロイ・サフランは、急に自分にお鉢が回って来たので、ぴん! と背筋を伸ばした。「僕は、シェリーが家出をするっていうから、心配で……」「で、付いて来たって訳ね」「はい……」 別にあたしは睨んでる訳じゃないんだけど、ロイはひとこと言うたびに、小さくなっていった。「わたし、別に駆け落ちしてきたつもりはないんですけど」「あらシェリー、じゃロイは単なるボディ・ガードな訳? それはあんまりなんじゃない? ロイのこと、好きなんじゃないの?」「好きです」 あら凄い。はっきり言えるなんて、ちょっと羨ましいわね。 シェリーは続けて言った。「でも駆け落ちって、周りに反対されたりしたからするものなのでしょう? わたしとロイの場合、ほとんど知られていませんから、誰も反対していません。だから、駆け落ちとは言わないのではないでしょうか」「ほとんど知られてない? でしょうね。御父様、何も言われなかったから。で、知っている人ってどのくらいいるの?」「学校の友達が何人か。あと、執事のタムラです」「執事ぃ!?」 執事のタムラ氏って、オルフェウス氏の後ろに控えて、「お嬢様が……」なんて言って泣いてたじーさまのことじゃない。あのじーさまが、シェリーとロイのことを知ってたとなると、もしかしてこの家出……。 あたしの疑問は、問う前にシェリーが答えてくれた。「タムラはわたし側に付いていましたから、ロイのことを知っても、父には話しませんでした。ボディ・ガードの目を盗んで家出させてくれたのも、タムラなんです」「道理で、あれだけのボディ・ガードの目を盗んで家出できたはずだぜ」 今まで会話に参加してなかった真が、久し振りに声を発した。はん。そーいう訳だったの。後ろで、それも身内で手引きしてた人がいたとは、さすがにオルフェウス氏も考え付かなかったようね。