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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

11. 大人の男。 9/2UP

11. 大人の男。

「あまり無茶をするな」
河口の組長の前から下がったアヤに、志信さんの声がかかりました。
はっと顔を上げて、声のした方を見ますが…それっきり黙ったままの志信さん。
腕を組んで柱にもたれ、アヤの様子を見ています。

無茶をするな、と言われても。
アヤにしてみたら、こんな事は無茶でも何でもないのです。
相手の組に乗り込んだ事が怖くないと言ったら、嘘になります。
でも、会いたいと思ってはいけないのでしょうか。
志信さんの力になりたいと、思ってはいけないのでしょうか?

無言のままアヤが立ち上がると、志信さんも姿勢を正しました。

「アヤ。おまえが18年生きてきた中での経験で、今までは立ち向かえた。
その容姿と、行動力に敵うものはいなかっただろうし、
皆がおまえの味方だったろう。
現に、極西の舎弟たちもおまえを認めている。
しかし、これからは違うんだ」

志信さんがまっすぐアヤを見つめながら、淡々と話し始めます。

「正しいものが生き残る世界では無い。
感情のままに無茶をすれば、命が無い。
アヤの今までの経験では計り知れない、命と金のやり取りがあるんだ」

志信さんの言葉に、アヤが頷きました。
頭ごなしに避難しているようでも、言葉の端々に自分のことを心配しているのが感じられたのです。
「おまえが無茶をしても、こうして助けようとする若頭はいる。
しかし、もう駆け出すな。
この先の命の保障が無いんだ、わかるか?アヤ」

志信さんも人前でアヤを叱るような事はしたくないのです。
いつもなら自分の背後に隠してでも、説教を避けました。
しかし、河口の組長の手前。
ここでアヤを歓迎するわけにはいきません。
アヤは、姐なのです。
組の歩調を乱すような真似は許されません。


くっと何かを堪える志信さんの心のうちは、大叔父が気づいていました。


「アヤちゃん。盃を交わしていないから、河口のも許したんだ。
盃を交わしていたら、この世界の者。その無礼は、命を取引にされても横暴にはならない。
考えてごらん。姐まで駆け込んできたら、誰でも警戒するだろう」
大叔父がアヤの頭を撫でながら、言い聞かせます。

確かに。そういえば紀章は、新幹線で向う舎弟にはチャカを持つように言っていました。
その覚悟で、皆が動いているのです。
東と西の極道が激突するきっかけなんて、大きなものでなくても構わないのです。
どちらも友好の絆を深めてはいても、心中いかばかりか…
お互いが胡散臭いと思っているのは違いないのです。
同じ極道のものですから。
相手のシマが取れればシノギになる。

そんな世界にいることを、アヤは自覚しなければなりません。

「まあ、アヤちゃん1人を責められないけどな」
大叔父が志信さんをちらっと見ました。
舎弟がアヤを呼び出したのは志信さんが心配だったからでしょうが、
それではあまりにも志信さんの不甲斐なさを露呈したばかりか、
アヤがこの広間に駆け込んできたときに受け止めたことで、大叔父は志信さんに注意を促します。
しかし、志信さんも負けません。睨みかえしました。
折角、不本意ながらアヤを叱ったのに…

この隠居がアヤをかばうのですから。


「そんなに叱ってやるな、瀧本の」
どうやら河口の組長は満足そうです。
子供のアヤに、ちゃんとこの世界の理を仕込もうとしている姿勢が見えたので、余興のひとつと捉えたのでしょうか。
「これから、教えてやればいいことだ。今日のところは、瀧本の気持に免じよう」
度量の広さも組長の器。
関東をまとめる者ならではの心配りに、志信さんが頭を下げました。
「なあ、アヤくん。急いで大人にならなくていい、きみの成長を楽しみにする者が関東にいることを覚えていてくれ。
どうも、きみを敵に回したくないな」

ああ、伝わったようですね。
極西の人間が、アヤを大事に育てようとしていることが。
命なんて無いに等しい極道者。
己の命は組に捧げると誓うもの。

しかし、かつて生きてこそと唱えた西の大物がいました。
若頭はじめ末端までわが息子のように等しく可愛がり、命を粗末にしようものなら激しく叱咤したといいます。
それは組長ではありません。
名のある組長を支え続けた、姐です。
しかしこの人は女性でした。
女性ならではの細かい気配りが可能でしたが、アヤに果たして?
でも誰もアヤに大物になってほしいとは望まないでしょう。

誰もが、アヤの存在を護りたいのです。


夜が静けさを取り戻しました。
顔見世としては、かなりの印象を与えてしまいましたが。
皆で河口の本家を後にします。

門前で紀章が舎弟たちに戻るよう指示を出していると、志信さんが寄ってきました。
「何でしょう」
「よく、付き添ってくれたな」
「は」
志信さんがため息をつきます。
「あのやんちゃの面倒に、かなり骨が折れたことだろう」
「いいえ」
紀章が携帯を手持ち無沙汰にしています。
「これからが楽しみですよ。こんな世界にいたら、生きることすら意味をなくしそうなのに、おかしなもので。
アヤさんといると何が起こるかわからないなんて、面白いし。
気が抜けませんね」

志信さんが紀章の気持に気づくのは、まだ先のことになりそうです。

「志信さんも我々と一緒に新幹線で帰りますか?」
「いや、先に行くよ」
紀章が靴音に気づきます。
「アヤ、さん」

あのやんちゃが、人前で叱られたのによく黙って耐えたな。
ネクタイを締めようとしただけで暴れる。
近くに来るなと騒ぐ。
果ては蹴りも繰り出す、暴れ者なのに。

今、平然とした顔で近づいてくるアヤに、紀章が声をかけたくなるのは当然かもしれません。

しかし、アヤは志信さんの隣に来ました。
紀章は胸がちくりと痛むのを気づかぬふりで仕事に徹します。
「…では、俺も」
「隠居についてもらおうか。アヤは平気だ」
「何を言って…」
極西のものが大挙していることを知れば、どんな小さな組でも名をあげるチャンスとばかり近寄ってくることでしょう。
危険極まりないです。
紀章はそれを言おうとしながら、言葉が出ません。

アヤが心配なのです。…でも、その役目は。

「私が護る。ここまで私に会いに来たアヤを、誰の側にも行かせない」
志信さんの言葉を聞いて、アヤがちらっと見上げてきました。
「あなたの側以外に、いる気はありませんよ」
何を今更な言い方に、紀章は笑い出しました。
思いを空に放つように笑いますが、暗闇では見過ごしてしまいそうな涙まじりでした。
「失礼、志信さんには…太刀打ちできません」

自分の思いに気づいても、どうにもなりません。
しかし、組のものとしてアヤを護る役目には違いありません。
「アヤさん、おやすみなさい」
迷いは無い。紀章は気持を切り替えて、微笑んでみせました。


→ようやくアヤが志信さんに甘えるのか。それともまた暴れるのか。
 のろのろしていますが 12話へ続きます。押すと12話です


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