カテゴリ:サユリ
手袋を付けなきゃ原付に乗れない季節になっていた。
ボロボロの原付でふらふらと枯れた木々の間をぬっていくと何時にも増してカップルの姿が目に付くようになったけど、だからと言って僕は何とも思わなかった気がする。俄かに忙しくなった日々に流される様に過ごしていたしそれで、僕はいいと思っていた。金が無い。けれども、時間はもっと無い。 僕はここひと月ほどバイトに顔を出せないでいた。否、出せない言うより出している場合では無かったという表現が妥当だったのかも知れない。教授は出来損ないの僕が書いた論文に異常に興味を示し、過剰なまでの期待を掛けていたし、父親が倒れて実家に戻ったりしたのも丁度その時期だったと思う。 オロオロするだけの母親をなだめ、音信不通の弟に何とかして連絡を取り、さすがに少し参っていた。そんな時期。 徐々に落ち着きを取り戻し、大学に戻った僕はコートの襟に首をすくめながら、タバコを吸うために階段の脇の喫煙所に向かった。煙をゆっくり吐いて、すっかり吐いた後も息が白く宙に消えていく。ぼんやりそれを見ながら、そろそろバイトのシフトを入れなきゃな、そう思い、携帯を取り出そうとしたときに。 着信音が鳴った。知らない番号。 女性の声が、聞こえた。サユリ、だった。 「おお、どないしたん?」 「ごめんなさい、急に電話しまして…サワニシさんから聞いて」 「ああ、コウキから聞いたん?そっか」 「実は、バイト、クビになったんです」 「はぁ?何でよ?入ったばっかやん」 「マネージャーに、君はちょっと向いてないだろうからって」 「ああ、あのブタかぁ。」 「他の仕事の方がええんちゃうか?って」 「ああ、アイツムカつくやろ?」 「いえ、そんな・・・」 「ははは。でも、残念や。うん。まだあんま話も出来てへんのに」 「はい・・・それで、お礼を、と思って」 「お礼?」 「この間、送って頂いたお礼・・・」 「ああ、構わんよ。全然」 「短い、間だったけど楽しかったです。また、飲みとか行きましょうね」 「ああ、そうやな。行こうや。みんなで」 「はい、また、誘って下さい」 「うん、じゃあな」 また社交辞令のような会話を繰り返すサユリに僕は少し苛立ちを覚えて、電話を早めに切り上げた。全く、優しくないけれども、言い訳染みた事を言えばその時の僕にはそんな余裕なんて無かったんだと思う。もう、一本タバコを取り出し火を点けながら、サユリと会うことはこの先無いやろなと、強くなった風をよけるために柱の影の壁にもたれた。 サユリから二度目の着信があったのは、それから、1週間後のことだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.02.27 13:11:24
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