12.12.警察はどうしても極西にも非があると言い張り、大叔父を連れ出そうとします。 組長を捕らえる事は組の壊滅に繋がります。 指定暴力団を潰したいのでしょうが、そうはいきません。 無駄に手を上げれば、警察側にも損害が出ます。 特にこの極西は、組合費を払って地域に貢献しているので、 誤認逮捕ともなれば、警察の面子は丸潰れです。 「今日は引き上げよう。しかし二度は無いぞ」 気勢を張る警官がそう吐き捨てて、出て行きました。 今日の警察の獲物は山本組の鉄砲玉・及び射撃班と竹中でした。 これから署内で、組長の指示だといわせるつもりでしょう。 永哉や射撃班が「そうだ」と言えば組長は逮捕です。 しかし言うはずがありません。 組を護るのが仕事でもあります。 永哉は傷の痛みよりも、 アヤに敵対しなければならなかった自分が情けなく、 心が痛んでいました。 もう、二度と会えないでしょうから… 極西の門や中庭を舎弟が掃き清めます。 志信さんの盃の儀が始まるのです。 これには分家や一家名乗りを許された総勢30名、 及び極西の舎弟50名が一堂に会します。 そして全員が紋付袴に着替えます。 これは彼らにとって、晴れの式なのです。 それを手伝うのが舎弟の嫁や愛人なのですが… 「俺、着せ方がわかりません」 アヤが志信さんの前で困惑しています。 「着付け教室にでも行かせるべきだったか」 志信さんが溜息をつきながら、自分で着替えを始めます。 勿論、紋付袴です。 そこへ気を利かせた大叔父の愛人がやってきて、志信さんに着付けると、 今度はアヤに歩み寄ってきます。 「もしかして…俺も着るんですか?」 「難しいところですね。しかし私と同じ着物ではよろしくないでしょう」 髪に飾りを一つもつけていないその人が微笑みます。 「アヤさんの紋付袴姿を、見たいものが大勢いますよ」 アヤは不本意でしたが、着せてもらいました。 「アヤ。盃は持っているだろうな」 「はい」 「これは一生ものだ。割れないように大事にするんだぞ」 「へえ…」 アヤは広間に入ってこれは大変だと、ようやく気付きました。 総勢80名が揃っており、空気は緊張感に満ちています。 それに見知らぬ男達が一斉に志信さんとアヤを見据えました。 「志信の兄貴だ」 「後にいるのは誰だ?まだ若いな」 アヤの耳に雑音が聞こえますが、知らん振りです。 無駄口を叩くのは儀式の邪魔です。 二人が中央祭壇まで歩みを進めると後方からどよめきが起きます。 「姐なのか!」 ようやくアヤのことが知れたようです。 ざわつくものたちを大叔父が一喝して静めます。 「これより始めさせていただきます」 中央に大叔父。その斜め後に志信さんとアヤが座ります。 大叔父は飾られた鯛に刃先を入れ、塩を取ります。 この二つを盃に入れると御神酒を流し、志信さんに渡しました。 それは鯛の生臭さが残るものですが、志信さんは飲みます。 これが極西の血・というわけです。 かつては自らの体を切りつけて血を混ぜたようですが、 近頃の極道は合理的な方法を取っています。 極西もそのひとつです。 アヤにもそれは勧められました。 生臭さにアヤは鼻が曲がりそうですが、黙って飲み干します。 アヤなりに、この儀式が重大なものとわかっているようです。 そして舎弟が皆にお神酒を注いでまわります。 飲み干した盃は白い布にくるんで懐にしまいます。 この盃こそ極西の人間である証しでもあります。 皆が大事そうにしまうなか、ようやく許可証が志信さんに渡され、 極西の新しい組長が誕生しました。 「志信。おまえに舵をとらせよう」 大叔父の言葉を、志信さんは畳に手をついて受けました。 「そしてアヤ。これより表舞台に出る事はなかろうが、 志信を支えよ」 アヤも志信さんを見習って、畳に手をつき、頭を下げました。 「新しい時代の幕開けだな」 誰かの声に皆が賛同して拍手をします。 「この極西をより大きな組になさるがよい」 分家からも声が上がります。 志信さんは皆に認められたのです。 無事に式を終え、袴を脱いでスーツ姿に着替えたアヤは中庭を見ていました。 空にオレンジ色の陽が落ちていきます。 普段は何でもなかった光景なのに、これから先は命の保障はありません。 今までは強気でとおしたアヤですが、 永哉を思うと他人ごとではないのです。 しかしアヤは悩む事が性に合いません。 「長生きなんてしたくないから、丁度いいか」 アヤが戸に凭れると、肩を叩く人がいました。 「早く死にたいのか、アヤ」 「そういうわけじゃありませんよ」 アヤが答えると、志信さんは肩を抱き寄せます。 「死なせない。私が護ると決めたからな」 「その気持ちだけで、俺は強くなれます」 アヤは志信さんを見上げて微笑みました。 沈む夕陽が明るい色彩を連れていき、空は次第に暗くなっていきます。 「俺があなたを日本一の極道にしますよ」 「アヤに手伝われなくても、私はそうなるつもりだ」 「あはは。そう言ってくれなくちゃ」 志信さんはアヤの髪を撫でました。 そして顎を指で上げると、正面からアヤを見て唇を重ねました。 押すと13話へ ジャンル別一覧
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