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テーマ:ショートショート。(1084)
カテゴリ:SSもどき
木賀家の三男、カオルは、自室で松樹剛史の『ジョッキー』を読み終えようとしていた。腕はあるけど運がない、不遇の貧乏騎手、中島八弥が、日本競馬の大舞台である天皇賞に挑戦するまでを描いた物語である。様々な葛藤や過去を乗り越え、主人公が成長していくラストは実に清々しい。 しかし・・・・・・ 「うえーん、ショーサーン!!」 カオルは読み終わると、一声叫んで、本に突っ伏した。どうやら、主人公よりも馬に肩入れしてしまったらしい。ショーサンとは、この小説に出てくるオオショウサンデーという競走馬の愛称なのである。無邪気で素直で人懐っこい、実に愛らしい性格の芦毛の馬で、主人公の八弥や厩務員の亀造を虜にするのだが、この馬に肩入れしすぎるとカオル同様清々しい読後感は得られないかもしれない。 こんなに馬に惹かれてしまうのは、自分が午年のせいだろうかと鼻をすするカオルであった。 カオルはしばらく悲嘆に暮れていたが、急に晴々とした表情で顔を上げた。晴々というより、にやけている。ふやけていると言ってもいい。次兄のミノルが見たら、気持ち悪がること必至だろう。 「でも、今日は宝塚記念の日だもんね~。ディープに会えるっ♪」 小説中で主人公も挑戦した春の天皇賞で、有馬記念で取れなかった四冠をついに達成した競走馬、ディープインパクト。その、五冠目獲得になるかというレースが、本日京都競馬場で行われるのだ。 とはいえ、カオルが会えるのはブラウン管越し。しかも、テレビは父の伸夫が占領しているので、ビデオ録画であとから見るという時間差の再会である。もちろん、馬の方では一度たりともカオルと会った記憶などない。一方的この上ない再会である。 出走まであと三時間余り。生中継を見れるわけでもないのに、時計を見ながらレースまでの時間を指折り数えていると、おかしな歌が聞えてきた。携帯が、あなたはとってもウマナミだと歌っている。液晶画面には、次兄の名前が表示されていた。 カオルは一瞬取るのをためらってから、電話に出た。面倒だから無視しようかと思ったのだが、ミノルのことだ、無視したら後でもっと面倒なことになりかねない。それでも、口調がぞんざいになるのは仕方がないだろう。 「なんだよ、ミノル兄」 「なんだよはないだろ。兄ちゃんがせっかく映画に誘ってやろうとしてんのに」 電話からは、気持ちの悪い猫撫で声がする。ミノルが何か企んでいるのではないかと、カオルは身構えた。 「ミノル兄と映画? 嫌だし、キモイし、有り得んし」 「てめ、いっぺん殺す」 ミノルの声が、通常モードに戻った。「おまえも知ってる加地って奴も一緒だよ。本当はもう一人来る予定だったんだけど、そいつがダメになってよ。三人じゃないと千円で観れないから、おまえも誘ってやろうって話になったんだ」 カオルの街にある映画館は、高校生が三人で入れば、一人千円で映画が観れるのだ。 「それって俺、利用されるだけじゃん」 「利用だろうが応用だろうが、おまえだって千円で観れるんだからいいだろ」 ミノルは恩着せがましく言ってくる。有難いと思えと言わんばかりだ。カオルは誰が行くかと思ったが、映画のタイトルを聞いて気が変わった。自分も観たいと思っていたものだったのだ。それでも渋るふりをして、二人に百円ずつ払わせることで了承すると、カオルは小躍りしながら家を出た。これで、八百円で観られるのだ。ビバ! 高校生! 半額以下! つづく 今回、やたら言葉が汚いです。すみません。 口語って文字にすると、とてつもなく汚かったりしますね(汗) 『ジョッキー』を読んで、ショーサンにハマったのは私です。 この小説、ほんと面白いです。 競馬に興味なくても楽しめたと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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