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存生記

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2008年06月15日
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黒川創、『かもめの日』、新潮社、2008年。

『蟹工船』が今よく読まれているそうだ。フリーの人々の寄る辺ない生活を描いたこの小説も現代版『蟹工船』かと言ったら著者に怒られてしまうかもしれない。何も声高には訴えない、洗練された語り口からすればおよそ結びつかない組み合わせではある。

女性初の宇宙飛行士テレシコワが発した「私はかもめ」という台詞から、見えてくる内幕、チェーホフの「かもめ」との結びつき、宇宙空間という圧倒的な孤独にありながら、どこか意表を突かれるユーモラスな台詞。電波でかろうじてつながっているコミュニケーションという状況。何かを暗示してやまないこのエピソードがプロットをたばねて深い余韻を残す。

こうして現実のニュースと書物の世界を横断しながら、語り手はおもむろに物語の描写にかかる。キャメラがどの人物に焦点をあてるのか探りながらゆっくりと近づいていき、順々に何人もの人たちの生活が描かれる。次第に点が線になり、面となってその人たちの人生模様が織りなされる。まさに練達の筆致で一気に読ませる。

フリーのアナウンサーの世知辛い世界は、だいたい想像がつく。先日、自殺したアナウンサーのことをふと思い出した。この小説では、アナウンサーではないが練炭自殺をはかる場面も出てくる。ちなみに小説の冒頭では不吉にも「書くとは、予見することである」というポール・ヴァレリーの言葉がフランス語で掲げられている。

小泉今日子がこの小説の書評を書いている。映画化したらどうなるのだろう。不倫や謎の死というサスペンスは映画向きだが、複雑な人間関係を観客にすらすらわかるように撮るのは大変そうだ。ラジオ、ボブ・ディラン、テレシコワ、(これまたブームらしいロシア文学の)チェーホフ。大人向けの作品になるのは間違いなさそうだ。





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最終更新日  2008年06月15日 23時51分53秒



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