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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

3  5/6UP

3.

東京へ向う新幹線に黒いスーツの男たちがわんさか乗車です。
「大叔父、世話になっている組に挨拶に行くとは聞きましたが。
かなりの遠方なんですか!」
「なんだ、その不満そうな顔は。
志信はご近所にでも挨拶に出かけるつもりだったのか?
おまえは小さい男だな、そんな奴に組を任せていいものか」
大叔父は不満げな志信さんに全く動じないで、上着を舎弟に渡します。
「のんびり旅行気分と行こう」
「なにが旅行ですか。大事なことだと言うから予定を空けたのに」
「大事な用だよ。だからこうして、組のものを同行させているのだ」
どかっと座席に腰掛けますが、この異様な空気の中…

わーわーと甲高い声がします。通路を子供が走っていますね?

ここは禁煙車両です、つまり一般の普通車両。
極西会の組長なのにグリーン車では無いなんて。
おかげで一般のお客様がびびっていますよ。
「…どうしてグリーン車じゃないんです?少しはまわりに気を使ったらどうなんですか」
志信さんは煙草が吸えないのも嫌みたいです。

「あいにく空席が無かったらしいです、志信さん。
しかしオヤジサン、たかが30人ばかりの空席が無いとはJRグループは景気がいいですな」
「おまえは上手いことを言うじゃないか。
紀章は無駄口を叩かないからつまらないんだよなあ、聞いたか志信?
人生に笑いは必要だぞ」
わはははと笑う大叔父のネクタイを引張りながら、
「その紀章はどこにいるんですか。
いつもは大叔父の傍に突っ立っているのに」
「今頃気がついたのか?呆れたな、もっと周りに注意しろ」
「はぐらかさないでください。若頭筆頭の男を連れてこないなんて、どういうことですか」
「あいつにはアヤちゃんのお守りを言いつけてある」

「アヤ?」

志信さんが口を開けたまま固まりました。
「可愛いアヤちゃんを連れて歩きたいのは山々なのだが、気がかりなことがあってな。紀章に任せたんだよ」
「気がかりって?アヤが何か」

「志信。おまえが組長になったら、いつ命を落とすかわからない世界に足をつっこむのだ。もしくは檻に入れられる可能性だってある。
おまえが戻らないときにこの組を引張るのはアヤちゃんなんだぞ。
その心構えを紀章に仕込ませることにした」
「紀章に?」
それは無理だろうと志信さんは首を傾げました。
「アヤは自分の気に入らないことだと蹴りますよ?」
「そうか。紀章も久々に鍛えられるかもしれないな。
最近はもっぱら護衛ばかりで平和ボケしているから丁度いいわ」
大叔父は寛大な人でした。




その頃、大きなテーブルにどさっと盛られた生肉を前にしてふてくされている子がひとり。
すでにこの状況がお気に召さないようですよ。
「アヤさん、どんどん焼きますからね!」
舎弟たちが煙を上げる中、頬杖をついてしまいました。
「アヤさん!お行儀が悪いですよ」
紀章がぐいっと背を正させます。
「皆の手本となっていただきませんと。アヤさん、聞いていますか?」

「あのひとがいないんじゃ、楽しくない」

アヤの呟きに舎弟たちがなぜか涙目です。
「アヤさん!おかわいそうに…」
「そこまで志信の兄貴のことを!」
「さあ、食べてください!どんどん焼きますから」

舎弟たちのはしゃぎようとは逆に、アヤの表情は曇っていきます。
すこしづつ俯いていきました。
「アヤさん?」
さすがに紀章が小声で注意しますが
「引越しの準備をしていたから、最近・全然会っていなかったんだ。
さっきちらっと顔を見ただけで。なんかもう…寂しい」
おなかがすいたと騒いだくせに、志信さんがいないと知ったら 志信さんの
ことばかり。
かなり食欲をそそるはずの焼肉の匂いも、アヤをへこませてしまうようで。
「いつになく弱気なんですね?」
紀章が堪えきれずに噴出しました。
「あなたは逞しい人だと思っていました。こんな一面もあるんですか」
アヤは笑われたのがムカッときたようで顔をすぐに上げます。
「弱い?俺が?」
口を尖らせる仕草が、子供のよう。

「楽しい人だ。あなたに興味を持ってしまいましたよ」
紀章の声は、焼肉に夢中になっている舎弟たちの歓声でかき消されます。
「もうすこし早く出会えていたら。…あなたを抱きしめることができたのでしょうかね」
「はあ?」
「すみません、どうかしていますね。あなたには志信さんという人がいるのに」
誰かに思いを寄せられる事に慣れている人はいるのでしょうか。
真面目な思いであればこそ、どうしていいのか困りますね。
笑い飛ばせば過ぎることもできるのに。
志信さんがいない、この寂しい気持は、どう埋めていいのかわかりませんし。
「人のものを口説いてしまうなんて」
不意に微笑む紀章を見て慌てます。
子供のアヤには、この空気を打開する能力は備わっていないようです。

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